日本最南端の芸大が、沖縄県那覇市・首里城のすぐそばにある。沖縄県立芸術大学だ。芸大・美大と言えば一見華やかそうだが、都内の名だたる大学でも、就職の難しさを聞くこともある。
「芸大卒業後、どんな仕事に就けるのか。学生たちが希望する就職先は見つかるのか」
さらに沖縄という土地柄を考えると、当然首都圏以上にクリエイティブ系の仕事の数は限られている。事前の学生へのアンケート調査で明らかになったのは、クリエイティブ業界には就きたいけれど、実際は関係のない業種へ就職する人の多さだ。
そこで2017年度、CINRA.JOBが沖縄県立芸術大学の学生と沖縄県内外のクリエイティブ業界で活躍する企業を繋ぐ「クリエイティブ業界 就職支援プログラム」が実施された。
県内外企業を集めた合同説明会や、学生や保護者や教職員に向けた講演会、沖縄と東京でのインターンシップなど、年間を通して実施したプログラムをここで紹介したい。
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まずは、クリエイティブ業界の仕事をとにかくたくさん知るべし!
1986年に沖縄県那覇市首里当蔵町で開学した『沖縄県立芸術大学』は、沖縄特有の美術や工芸、音楽や芸能などの伝統芸術文化の創造と継承、人材育成に取り組む一方、国際的な芸術文化の発展にも貢献できる幅広い人材を輩出することを目的に設立された。
現在、3つのキャンパスを持ち、「美術工芸学部」、「音楽学部」、造形芸術・音楽芸術・芸術文化学の3つの研究科を設けた「大学院」があり、デザイナーやクリエイター、工芸作家や沖縄の伝統芸能、声楽家や楽器演奏家の他、ダンサーやアーティストなど多岐にわたるクリエイティブな人材を育成している。
しかし、卒業生の進路に目を向けると、クリエイティブ業界以外の道へ進む学生が多いことが明らかになった。その原因の一つに、学生とそういった企業とが出会う機会の少なさが挙げられる。もっと身軽に企業と対話できる場所が必要だったのだ。そこで今年度、就活から学生たちの不安を取り除き、大学で学んだ技術を専門職以外でも活かせる企業があることを知ってもらい、複数の分野に可能性を感じて視野を広げてもらうことを目的としたプログラムを実施する運びとなった。
2017年10月18日、沖縄県立芸術大学で約4時間にわたり、『クリエイティブ業界就職支援プログラム 合同説明会』が開催された。CINRA.JOBとつながりのある東京のクリエイティブ企業と沖縄県内のクリエイティブ企業との合同説明会だ。東京と沖縄県内の参加企業10社が企業ブースを設け、学生自身が気になる業界や企業のブースに着席。各回30分間の企業説明や質疑応答、その後、20分間のフリータイムを挟み、5回転でローテーションした。
説明会に参加した東京の企業5社は、「人と企業をつなぐ」をテーマにビジネスを成長に導くストーリーテリングをサポートする『株式会社インフォバーン』、コニュニケーションプランニング・デザイン・テクノロジーを得意とした制作プロダクション『株式会社シフトブレイン』、「社会の問題点を解決する」を企業理念に芸術系学生の採用に積極的に取り組む『株式会社パソナ』、ファッション・ビューティ・エンターテイメント×戦略立案を得意とするデジタルエージェンシーの『株式会社パノラマ』、アイデアをクライアントと共に形にするクリエイティブファームの『株式会社monopo』。
沖縄県内からは、沖縄移住やIターンUターンを促進する事業も委託・運営する『株式会社HUVRID(ハブリッド)』、ゼロからの建築デザイン・設計を通して街づくりを目指す『沖縄UDS株式会社』、WEB制作・アプリ開発を主体に那覇の専門学校から新卒採用もしている『スマート・ツー株式会社』、『株式会社プロトソリューション』、TV・ラジオのCMから広告全般の制作を手掛ける『株式会社プレーン沖縄』の5社が参加した。
「どんな企業や職種があるのか興味が湧いて、何となく会場に来てみた」とプラス思考で気軽に参加したと話す学生も、企業の説明を聞く表情は真剣そのものだ。しかし、そこにあるのは焦りから来る焦燥感ではなく、生き生きとした好奇心旺盛な学生たちの姿だった。緩やかな笑顏で企業の人たちと会話が弾む学生たち。
「どんな企業が存在するのか、WEBで調べるにもどこから手をつけていいのか迷っていた。」と話すグラフィックデザインを専攻する3年生の男子学生。アニメーション関係の仕事を希望する学生は、「初めて企業説明会に参加した。広告代理店も幅広い職種があって自由度が高いことを知った」と語ってくれた。
「こういった機会があると、会場にさえ行けば一度にさまざまな企業の話を聞けて、一気にハードルが低くなる上に、質問もしやすかった」と感想を述べてくれた学生もおり、直接会って話せるのは安心感があるようだ。
沖縄の企業でも学生からすれば、未知なる世界であり、企業と対面で話すのはもともとハードルが高く、感想を聞くと今回の説明会を有意義に感じている学生たちが多かった。そして、東京の企業とも繋がれる機会を用意することで、将来的にIターンやUターンを視野に入れた就活をよりイメージしやすくなるだろう。
「驚くような鋭い質問もあり、逆に学生から刺激を受けた」と話す、株式会社HUVRIDのスタッフ。絶えず人だかりがあった沖縄UDS株式会社のブースでは、真剣そのもののスタッフたちの説明に熱が入り、グイグイと学生たちを惹きつけていた。
各企業の丁寧で熱を帯びた説明を熱心に聞く学生たちからはリアルな質問が飛び交い、ラストの5回目まで芸大生が入れ替わり立ち替わりに会場へ訪れていた。この合同説明会は7月と10月の二度行われたが、参加学生の人数も徐々に増え、最終的には1年生から大学院生まで幅広い学年の学生が集まった。これは就職活動において、学生達のクリエイティブ業界への就職意識が高まったことの表れではないかと思う。
就活は学生と企業だけのものじゃない! 保護者の理解を深めるために行われた講演会とは?
