若手クリエイターのお悩み相談所(CINRA)

なぜスーツじゃダメなの? クリエイティブ業界におけるファッションの役割とは

プロフィール
田汲洋
田汲洋

新卒でちっちゃな広告代理店に入社する。その後、某雑誌主催の大喜利世界大会に出場して優勝。ここで思いっきり進む方向を間違える。2011年に出版社に転職。宣伝部でエロゲー雑誌やラノベ、マンガを担当し、テレビCMやキャンペーン広告ほか、ゲームショウやコミケなど数々のイベントを手がける。2014年にインフォバーングループに入社。2017年10月よりHR領域担当となる。

クリエイティブ業界で働くと誰もが一度は思う「おしゃれじゃなきゃダメなの?」という素朴な疑問。なぜクリエイターは、みんなおしゃれなのか。毎日スーツじゃダメなのか……。

そんな若手のお悩みに、先輩がアドバイスする連載企画の第5弾。頼れる先輩は、クリエイティブ業界を渡り歩いた末に、現在はインフォバーングループの人事を担当している田汲洋さんだ。

田汲さんが若かりし日に「赤いボトムス」と「大相撲Tシャツ」を毎日着てわかった、クリエイティブ業界におけるファッションの役割とは?

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クリエイティブ業界って、おしゃれじゃなきゃダメなの? 毎日スーツのほうがラク

どうも。タクミです。

現在、企業のデジタルマーケティング支援を行うインフォバーングループで採用担当をしています。ちなみに、前職は某出版社の宣伝部などで働いていました。

迷える若手クリエイターたちの質問に対して、真摯にお答えする連載第5弾。曲がりなりにもクリエイティブ業界で経験を積んできたぼくが、これまで経験したことをもとにアドバイスさせていただきます。

ポケットモンスターは「ソード」を買ったタクミです

ポケットモンスターは「ソード」を買ったタクミです

今回、読者の若手クリエイターの方からこんなお悩み相談をいただきました。

こんにちは。広告制作会社でディレクターをしているサトシと申します。

弊社は私服勤務OKなのですが、服選びが面倒なのでいつも無難なスーツを着ています。ただ、周りの人たちはセンスの良い私服を着ており、自分だけ若干浮いている気がして不安になります……。CINRA.JOBをはじめとするメディアに出るようなクリエイターのみなさんも、おしゃれな人たちばかり。

クリエイティブ業界で働くには、ファッションも個性的かつおしゃれであるべきなのでしょうか?

広告制作会社 新卒1年目 サトシ(男性)

ぼくもサトシさんに激しく共感します。メディアに載っている「おしゃれクリエイター」を見ると、自分とはかけ離れた存在に思えますよね。ですが、まったく気にする必要はありません。

たとえば、「明日メディアの撮影がある」って言われたら、さすがにサトシさんでも手持ちのなかのイケてるアイテムを身に着けていきますよね? スーツだとしても「勝負ネクタイ」に変えますよね? 普段はジャージスウェットで出勤する人だって、シャツを着るはずです。つまり、メディアに掲載されている人の写真は、基本的に「いつもよりかっこ良い姿」です。

あと、CINRA.JOBをはじめ、メディアの撮影はプロのカメラマンが行なうことが大半。いつもより、かっこ良く写るのも当然です(さっきからメディアに出ている人をディスっているわけではないです)。

ぼくやサトシさんも、ファッション誌の表紙みたいに陰影をつける感じで撮ってもらったら、彼らと同じようにめちゃおしゃれに見えるはず(そう、信じたい)。だから、メディアに写っている人の写真を見てヘコむ必要はない!!

「スーツキャラ」の定着が出世の近道に? 意外といる、スーツ着用のクリエイター

ただ、サトシさんはまだ新人さんですよね。過度におしゃれである必要はないものの、自分のことを周りに知ってもらう努力はしたほうが良いと思います。そのためには、個性が必要。そういった意味では、逆に「スーツが個性」になるかも。

ほかにスーツを着ている人がいないので「浮いている」と、サトシさんは感じているそうですが、それはキャラクターを確立している証拠ともいえます。

サトシさんの「スーツキャラ」がもっと上層部に浸透すれば、「こいつはいつもスーツを着ているから、少々お堅めなクライアントの前に出しても安心かも。なんとなく誠実そうだし」と思われて、すてきな仕事が舞い込んでくるかもしれません。

ちなみに、サトシさんが身を置く広告業界のトップランナーたちは、企業のトップと対峙する機会も多いので、スーツもしくはオフィスカジュアル(ジャケット着用)の方も意外と多い気がします。たとえば、有名なクリエイターだと佐藤可士和さんとか、岡康道さんとか。つまり、仕事がデキれば、服装は関係ない世界なのではないでしょうか。

スーツ姿なのに「バカ殿っぽい人」もいる。ファッションの印象を凌駕する個性とは?

