会田誠の想像力と思いつきが炸裂した、壮大な架空の都市計画
東京・青山のど真ん中。元クラブ、あるいは岩盤浴スパだったこともあるらしい謎の地下空間で会田誠展『GROUND NO PLAN』が始まった。これは「都市のヴィジョンー Obayashi Foundation Research Program」という公益財団法人大林財団(理事長:大林剛郎)の助成プログラムの第一弾展覧会で、会田はその映えある初代助成対象者に選ばれた。
「都市のあり方に強い興味を持つ国内外のアーティストが、建築系の都市計画とは異なる視点から(中略)都市のあり方を提案・提言」するという主旨(プレスリリースより抜粋)に、確かに会田はぴたりと合致する作家だ。というのも、彼は2001年に『新宿御苑大改造計画』という、壮大な架空の都市計画を作品として発表しているからだ。
2001年に発表された『新宿御苑大改造計画』は、本展にも展示されている
半年間のニューヨーク滞在で、特に現地のアートシーンと交流することもなくマンハッタン島のセントラルパークをぶらぶら散歩する日々を過ごした会田は、「アメリカ先住民の広大な土地を(実質的に)パクってこさえたランドアート」への反感と「なんで日本にはこういう公園がないのか」という不満から、新宿御苑を大都会東京から隔絶された、人為的な破壊と介入で盛りだくさんの自然の楽園に作り換えるプランを発表した。今回の展覧会は、その延長線上にあり、新宿御苑のみだったプランは東京全体、あるいは日本全体へと想像力を広げている。
『カーボン系の素材でいつか作られるべき支柱の構造モデル』(左手前)、『DISCOVER THE ELEMENT OF NEW TASTE!』(右奥)
作品にかけるリサーチはゼロ、多方面から怒られそうな思いつきが満載
オープン前日。会田は山高帽とキャンプジャケット姿で報道陣の前に姿をあらわした。これはドイツ出身のアーティストで、社会と芸術の関わりを主張したヨゼフ・ボイスのコスプレである。
会田:都市と芸術みたいなお題を与えられて真っ先に思い浮んだのはボイスでした。自分のなかで彼は「世のため人のため」派アーティストの代表。でも、本当にアーティストが「(社会の)役に立つ」とか言っちゃっていいのか、って疑問もあります。そんなジレンマをふまえた、俺のなかにあるボイス領域が、今回の展覧会です。
2つのフロアに及ぶ展示空間を、会田は「なんとなく」2つのテーマで区切っている。地下1階は「フォーマル階」。前述した『新宿御苑大改造計画』をはじめ、中央省庁が集まる霞ヶ関の上空に、「国際人であり、かつ立派な人物」しか入れない特区を作る『NEO出島』や、東京湾の巨大排給気口を、マンガ家である相原コージのキャラクター「ちくわ女」に作り変える『「風の塔」改良案:「ちくわ女」完成予想図』など、一応まじめなプレゼンの見られるエリアだ(ただし、この手の作品に必須とされるリサーチはゼロとのこと)。
一方、その階下に広がる「カオス階」では、養生用シートや瓦礫、立て看板などを多用し、「いちゃもん」のような提案が書き殴られている。寒冷地に集中する主要国際都市にならって日本も北海道に遷都せよ、と主張する『北海道遷都』。
スラムの環境改善、素人のセルフビルドによる集落の自然生成、三階建て以上の建造物を人間の傲慢と見る……など、架空の建築思想運動を提唱する『セカンド・フロアリズム』、国道沿いに並ぶ大型ショッピングモールが廃墟化し、オルタナティブスペース化することを妄想するペインティングなど、多方面から怒られそうな思いつきが満載だ。
会田:アーティストなんてロクでもない生き物で、もっと不景気になってショッピングモールが潰れれば、巨大な制作スタジオが手に入るんじゃないか? なんて考えてる。巨匠扱いされるボイスだって、もしも今活動してたら炎上しまくってたのは間違いない。アーティストが詐欺師でいられた時代が懐かしいですね。
日本を徹底的に描いてきた会田誠。その存在自体が、日本を体現している?
