25歳の若さでこの世を去った、ヒップホップ界のレジェンド2PAC。彼の波乱万丈の生涯を描いた映画『オール・アイズ・オン・ミー』が2017年12月29日より日本公開される。その公開を記念し、11月12日にデジタルハリウッド大学 八王子制作スタジオにて開催された大人の文化祭『NEWTOWN』では、2PAC主演の映画『ジュース』(1992年公開)が特別上映された。日本では未DVD化の作品だけに、会場には多くの映画ファン、2PACファンが足を運び、熱気に包まれた。
その上映後には、ラッパーMARIA(SIMI LAB)と、音楽ライター渡辺志保のトークイベントを開催。2PACをこよなく愛する二人ならではの視点で、その魅力に迫った内容の一部をお届けする。
2PAC自身も社会問題を楽曲で訴えていたから、『ジュース』の物語とマッチしていた。(MARIA)
—2PACが大好きなお二人をお迎えして、映画『ジュース』を上映したのはとても感慨深いのですが、まずは映画の感想からお聞かせください。
MARIA:久しぶりに観たら、もう泣きそうになって……(笑)。たった10数ドルのために友情がダメになっていっちゃう展開は辛いですね。2PAC自身もアメリカの社会問題を作品の中で訴えていたから、彼の楽曲と、映画のストーリーがすごく合っていたんじゃないかなと思いました。
渡辺:私も今回、10数年ぶりに観ました。初めて見たときは字幕なしのDVDだったのですが、特に印象に残ったのは、やっぱりQのDJバトルのシーン。私を含め、DJを目指した経験のある人は込み上げるものがあったのでは(笑)。
あと改めて観るとMARIAちゃんが言っていたように、2PAC演じるビショップの悲しい部分に目がいきますね。いとも簡単に銃を手に入れ、人を殺して「You gotta Juice?」のセリフで終わる。「juice」にはパワー(の源)って意味もあって、衝動的に展開が進んでいくということへの悲しさを強く感じました。
—この映画で2PACのイメージが変わったというか、彼の人生と物語がある意味シンクロしていきますよね。
MARIA:映画が終わってからも「まだビショップが残ってるんじゃないの?」なんて言われていたみたいですよね。「俺はそっち側じゃない、伝える側だ」と本人は否定していたみたいですけど。
渡辺:実際、自分のソロアルバムを出してすぐ映画出演が決まり、そこから彼のキャリアは本格的にスタートしますが、そのあと彼自身も刑務所に入ったり、デス・ロウ・レコードへの移籍があったりと、波乱万丈な人生を送ります。いろんな意味で、この映画がマイルストーンであったのかもしれないですね。
12月19日に一夜限りのプレミア上映される(北海道会場のみ22日)『ジュース』メインビジュアル(詳細はこちら)
ブックオフで、一番怖そうなジャケットを選んだら『All Eyez on Me』だった。(渡辺)
—そもそもお二人の2PACとの出会いのきっかけは何だったのでしょう?
MARIA:私自身が2PACと出会ったのは小学生の頃。まだヒップホップというジャンルについては知らなかったけど、いろんな音楽を聴くうちに「どうやら自分はブラックミュージックが好きっぽいぞ?」とわかってきて。あるとき母親に「ブラックミュージックが好きなんだけど、何か持ってない?」って聞いたら、2PACを勧められて。
(会場笑)
MARIA:『All Eyez on Me』(1996年)を渡され、開けたらCDが2枚入ってた。「あ、だから2PACって言うんだ」ってそのとき思ったの(笑)。2PACはトラックの展開も多いし、女性のコーラスも入っていて聴きやすかった。そのときの英語力でも意味が入ってきやすいっていうのもありましたね。“Life Goes On”とか、「1人で死にたくないよ」と歌っているんですが、子どもながらに「ああ、なんか寂しい歌だな。こんな怖そうな人でも、独りで死にたくないって思うんだ……」と思って切なくなったんです。
渡辺:私も、MARIAちゃんと似ているかも。小2か小3の頃に『天使にラブ・ソングを』という映画が流行ったとき、「何だろう、この人たちのグルーヴ!」「声の厚さがJ-POPとは全然違う!」みたいな驚きがあって。
当時、叔父がデトロイトに住んでいて、小学生のときに、ジャネット・ジャクソンの『Janet』と、Boyz II Menの『II』を聴かせてくれて。「あ、こういうのが好きなんだ、私」っていう、音楽的嗜好のアイデンティティーの目覚めがそこでありましたね。で、中学に入ってブックオフでたまたま手にしたのが『All Eyez on Me』だったんですよ。
MARIA:運命的。なんでそれを選んだの?