まあ、大物クリエイターを引き合いに出してもピンとこないと思うので、もっと身近に感じる人物を紹介しますね。以前、同じ会社で働いていた後輩のWくんの話を少ししようと思います。

当時の彼は、WEBディレクターをしていました。私も含めて、ほかの社員は私服で働いていましたが、Wくんはつねにスーツ。もしくはジャケパン着用でした。彼もサトシさんと同じく、洋服選びが面倒だから、スーツを着ていたクチです。

スーツを着ていると大抵の人は「きちんとした人」に見えます。でも彼はそうではありません。スーツを着ているのに、「きちんとした人ではない」ことが会って2秒でわかります。とある出版社のお偉いさんに「雰囲気がバカ殿みたいだねぇ」と言われていたほどです。

なんとなくダブルピースしていそうなイメージのWくん

なんとなくダブルピースしていそうなイメージのWくん

彼としてはスーツを着て「ビシっとしてまっせ感」を出しているつもりかもしれませんが、仕事中にTwitterを見まくったり、超繁忙期に長期休暇を取ってインドネシアに行ったり、ランチに行くといつも「お金貸してください」って言うので、貸してあげると返ってこなかったり……。あらゆる面でちゃんとしておりません。

ですが、とあるクリエイターに「こんな素晴らしい脚本は初めて読みました」と絶賛されることもあり、100打席立てば1本くらい特大ホームランを打つような男でした。

彼の場合は、ファッションうんぬんではなく、脳みそがとても個性的でした。社会人にとってファッションは、自分のキャラクターを印象づけるためのタグづけのひとつ。しかし、Wくんはスーツを毎日着ているにもかかわらず、「スーツ」というタグづけをされることなく、「変人」「オタク」という印象のほうが圧倒的に強かった。

ですから、「服選びが面倒だからスーツを着たいけど、浮いてしまう」という不安を取っ払うには、個性的なキャラクター性を周囲に浸透させて、ファッションの印象を凌駕するのもひとつの手法です。

ちなみに、彼はいま別の会社でVtuber系のお仕事をしています。先日、Wくんに「いまはどんな服装なの? まだスーツ?」と連絡したところ、「人間としての肉体すら捨てた」との報告がありました。話を聞くと、俗にいう「バーチャル美少女受肉」(※男性が女性の声とアバターを纏い、バーチャル空間で活動すること)をしているそうです。

これがいまのWくんの姿だそうです

これがいまのWくんの姿だそうです

まったく意味がわかりませんが、彼(#変人#オタク)らしいので良いのではないでしょうか……。

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Tシャツは、もはやメディア? 「大相撲Tシャツ」を毎日着てわかったこと

Tシャツは、もはやメディア? 「大相撲Tシャツ」を毎日着てわかったこと

「ファッションは、タグづけの手段」という話で思い出したのですが、ぼくもファッションで自己表現しようとしていた時期が何度かありました。

それは、前職での初出勤の日。「私服OK」と聞いていたので、赤いボトムスで出勤することにしました。なぜなら、その会社のコーポレートカラーが赤だったからです。入社初日から愛社精神を見せるチャンスだと思い、数日前にセレクトショップで同じボトムスを3本購入しました。

入社後、しばらくはその赤いボトムスを履いて毎日出勤していました。お取引き先に行った際、上司が「彼はこういう人なんです」とロジックが通っていない説明をしてくださったおかげもあり(?)、わりとすぐにクライアントに顔を覚えてもらえました。とにかく、赤いボトムスを履くことで、社内外に「そういうやつ」と印象づけることができたんです。

なぜかこの写真しか見当たらず……(左は当時の上司。右が赤いボトムス時代のぼく)

なぜかこの写真しか見当たらず……(左は当時の上司。右が赤いボトムス時代のぼく)

さらに、いまの会社に入りたてのときには、自分のなかで空前の相撲ブームが到来していて、お相撲さんの名前入りTシャツを毎日着ていました。持っていた種類は、「遠藤」「豪栄道」「鶴竜」「稀勢の里」「逸ノ城」。両国国技館で売られている1枚1,100円のTシャツです。

別に奇をてらったわけではなく、いつも同じような格好をすることで、社員のみんなに覚えてもらおうとしたんです。いわば、セルフブランディングですね。「低次元なスティーブ・ジョブズ」だと思ってください。

