ソニーデザインが『SXSW 2017』で発表した五感を刺激する新体験

ソニーが大々的に出展した『The WOW Factory』に会場の反応は?

テキサス州オースティンで毎年3月に開催される音楽、映画、インタラクティブの祭典『SXSW(サウス・バイ・サウスウエスト)2017』(以下『SXSW』)が、2017年3月10日~19日まで開催された。大物スピーカーが登壇し毎回注目を浴びるセッション、スタートアップや企業が最新のプロトタイプを紹介するトレードショー、そして過去にはPerfumeや水曜日のカンパネラなども出演し国際的な注目を浴びる場となるライブパフォーマンスなど、五感を刺激するコンテンツが10日間の会期中にぎっしりと詰まっている。

なんと言っても『SXSW』最大の特徴は、刺激的なセッションや展示を通して、世界80か国以上からの参加者同士がネットワーキングをすることだ。別の言い方をすれば、参加者が積極的に人に伝えたくなるような内容を提供すること、これが『SXSW』での成功を意味する。

そんな中で今年のソニーの展示は、来場者の参加を積極的に促し、まさに人々のコミュニケーションを活発にさせていたと言っていいだろう。実はソニーブランドとして『SXSW』に参加するのは今回が初。今年は満を持して最新の体験型デモを集結させたブースを大々的に出展した。

 

ソニーのクリエイティブセンターのデザイナーがコンセプトから全体の空間デザインに対してディレクションを行った『The WOW Factory』と題された500平方メートル程の広さの倉庫を貸し切った空間には、製品になる前のソニーの最新テクノロジーを使った、10点ものインタラクティブコンテンツが並んだ。

『The WOW Factory』展示風景
『The WOW Factory』展示風景

『The WOW Factory』展示風景
『The WOW Factory』展示風景

参加者からは「まさにWOW! 未来を感じる展示がたくさんあった」「今年の『SXSW』の中で一番」など、楽しく体験できる展示にポジティブな意見も多く聞かれた。実験的でありながら、エンターテイメント性も高い展示だったことが、多くの参加者の心を掴んだ要因だろう。

「Sony's Visual Interaction Technology」あたかも映画の世界に入り込んだかの様な体験型スポーツクライミングアトラクション
「Sony's Visual Interaction Technology」あたかも映画の世界に入り込んだかの様な体験型スポーツクライミングアトラクション

「Special Showcase for Future WOW:Gold Rush VR」 ソニー・ミュージックエンタテインメントとVRアトラクション制作会社「Hashilus」が共同で提供した、五感をフルに使った強烈なVRアトラクション
「Special Showcase for Future WOW:Gold Rush VR」 ソニー・ミュージックエンタテインメントとVRアトラクション制作会社「Hashilus」が共同で提供した、五感をフルに使った強烈なVRアトラクション

「Sony's Visual Interaction Technology」 3Dグラスとハプティクス(触覚)用のベストを着て楽しむ、ガンシューティングアトラクション
「Sony's Visual Interaction Technology」 3Dグラスとハプティクス(触覚)用のベストを着て楽しむ、ガンシューティングアトラクション

中でも特筆すべき点は、そのいくつかのプロジェクトは、ソニーのクリエイティブセンターのメンバーが中心となって取り組んでいるということだ。デザイナー発信のアプローチから、参加者の「WOW!」は起こっていたのである。

「Superception」 参加者の視界を入れ替えた鬼ごっこ体験
「Superception」 参加者の視界を入れ替えた鬼ごっこ体験

このレポートでは計10点の展示の中から4つのプロジェクトを取り上げ、作り手の声もあわせながら、思わず誰かに伝えたくなる『The WOW Factory』がどんな内容だったのかを紹介していきたい。

インタラクティブな没入体験の負荷を下げ、体験の質を変える「Music Visualizer & Cyber Gym」

3D空間へ没入するインタラクティブな体験の楽しみ方としてヘッドマウントディスプレイ(以下、HMD)以外にはないのか。インタラクティブな没入体験の可能性をもっと広げたいという想いから立ち上がったのが「Music Visualizer & Cyber Gym」プロジェクトだ。

