ストリーミングサービスの浸透で激変するポップミュージックの世界
2015年6月にApple Musicが、2016年11月にSpotifyが上陸し、ここ日本でも「ストリーミングサービスで音楽を聴く」という文化が浸透しつつある。こういった環境の変化に伴い、ポップミュージックは激動期の真っ只中にあるわけだが、その実情はどれくらい伝わっているのだろうか?
去る11月11日と12日、CINRA主催のカルチャーイベント『NEWTOWN』が開催された。このうち12日夕方に行われた「田中宗一郎 presents 『2017 On the Tracks』」に、田中宗一郎、宇野維正、柴那典という三人の音楽評論家 / ジャーナリストが登壇。およそ100分に渡ってトークライブが繰り広げられた。
最初に話題となったのは、日本と世界の音楽シーンの断絶、および2017年現在のポップミュージックを取り巻く状況について。三人が挨拶を終えたあと、まずは田中が切り出した。
田中:ここ10年くらいで、東アジアや北欧、南米とか、いわゆる非欧米圏のポップミュージックのマーケットが大きく広がったんです。でも、そこから「産業」としても「文化」としても日本だけが取り残された感がある。そもそも、10~20年前に比べて、全世界的なポップミュージックの状況というか、前提となる部分がきちんと伝わっていないんですよ。
日本がガラパゴス化を深めていく反面、他国の音楽シーンは産業 / 文化の両サイドでグローバルな発展を遂げているという。続けて柴が、産業面の現状をこう解説する。
柴:RIAA(アメリカレコード協会)は、今年の上半期の売り上げが前年比17%増だったと発表しています。これはV字回復というか、バブルになりかかっているくらいの成長ぶりで、間違いなくストリーミングの普及によるもの。ビジネス的には、アメリカを中心に世界全体で上向いてきているのが2017年の傾向で、この流れは前年から続いているんです。
ストリーミング時代における産業構造の変化については、CINRA.NETの記事で柴がLINE RECORDSの田中大輔プロデューサーと行なった対談(LINE RECORDS田中大輔と柴那典対談 音楽新時代にどう切り込む?)や、同じく柴が取材した「Spotify×カセット店waltzの両極対談」などを参照していただきたい。
LINE RECORDS田中大輔と柴那典対談 音楽新時代にどう切り込む?(記事を読む) / 撮影:鈴木渉
Spotify×カセット店waltzの両極対談 激変する音楽業界の未来は?(記事を読む) / 撮影:田中一人
日本の文化的な孤立を物語る「恐ろしい状況」
ストリーミングサービスの話題は、どんどん深まっていく。田中がSpotifyの操作性を「インターフェイスが賢くて、とにかく動きが早い」と絶賛すると、柴は「チャートの面白さ」について持論を展開した。
柴:Spotifyのバイラルチャート(ソーシャルメディアなどで楽曲が共有された回数を元にしたチャート)がとても面白いので、個人的な趣味を兼ねて、今日はアイスランド、今日はインドネシア……みたいな感じで非欧米のチャートを聴いてみるんですよ。だいたいどこの国も、その国独自のポップスと英語圏のものが半々くらいで混ざっている。
田中:世界的に今年一番ヒットしたシングルは、“Despacito”だよね。この曲は久々のヒスパニックヒットだけど(非英語圏のシングルが全米チャート1位になったのは21年ぶり)、そういう盛り上がりもSpotifyのチャートを見ていればよくわかる。流れ自体は、ピコ太郎と一緒ですよ。スペイン語圏でこの曲が盛り上がっているのを知ったジャスティン・ビーバーが、「俺にも歌わせてくれ」と言い出して、歌の部分だけ差し替えた。それでグローバルにもヒットしたと。
柴:日本でも歌謡曲とラテンの同時代的なヒット曲が組み合わさった例は古くからあるわけじゃないですか? 洋楽が盛り上がっていた1980~90年代当時と今が同じ状況だったら、郷ひろみの“GOLDFINGER '99”(原曲はリッキー・マーティン“Livin' la Vida Loca”)みたいに、誰かが“Despacito”をカバーしていてもおかしくない。
かつて洋楽が華やかなりし時代に比べると、全米1位に輝くようなビッグヒットでさえ、日本では影が薄い存在になっている。そんな「文化」の断絶について、宇野はこのように語っている。