渡辺:当時、たくさんCDがあり過ぎて、何を選んだらいいか正直よく分からないじゃないですか。なので、一番怖そうなジャケットを選んでみたの。
(会場笑)
渡辺:ちなみに、 MARIAちゃんの今日の昼のライブをご覧になった方、いらっしゃいますか? このトークショーがあるということで、『All Eyez on Me』の中から一番好きな曲をかけたんですよね。
MARIA(SIMI LAB)が『NEWTOWN』で行ったライブの様子(撮影:栗原論)
MARIA:そう。私、このアルバムの中では“Thug Passion”が大好きで。とにかくエロいんですよ。2PACの男らしさとか、その時代のリスキーな感じ、伝えたい強い信念が詰まっている。
なおかつ、女性のコーラス隊が「あなたのやり方が好きなの、私ビショビショになっちゃう」「あなたのThug Passionをちょうだい」みたいなことを歌ってて、「これだわ、2PACの全てがあるわ」って思うんですよね(笑)。
2PACは、音楽家でもあり革命家でもある。(MARIA)
—ちょうどアルバム『All Eyez on Me』の話が出ましたが、今回『ジュース』を上映したのは、2017年12月に映画『オール・アイズ・オン・ミー』が劇場公開されることを記念してということでした。お二人は、この映画を試写でご覧になってどんな感想を持ちましたか?
渡辺:この映画は6月にアメリカで公開され、アメリカでは賛否両論で「否」もあったんですよ。監督はCiaraやニッキー・ミナージュなどのミュージックビデオを手がけたベニー・ブームで、長編映画は4作目。だから映画としてのクオリティーは「100点満点!」ではないと言われているのと、生前に2PACと恋の噂もあった幼馴染のジェイダ・ピンケットが、「映画で描かれているような事実はなかった」みたいな抗議声明を出しているんです。
—ケチがついてしまったと。
渡辺:そういう記事を読んでいたので、「大丈夫か?」みたいな感じで観に行ったんですよ(笑)。もちろん史実関係が100パーセント正しいとは言えないけど、2PACがどういう背景のもとに生まれた子どもなのかも描かれていたし、「MC New York」というMCネームでDigital Underground(2PACがソロになる前に在籍していたアメリカのヒップホップグループ)の一員だった時代もちゃんと押さえている。
刑務所に入っても、多額の保釈金を積んで出所し、デス・ロウと契約したことも、そして彼の最期も描かれていたので、2PACの生涯を振り返る、ある意味では教科書として観るにはうってつけだなと思いました。
彼の死後21年経っているわけで、リアルタイムではない下の世代にとっては、「2PACって誰?」みたいな子も多いと思うので、そういう人たちにこそ、ぜひ観て欲しいと思いましたね。
映画『オール・アイズ・オン・ミー』ポスター(詳細はこちら)
MARIA:全体的な感想は志保さんと全く同じです(笑)。私、個人的には『トゥパック:レザレクション』(2003年)というドキュメンタリー作品が好きなんですけど、それよりもさらに遡った時代からの2PACが描かれていて、知らなかった情報も結構あったんですよね。「ああ、こういうこともあったのか」って。そういう意味では新鮮だった。
驚いたのは、Snoop Dogg役のジャレット・エリスが、当てぶりかなっていうくらい喋り方が似ていたこと(笑)。それから“I Get Around”のミュージックビデオを、忠実に再現していたのは見応えありましたね。
—2PACの幼少の頃、お母さんとの関係も描かれているじゃないですか。あのあたりも面白いなと。
渡辺:私、1999年のMTVのアワードを中三のときに見ていたら、2PACの母親アフェニ・シャクールとビギー(The Notorious B.I.G.、アメリカのラッパーで1997年にLAで銃殺された)の母親が壇上に出てきてスピーチをし始めて。もう号泣しました。諍いがあった二人の母親同士が、同じ壇上に並ぶなんて日本じゃありえないし、「アメリカのヒップホップってやっぱすげえな」って思ったんですよね。
アフェニはブラックパンサー党っていう、共産主義寄りの政治団体の女ボスで、2PACを身ごもっているときに政治犯として刑務所に入れられてしまうんですが、産む直前に裁判に勝って出てくる。映画もそこから始まるんですよね。そこにフォーカスしてくれたのは、ファンとしてはとても嬉しかったです。
MARIA:強い信念とか心を持っている人ってたまにいますけど、さらに頭脳が一緒になっている人は滅多にいないと思っていて。2PACはまさにそれ。彼は義父も革命家だし、そういう意味では音楽家でもあり革命家でもある。そういうところに惹かれますね。
渡辺:きっと、使命感に駆られるようにラップをしていたんだなというのは、映画を観て感じました。悪党だからギャングスタラッパーになったんじゃないのも、改めてよくわかりましたね。彼は「Thug Life」とタトゥーを彫っているくらいだから、本当にThugな人がラップをやっていると思われがちですが、それはあくまでも一面的な見方だと映画を観れば分かるんじゃないかな。