ソニーデザインで進められていたこのプロジェクトは、今回初めて一般に公開されたという。半球のドーム型の没入空間には、ソファーに座り動きにあわせて映像が気持ちよく変化してくれる360度映像や、没入空間で風を感じて映像を楽しみながらサイクリングするインタラクティブなコンテンツなどが展開されていた。

インタラクティブ360映像
インタラクティブ360映像

Music Visualizer & Cyber Gym
Music Visualizer & Cyber Gym

プロデューサーの梨子田辰志にとって、今回の展示を通して女性の参加者をはじめ笑顔で楽しんでいる場面が多く見られ、数多くのフィードバックや発見があったようだ。

インタラクティブな没入体験の可能性を拡張し、楽しみ方のスタイルをもっと自由にするアプローチは、なによりも人々を笑顔にし、広く親しみやすい体験に変える大きな力を持っている。また女性や子供たちを対象にした場合のヒントにもつながりそうだ。

 

変化の激しい時代に「わかりやすさ」を提示する「Xperia Touch」

かつてパソコンとマウスだった情報入力装置がスマホに代わり、今後は音声やジェスチャーコントロールの時代になる。そのような時代を見据えた一歩先のUI(ユーザーインターフェイス)デザインとはなんだろうか?

クリエイティブセンター今村誠が手がけるのはインタラクティブなプロジェクター「Xperia™ Touch」で作り上げる新しい楽器体験だ。「Xperia™ Touch」はあらゆる面をインタラクティブなプロジェクションディスプレイに変える。音楽の祭典でもある『SXSW』にあわせて、プロジェクターを設置するだけで、そのスペースがピアノやドラムになるという楽器コンテンツを紹介していた。

Xperia™ Touch
Xperia™ Touch

今村:かつてタイプライターに慣れていた大人が、入力マウスを見た時に思わずパソコンディスプレイの上にマウスを置いてしまった、という笑い話がありましたが、入力インターフェイスの進化が加速していくと、取り残される人がどんどん増えていき、笑い事ではなくなります。

入力インターフェイスは音声やジェスチャーになっていくように、今後もその進化は速くなり複雑化していくでしょう。そのような変化の激しい時代に、固定概念をスッと壊していけるようなわかりやすいインターフェイスを作ることがミッションだと感じています。

ユーザーが指で丸を描いたところがそのままドラムになる、という遊び心も満点
ユーザーが指で丸を描いたところがそのままドラムになる、という遊び心も満点

「Xperia Touch」と合わせて展示されていたのは「Xperia Ear Open-style」というイヤホン。これは音楽を聞きながらも外部の音が拾える新しいスタイルのイヤホンで、外部の音をシャットアウトする、という今までのプロダクトの開発アプローチの真逆を行くものだ。

今村:情報があふれている今の時代は、生活に情報が溶けている時代とも言えます。そんな時代のコントローラーはどのようなものか。イヤホンは「閉ざされた空間で音楽を聞くもの」という世間一般の認識をいかに壊していくかが、今後の我々のチャレンジです。

今村の言葉からは、プロダクトそのものを作るのではなく、ユーザー体験までしっかり考えて市場に出していく、というデザイナーとしての信念を強く感じる。

Xperia Ear Open-style
Xperia Ear Open-style

参加者の感覚に訴えかけた「Mixed Reality CAVE Experience」

プロジェクターとセンサーを活かした空間はどのようにあるべきか。そんな根本的な問いから、ソニーのデザイナーたちがスタートさせたプロジェクトが「Mixed Reality CAVE Experience」だ。