宇野:日本人が海外文化に対する関心をなくしたわけではないけど、回路が途絶えちゃったせいで、10年くらい前から更新されずに全部が止まっているという恐ろしい状況になっていますよね。今年、『アメトーーク!』(テレビ朝日)で「『24』芸人」をやってたじゃないですか。あの作品のあと、すごいドラマが500本くらい出てるのに、未だにそんなことをやっているのに驚きましたよね。『24』なんて僕の感覚だと100年くらい前の作品ですから(笑)。
それにCMで使われる洋楽の曲も、5年くらい前のヒット曲でしょ? 海の向こうではいろんなことが起きて大騒ぎになっているのに、日本は完全に取り残されている。グローバル一色に染まってほしいわけではないけど、今はマスなところでの海外文化の発信があまりに痩せ細っていますよね。
ポップミュージックの覇権を握ったヒップホップの現在地
こうして状況論を共有したあと、トークの中盤からは2017年の音楽シーンに対する興味関心について語られた。調査会社Nielsenの調べによると、2017年上半期のアメリカでは、ヒップホップ / R&Bの売上がロックを追い抜き、最も売れたジャンルになったという。それもあってか、三人の話題もヒップホップで持ち切りとなった。
柴が注目したのは、XXXTentacion、Lil Pump、Lil Peep、Smokepurppといった新鋭ラッパーたち。彼らがみな1990年代のエモやオルタナに影響を受けており、退廃的な世界観を持つことから、柴は「グランジラップ」と命名している。
ここで補足しておくと、2017年のヒップホップでは、トラップが一大ムーブメントとなり、Lil Uzi Vert“XO Tour Llif3”、Post Malone“Rockstar”といった、ダークで鬱っぽい世界観の楽曲が全米チャートの頂点に輝いた。その起爆剤となったのが、アトランタ出身のMCトリオであるMigosの大ブレイク。今年1月にリリースされたアルバム『Culture』も、やはりアルバムチャートで全米1位を獲得している。
宇野:彼らのライブをLAで観たんだけど、三人ともメチャクチャ華があるし、まるでPerfumeみたいでしたよ(笑)。ただ、Cardi Bと付き合っている話とか(“Bodak Yellow”が大ヒットした女性ラッパー。MigosのOffsetと交際中)、映画進出の話だったり、あまりにも展開が派手過ぎて。よくも悪くもシーンに対する劇薬になってしまったんですよね。
田中:Migosについては、「トリプレット」と呼ばれる三連符のフローもそうだけど、プロモーションの方法論をみんな真似するようになりましたね。楽曲をミーム化すること――要するに、いかにインターネット上でバズりやすいネタにするかを考えるようになった。
テイラー・スウィフトの新作(『reputation』)がわかりやすいと思うけど、ビジュアルや歌詞、ミュージックビデオに至るまで「ネタになること」を徹底的に仕込んでいるじゃないですか(参考:世界が驚いた。テイラー・スウィフト、優等生の自分との決別)。そうすることが、SNS上で語られるきっかけになる。そこを上手くやったのがMigosだった。
ストリーミングやYouTubeの再生回数がチャートアクションに直結する今日において、SNSでの拡散は大きな意味を持つ。かくしてアメリカ南部発のトラップは2017年にかけて商業化が進み、そこから田中の関心も薄れてしまったそうだ。
「アルバム」の概念が揺らぎ、「アートの洪水」に見舞われた2017年
「ストリーミング時代では、曲単位で音楽が聴かれるようになっていく」という論調もあるわけだが、それとまったく別の角度から、アルバムの概念が揺らぎだしたのも2017年の傾向だと言えるのかもしれない。
田中:Young Thugっていう変わり者がいて、この人は旧来のミュージシャンがキャリアを積むためにやってきたことを全然やろうとしないんですよ。死ぬほど曲を作っていて、ミックステープも発表しているのに、アルバムは全然作ろうともしない。
宇野:でも今年、『Beautiful Thugger Girls』というアルバムをようやくリリースしたんですよね。ただリリース日が遅れに遅れて、みんなから総スカンを食らっちゃった。いい内容なんだけど。
田中:明らかに頭のおかしいレコードで、もはやトラップでも何でもないんですよ。カントリーやフォーク、ダンスホールの要素を取り入れていて、(トラップの特徴である)低音は全然出ていない。5年前なら革新的なレコードだと絶賛されたんだろうけど、実際はスルーされてしまったんですよね。たぶん今では、アルバムで新しい価値観を提示することに、批評家やエンドユーザー、作家自身も意味を感じなくなってきたんじゃないかな。
