キャリアの転換点となる作品を携えて回った、ワンマンツアーの最終日
前作『What are you looking for』(2015年)でシンガーとしての表現に覚醒した、ハナレグミこと永積崇。今年10月に発表した新作『SHINJITERU』は、前作で得たその手応えを確信に変えた彼のキャリアにおける転換点となる作品だ。そして、このアルバムを携え、全国8公演からなるワンマンツアーの最終日の会場は、国内屈指の音響を誇る東京国際フォーラム・ホールA。5000人を収容した会場の場内音楽にセレクトされた英国アシッドフォークシンガー、ニック・ドレイクのアルバム『Pink Moon』が、会場の大小に関わらず、彼が指向するパーソナルな歌世界を予告するかのように静かに鳴り響いていた。
ソロ活動15年目にして、歌い手として新境地へ
幕を開けたステージに立ったのは、アルバムのレコーディングメンバーであるベースの伊賀航、ドラムの菅沼雄太、キーボードのYOSSYの三人に、TICA、GABBY&LOPEZでも活動するギターの石井マサユキを加えた腕利きのバンドメンバーたち。彼らが周囲を固め、マイクの前に立った永積崇がアカペラで歌い始めたオープニング曲“線画”に、一切の無駄のない音を加えていった。そのタッチはミニマルにしてセンシティブ。
そして、シンガー永積崇がその歌声で描く線画は、ミニマルなフレーズの反復がフォークトロニカのようでもある2曲目の“ののちゃん”から、堀込泰行が楽曲提供した3曲目の“ブルーベリーガム”へ。サックスの武島聡とトランペット / トロンボーンのicchieによる甘くソウルフルな彩りに映える、力みのない優しい歌声。この日の永積は緩急を付けながらも、激しくエモーショナルに振り切って歌うのではなく、まっさらな紙に筆を落とすような繊細なボーカルアプローチで魅せていて、歌い手としての新境地が見て取れた。
さらに、ここから先は、彼の表現世界に内包されている多彩な音楽性を振りまくように、坂本龍一が作曲を手がけた竹中直人のカバー“君に星が降る”のエキゾチックなレゲエや、カーリー・ジラフがプロデュースを手がけたカントリーナンバー“My California”といった楽曲を次々に披露。その歌声は、普遍的なものとして5000人の聴衆にまとめて放たれたものではなく、聴衆一人ひとりと向き合うことで自然と熟成されたパーソナルなムードであることが非常に印象的だった。1stアルバムの代表曲である“家族の風景”、照明に照らされた彼の姿がステージの背景で文字通りに揺れた“光と影”は、生まれながらにして人間に備わっている孤独感さえもありのままに浮き彫りにしてみせた。
「ハナレグミの第一章が終わって、新しい扉をガチャっと開けて、後ろ手で閉めた扉の前に立っているような感覚なんですよね」(永積)
ライブ後半は、客席からクラップが生まれた“ぼくはぼくでいるのが”から、作曲を沖祐市(東京スカパラダイスオーケストラ)、作詞をかせきさいだぁが手がけた浮遊感たっぷりの“秘密のランデブー”へ。メンフィスソウルのマナーを織り込んだ“フリーダムライダー”を演奏する前のMCでは、彼が3年前にブルース探求の旅に出たニューオリンズ、メンフィスでの思い出が語られ、公民権運動の時代に「フリーダムライド」運動が行なわれたグレイハウンドバスのルートを辿ったことが曲のモチーフになったというエピソードが明かされた。そして、アメリカ南部から、今度は永積が操るアナログシンセサイザーとYOSSYのキーボードが誘うアフロビートの宇宙“Primal Dancer”、陽気なジャマイカンスカ“太陽の月”。束の間の音楽旅行に沸く会場の盛り上がりは、ライブの定番曲“明日天気になれ”でピークを迎えた。
そして、バンドメンバーが去り、ステージに独り立った永積は客席に語りかける。
永積:「今、世の中のスピードがどんどん早くなっていて、自分の音楽はそのスピードのなかでは熱くなれないというか、今までやってきたことが何もなくなっちゃうような不安もあるけれど、自分のなかに変わらずあるのは、言葉の手前の感情とか遠くのものを思うような気持ちであるとか。自分の音楽はそういう時間のなかで鳴って立ち上がってくるものだと思う。だから、いつも自分の歌詞のなかには聴き手の人が座る席が用意してあるんですよ」
その穏やかな言葉は、スピードが加速する世の中の流れにあって、見過ごされがちな瞬間に音楽の息吹を見出そうと試みたアルバム『SHINJITERU』の核心に触れると、その先に広がる新たな風景も予感させた。
永積:「前作の『What are you looking for』は自分にとってハナレグミの第一章が終わって、今回の『SHINJITERU』は新しい扉をガチャっと開けて、後ろ手で閉めた扉の前に立っているような感覚なんですよね。だから、今はワクワクしてるんです」
そう語り、テープレコーダーの録音再生時にノイズの原因となる磁気を除去するための装置をモチーフにした“消磁器”を、繊細なギターワークと鼻歌のようにささやかな歌声による弾き語りで披露すると、メンバーがステージに戻り、“深呼吸”をプレイ。映画『海よりもまだ深く』の主題歌でもあるソウルバラードで昨日の自分に別れを告げると、ライブの余韻を残したまま本編を締めくくった。
「何ものにも代えがたい」と感じさせた貴重な夜
続くアンコールは、バンドを従えての“Spark”と“旅に出ると”の2曲。その演奏を終え、総勢七名のメンバーがステージ前方で横に並んで挨拶すると、この日の公演は終了のはずだったようだが、永積は独りステージに残って、予定外の“きみはぼくのともだち”を弾き語りで披露した。彼がアルバム、ライブ制作スタッフに捧げたその曲は、誰もが内に抱える孤独に寄り添い、明かりを灯す歌でもある。開演前に流れていたニック・ドレイクの作品がそうであるように、ハナレグミの作品、ライブは、一対一で音楽と向き合うことが出来る場だからこそ、何ものにも代えがたいものがあるのだと、その魅力を再認識した素晴らしい夜だった。
- イベント情報
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- 『SHINJITERU』ツアー東京公演
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2017年12月6日(水)
会場:東京都 東京 国際フォーラム ホールA
- リリース情報
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- ハナレグミ
『SHINJITERU』(CD) -
2017年10月25日(水)発売
価格:3,240円(税込)
VICL-648471. 線画
2. ブルーベリーガム
3. 君に星が降る
4. 深呼吸
5. My California
6. ののちゃん
7. 消磁器
8. 秘密のランデブー
9. Primal Dancer
10. 太陽の月
11. YES YOU YES ME
- ハナレグミ
- プロフィール
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- ハナレグミ
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永積崇による、ソロプロジェクト。1997年、SUPER BUTTER DOG でメジャー・デビュー。2002年夏よりバンドと併行して、ハナレグミ名義でソロ活動をスタート。これまでにオリジナルアルバム6枚をリリース。2017年10月、2年ぶりとなる7枚目のオリジナルアルバム『SHINJITERU』をリリース。その深く温かい声と抜群の歌唱力を持って多くのファンから熱い支持を得ている。
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