アートへの情熱でたぐり寄せた天職

プロフィール
田原 新司郎

1983年生まれ。北海道函館市出身。大学在学中、趣味の写真をきっかけとして数多くのギャラリーに足を運ぶ日々を過ごす。大学在学中からのバーテンダーのアルバイト、101TOKYO Contemporary Art Fairインターンなどを経て、2009年よりTABの正式スタッフに。現在は同セールスマネージャーとして広告営業・TwitterなどのSNS管理のほか、PRや編集作業などを担当。

東京近郊のアートイベントを網羅した情報サイト、Tokyo Art Beat(以下TAB)。アート好きの人ならば、美術館やギャラリーの展示を検索するために一度は利用したことのあるサービスではないだろうか?
そんなTABの運営スタッフとして広告営業を担当する田原さんは、大学時代にアートの世界に引き込まれ、導かれるようにしてこの仕事に辿りついた。美大出身でもなく、美術史を学んでいたわけでもない。それでも「好き」だと直感で感じたことを仕事にできたのはなぜか、生い立ちを紐解きながら伺った。

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東京近郊のアートイベントを網羅した情報サイト、Tokyo Art Beat(以下TAB)。アート好きの人ならば、美術館やギャラリーの展示を検索するために一度は利用したことのあるサービスではないだろうか? そんなTABの運営スタッフとして広告営業を担当する田原さんは、大学時代にアートの世界に引き込まれ、導かれるようにしてこの仕事に辿りついた。美大出身でもなく、美術史を学んでいたわけでもない。それでも「好き」だと直感で感じたことを仕事にできたのはなぜか、生い立ちを紐解きながら伺った。

アートの世界に入ったきっかけは、馴染めない大学生活からの反動だった

―幼い頃から、アートに親しむ機会は多かったんですか?

田原:いいえ、実は幼少期に美術館に行った記憶は全然ないんです。父はサラリーマン、母は専業主婦といういたって普通の家庭で、両親がアートに関わる仕事をしていたという訳でもありません。また、進学校だったせいもあり、高校3年間は美術の時間が一切なかったんです。大学を選ぶときも、最初は認知脳科学や、言語学といった分野に興味を持っていたんですが、結局2浪してしまい……。諦めてセンター出願で通っていた大学の法学部へ進学することに。しかし、入ってみたものの大学の授業に本当に興味が持てなくて(笑)。アパートに引きこもって、「せっかく上京してきたのにこれでいいのかな?」と鬱々とした日々を過ごしていました。

―サークルなどには入っていなかったんですか?

田原 新司郎

田原:写真部に入っていましたが、あまり積極的には参加していませんでした。でも写真を撮るのは好きだったので、FotologというFlickrの前身のようなSNSサイトに登録し、作品をアップしたりしていましたね。世界中のユーザーからフィードバックをもらえるのが面白くて。

—その頃、写真家になろうという気持ちもあったのでしょうか?

田原:なれたらいいなとは思っていましたが、全然現実味はなかったです。写真で食べていくのは相当難しいだろうなと感じていましたし、この頃からギャラリーに足を運んで写真展を見て回るようになっていたので、自分より才能のある人がたくさんいるということも痛感していました。見に行く日は、1日10軒くらいの展示をハシゴしていたんです。大学に馴染めなかった反動もあって、そちらに関心が向いていったんでしょうね。家に引きこもるか美術館・ギャラリーにいるかのどちらかの日々を送り、案の定大学の単位は全然足りず(笑)。3〜4年で80単位取らねばならず、かなり苦労しました。

—1日10軒も見てまわるとは、ものすごいフットワークの軽さですね。

田原:何がいい作品なのかを、自分の価値判断で見れるようになりたかったんです。そのためには量を見て、日々更新されるアートの表現やコンセプトにも追いついていかなくてはと思っていて。特に印象に残っているのは、ドイツ出身の写真家、ヴォルフガング・ティルマンスの個展ですね。オペラシティで開催されていた個展なのですが、規模も大きくて見応えがあり、感動したのを覚えています。

アートフェアの仕事は、意外にも体力勝負だった

―ではその頃は、TABはユーザーとして使っていたのでしょうか?

