その仕事、やめる?やめない?(CINRA)

人事からコピーライターへ。電通・阿部広太郎が実践した、社内転職という選択

プロフィール
阿部 広太郎

株式会社電通 コンテンツビジネス・デザイン・センター コピーライター/プロデューサー。1986年生まれ。人事局に配属後、入社2年目からコピーライターに。コピー、作詞、脚本などの「言葉」を企画し、エンタメ領域からソーシャル領域まで境界を越えてコンテンツのプロデュースを行う。映画『アイスと雨音』『君が君で君だ』、舞台『みみばしる』プロデューサー。BUKATSUDO講座 「企画でメシを食っていく」主宰。著書に『待っていても、はじまらない。-潔く前に進め』(弘文堂)。

「君はコピーライターに向いていない」。先輩にそう言われてもコピーライターになることへの夢を諦めずに叶えてみせた、株式会社電通の阿部広太郎さん。かつては人事局に所属していたが、いまでは広告コピーだけでなく、作詞、映画のプロデュースなど幅広い仕事を手がける売れっ子のコピーライターだ。人事とコピーライターはまったくの異職種だが、どのようにして夢を叶えたのだろうか。
好きなことと仕事のどちらを取るかで悩むすべての人に贈る連載、「その仕事、やめる?やめない?」の第三回目。新卒から同じ企業にいながらも、「やりたいこと」を体現し続けてきた阿部さんに話を聞いた。

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コピーライターの「コ」の字も頭になかった。アメフト男子がクリエイティブに目覚めた瞬間

阿部さんは広告のコピーライターだけに止まらず、企画する力をはぐくみながら仲間を見つけられる場「企画でメシを食っていく」を主催するなど、クリエイティブな活動をオンオフ問わず行なっている。しかし、かつては、「自ら何かを生み出す仕事」には縁がないと思っていたそうだ。

阿部:学生時代は、コピーライターの「コ」の字も頭にありませんでした。中学からアメフトをやっていて身体がデカかったぼくは、OB訪問とかでも「君は体力ありそうだから、営業が向いてそうだね」などとよく言われていました。ぼく自身もそう思っていましたね。

株式会社電通 コピーライターの阿部広太郎さん

株式会社電通 コピーライターの阿部広太郎さん

アメフトをとおして、チームやスタッフ、観客たちと一体になる感覚に魅力を感じていたことから「世の中に一体感をつくる仕事がしたい」と考えた。広告業界ならそういった仕事ができそうだと感じ、2008年に電通に入社。就職した阿部さんが最初に働くことになったのは人事局だったという。

阿部:人事での仕事に不満はありませんでしたし、やりがいも感じていました。でも、入社1年目の夏に担当した学生インターンシップが、のちのぼくの人生を大きく変えることになったんです。

自分と2、3歳しか変わらない学生たちが、おそろしく輝いて見えたんですよね。講師からもらった課題に対して企画を立てて、キラキラした目で積極的にプレゼンテーションしている。そんな彼らを、ぼくは後ろからビデオカメラでただ撮影しているだけ……。

そのときの自分が感じていたのは、猛烈なジェラシーでした。勝手に「自分はつくり手に向いてない」と決めつけて、挑戦することすら諦めていた自分が情けなくて。心の奥底で火種がくすぶるように、ずっとクリエイティブなことがやりたいと思っていた自分に初めて気づいた瞬間でした。

「君はコピーライターに向いてない」。先輩にそう言われながらも、もがき続けた日々

自分の考えたアイデアや企画で、世界の温度が上がるようなことをしてみたい——。そうした思いに突き動かされた阿部さんは、クリエイティブ系の部署への転局を目指すことにした。約4か月後に迫った、社内の転局制度「クリエイティブ試験」突破が当座の目標となり、猛勉強を始めた。

阿部:人事という立場上、大先輩のクリエイティブディレクターと知り合う機会があったんです。その人に頼み込んで、課題を出してもらい、コピーを書いて、ランチの時間に講評をもらうという特別レッスンをしていただいて。

でも、ダメ出しを食らうばかりでしたね。ある日の帰り道、「君は向いてないね」「クリエイティブの気持ちがわかる営業になってよ」なんて言われて……。相当へこみました。

けれど、簡単に良いコピーが書けてしまうほど、たやすく叶う夢ではないこともわかっていました。だからこそ、「自分の可能性を決めるのは、他人じゃなくて自分である」という信念は揺らがず、「なにくそ! 向いてるか向いてないかじゃなくて、やりたいかやりたくないかだ!」と思いながら勉強を続けました。

そして、入社2年目の春。努力の甲斐あって、無事試験を通過した阿部さんは、2009年にコピーライターのセクションに異動することになる。一見すると順風満帆なように見えるが、目標だったコピーライターになった彼を待っていたのは、日に日に募る焦りともどかしさをやり過ごす日々だった。