設置されたのは四角い部屋のそれぞれの壁にプロジェクターとセンサーを設置し、全面がプロジェクションマッピングされた空間。そこでは、自分の行きたい場所にテレポーテーションするコンテンツや、壁に投影された映像を触って楽しむことができるバリエーション豊かな事例が紹介されていた。ソニーのクリエイティブセンターの小椋肇は、開発プロセスが重要だと話す。

小椋:インタラクティブな体験は、説明がなくても感覚的に受け入れられるかどうかが重要になると思います。その際に感覚的に面白いと思ったものを実現できる力が必要になると思っています。チーム体制も専門的なスキルの観点だけでなく、若手の感性が生かせる体制で進めてきました。

Mixed Reality CAVE Experience
Mixed Reality CAVE Experience

数多くの参加者が体験し、中にはこの1辺3mほどのプロトタイプを「空間ごとを買いきって家に設置したい」という、日本の住宅事情からは考えられないようなスケールの大きい話も飛び出したという。多国籍の多様なバックグラウンドの参加者が集まる『SXSW』ならではの意見といえるだろう。感覚を大事にしたプロセスを通してできたものは、体験者が「日常的に体験したい」とまで思わせる結果にもつながるのかもしれない。

 

「常に新しく」が体験設計やデザインへのこだわりにも表れる「MOTION SONIC PROJECT」

金稀淳を中心とした複数のエンジニアたちがコンセプトの発案した、新しい音体験を考える「MOTION SONIC PROJECT」。手首に装着するデバイスにはマイクとジャイロセンサーが仕込んであり、ジェスチャーにあわせてスピーカーから効果音が流れてくる。

デザインを手掛けたクリエイティブセンターの鈴木匠はオーディオ製品のデザイン経験を持ち、現在はカメラのデザインを担当しており、ダンスや演劇のようなパフォーマーの撮影を研究している。またプライベートでは自身も演劇やミュージカルなどのステージに立つそうだ。

鈴木:金稀淳の音と身体の一体感へのこだわり、遠くから見てもソニーデザインと認識できる強いメッセージ性のある造形を目指すために、身体運動のセンシングに重要な三つのマイクを強調したコンセプチュアルでわかりやすい表現を心がけています。

今回は逆転のデザインでした。通常、我々が造形するマイクは風切り音を抑え込むようにデザインします。「MOTION SONIC PROJECT」では、マイクで風を拾いやすくするためにマイク自体を突出させスリットやローレット(金属に施す細かい凹凸状の加工)を工夫し、音響エンジニアとソフトウェアエンジニアと何度もテストを繰り返して、ジェスチャーに気持ちよく反応する現在のプロトタイプになっています。

MOTION SONIC PROJECTデバイス
MOTION SONIC PROJECTデバイス

会場ではダンスチームs**t kingzが「MOTION SONIC PROJECT」の実験機を実際に装着しパフォーマンスが行われた。試着したパフォーマーから普段の練習でも使いたいと言う声も聞かれるほど、体の動きにあわせて気持ちよく音が奏でられるデバイスとして完成度を高めている。

Motion Sonic Project 『s**t kingz Live』
Motion Sonic Project 『s**t kingz Live』

「製品化前のデザイナーの発想や、テクノロジーをオープンにした事実はひとつの事件。将来、時代を象徴する出来事となるかもしれない。」

『The WOW Factory』では、外部クリエイターとのコラボ作品もいくつか展示されていた。その中のひとつがPlayStation® VR対応のゲーム『Rez Infinite』と、そのコンセプトを体現した触覚を刺激するスーツを組み合わせた『Rez Infinite + Synesthesia Suit』だ。同プロジェクトを手がけたゲームデザイナーの水口哲也に、今年の『SXSW』と参加クリエイターから見た『The WOW Factory』について話を聞いた。

―『Rez Infinite + Synesthesia Suit』のどういった点が参加者の関心を集めたと思いますか?