田原:はい。ギャラリーの検索でいつも利用していました。そんな中、TABの1周年パーティーに行く機会があったんです。その後、仕事にかかわるようになったのは、TABの設立者である藤高が運営していた、「101TOKYO Contemporary Art Fair(以下101TOKYO)」というアートイベントのスタッフがきっかけです。50人くらいのボランティアスタッフをまとめるマネジメントを任されたのですが、それがとにかく大変でした。右も左も分からないまま、タイムリミットに迫られて日々必死という感じで。今もう一度やってくれと言われても、やりたくないです(笑)。また、101TOKYOは国内外のギャラリーが半々ずつ参加するイベントだったので、現場では英語で説明や交渉をしなくてはならないシーンも多く、それも苦労しました。しかし、そのイベントで知り合ったギャラリーの方に海外のアートフェアに誘って頂いたり、他の仕事にもつながっていくきっかけにもなったと思います。

―海外のアートフェアというのは、どちらへ?

田原 新司郎

田原:香港とスイスへ行きました。でも、ギャラもほとんど出ませんし、渡航費だけなんとかお願いしてギリギリ支給してもらったという感じでしたよ。現地でも、梱包された作品を木箱から取り出したり、壁にドリルでビスを打ったりという肉体労働がメインです。ギャラリーには女性の方が多いですが、裏方は本当に体力勝負なんだなと知るきっかけになりました。フェアが始まると、今度は一日中立ったままで接客です。かつ英語で、セレブなアートコレクターたちをもてなさなくてはならないので、一日が終わるとくたくたで……(笑)。でも、スイスのフェアに行ったときには、あのオペラシティでの写真展を見て惚れ込んでいた、ティルマンスが出品していたんです。パーティーで本人がいるのを見つけ、ここぞとばかりに友達っぽく「元気?」なんて話しかけて、握手しに行きました(笑)。

―憧れのアーティスト本人に会えたとは! ちなみに、お話を聞いていると田原さんは語学が堪能だという印象を受けるのですが、英語はどこで身につけられたのですか?

田原:外国人にもよく「どこで英語を覚えたの?」と聞かれることがあるんですが、実は英語圏に行ったことが一度もないんです。強いて言えば、受験英語で文法や語彙をみっちりやっておいたことがベースになっているのかもしれません。上達の秘訣などは自分でも分からないのですが、とにかく積極的に話しかけること、あとは英語の受け答えのリズム感を大事にすることは意識しています。

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歌舞伎町の奥地で会田誠と出会った、バーテンダー時代

歌舞伎町の奥地で会田誠と出会った、バーテンダー時代

—ちなみに、大学生の頃には、いわゆる就職活動はしていなかったのでしょうか?

田原:全くしていませんでした。なぜわざわざリクルートスーツを着て就活をしなければいけないのか分からなくて。卒業したらワーキングホリデーか何かしようかなと、ふわっと考えていたくらいです。結局、卒業した直後はアルバイトでやっていたバーテンダーと、パートタイムの仕事の10万円ほどの手取りという生活で、今考えてもどうやってやりくりしていたのか不思議なくらいでしたが(笑)、将来への不安もある一方で、どこかで「なんとかなるだろう」と思っている自分もいたんです。大学での友人や環境よりも、アートを通して出会った自由な人たちの中にいるほうが居心地がいいなと感じていたのが大きいかもしれません。

—バーテンダーもしていたんですね。

田原 新司郎

田原:大学時代に、知り合いのライターさんのツテもあって始めたバイトです。新宿歌舞伎町の、地図があっても辿り着けないような入り組んだ場所にあって、お客さん5~6人とカウンターにバーテンダー1人が入ったらいっぱいになってしまうような小さなお店でした。そのバーでつながった人脈も大きかったですね。カウンター越しに話していて意気投合した人とシェアハウスをすることになったり、東京藝大出身のアーティストの子が会田誠さんを連れてきたりと、いろいろな出会いがありました。

—会田誠さんがお店にいらっしゃったんですか!?

田原:はい。しかも、会田さんがバーの雰囲気を気に入って下さって、「この上(物件)空いてるの?」と。空き物件だと伝えたら、「じゃあここにしよう!」と即決されて、そのビルの3階を使って「芸術公民館」という現代アートの語り場というか、交流所のようなものをはじめられたんです。そういう、何かが生まれる場に居合わせられたというのは楽しかったですね。

—それだけ色々な方との出会いがあれば、進路の選択肢も増えたのでは?

田原:批評家や思想家の方ともたくさん出会ったんですが、僕自身は頭で考えるよりも肌で感じるというか、現場の方が好きだと気付いたんです。常に批評しなければならない息苦しさがあると、鑑賞者にはなれなくなってしまうんじゃないかと思って。それで色々悩んだ末に、TABで広告営業のスタッフがいないから求人をしている、というタイミングで正式加入しました。はじめは営業スキルも持っていないし、前任もいないということで、かなり苦戦しましたね。業界ごとにリストアップした企業に、片っ端から電話をかけるような効率の悪いやり方をしてしまっていて。半年ほど試行錯誤してから、やっと広告が入るようになりました。

—結果が出始めたのは、何がきっかけだったのでしょうか?