宇野:CINRA.NETのインタビューで、ドレスコーズの志磨(遼平)くんとも話したけど(参考:ドレスコーズ志磨遼平が、長髪に別れを告げた理由を語る)、今起こっているのは「情報の洪水」じゃなくて「アートの洪水」なんですよ。素晴らしい作品だけでもあまりに多すぎて、どうするべきか問われはじめたのが2017年。
アメリカのテレビ業界でも同じような現象が起こっていて、「IndieWire」のような名のあるメディアの批評家たちでさえ、「ドラマを全部見るのは無理」とお手上げしはじめている。僕の場合は、(海外では)毎週金曜に新しいアルバムがリリースされるので、そのタイミングで3~4枚聴くんだけど、そこでスルーした作品をあとから聴くことはほとんどない。だって、また次の週に新しいものが出ちゃうから。
こういった状況について、「僕らは批評家だから、なんとか全体を俯瞰しようと思うわけだけど、正直無理です」と田中も認めつつ、「いろんなものが散らばっていて、リスナーとしては最高に楽しい時代」だとポジティブに捉えているようだ。最後に、二人の無邪気な発言が飛び出すと、会場も大きな笑い声に包まれた。
田中:もはや、アウトプットするのすら面倒になるよね。ドラマとかでもそうだけど、俺たちはこんなに楽しんでいるのに、なんでわざわざ説明しなきゃいけないんだと思う(笑)。全然時間が足りないもん。
宇野:たまに気が狂いそうになりますよね。僕なんて、この1年くらいベッドで寝たことがないですよ。こんな楽しいものだらけなんだから、寝オチ以外ありえないでしょ(笑)。
- イベント情報
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- 『NEWTOWN』
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2017年11月11日(土)、11月12日(日)
会場:東京都 多摩センター デジタルハリウッド大学 八王子制作スタジオ(旧 八王子市立三本松小学校)
- プロフィール
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- 田中宗一郎 (たなか そういちろう)
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編集者、音楽評論家、DJ。1963年、大阪府出身。雑誌『rockin’on』副編集長を務めたのち、1997年に音楽雑誌『snoozer』を創刊。同誌は2011年6月をもって終刊。2013年、小林祥晴らとともに『The Sign Magazine』を開設し、クリエイティブディレクターを務める。自らが主催するオールジャンルクラブイベント、『club snoozer』を全国各地で開催している。
- 宇野維正 (うの これまさ)
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映画・音楽ジャーナリスト。「リアルサウンド映画部」主筆。現在、『MUSICA』『装苑』『GLOW』『NAVI CARS』『クイック・ジャパン』などで批評やコラムや対談を連載中。著書『1998年の宇多田ヒカル』(新潮新書)、『くるりのこと』(新潮社)、『小沢健二の帰還』(岩波書店)。
- 柴那典 (しば とものり)
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1976年神奈川県生まれ。ライター、編集者。音楽ジャーナリスト。ロッキング・オン社を経て独立。雑誌、WEB、モバイルなど各方面にて編集とライティングを担当し、音楽やサブカルチャー分野を中心に幅広くインタビュー、記事執筆を手がける。主な執筆媒体はAERA、ナタリー、CINRA、MUSICA、リアルサウンド、NEXUS、ミュージック・マガジン、婦人公論など。cakesにてダイノジ・大谷ノブ彦との対談連載「心のベストテン」、リアルサウンドにて「フェス文化論」、ORIGINAL CONFIDENCEにて「ポップミュージック未来論」連載中。著書に『ヒットの崩壊』(講談社)『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』(太田出版)がある。
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