MARIA:いま、これだけ音楽が消費されてビジネスになっちゃっている中、本当の意味で人の心に寄り添う音楽を作るって難しいと思うんですよ。でも2PACは、「自分の音楽に耳を傾けたとき、初めてそれはスピリチュアルになる」って言ってて。その言葉に私もすごく共感して、救われましたね。
「私、どうしたらいいんだろう。自分のポジションってどこにあるんだろう」「みんな、こうやって売れていっているのに、頑なに守るものがあるのは頭が固すぎるのかな」なんて思った時期もあったんですけど、2PACのさっきの言葉で「だよね!」って思えた。そこからは、自分のスタイルでいくと決めました。だから2PACには心から感謝しているんです。
- 作品情報
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- 『オール・アイズ・オン・ミー』
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2017年12月29日(金)から新宿バルト9、梅田ブルク7ほか全国公開
監督:ベニー・ブーム
出演:
ディミートリアス・シップ・ジュニア
ジャマール・ウーラード
ダナイ・グリラ
カット・グレアム
ドミニク・サンタナ
ハロルド・ハウス・ムーア
上映時間:139分
配給:パルコ/REGENTS
© 2017 Morgan Creek Productions, Inc.
- イベント情報
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- 2PAC出演映画『ジュース』一夜限り5大都市プレミア上映
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2017年12月19日(火)
会場:東京 新宿バルト9、大阪府 梅田ブルク7、愛知県 ミッドランドスクエアシネマ、福岡県 T・ジョイ博多
2017年12月22日(金)
会場:ディノスシネマズ札幌劇場
監督:アーネスト・R・ディッカーソン
出演:2PAC
オマー・エップス
ジャーメイン・ホプキンス
カリル・ケイン
上映時間:95分
配給:REGENTS
- リリース情報
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- MARIA from SIMI LAB 『Pieces』
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2017年10月25日(水)発売
価格:2,539円(税込)1.A.W.A.R.E
2.Tired
3.Real Money
4.COLD
5.SunDay
6.Just Good Friends feat.Mona a.k.a Sadgirl
7.Lovely Day
8.Linda
9.SPASA
10.Bad City ~YOKOHAMA~ ft MACCHO. STICKO
11.Life gose on feat.ZORN
12.BYE & THX
13.You are GOLD
14.Smile
- プロフィール
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- MARIA (まりあ)
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ラッパー、シンガー。神奈川・相模原を拠点とするヒップホップクルー「SIMI LAB」の紅一点メンバー。2009年にSIMI LABへ加入し、同ユニットの活動を中心に、ライブを精力的にこなす。ネット上に投稿した動画が話題を呼び、2011年11月にSIMI LABとして初となるアルバム『Page 1:ANATOMY OF INSANE』を発表。2013年7月、1stソロアルバム『Detox』をリリースした。そして2017年10月25日、最新アルバム『Pieces』を発売した。
- 渡辺志保 (わたなべ しほ)
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音楽ライター。1984年、広島市出身。立教大学文学部英米文学科卒業。主にヒップホップ関連の文筆や歌詞対訳に携わる。これまでにストリートファッション誌『WOOFIN'』にて「渡辺志保のAS RAW AS HIPHOP」連載ほか、共著に『ディスク・コレクション ヒップホップ 2001-2010』(シンコーミュージック・エンタテイメント)がある。現在、音楽情報サイト『Real Sound』にて「渡辺志保の新譜キュレーション」連載に加え、block.fm「INSIDE OUT」にてラジオMCとしても活動中。
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