阿部:コピーライターという肩書きを手に入れて、周りからも「すごいね」と言ってもらえて嬉しかった。ですが実際は、「同期のコピーライターの企画が採用された」なんて話を聞いては焦る日々でした。

同じ案件を担当する先輩の書くコピーに圧倒させられるばかりで、自分のコピーは採用されるどころか、かすりもしない。このままで大丈夫なんだろうかと思いつつ、社会人になって社外の同期と会うのが楽しくもあり、週末は飲み会ばかりしていましたね。

で、ある夜、帰り道に猛烈に虚しくなって、火照った顔に夜風がめちゃくちゃ冷たくて……。その後、音楽ユニットMOROHAの『革命』という曲を知るんですが、歌詞がまさにその頃の自分のことを歌っているようで、いまでも苦しいときに聞いてます。


MOROHA『革命』

阿部:そんなやりきれない日々を過ごしていくなかで、次第に「誰がどんな仕事をしてるとか、噂をしている場合じゃない」と気づいたんです。「飲み会で瞬間の気持ちを消費するばかりではダメだ。ちゃんと胸を張れる仕事をしなきゃ」と。社外の同期たちとも飲み会じゃなくて、いつか仕事の場で出会いたいと思うようになり、気持ちを新たにふたたび勉強の毎日が始まりました。

週末はコピーライター養成講座にかよって、時間があれば過去の名作コピーを読み、ひたすら書き写しをしていました。いまでもそのノートはカバンに入れて持ち歩いています。

ノートには、当時コピー年鑑から写経したコピーがびっちりと刻まれている

ノートには、当時コピー年鑑から写経したコピーがびっちりと刻まれている

同じ会社に在籍し続けるという選択もある。「理想の職場」は自分でつくるもの

そうした地道な努力が実り、2012年には全国統一高校生テストのポスターで、コピーライターの登竜門ともいわれる「TCC(東京コピーライターズクラブ)新人賞」を受賞。以降も、優れたコピーと企画力を武器に、広告業界の最前線で活躍を続けている。新卒で入った電通にいまも在籍しているが、阿部さんなら独立やフリーランスになることも可能なはず。これまで、電通から離れることを考えたことはないのだろうか。

阿部:もちろん、可能性として頭をよぎる時期もありました。うまくいかないこともたくさんありますし、長く働いていて、ずっと楽しいなんて、そうないですよね。「この仕事が本当に自分のやりたいことなのか?」と、不貞腐れたことだってあります。

人間関係だって難しい。人と人との関係性の上に成り立っているのが「仕事」ですから、当然働いていれば摩擦だって起こります。でも、そういうときに思うのは、「働く」意識を、「働きかける」というふうに変えていかなければ、理想の職場など存在し得ないということです。

阿部:もし、「もっとこうだったらいいのに」「こういうことがしたいのに」という思いがあるのなら、そうなるように社内に働きかけたり、提案したり、人に相談したりといった行動を自分から起こすことも重要だと思うんです。

もちろん、根本的に思想が合わない集団や、無理難題ばかりを押しつけられるような環境だったら、いち早くそこから逃げてほしいと思います。でも、もしそうでなければ、「自分からこの環境を変えてみせる」というチャレンジをしてみるのもアリなのではないでしょうか。

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もう、周りの環境のせいにしない。「やりたいこと」を会社に理解してもらうためには?

もう、周りの環境のせいにしない。「やりたいこと」を会社に理解してもらうためには?

最初から「理想の職場」を求めるのではなく、いまいる場所が理想の職場になるよう行動を起こすべし——。人事からコピーライターに社内転職した阿部さんだからこそ、この言葉は説得力を持つ。

阿部:「環境のせい」にする前に、社内の制度を活用してみたり、面白い仕事をしている社員がいたら積極的に連絡してみたり、自ら動くことで環境自体を変えられるかもしれない。

いまの環境のせいにして転職や独立をしてしまったら、また次の職場で気に入らないことが出たときに「じゃあ、また次の新たな環境を探すか……」と同じことの繰り返しになってしまうと思うんです。

また、職場の環境だけでなく、仕事外の時間ももちろん大事。オンオフともに「理想の環境」を追求することで、人生の充実度は変わってくるという。

阿部:極論をいえば、「仕事が楽しい」よりも「人生が楽しい」になれば良いですよね。となると、会社にいない時間、すなわち「自分の時間」をどう使うかも重要。

当たり前ですが、仕事後や休日の「自分の時間」に何をするかは自分で決めることができます。趣味でも何でも、やりたいことや好きなことに使えばいいのですが、ぼくは自分の職能をパワーアップさせたり、職域を広げたりするために使っています。「企画でメシを食っていく」の試みも、そのうちのひとつです。

2015年から始動した企画力を育む場、通称「企画メシ」。写真は2019年11月に行われた、5周年記念『企画祭』の様子

2015年から始動した企画力を育む場、通称「企画メシ」。写真は2019年11月に行われた、5周年記念『企画祭』の様子(画像提供:阿部広太郎さん)

