本当に優れた作品は本来、お金では測りきれない価値がある。しかしそれでも、考えてしまう。クリエイティブにとって「お金」とはなんなのか?
そうしたテーマをもとに、トークイベントが行われたのは、ソニーが元日本版WIRED編集長の若林恵と手を組んで仕掛けるプロジェクト「trialog」。「実験的な対話のプラットフォーム」として、世の中を分断する「二項対立」から、未来を作る「三者対話」へと導くというメッセージを掲げるトークイベントだ。そして、Vol4.となる今回のテーマが「お金」。若林をファシリテーターに3部構成のトークセッションが開催され、さまざまな分野の識者が集って「お金」について多角的な議論が行われた。
今回のレポートでは、音楽プロデューサーのtofubeatsと、ゲームクリエイターの水口哲也が登壇し、クリエイティブとお金の関係を論じたSESSION2にフォーカス。また、キャッシュレス経済について語られたSESSION1、ソニーコンピュータサイエンス研究所所長の北野宏明がGDPと幸福度の関係に言及したSESSION3の内容にも触れてレポートする。
クリエイターにとってのエンジン。創作とは切り離せないお金と権利
現在、クリエイティブとビジネスの関係が変容している。CDが100万枚売れる時代では、クリエイターはクリエイティブに集中できたため、収益の仕組みはブラックボックスになっていた。しかしインターネットの登場以降、既存の収益モデルが機能しにくくなり、クリエイター自身が主体的にビジネスの領域に乗り出すことが珍しくなくなっている。tofubeatsはそういった文脈において、新世代のクリエイターとしての期待を一身に受けてきた存在だ。若林恵とtofubeatsのやりとりから、それは伝わってくる。
若林:トーフくんは、インターネット出身で、アーティストとしてのキャリアのサバイブみたいな話もしてきた。これからは「権利周りをどう勝ち取るか」みたいな部分が後続するアーティストにとっての試金石になっていくんだろうね。「大変だな」「気の毒だな」っていつも思っているんだよ。
tofubeats:いえいえ(笑)。僕は昔に比べると、ほとんどの権利を自分で持っていると言ってもいい気がします。ただ、それでもまだ道半ばですね。音楽はほかの分野より一足先にデータ化しましたし、CDショップや間に入ってる流通会社も経営が厳しい状況なので、今後メジャー全体のシステムがさらに大きく変わっていくと思います。だから、権利自体がどうなっていくのかもわからないですよね。
そう語るtofubeatsは、2016年に所属するマネジメント会社から独立し、自身で事務所を設立。独立によってクリエーションに対する当事者意識が高まり、以前よりも良い環境を手に入れたという。クリエイティブにおいて、インディペンデントで活動することの意味はどういったものなのだろう。
1990年代のはじまりと同時にSEGAへ入社し、「音と光の電飾パズル」というテーマの『ルミナス』(2004年)など、独自のコンセプトを持つゲームをいくつもヒットさせたクリエイター・水口哲也は以下のように発言した。
水口:お金儲けをしたいわけではないけれど、クリエイターにとってお金はエネルギーでありエンジンです。なにかを作り、人に喜んでもらって、感謝とお金を受け取る。それが次のクリエイティブに回っていくんです。そのお金をどのように分配するかは権利によって決まるから、クリエイター自身が権利を知っておくことはとても大切なんですよ。
でも、権利関係はとにかく複雑で多岐に渡っていて、自分が作ったものがどのようにお金を生み出すのか理解しづらい。それがわかった上で仕事をしないと不幸せになってしまう可能性があるんです。
若林:坂本龍一さんが「commmons」という会社を作った背景には、アーティストが権利関係で困ったときに相談できる場所を作るという目的があったらしいね。実際にはレコード会社のような機能になっているけれど、坂本さんレベルですらお金に関する問題意識を持っているわけだよね。トーフくんは相当コンシャスにやってるほうだと思うけど、それでも十全に主権を手に入れてるかって言うと、まだそうも言い切れない。
クリエイターへの好意はどう金銭に変えられるか? 期待される、貨幣経済システムの変容
クリエイターが経済的な主権を手に入れることができる日は来るのだろうか? そこでヒントになるのが、SESSION2の終盤に語られた「お金の非貨幣的意味」である。
水口:ダニエル・ピンクが「TED Talks」(動画の無料配信プロジェクト)で話しているけれど、お金にリスペクトとか信用とか気持ちとか、そういう情報がくっついていないと幸せを感じられないんですよね。
お願いする側の想いがお金に反映されて、色が見えるようなエフェクトが追加されたら、お金本来の役目がわかりやすくなりそう。会社員がもらうサラリーはそういう価値が見えにくいんです。さらに、お金と権利がセットで一元的に管理できたら、理想的なんだよね。
お金ではなく信用が交換可能な貨幣として使用できるとしたら、自身の作品に対する好意や信頼がそのまま個人に蓄積されるかもしれない。そうすると、クリエイターのお金を巡る状況は大きく変わるだろう。
