ハッカソンにバイオ技術。ひと味違う芸術祭『KENPOKU ART』

岡倉天心や横山大観も愛した、茨城県の自然と最先端のテクノロジーが出会う

今年初開催の『KENPOKU ART 2016 茨城県北芸術祭』は、森美術館館長の南條史生が総合ディレクターを務める、茨城県北地域6市町を拠点とした大規模な芸術祭。キャッチコピーで「海か、山か、芸術か?」と謳われている通り、太平洋を望む砂浜から山間部まで、約1652平方キロメートル(!)にわたり展示エリアが広がります。

岡倉天心や横山大観が愛して居をかまえたという自然豊かな景観のスケールと、そこで展示される先端のテクノロジーを活かした先鋭的な作品のコントラストが本祭の特徴と言えるでしょう。今回のレポートでは、国内外85組による100点を超える多彩な作品のほんの一部を通して、本祭の魅力の一端を紹介します。

日本屈指の「渚」に立ち、虚構と現実を行き来する

まず、日本の渚百選に選定され、ビーチバレーの試合会場としても有名な高戸海岸(前浜)で目に飛び込んでくる青空のかけら。これは、イリヤ&エミリア・カバコフの代表作のひとつ『落ちてきた空』です。

イリヤ&エミリア・カバコフ『落ちてきた空』(1995 / 2016)
イリヤ&エミリア・カバコフ『落ちてきた空』(1995 / 2016)

昔、とある航空マニアの人物が生活した、空の絵の描かれていた建物。その一部が台風によって吹き飛ばされたものだというストーリーが本作には隠されているとか。ただ、そのような人物が実在したのかどうか? 本当のところはわかりません。不思議なストーリーの余韻と、風光明媚な海岸の風景がダイナミックな体験をさせてくれる展示です。

その隣には、ニティパク・サムセンによる、ビーチボールを思わせる素材でできたカラフルな消波ブロック『テトラパッド』が展示されています。一般には、景観を破壊すると議論があるというテトラポッドですが、作家はその形をユーモラスなものとして捉えているのです。

「和の美学×テクノロジー」が生み出す新たなおもてなしとは? チームラボの新作を見る

そして、同じく海に面した茨城県天心記念五浦美術館では、チームラボの個展形式の特別展示『小さき無限に咲く花の、かそけき今を思うなりけり』が開かれ「和の美学」をテーマに8作品が集まります。

新作『小さきものの中にある無限の宇宙に咲く花々』では、会場内にお茶室が出現。お茶を点てることで、茶碗の中に花々が生まれる本作は、会期中の毎週日曜日・祝日に、亭主によるお抹茶のもてなしとともに体験・鑑賞することができるそう。

チームラボ『小さきものの中にある無限の宇宙に咲く花々』(2016)
チームラボ『小さきものの中にある無限の宇宙に咲く花々』(2016)

9組の作家が参加した常陸多賀駅前商店街では、空き店舗を利用し展示を行う地域のあり方に着目した作品にも目が留まりました。中崎透は、「美和」「水府」「金砂郷」など、市町村の統廃合により今は消えてしまった県北の地名地域をライトボックスタイプの看板にしたインスタレーション『看板屋なかざき』を発表。

中崎透『看板屋なかざき』(Photo:木奥恵三)
中崎透『看板屋なかざき』(Photo:木奥恵三)

中崎透『看板屋なかざき』(Photo:木奥恵三)
中崎透『看板屋なかざき』(Photo:木奥恵三)

昼夜を問わず賑やかに輝く看板は、茨城県出身であるアーティスト自身の思い出、人々に親しまれてきた土地の記憶を物語っているように見えます。

また、屋外で展示される作品としては、日本に住む外国人女性と周囲の人間関係の変化を描いた『ハウアーユー?』が話題となった漫画家の山本美希が、バス停のベンチにイラストを提供した作品も見ることができます。

山本美希『爆弾にリボン』(2011)三才ブックス
山本美希『爆弾にリボン』(2011)三才ブックス

宇宙飛行士をして「宇宙から火柱が見えた」と言わしめた海と山の狭間にあるパワースポット

ここまでは海の周辺を拠点とした作品。次は山へと移動しますが、海と山のちょうど境界付近に位置しているのが、パワースポットとして名高く、地元の人々の間では宇宙飛行士の向井千秋が「宇宙から地球を眺めた時に、(あるはずのない)火柱が見えた」と語ったエピソードでも有名な御岩神社です。