就職活動は、学生と企業だけのものではない。学生にとって、保護者からの期待や、就職活動中の支援も進路を大きく左右する重要な要素となる。
2017年11月3日、沖縄県立芸術大学の学園祭「芸大祭」のイベントの一環として「クリエイティブな、自分のしごとの見つけ方」と題し、芸大生の就職活動に関する理解を深めるための、保護者に向けた講演会が開催された。
講師の株式会社エレダイ2 代表取締役 熊野森人(くまのもりひと)氏は、ANAが運営する沖縄旅行サイト「オキナワーズ」など沖縄の観光事業にも携わり、京都の精華大学でコミュニケーション論の講義も行っている。今回は、デザインや芸術を学ぶ人がどのように機能しているのか、精華大での講義内容や芸大出身者になってほしいあるべき姿についてなどを講演会で語った。
最初に、大学が設けた学科と社会の仕事のカテゴリーにズレが生じ始め、学科の授業内容から仕事や就職先がイメージし難くなっていると話す、熊野氏。社会の中では多くの場面でデザインが用いられ、芸術的な感性やデザインの機能は一般的にも広がってきたが、その潜在的なニーズは表面化しづらい。だから学生や保護者には「この学科を出ればこの職業に就ける」というイメージがしづらい印象があると述べた。
ピュアなデザイナーやアーティストの仕事が希少になっていく一方、考え方のプロセスが築けてない学生が多いと気づき、熊野氏は精華大の授業の一環で「考えの考え方」を教えている。今回は「新しいものを作り出すには、社会のエラーになること」という考えを切り口に、講演を行った。
社会のエラーとは、しくじりや失態などの意味合いではなく、世の中に新たなものを作り上げるために必要な、いい意味でのエラーを指す。
「正攻法で考えていても、なかなか新しいアイデアというものは出て来ません。芸術系の得意なところは、文系でも理系でも発想しづらいポイントからアイデアを導けることにあります。その上で、楽観的なマインドでエラーを恐れずに楽しめる人が必要。空気は読めなくてもいい。正確にいえば、空気を読んでしまうと忖度してしまうので、敢えて読めない自分を演じ、自分の抱くイメージを言葉でも数字でもない方法を中心にプレゼンして、仲間たちを引っ張っていけるかが、芸術系に求められているスキルです。でも、孤立したら全く意味がないので、一目置かれながらも上手いアプローチで共感を得ていくのがいい。そこを意識してコミュニケーション取れるかが、勉強するべき部分です」
保護者からは、「空気を読めない人の中には、自分自身の存在感が阻害されていると本人が感じることもあるが、その場合どうすればいいのか」との質問が挙がり、「難しい問題だが、二重人格というか、空気を読めない自分を見ているもう一人の自分をイメージとして作れるかどうか。その上で、空気を読めない自分を演じて自分を客観視できるかどうかではないでしょうか。個を二分化ないし三分化、四分化することで『自分自身』の概念に多様性が生まれます」と熊野氏が回答。
音楽科だからミュージシャンになる。これもひとつの選択肢だが、芸大で学び、さまざまな業界や世界にチャレンジして、その先どうやって社会で働いて世の中の役に立っていくのかが、自分の人生を潤すことに繫がるのだと思う、と熊野氏が最後に締めくくった。
6人の学生が、沖縄から東京へ。一泊二日のインターンツアー
2018年2月には、選抜を通過した6人の学生が一泊二日のインターンツアーで東京へ。ソニー株式会社、ワイデン・アンド・ケネディ・ジャパン、株式会社precogなど、一人ひとりの興味や志望業界、選考などに合わせてCINRA.JOBがインターンや会社案内の受け入れ先をセッティングした。
現場での体験を通じて、各社のスタッフから生の声を聞いた学生たちは「沖縄の中にいても知ることのできない仕事に触れられた」「自分にできることがもっとあると気づけた」など、前向きな感想を語りながら帰路に着いた。
沖縄県立芸術大学の学生と沖縄県内や東京のクリエイティブ系企業を繋ぐ本プログラム。沖縄の芸大生たちが就活を身近に感じ、クリエイティブ業界へと進出するキッカケ作りとなる就職活動をバックアップしてきた。即戦力としての中途人材が重宝されがちなクリエイティブ業界だが、新たな可能性を秘めた人材がひとり、またひとりとクリエイティブ業界で活躍することを期待して止まない。
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