d47 MUSEUMスタッフが語る、全国のものづくりを伝える企画力と現場力

プロフィール
黒江美穂

神奈川県生まれ。桑沢デザイン研究所総合デザイン科を卒業後、2012年D&DEPARTMENT PROJECTに参加。同年より渋谷ヒカリエ8/の、47都道府県の「らしさ」を再発見する日本初の地域デザインミュージアム「d47 MUSEUM」の企画、編集、運営を担当。

ロングライフデザインをテーマに47都道府県の魅力や、若い世代のものづくりを伝える渋谷ヒカリエ「d47 MUSEUM」。そこで企画から編集、運営までを担当しているのが黒江美穂さんだ。かつてデザインを専攻していた学生が全く異なる方法でデザインに関わりはじめた背景、また企画職にも関わらず現場目線をもっとも大切にする、その真意を伺った。

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「コミュニケーションの苦手な、動物好きの女の子でした。」

—幼少期はどんな環境で育ったのですか?

黒江:とても内気な性格で、人と話すことが苦手でしたね。でも、動物や自然は大好きで、幼稚園に通いたかった理由も、飼育していたうさぎに会いにいくためでした(笑)。小学生の頃からは牧場に通いはじめ、馬に乗ったりしていましたね。

―小学生の頃から乗馬へ?

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黒江:子供たちを地方の牧場に連れていく宿泊型の体験プログラムに通っていました。乗馬以外にも馬に餌をあげたり、参加者たちと協力して施設の掃除をしたり……。小学2年生から専門学校時代まで続けたおかげで、内気な性格は治せたかなと思います(笑)。

—現在の快活な黒江さんからは想像もつきませんね……(笑)。

「デザインをしない」と決めたデザイン学生

―D&DEPARTMENT PROJECTといえば、全国のものづくりを発信するプロジェクトとして国内外からすごく支持されています。黒江さんがデザインに興味を持つきっかけは何だったのですか?

黒江:高校生のとき、『ブレーン』を手に取りポスターや広告を見て、かっこいいなと思うようになりました。その頃から人の心の動きに興味を持つようになり、アウトプットとして広告をつくりたいという漠然としたイメージがあったのかもしれません。なので、デザインだけはなく心理学も学びたいと考えていましたね。

―将来の進路がとっても具体的ですね。

黒江:いいえ、実際はそんなことはなくて(笑)。心理学かデザインで悩み、実際に志望校を決めたのは高校3年生になってからです。それから美術予備校に通いはじめ、桑沢デザイン研究所へと進学。広告代理店の存在やディレクターの役割など、いわゆる広告業界に関して全く知らなかったので、とりあえずデザイナーになろうと思っていましたね。

―デザイン学科ではどんなことを?

黒江:私の在学中に、D&DEPARTMENTの創業者であるナガオカケンメイが、桑沢で1年間講師を務めていた時期があったんです。そのゼミに所属し、プレゼンテーションを叩き込まれたのは印象的に残っていますね。デザイン学科にも関わらず「もう新しいデザインはしなくていい」と教えられたのが衝撃でした。商品がお客様に届くまでのプロセスをどうやって伝えるか、あるいは膨大な時間をかけて調査したことを限られた時間の中でどう伝えるかということを徹底的に教え込まれたんです。

―デザイン学科で、プレゼンテーションですか?

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黒江:はい。プレゼンをする場所や参加する人数に合わせて、最もいい画角で伝える工夫だったり、パワーポイントのスライドひとつとっても「ここは写真より現物を持って伝えた方がいい」などというアドバイスを受けたり。「作る」だけではなく「伝える」ことができなければデザインの意味はなく、その違いがお仕事をもらえるかどうかを決めるポイントだと。

―とは言っても、少なからず「作る」ことに未練が残りそうです。

黒江:それはありませんでしたね。そう思うようになったのも理由があって。学校の授業で、優秀な学生が壇上で作品のコンセプトを説明する機会がありました。それを見て、私だったら彼女たちの作品を彼女たち以上にうまくプレゼンできると思ったんです。もちろんデザインのスキルでは到底及びませんが、プレゼンだったら勝てると。そのときに、「作品を作る側」から「作品の伝え方を考える側」になりたいと強く感じたことを覚えています。

―それでは、「企画職」に絞って就職活動を?

黒江:そうですね。でも、企画系の企業を受けていたのですが、どこからも採用されず……。その時にふと考えることがありました。商品を売るためや、知ってもらうための企画を考える立場になりたいのであれば、まずはその商品を売る側の立場になろうと。例えば将来、飲食店のブランディングをして欲しいと依頼を受けたとき、一度もフロアで接客したことがない人間にブランディングはできないと思ったんです。私はそれまで物のひとつも売ったことがなければ、ギフトのラッピングだってしたこともなかった。実際に自分が何かしたいと思ったときに何もできない状態になるのが怖かったんだと思います。物販や飲食など、まずはお客様や消費者にもっとも近い「現場」に入ろうと考え、就職活動をはじめました。

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現場で試された、「伝える力」

現場で試された、「伝える力」

―では、卒業後は飲食や店舗に?

