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キャリア形成における正解がなくなったいま、私たちは一体何を基準にして自分に合ったキャリアを選べばいいのでしょうか? 本連載ではその問いに対して、複数のワークスタイルの「型」を呈示していきます。また、本連載は台湾のカルチャー誌『秋刀魚』との共同企画で、アジアの事例も交えて紹介いたします。
第2回目にご紹介するワークスタイルは「領域横断型」。多面的な能力を活かしてさまざまな分野を行き来し、ひとつの仕事を推進していくキャリアモデルのことです。今回は、台北アートブックフェア『草率季』を主催されている台湾人のFrankさんにご登場いただきます。
一言で「主催」といっても、実際に推し進めるにはキュレーション力、進行管理能力、経営的な視点など、多くの能力が求められるはず。そこでFrankさんにお話を聞いてみると、領域横断型には「マネージメントスキル」が大切なのだとか……?
職域を限定しない働き方に興味がある方、自分の好きなことをかけ合わせたプロジェクトをつくりたい方など、好奇心旺盛な人におすすめのキャリアです!
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・第1回:人生を何個分も生きている。複数のキャリアを持つよさって?(スラッシュ型)
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台湾インディーズ出版を牽引するアートブックフェア『草率季』を主催するまで
ーまずFrankさんのご経歴から教えてください。
Frank:南カリフォルニア大学でMBAを取得後、アメリカの大手芸能エージェンシー・CAAで3か月のインターンを行いました。ブラッド・ピットやスティーヴン・スピルバーグなど、所属タレントたちの才能を活かすために、精神面とビジネス面をチームでサポートする仕事です。
台湾への帰国後は、西洋の現代アートと建築を紹介するWEBメディア「草字頭」を運営したり、アートスペース「空場Polymer」を設立してイベントを開催したり。ここではキュレーション力や、メッセージを伝えるための演出力を養ったと思います。
2016年には、それまでの経験を活かして、アートブックフェア『草率季』を主催しました。多種多様な作品を集めるだけではなく、インスタレーションやパフォーマンスなどの芸術コンテンツをかけ合わせた空間づくりが特徴です。
Frank:今年11月には5回目の開催を予定しています。今回、特に伝えたいテーマは「台湾の言論の自由」と「立場の多様性」について。人権、教育、ジェンダー・エクイティ、LGBTQ+などの観点でキューレーションをしています。
およそ300ものブースが出展予定で、その数は10年以上の歴史を誇る東京アートブックフェアやソウルアートブックフェアと変わらないほど。ウイルス感染の防疫対策を徹底したうえで、海外の出展者にも約30組参加していただく予定です。
大規模イベントのプロデュースには「ロジカルさ」が必要
ーアートブックフェア『草率季』について、開催までの進め方を教えてください。
Frank:まず、そのイベントで一番伝えたいメッセージを決めます。『草率季』で言えば「多様性」です。そこから、メッセージに紐づくかたちで、各ブースのテーマなど必要なアイデアを洗い出します。ちなみに、アイデアの引き出しはメモを取ること。普段からイベントに関連する・しないに関わらず、たくさんメモを取っています。
その後、ぼくの場合は、まずマネジメント学でいう「戦略マップ」を手書きします。さまざまなアイデアを複数のレイヤーに分け、メッセージを伝えるために特に効果的なポイントを探し当てるのです。最後に、マップをフレームワーク化して、プロジェクト全体が掴める表に落とし込みます。ここまでが、何かを発想するときに自分が行うことの第一歩ですね。
ー実務に移る前の準備を念入りに行うのですね。
Frank:はい。方向性が定まることで、ロジカルな進行が可能になるのでとても大事なプロセスです。それ以降はメンバーと役割分担を行い、作業を進めていきます。現在のメンバーは自分を含めて4人。ぼくは主にフレームワークとインスタレーションアートの発想を担い、ほかの3人は工業デザイナーとスペースデザイナー、会場の準備担当です。
ー開催までの具体的な段取りはどのように?