阿部:最初は照れくさいかもしれませんが、プライベートで行っている活動も「こんな想いで、こんなことをやっています」と上司や同僚に話してみることが大事だと思います。実際、ぼくは「企画メシ」の想いを社内に伝えていった結果、社内報にも取りあげてもらいました。

そういった周囲の理解や応援は本当に嬉しいですし、本業のやる気にもつながりますよね。そうした社内における丁寧な関係性づくりの重要性は、人事時代に気づけたことのひとつです。

志は誰にも負けない。「ただの会社員」が、プロの表現者と対等に渡り歩く秘訣とは

「会社の一員」であることを肯定しながら、その枠にとらわれずに自らの理想もとことん追求し続ける阿部さん。「サラリーマンの自分」との向き合い方を見つることができたきっかけは、先輩のある言葉だったという。

阿部:「アーティスト、タレント、役者……『本物の表現者』たちと、これからたくさん出会うことになると思う。自分がサラリーマンだとしても、志の高さだけは負けるな」と、先輩に言われたことがあって。

この言葉に救われて、「自分はただの会社員だから」と卑屈になることがなくなりました。会社も職種も年齢も関係なく、自分の高みを目指しながら、さまざまな人に積極的に会いにいっています。

実際に各業界の最前線にいる方々と接していても、フリーランス・会社員など立場や肩書きで人を評価する方はいません。「仕事と向き合う姿勢」を見ているんだなと感じます。

「企画メシ」にて、阿部さんが企画生に向けて伝えた言葉

「企画メシ」にて、阿部さんが企画生に向けて伝えた言葉

先輩からかけられた言葉を励みに、多くのビッグクライアントや著名な文化人などと仕事をしてきた阿部さんにとって、人との出会いこそが、仕事を、そして人生を駆動させる原動力になっているようだ。

阿部:とくに、もともと大好きな方だったので企画を持ち込んで、何度か仕事をご一緒させていただいたクリープハイプの尾崎世界観さん、大学のクラスメイトでいまでは一緒に仕事もしている映画監督の松居大悟さんには、大きな刺激を受け続けています。


R25創刊10周年タイミングで、阿部さんがクリープハイプにオファーして生まれた楽曲『二十九、三十』


映画『君が君で君だ』。監督は松居大悟さん、企画・プロデュースが阿部さん

阿部:お二人はそれぞれの表現の仕方で「人の心を動かすもの」をつくり、たくさんの人に届けようとしている。彼らがどんな姿勢で仕事に取り組んでいるのかを知れたことが、いわば自分にとってのブースターになっているんです。

やっぱり一人だと心細くて、誰しもが心折れてしまいそうになりますよね。でも、場所は違えど、同時代を生きて「ともに闘っているんだ」と思える人がいることで、「自分も頑張らなきゃ」って思える。その気持ちさえあれば、どこにいたとしても「自分の仕事」に誇りを持ちながら生き生きとした人生を送れるんじゃないでしょうか。

本当にやりたいことは、絶対に止めちゃいけない。小さなことでも続けることが大切

そうした「未来の同志」は、意外と近くにいるかもしれない。しかし、その存在に気づけるかどうかは、やはり自身の行動次第だ。

阿部:自分が思っていることを、とにかく言葉にして、外に向かって発信し続けることが重要です。どんなに拙くても、まとまってなくても良いんです。自分のボールを投げることが大事なので。

いまは、TwitterやFacebookやnoteなど発信ツールが身近にあります。それらを積極的に利用して自分の思いを発信し続ければ、「私もそう思ってた!」という人がきっと現れるはずです。一人でチャレンジするのが不安なのであれば、まずは共感者を見つけるところから始めてみてはいかがでしょうか。

最後に、仕事を「やめるか、やめないか」で悩んでいる人たちに、こんなメッセージをくれた。

阿部:「やりたいこと」ができる環境をつくれるなら、いまの仕事をやめてもやめなくても、どっちでも良いと思うんです。

ただ、「悩んでいること」に悩まないでほしいです。悩む時間って、じつはすごく貴重なんですよ。それは、社会と自分との接地点を模索する機会であり、社会と自分との折り合いをつける時間でもある。葛藤は財産です。悩んだ結果、どうしてもやりたいことがあるのなら、小さなことからでも始めてみるべき。そして、それを続けるのがいちばん大事です。

ぼくがプロデューサーとして携わった松居大悟監督の映画『アイスと雨音』のキャッチコピーが、「本当にやりたいことは、絶対止めちゃいけない。」なんです。ぼく自身が書いたコピーであり、心の底からそう思っている言葉です。悩み抜いた先には、必ず面白い仕事が待っているはず。ですから、やりたいことを簡単に諦めないでほしいです。


映画『アイスと雨音』予告編

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