黒江:三鷹を中心にインテリアショップやカフェを運営する会社に入社しました。採用の際に社長から提示された唯一の条件は、物販と飲食の両方を担当すること。私としては願ったり叶ったりで、二つ返事でやりますと答えました。毎日、朝から昼まではカフェで仕込みやフロアを担当し、夕方からはエプロンを脱ぎショップで接客や品出しなどを行いました。そしてまた夜の忙しい時間はカフェに戻ったり……。実際に商品がお客様の手に取られる瞬間に幾度となく立ち会えたことは、何にも変えがたい経験となりました。

―D&DEPARTMENTへの入社は、その後になるのですね。

黒江:そうですね。働き始めて2年が経とうとしていた頃、渋谷ヒカリエにD&DEPARTMENTが出店すると決まって、ちょうどナガオカから誘いを受けたんです。私も次のステージに進みたいとも思っていて応募してみたのですが、面接での印象が悪すぎたらしく、実は落ちかけました(苦笑)。

―お誘いにも関わらず厳しく審査されるのですね(笑)。D&DEPARTMENTへ入社してからの気づきは何かありましたか?

黒江:まず入社して最初に驚いたのは、店舗や食堂で働くスタッフに対する研修の手厚さ。私も入社後の半年間は食堂スタッフとして働いていましたが、お客様と直に接するスタッフが実践以外の場で学べることが非常に多かったです。例えば、食材の生産者から直接、食材の特徴を教えてもらったり、器のバイヤーからは制作過程や取り扱い方などを聞かせてもらったり……。得た知識をどうやってお客様に伝えるのか、様々な視点で考えることが必要だと学びました。生産者と消費者の間に立つ存在として、その価値を発揮することができれば、どこにもないオリジナルなブランドになると思っています。

―その経験は、現在のお仕事にも活かされていますか?

黒江:もちろんです。今の私の仕事は、基本的にどういう展覧会にするかの企画案を出すことです。具体的には企画をどう見せるか、出展品のリサーチ、交渉など多岐にわたります。こういう仕事って展覧の準備さえ終われば、あとはミュージアムに立つスタッフに任せてしまいがちです。

―展覧会の企画といえば、そうですよね。

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黒江:でも、私たちは常にスタッフ同士でコミュニケーションをとり、実際にお客様の前で接客をしたりもします。現場に立つスタッフとの連携を常に図ることは展覧会の良さや、いいチームづくりにもつながっていくことなのでとても大切にしています。

―なるほど、そこまでやるんですね。

黒江:実は、お店のすぐ横にバックオフィスがあるのも、常にどんなお客様がいらっしゃって、どんな商品をご覧になっているのか、あるいは働いているスタッフが日々どういう状態なのかというのを知るためなんです。

人ともの、人と人。あらゆる「距離」を近づけられるようなキュレーターへ

—もっとも印象に残っている企画展を教えてください。

黒江:2012年に『47 GOOD DESIGN』と題した、日本全国のグッドデザイン賞を選りすぐって展示・販売する企画展を行いました。それに際して、ナガオカに私が会場の解説をする機会があったんです。ひとつひとつの作品自体を説明して回ったのですが、それがどうやらナガオカが求めていた解説とは違ったようで……。

—具体的には、どんなことを求められていたのでしょう?

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黒江:単なる作品概要ではなく、作品と土地の必然的な関係を説明して欲しかったのだと思います。作品単体だけではなく、グッドデザイン賞を通じて47都道府県ごとの特性を伝えられなければ、展覧会の本当の目的が達成できません。例えば、なぜ長野県にエプソンの工場があるのかといえば、水が豊富で精密機械を作ることに適しているから。でも、その時の私は各地の風土や歴史とものづくりの関係性を理解できていなくて、何も答えられませんでした。

—キュレーターになるために経験を重ねている黒江さんが、今後実現したい企画はありますか?

黒江:実は、今年の末に47都道府県のカタログギフトを一冊にする企画展をやりたいと思っています。販売していくことと、本によって継続性を持たせることで、思いの詰まったものを実際に贈れるような実験をしてみたいと考えていて。カタログギフトって世の中に浸透している一方で、中身がなかなか進化していません。展覧会を通して、新たな売り方や流通への乗せ方などを考えていけたらいいなと思っています。まさにこれから準備が始まりますが、どのようになるのか、今からとても楽しみです。

—最後に、黒江さんの目標を聞かせてください。

黒江:作り手とお客様の間に立ち、その距離をより近づけられるような取り組みをしていきたいと思っています。私たちの強みは何かと改めて考えると、やっぱり日々の農家さんや作品の作り手との関係性だと思うんです。オープン当初よりも地方の生産者がお店に訪れる機会が多くなりました。おそらく東京に来たら寄ろうと思ってもらえる場所になりつつあると思うんです。例えば15分だけでも寄ってもらい、スタッフとお話ししていただくことで、また更にお客様へのパフォーマンスが上がっていきます。その積み重ねによって、d47にあって他にはない価値が生まれていくのだと思います。「こんなに丁寧に接客する展覧会はない」、そんなことを言っていただけるようなミュージアムにしていきたいですね。



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