「リサーチにかけた時間はゼロ」と会田はうそぶくが、それでもアイデア源になっているものはある。第三次世界大戦後、2020年のオリンピック開催を控えた東京を破壊しまくった大友克洋の『AKIRA』や、前述したマンガ作品、そして何よりも庵野秀明の実写特撮映画『シン・ゴジラ』だ。2012年に すでに制作されていた山口晃『新東都名所 東海道中「日本橋 改」』(会田自身はこの作品の存在を最近知った)とシンクロする新作『シン日本橋』のタイトルにその片鱗ははっきり見ることができる。
会田:たしか庵野さんと僕は1歳しか年齢が違わないんですけど(会田誠は1965年生まれ、庵野秀明は1960年生まれなので、実際はわりと違う)、見てきたものや廃墟幻想は共通してる気がしますね。
焼け野原からの新生から始まった戦後日本のポップカルチャーは、『ゴジラ』『ウルトラマン』『日本沈没』などさまざまな東京の大破壊を強迫的に幻視してきたが、2016年公開の『シン・ゴジラ』は破壊描写のアップデートと復興の希望を主題としている。官僚やテクノクラート(技術官僚)、自衛隊、日本全土の化学プラント、土木業者、鉄道会社が一丸となって実行するクライマックスの「ヤシオリ作戦」は、日本人が大大大大大好きな汗と涙と努力と根性の映像化である。
一方、Chim↑Pomをはじめとする教え子たちや、山口晃の全面協力のもと実現した本展は、『シン・ゴジラ』に内在する臥薪嘗胆、挙国一致のドラマをアートの側でやってみた陰画として見ることができよう。そして、その中心にいる会田は「現代美術に関してなるべく単純に考えたいんですよね」とコメントしてみせたりして、昭和世代に顕著なノンポリ左翼的政治意識を垣間見せながらも、のらりくらりとはぐらかし、決定的な断言や決断を先延ばししてみせる。
会田誠『東京都庁はこうだった方が良かったのでは?の図』の下絵を元に、山口晃は会場で『都庁本案圖』を制作していた
スペシャルゲストとして、Chim↑Pomの「都市は人なり 「Sukurappu ando Birudo プロジェクト」全記録」も展示されている
しかし、中心が空虚であればあるほど、彼を取り巻くアーティストやキュレーター、あるいはプレス内覧に殺到したメディア関係者らは熱狂し、正体のよくわからない見えない渦を醸成するのだ。空虚を中心として渦巻く人の群れ。それは、敗戦後の占領政策によって、国政にかかわる権能を失ってもなお「象徴」として延命する天皇制と、それを曖昧に共有することで市民社会らしきものを運営してきた戦後日本の縮図にも見えてくる。
現代社会において、アーティストはしばしば才能溢れた、特異な個性を持った強烈な「私」性を持った人として把握され、その役割を期待される。会田が「現代美術の三大神」として言及するヨゼフ・ボイスも、マルセル・デュシャンも、アンディ・ウォーホルも例外ではないし、人によっては積極的にその期待に乗ってみせる(かくして、アートのムラ社会は完成する)。
だが会田は、のらりくらりと韜晦(自分の才能や地位を隠し、行方をくらますこと)することで、そこに疑問を投げかける。「私たち」が期待する「アーティストとしての私」像を戦略的に用いながらも、「私たち」と「私」のあいだで自分自身のアイデンティティーのありかを先延ばしするアクションそのものが彼の作品の核心だ。そしてそれは、曖昧な微笑みや察し、思いやりと「お・も・て・な・し」の精神で自己決定を避け続けてきた日本の、批評的な再演でもある。
彼が卓越した技術で作り出すのは、けっしてグロテスクな絵画やファニーな立体ではない。2012年に森美術館で開催された個展のタイトルは「天才でごめんなさい」だった。今回は建築における基本計画「グラウンドプラン」にノー(無)を挿入するタイトルが選ばれている。会田誠は、アーティストとして世に登場して以来、曖昧さと謙譲を美徳とし、決定と責任を負うことが不得意な日本と日本人を徹底的に描いてきた。その一貫した姿勢は、今回も健在なのである。
- イベント情報
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- 会田誠展
『GROUND NO PLAN』 -
2018年2月10日(土)~2月24日(土)
会場:東京都 表参道 青山クリスタルビル 地下1階、地下2階
時間:10:30~18:30(金曜は19:30まで、入場は閉館の30分前まで)
料金:無料
- 会田誠展
- プロフィール
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- 会田誠 (あいだ まこと)
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1965年、新潟県生まれ。91年東京芸術大学大学院美術研究科修了。93年『フォーチューンズ』(レントゲン藝術研究所)で芸術家としてデビュー。ミヅマアートギャラリーでの個展を中心に、『横浜トリエンナーレ2001』『シンガポール・ビエンナーレ2006』『アートで候。会田誠・山口晃』展などがある。DVD『≒会田誠~無気力大陸~』、作品集『孤独な惑星』『三十路』『会田誠 MONUMENT FOR NOTHING』、著作『青春と変態』『ミュータント花子』。
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