Frank:毎年10、11月に開催しているので、同年の6、7月にはブースの申し込みを始めて、8月までに参加者を決めます。その後は、参加者とコンタクトを取り合い、ブースのデザインや使う素材を策定する。そして、インスタレーションの配置やパフォーマンスコンテンツの準備を進め、秋口からPRを開始します。
過去に出展ブースをすべて運営側で招請したときには、毎日2、300件のメールをやり取りすることもありました(笑)。
「マネージメント視点」があるから、幅広い職域を横断できた
ーアートを軸に、企画からデザイン、進行管理から会場設計まで、多くの職能を活かして仕事をされていて、まさに「領域横断型キャリア」だと感じました。ご自身のキャリアを振り返ってみて、いかがでしょうか?
Frank:「領域横断型キャリア」という言葉を聞いたのは初めてです! そう位置づけられる理由としては、自分がマネージメント出身者だからじゃないでしょうか。業務領域を絞らずに、大きく横断しながらひとつの仕事を成功に導くには、たくさんの才能ある方々との関わり合いが不可欠です。だからこそ、彼らの能力を最大化しつつゴールに向かって推進するマネジメントスキルが求められるのだと思います。
特に自分の場合は、CAAでのインターン経験が大きく影響しているんじゃないかな。この仕事では、タレントの魅力を余すとこなく伝えられるように、どの番組にアサインすべきか、ビジュアルを依頼するデザイナーや、取材してもらうメディアをどこにするかなど、あらゆる要素を考えてチームで進めていきます。
多くの人とコミュニケーションを取りながら、より良いやり方を見つけたら都度話し合って変化し、メンバー全員で成長していく。自分の素地はここでつくられたと思います。
ー根気も必要そうですね。
Frank:アーティストを相手にしているので、特にそうかもしれないです。アーティストはこだわりが強く、かつ細部に気づくので、小さいことで喧嘩が起こるんですよね。「空場Polymer」を始めて1年目は、ほぼ毎日喧嘩をしていたくらい(笑)。でも、アーティストたちの小さなことに気づける繊細さは才能です。それを活かす存在がぼくたちだから、彼らと意思疎通ができるように冷静でいる。精神論になってしまいますが、それによってプロジェクトで目指すべきテーマからブレずに進行できるのだと思います。
ー主催者としての情熱を持ちつつ、周囲をモチベートする姿勢が大切なのですね。
Frank:そうですね。
自分ひとりじゃ到達できない世界を見られる。それが領域横断型の醍醐味
ーFrankさんにとって、領域を横断することの醍醐味はなんですか?
Frank:さまざまな職種の人とコミュニケーションを取れること、そしてチームで成長できることでしょうか。ぼくの場合は、アートブックフェアを主戦場にしているので、数々のアーティストとのやり取りを通じて、より広い世界に触れることができます。また、新たなことに挑戦するアーティストと運営スタッフが一緒に高みを目指すことで、ひとりで戦う以上の結果を生むことができるのです。
ー逆に大変なことは?
Frank:バランス感覚が求められる点ですね。この仕事でいうと、イベントで収益をあげるために、出展者とどうコミュニケーションを取って運営を進めていくかが一番むずかしいです。つまり、出展者に安心してイベントに参加してもらい、伝えたいメッセージが伝わるように力を合わせて創作すること。そして最終的に来場者に作品を購入してもらえるようにサポートすること。これは、会場デザインやキュレーションよりも大変。
もともとお金儲けは目的ではないのですが、イベントがどんなにかっこよくても、自己満足なら意味がない。とはいえ、あまりお金は稼げないんですが……。最初の2年間は大赤字で、自分たちの給料を計算に入れないで3年目はやっとプラマイゼロ、4年目はギリギリ黒字といったところです。
ーコストとクオリティーのバランスを取ることが課題ということですね。
Frank:はい。私たちの展示は、メッセージのプレゼンテーション方法と、美学的な編集にこだわっています。だから、来場者にアイデアを伝えたり、インスピレーションを与えたりする方法をもっとも重視しています。ただ、それを追求していくと当然利益は少なくなる。
現時点での解決方法として、スタッフ一人ひとりの作業時間を算出して、イベントづくりは創作ではないことをハッキリさせる。そして、制限した時間のなかでアウトプットのクオリティーを保つことを努力しています。
あと『草率季』だけでは稼げないので、ほかのプロジェクトも動かしています。悩みがあるとすれば、忙しすぎることですね(笑)。別のプロジェクトがないと『草率季』を続けることができないので、仕方のないことなのですが。
芸大出身じゃなくてもアートで生きられる
ー「横断型キャリア」にはどんな人が向いていると思われますか?
