おじさんの顔を上空に浮かべたりしてきた「目」が別府で新たな目論み
目【め】は、大掛かりな仕掛けによって体験者の知覚や認識を揺るがす作品で知られる芸術活動チームである。例えば、銀座資生堂ギャラリーの個展『たよりない現実、この世界の在りか』(2013年)では、地下にある広い展示スペースを高級クラシックホテルそのものに改装した、マジックハウスのようなインスタレーションが来場者を驚かせた。あるいは、宇都宮美術館の屋外プロジェクト『おじさんの顔が空に浮かぶ日』(2014年)では、文字通りおじさんの巨大な頭部(バルーン製)を街の上空に浮かべ、プロジェクトを知らない人までをも巻き込む事件・現象を生み出した。
宇都宮美術館館外プロジェクト『おじさんの顔が空に浮かぶ日』(2014年)
その後も、新潟や瀬戸内などで次々と話題作を展開してきた目【め】が、日本有数の温泉地・別府で新たなプロジェクトを展開している。その名は『目 In Beppu 「奥行きの近く」』。昨年まで、同地で3年に1度開催されていた『別府現代芸術フェスティバル「混浴温泉世界」』の後継企画として、1年に1度、アーティスト1組だけを招聘し、地域性を生かした大型作品を発表するアートプロジェクト『in BEPPU』の第1弾である。
完全予約制のツアーの舞台は別府市役所
舞台となるのは別府市役所。完全予約制、ツアー形式の同作は、市役所内をガイドに案内されながら巡るという内容である。開庁時間内のツアーであれば職員が働き、市民がいろいろな手続きを行うなかを、参加者は行き来する。あるいは土日の休庁日であれば、まず見ることのない無人の市役所を目にすることになるだろう。
9割以上、パブリックな空間が舞台となる作品のため、参加者にはツアー開始時にかなり物々しい誓約書への同意が求められる。「ツアー中の私語は控える」「ガイドの指示・案内に従わない場合は退場してもらう」「反社会的な集団に属する人物は参加できない」などなど……。
そしてもうひとつ。「ツアー内で目にしたもの、体験したことの具体的な詳細は、会期中には絶対にSNSやブログなどで明かしてはならない」。つまり、この体験レポートもその先のことは一切書くことができません! というわけで、ここから書くことは作品と関係するようで関係しない、でもやっぱり関係するかもしれない四方山ばなしになります。
別府の街は異世界的? 揺るがされる「遠近感」
今回取材のために訪れた別府は、それ自体が異世界的な街である。別府八湯の名で親しまれる鉄輪(かんなわ)温泉や明礬(みょうばん)温泉は、もくもくと立ち上る白い湯気をはるか遠くからでも望むことができる。雨の日などに同地に赴くと、視界一面が真っ白に覆われ、まるで別の惑星に降り立った錯覚を覚える。土地の形状も面白い。小さな扇状地に作られた別府は、東側の別府湾以外の三方を山に囲まれている。市の中心部からぐるりと街を眺めると、こちらに向かって迫ってくるような起伏の激しい山々が印象に強く残る。
別府の代名詞である温泉も、東京ではほとんど見ない作りをしている。別府駅から徒歩2分ほどのところにある駅前高等温泉は、番台で入浴料を払い、男湯に入ると、即、湯船だ。ふつう銭湯や温泉といえば、まず手前に脱衣所があり、いちばん奥まったところに浴室があるものだが、ここではその2つが一体化している。さらに板塀を備えた窓の外はすぐに街の大通りになっていて、プライベートとパブリックが、東京からやって来た人間にとっては、びっくりするほど至近に隣り合っている。
今あげたような特質を持つ別府の街を歩いていると、「遠近感」が大きく揺らいでくる。遠くにあるはずのものが近くにあり、近くにあるべきものが遠くにある。数キロメートル先にあるものを、望遠鏡を通して見ることでグッと手前に引き寄せる感覚が、別府のいたるところに潜んでいる。
ツアーを終えたあとも続いていく、「遠近」を行き来する往還
こういった知覚を揺るがせる体験は、目【め】が結成以来目指してきたテーマときわめて近いものだろう。冒頭で紹介した『たよりない現実、この世界の在りか』展で、目【め】は2つの客室を用いたインスタレーションを作った。いかにも高級という感じの客室に設えられた鏡がじつは通路になっていて、その奥には完全に反転した部屋がもう1つ用意されていて自由に行き来できるという大掛かりな仕掛け。
その造形物としての完成度もさることながら、「鏡」に込められた概念的側面、つまり社会的機能、自己を認識するための場としての鏡や、そこから生じる、鏡の前で思わずモデルのようにポージングしてしまうような人間の振る舞いなどに対する分析的言及を含むという点で、空間そのものがコンセプチュアルな批評の実践として機能していた。
別府市役所内で展開する作品『奥行きの近く』も、これまで同様に空間の機能や意味を脱臼し、飛躍させる仕掛けが用意されている。だが、多くの参加者は「え、これだけ?」と拍子抜けするだろうと思う。たしかに「目に見えるもの」としての設えはきわめて端正で、シンプルだと言ってよい。だが、それがある場所の社会的意味、あるいはそれが会期中にずっとあり続けることへと想像を広げるならば、今回、目【め】が揺さぶろうとしている対象が、参加者だけではなく、そして人だけでもないことに気づくはずだ。
作品制作にあたって、目【め】は別府各所のリサーチを何度も重ねたという。その経験は、明らかに本作に反映されている。内側が外側へ、外側が内側へ。そうやって遠近を行き来する往還は、ツアーを終え、煙に巻かれたような気持ちで市役所を出ても終わらないだろう。ぜひ別府の山並みに目を向けてほしい。「奥行きの近く」はずっと続いているのだから。
- 作品情報
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- 『目 In Beppu』
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2016年11月5日(土)~12月2日(金)
会場:大分県 別府市役所内
料金:無料
- プロフィール
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- 目 (め)
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個々のクリエイティビティーを特性化し、連携を重視するチーム型芸術活動。中心メンバーはアーティストの荒神明香(1983年生まれ)、ディレクターの南川憲二(1979年生まれ)、制作統括の増井宏文(1980年生まれ)の3名。果てしなく不確かな現実世界が実感に引き寄せられる体験を作品として展開。
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