木々が茂り、澄みきって神聖な雰囲気が印象的なこの場所では、岡村美紀と森山茜が作品を発表。岡村は、境内にある斎神社にて天井画『御岩山雲龍図』を手がけます。「シンボル化されている伝統的な龍を現代的に見せたかった」と自らが話す通り、県北地域の鳥瞰図に重なり合うように、従来的なスタイルとは異なる龍雲図が描かれています。

岡村美紀『御岩山雲龍図』(Photo:木奥恵三)
岡村美紀『御岩山雲龍図』(Photo:木奥恵三)

一方、透明なフィルム6000枚が使用された森山の『杜の蜃気楼』は、風や眺める角度によって質感や色彩が異なって見えるなど、様々な表情を見せる立体作品。杉林の中をたゆたっているかのような本作のおすすめの鑑賞方法は、遠目ではなく、近くから見ること。そのことで、小さなフィルムの繊細な動き、大きな変化を体感することができます。

森山茜『杜の蜃気楼』(Photo:木奥恵三)
森山茜『杜の蜃気楼』(Photo:木奥恵三)

ハッカソンに、芸術祭初参加となる新世代のアーティスト。土地の力を借りて、新しいアートが生まれる

次は本格的に山へと移動します。温かみのある木造校舎が人々を迎える常陸大宮市・旧美和中学校では、県北地域の自然と、炭坑や鉱山が栄えた産業の歴史をテーマに最先端のテクノロジーを利用した作品や、アーティスト、エンジニア、デザイナーなど、様々なジャンルの専門家が集まり、ひとつの作品を作りあげる「ハッカソン」による作品を紹介。芸術祭初の試みとなるハッカソンによる作品選出は、新しいアートの制作方法を示しているようでした。

『干渉する浮遊体』(2015)Photo:水落大 / 透明の大きな器の中に、空中に静止する球体を浮かべている
『干渉する浮遊体』(2015)Photo:水落大 / 透明の大きな器の中に、空中に静止する球体を浮かべている

『ヴァイド・インフラ』(2015-2016) / 県北の名産品である納豆菌から納豆樹脂を作り、3Dプリントで構造物を構築。『KENPOKU ART 2016 茨城県北芸術祭』では映像作品、3Dプリントの構造物を展示
『ヴァイド・インフラ』(2015-2016) / 県北の名産品である納豆菌から納豆樹脂を作り、3Dプリントで構造物を構築。『KENPOKU ART 2016 茨城県北芸術祭』では映像作品、3Dプリントの構造物を展示

本祭のイメージビジュアルのひとつである落合陽一の『コロイドディスプレイ』は、シャボン膜を超音波で震わせることで蝶の姿が投影されるという最先端の技術使用が特色のひとつですが、教室の中ではどこかノスタルジックな気配を纏っています。こうした場所と作品の意外な化学反応は本祭における大きな醍醐味と言えるかもしれません。

落合陽一『コロイドディスプレイ』落合陽一『コロイドディスプレイ』(2012 / 2016)
落合陽一『コロイドディスプレイ』落合陽一『コロイドディスプレイ』(2012 / 2016)

展示スケールも作品の数もダイナミックな『KENPOKU ART 2016 茨城県北芸術祭』。いずれの作家も、環境を存分に活かすサイトスペシフィックな発想で作品を完成させており、美術館のホワイトキューブで観るのとは全く異なる体験をすることができます。

出展者である落合陽一は、「現代人は身体を動かしたがっている」と語っていましたが、たしかに昨今のフェスやイベントの隆盛というのは、テクノロジーの時代において、リアルな身体感覚を取り戻そうと願う心の動きによるところがあるでしょう。その点、『KENPOKU ART 2016 茨城県北芸術祭』は、身体を動かして移動しないと作品にたどり着くことができません。効率を重視し、情報としてアート作品を摂取するのではなく、土に足をとられ、海や山の風景に翻弄されながら鑑賞する行為は、決して一般化され得ない観客固有の記憶として刻まれるはず。今の時代に合った芸術祭のあり方を見た気がしました。

イベント情報
『KENPOKU ART 2016 茨城県北芸術祭』

2016年9月17日(土)~11月20日(日)
会場:茨城県 日立市、高萩市、北茨城市、常陸太田市、常陸大宮市、大子町内の各会場



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