Frank:そうですね、自分が話したのはほんの一例で、キュレーターたちのワークスタイルは人それぞれだから、向いている・向いていないで判断するのではなく、いろんなことを試してみることが大切だと思います。
ーまずはいろんな経験を積んで自分のスタイルを模索すべきと。
Frank:かもしれないですね。自分だって30歳までやりたいことがわからなかった。海外でのインターンを経て、台湾に戻ってきていろんなことに挑戦するなかで、自分の内側にある「好きな作品を多くの人とつなげたい」というモチベーションに気づくことができた。
人との出会いも大きかったですね。『草率季』の前身である「空場Polymer」は非営利団体だったので、給料はもちろん一切ないし、団体の運営資金もほぼなかった。でも、なかにいる人は全員有能で、創作意欲に溢れていて、一緒に仕事をすると自然と自分の能力を発揮したくなるんです。仲間でありながら、家族のような存在ですね。彼らと巡り合ったことがきっかけで台湾アート界とのつながりができました。
ー仕事の能力を高めるために、意識されていることはありますか?
Frank:情報を吸収し続けて、センスを鍛えることですね。高校時代、Appleが好きで、インターネットの電子掲示板でApple製品に関する情報をフォローして以来、ITニュースを読むようになって。さらにアートやデザインにも興味があったので、図書館でネットサーフィンをして「お気に入り」をたくさん保存して。毎日70、80個くらいのサイトをチェックしていました。
ぼくは芸大出身ではないけど、意外とこれで自分の審美眼を磨けたと思っています。いまは時間があまりないので、Instagramで情報をチェックしています。
あと、自分は仕事とプライベートを分けないタイプなので、日常生活でもアンテナを張っています。イタリアに旅行したときに、相談することはなくても地元のアーティストたちを訪ねたり、最近は息子がつくった変なモノによくインスパイアされたりしています。
仕事のジャンルが多様化する社会。「これからの働き方」で大事なこととは?
ーFrankさんは、これからの働き方においてなにが大事になると思いますか?
Frank:音楽のジャンルが多様化していくように、仕事のジャンルも多様化していますよね。つまり、仕事選びにおいて、自分が好きなこととそれ以外を区別できるようになってきたということ。だから、これから多くの人は、自分が「一番好きなこと」や「上手にできること」を認識して、それを発揮させるための仕事を選ぶことが大切になるのだと思う。
あと、最後に台湾人の性質的なことをお話すると、多くの人が「好きならやればいい」という意識を持っていますね。事業を立ち上げるときにも「なんでやるの?」「儲かるの?」みたいなことは聞かれない。自分の意志を自己責任において全うすることに対してポジティブですし、そもそも人と違うことをする人に対して、否定の意識がありません。ぼくがいまのようにインディーズ出版業界を盛り上げることができたのは、台湾社会の包容力のおかげかもしれません。
■CINRA.JOB編集部の「ただ聞きたい!」
ー今後日本に行ける機会があったら、やりたいことはなんですか?
散歩です。歩きながら新しいものや店をたくさん見つけることが新鮮で楽しい! 東京に旅行するときには毎回めちゃくちゃ歩き回ります。
ー日本人にオススメしたい台湾スポットは?
翡翠や珊瑚などの宝飾品を扱う市場「玉市」ですね。自分もよく週末に息子を連れていきます。彼も宝石が好きらしくて! 台湾の玉市文化は特別だと思っているので、海外の方がいらっしゃるときには、こういう台湾っぽい場所を案内します。
ー芸術を楽しむには?
リラックスして鑑賞してください。作品を理解しなくてもいいのです。気になるものだけ意味を想像してみる。自分の感覚を通じて、作品と自然につながってください。
ーこれから挑戦してみたいことはなんですか?
息子と一緒に会社を立ち上げたいです。最近息子が思いついたアイデアを、自分の引退作・彼のデビュー作としてやってみたいと思っています。いまはまだ言えませんが、結構おもしろいアイデアですよ!
ーFRANKさんの趣味はなんですか?
植物の栽培です。植物の日々の変化に気づいてあげられると達成感を覚えます。散歩もそうだし、周りを観察するのが好きなんでしょうね。仕事が停滞しているときにも、変化を感じることができます。
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