水口:20世紀は、映像、音楽、文学などのメディアがすべてバラバラに進化してきましたが、今後はVR / ARなどの新しいテクノロジーの台頭に合わせて、メディアの統合が起きる。そしてその中で、新しい表現や、これまでにない感動が生まれてくると考えています。今回、『Rez Infinite + Synesthesia Suit』をそういったひとつの新しい感動として提供できたと思っています。

『Rez Infinite + Synesthesia Suit』ステージイベント
『Rez Infinite + Synesthesia Suit』ステージイベント

『Rez Infinite + Synesthesia Suit』をプレイしている様子
『Rez Infinite + Synesthesia Suit』をプレイしている様子

―今回のソニーの『The WOW Factory』の挑戦をどのようにとらえていますか?

水口:大成功といえるでしょう。まだ製品として発売されていないテクノロジーが点在する玉手箱のような空間になっていて、参加者が楽しんでいるのを何度も目撃しました。

個人的には「オープンなソニー」というのが新鮮でした。これからソニーと外部とのコミュニケーションが加速していくことが感じられました。

未来から今回の出展を振り返った時、「エポックメイキングな出来事だった」と言われる可能性も大きいと思います。今回の展示コンテンツを見て、ソニーには明かされていないデザイナーの発想や、テクノロジーがたくさんあるんだな、と感じました。その一部をオープンにしてくれたことにとても希望を感じますね。

『Rez Infinite + Synesthesia Suit』ステージイベント
『Rez Infinite + Synesthesia Suit』ステージイベント

―企業のテクノロジーやプロセスをオープンにするメリットはどこにあるのでしょうか?

水口:僕は良いアイデアがあったら、隠さないですぐに人に言うんですよ。そうするとモチベーション高くスキルある人達は、すぐに賛同して一緒に動いてくれるんですよ。結果、良いプロダクトが生み出せる。

オープンにして色んな人につながって、様々な動きを作っていくこと。テクノロジーの進化が早いこれからの時代には、そういうことがもっと必要になってくると考えています。

いままでのソニーは、ソニー内で完成させてから発表・販売するプロセスだったので、ユーザーの気持ちが離れている製品もあったかもしれない。でもオープンにすることで、ユーザーの声も反映した製品が生まれてくると、「ソニー 3.0」くらいの進化になると思います。

そしてそれをすでにやり始めているのは、ひとつの大きな事件です。世の中の潮流は理解していても、実行者になれないところが多い中、実際に行動し、現にこの『The WOW Factory』を成功させたことはそれを物語っていますよね。

テクノロジーの進化が激しく、既存の固定概念が通用しないことが増えるこれからの時代、企業も個人もいかにオープンに他の業種や分野とパートナーシップを結んでいけるのかが重要になってきている。そこを繋いでいくのがデザイナーの新たな役割であり、『SXSW 2017』の多くのセッションでは、これからの時代を切り開くキーワードは「オープン」と「コネクト」であることを取り上げていた。

そのようなトレンドの牽引役としてソニーの『The WOW Factory』は、『SXSW 2017』を象徴するブースのひとつであったと言えるだろう。グローバル展開するメーカーであるソニーが製品化する前のデザインやテクノロジーをオープンに来場者に披露した事実は水口が言う通り「ひとつの事件」であり、将来の「時代を象徴する出来事」になるかもしれない。

『The WOW Factory』に設置されたメッセージウォールは参加者たちの反響で埋められた
『The WOW Factory』に設置されたメッセージウォールは参加者たちの反響で埋められた

最後に、『The WOW Factory』からはソニーの「勇敢さ」を感じたことも述べておきたい。勇敢であるからこそ未発表のデザインやテクノロジーをオープンにし、クリエイターとコネクトしたプロジェクトを披露できたのだろう。個人も企業も国も、あらゆる存在が未踏のエリアを切り拓く「勇敢さ」が必要なこれからの時代に、『The WOW Factory』を参考例として、勇気を持った挑戦者が増えてくることを期待したい。

イベント情報
SXSW 2017
インタラクティブフェスティバル

2017年3月12日(日)~3月14日(火)



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