しばらくお相撲さんTシャツを着回していましたが、「遠藤って名前だと思っていた」とクライアントに言われたくらいで、仕事上はとくに困ったことはありませんでした。

入社1年後、大学内のワークショップでも着ていました。お相撲さんの名前の部分は、金のラメになっています

入社1年後、大学内のワークショップでも着ていました。お相撲さんの名前の部分は、金のラメになっています

それが入社1か月ほど経ったある日、会社の前で近所の美容専門学校の学生に「今日は遠藤じゃないんですか?」と話しかけられました。ここからは想像ですが、おそらく専門学校内で「毎日ローソンの前でタバコ吸ってるおじさん、遠藤ってTシャツ着てね?」「この前は豪栄道だったよ。ヤバくね?」って会話がなされていたのだと思います。

いま思うと、街に一人はいる「ヤバいやつ」扱いされていますよね……。ですが、当時この話を弊社の代表にしたら「もはやタクミくん自身がメディアだね」と言われてすごく嬉しかったのを覚えています。

ぼくが相撲にハマっていることを周囲に知ってもらえて、そこからコミュニケーションが生まれることもある。ファッション(とくにTシャツ)は、いわばセルフメディアといっても過言ではないことを学びました。

クリエイティブとファッションは似ている? 「イカのおすし」が教えてくれた大切なこと

赤いボトムスや相撲Tシャツの経験からわかったのは、おしゃれじゃなくても、ファッションは「自分らしさ」を表現するためのツールとして活用できるということ。私服OKの職場でスーツを着る人が少ないのは、私服のほうがより「自分らしくいられる」からかもしれません。

そう考えると、クリエイティブの仕事とファッションは似ている気がします。製品やサービスの「らしさ」「魅力」を、ユーザーにどう伝えるかがクリエイティブの役割で、自分自身の「らしさ」を体現するのがファッションの役割。ですが、クリエイティブ業界においては、いずれも「おしゃれであるべき」という固定概念が先にある気がします。果たして、その考え方は正しいのでしょうか?

先日、鹿児島市が主催する「クリエイターお試し移住」のプログラムに参加したときのこと。参加者とのミーティングのなかで、都会に比べて「地方のデザインは、洗練されていないものが多いかも」という意見が出ました。ですが、自分が鹿児島に滞在中、もっとも心を打たれたクリエイティブはこれでした。

某小学校のフェンスに貼ってあった看板

某小学校のフェンスに貼ってあった看板

見てのとおり、あいうえお作文のルールが完全に破綻しています。まず、最初のふたつは「知らない人」かぶり。最後のふたつは「すぐに」かぶり。そして、異様なまでに小顔でニコニコしている怪しげな男性。髪の毛が3本しかない男の子。そして、何といっても唐突に出てくる「イカのおすし」。百歩譲って、この地域がイカの名産地ならわかりますが、そんな話は滞在中に一度も聞きませんでした。

たしかに「洗練さ」はないかもしれません。でも、心には残ります。この看板のプロジェクトに、誰もストップをかけなかったことが美しいとさえぼくは思いました。こういうクリエイティブが街からなくなって、すべてが洗練されたり、なんでもかんでもデザイン化や記号化されたりしたら、それこそ寂しいですよね(って、ぼくだけですかね?)。

あとからわかったのですが、じつはこの看板を考案したのは東京都教育委員会と警視庁らしいです。この鹿児島の小学校だけでなく、全国各地でこのキャッチコピーが使われているとのこと。子どものみならず大人の心もエグるこのパンチラインが全国に広まっていると思うと、まだまだ日本も捨てたもんじゃないなと思います。

結論、スーツでも良いと思う。おしゃれよりも、すてきな仕事をしよう

だいぶ話がそれてしまいましたが、ファッションは自己表現の手法であり、タグのひとつにしか過ぎません。周りの人たちから「#頼りになるやつ」というタグづけをしてもらえれば、おしゃれでいる必要はないと思います。

ぼくのタグなんて「#Tシャツしか着ない #薄着 #ヒゲボーボー」といったところでしょう。かつてパリに1年、これまで原宿に10年以上住んだ結果がこれです。逆に奇跡だと思っています。

だって、Tシャツがいちばんラクだし、太った輪郭はヒゲで隠せますし……。サトシさんもスーツがラクなんでしょ?洋服を選ぶ時間があったら、広告クリエイティブのことを考えるんでしょ?それでいいじゃないですか。

おしゃれでいるよりも、すてきな仕事をするほうが大事です。クリエティブ業界に身を置くのであれば、人の心を動かすモノさえつくれば良い。少なくともぼくは、サトシさんのアウトプットが「イカのおすし」路線でもかまわないと思います。サトシさんがおしゃれだと思っているであろうCINRAさんのメディアで、おしゃれでも有名でもないぼくが、こうして連載をしているのを励みにがんばってください!!

【まとめ】

・ファッションは、タグづけのひとつにしか過ぎない

・相手に覚えてもらえるのであれば、何を着ても良い気がする

・「クリエイティブなものを生み出せるか」におしゃれは関係ない

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