田原:うーん……、開き直ったのがよかったのでしょうか(笑)。自分でも、はっきりと理由が分からないんですが、とりあえず他のWEBサイトを研究するようにはしていました。全国誌に出稿しているような大手のクライアントにアタックしても相手にはしてもらえないので、よりニッチな美術専門誌や、同じようなフリーペーパーに出ている広告をチェックするようにしましたね。また、オフィスにこもりきって電話営業ばかりしていてもダメだなと気付いて、実際に展示を見る時間を作ったり。ギャラリーや美術館というのは、見に行ってなんぼなんですよね。自分のところの展示を見に来たこともないような人から、営業をかけられたところで、広告を出したいという気持ちにはならないなと。

「自分自身がTokyo Art Beatを一番使ってきた」という自信

—現在、セールス以外には、どのようなお仕事を担当されているんでしょうか?

田原:バナー広告のデザインをしたり、TwitterなどのSNSアカウントの管理や、WEBサイトに掲載する記事の編集を担当しています。Twitterは、おかげさまで現在フォロワーが13万人まで増えました。現在のつぶやきは全て私が書いています。いわゆる「中の人」ですよね。ツイートをすれば「このイベント面白そう」などと反応もしてくれますし、間違っていればフィードバックで教えてくれることも(笑)。心掛けている点は、営業とも通じる部分がありますが、自分自身がユーザーだとしたらどんなコンテンツを求めるかを客観視するようにしています。自分自身が「TABを一番使ってきた」という自負はあるので。

—なるほど。ヘビーユーザーだったからこその肌感覚も大きいんですね。ちなみに「編集」の業務では具体的にどのようなことをされていますか?

田原 新司郎

田原:WEBサイトに掲載するニューストピックの選定、記事化を行っています。展覧会の情報だけでなく、例えばChim↑Pomが渋谷駅の岡本太郎の壁画『明日の神話』に絵を付け足したニュースなども、Twitter上ですごく反響があって。そういった情報も自社メディアで発信していかないとなと感じてから、スタートするようになりました。執筆は外部のライターさんにお願いしていますが、ネタ選びや校正は私が目を通しますし、取材に同行してカメラマンのかわりに写真撮影をすることもあります。

—文章能力、カメラの腕前など、学生時代から好きだったことが全て仕事に活かされているように思います。でも、それだけ多忙な日々で、今はギャラリーに足を運ぶ時間はどうやって作っているのでしょうか?

田原:お昼休みに自転車で見て回っています。煮詰まったときの気分転換にもなりますし。見ているときが、やっぱり一番気持ちが落ち着きますね。常に新しい作家や作品との出会いがあるので、どれだけ見ても見飽きるということはありません。海外にも見てみたいギャラリーが山ほどあるんですが、今まで、あまり行くチャンスがなくここまできてしまって(笑)。今年こそは人生初の英語圏に行きたいです。

—まさに公私ともにアート漬けの日々を送っている田原さんですが、アート業界で働く上で難しさを感じる点などはありますか?

田原:ロールモデルが少ないという点でしょうか。しっかり仕事に結びつけられている人はまだまだ少ないように思います。学芸員やギャラリースタッフなど、職種も限られていますし、ポストが空かないため非常に狭き門。もっと業界全体がヘルシーな働き方をできるようにするにはどうすればいいのかが、今後の課題ですね。アートの仕事だって、ちゃんと食べていくことができるんだということを、自分の身をもって示すためにコツコツと道を切り拓いていけたらと思っています。

—田原さん自身が切り拓いて行く、と。今後はどんなことに挑戦していきたいですか?

田原:映像などを使って、ギャラリーや展覧会の良さをもっと新しい形で伝えていきたいです。今でこそFacebookなどで写真を上げるとたくさんシェアされることもあり、広告効果をギャラリーの方々もわかってきてくれました。でも、それまでって「写真を見たらそれで満足して、見に来なくなってしまうのでは?」という懸念が広まっていたんです。写真はきちんと効果が出て、ようやくハードルが低くなってきましたが、今後は映像がシェアされる時代。まだまだギャラリーの映像を紹介することに抵抗のあるところが多いですが、そういった新しい流れにアート業界もフィットさせていきたいですね。アート作品は実物を見てこそ良さがわかるもの。その熱量を、一番いい形でユーザーに伝えていきたいです。



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