貨幣経済システムが変化していくであろう流れは、SESSION1、SESSION3でもそれぞれ語られた。SESSION1で取り上げられたトピックは、お金の形態の変化。先進国中ドイツと並んで最もキャッシュレス化が遅れている日本において、QRコードを用いた決済サービス「Origami Pay」を始めた康井義貴は、インターネットと決済が繋がることで、決済情報が良質なマーケティング情報として蓄積され、旧来の手数料ビジネスとは異なる活路を見出せる、と語った。手数料、銀行、そしてフィジカルとしてのお金が不要になる未来は、すでに実装されつつあるのかもしれない。
SESSION3では、文化人類学者の松村圭一郎が、「貨幣経済と信用経済の流動性」について語った。歴史上、お金の形態は常に変化し続けてきたのだという。私たちが日々当たり前のように信頼する「円」でさえ、長い歴史の中で見れば一時的な手段にすぎない。
また、ソニーコンピュータサイエンス研究所所長の北野宏明は、発展途上国における幸福に目を向けて、「経済の豊かさと幸福は比例しない」という説を唱えた。国際社会における経済尺度として用いられる「GDP」は、経済構造や生活様式の異なる社会を比較する上では意味をなさず、本来的な社会の幸福度についてはなにも見えてこない、とした。GDPのみが計測基準になってしまうと、「経済」という一側面にのみ焦点が当たってしまい、社会が本来持つさまざまな側面が隠れてしまうのだ。
3つのSESSIONを通して、いくつもの切り口から語られた、経済社会の変容。それぞれが語った過去、現在、未来は相互補完的に新しい社会を導いてゆくのだろう。今日当たり前に行った「買い物」さえ、5年10年先にはまったく異なるものになっているのかもしれない。
- リリース情報
- プロフィール
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- tofubeats (とーふびーつ)
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1990年生まれ、神戸在住。在学中からインターネット上で活動を行い、2013年にスマッシュヒットした“水星 feat.オノマトペ大臣”を収録したアルバム『lost decade』を自主制作で発売。同年『Don't Stop The Music』でメジャーデビュー。森高千里、藤井隆、DreamAmi等をゲストに迎えて楽曲を制作し、以降、アルバム『First Album』(14年)、『POSITIVE』(15年)をリリース。2017年には新曲“SHOPPINGMALL”“BABY”を連続配信し、アルバム『FANTASY CLUB』をリリース。SMAP、平井堅、Crystal Kayのリミックスやゆずのサウンドプロデュースのほか、BGM制作、CM音楽等のクライアントワークや数誌でのコラム連載等、活動は多岐にわたる。
- 水口哲也 (みずぐち てつや)
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米国法人エンハンス代表 / レゾネア代表 プロデュース作として、『セガラリー』(1994)、『スペースチャンネル5』(1999)、『Rez』(2001)、『ルミネス』(2004)、『Child of Eden』(2010)など。2016年には『Rez Infinite』をリリースし、米国The Game AwardのベストVRアワード(2016)を受賞。同年『Rez Infinite』の共感覚体験を全身に振動拡張する『シナスタジア・スーツ』を発表。文化庁メディア芸術祭特別賞(2002)、欧州Ars Electoronicaインタラクティブアート部門名誉賞(2002)、2006年には全米プロデューサー協会(PGA)とHollywood Reporter誌が合同で選ぶ「Digital 50」(世界のデジタル・イノベイター50人)の1人に選出される。
- 若林恵 (わかばやし けい)
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1971年生まれ。編集者。ロンドン、ニューヨークで幼少期を過ごす。早稲田大学第一文学部フランス文学科卒業後、平凡社入社、『月刊太陽』編集部所属。2000年にフリー編集者として独立。以後、雑誌、書籍、展覧会の図録などの編集を多数手がける。音楽ジャーナリストとしても活動。2012年に『WIRED』日本版編集長就任、2017年退任。2018年、黒鳥社(blkswn publishers)設立。
- 北野宏明 (きたの ひろあき)
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1961年埼玉県生まれ。1984年国際基督教大学教養学部理学科(物理学専攻)卒業。1988年より米カーネギー・メロン大学客員研究員。1991年京都大学博士号(工学)取得。1993年ソニーコンピュータサイエンス研究所入社。2011年同代表取締役社長。慶應義塾大学大学院理工学研究科客員教授。ロボカップ国際委員会ファウンディング・プレジデント。Computers and Thought Award (1993)、Prix Ars Electronica (2000)、日本文化デザイン賞(日本文化デザインフォーラム)(2001)、ネイチャーメンター賞中堅キャリア賞(2009)受賞。ベネツィア・建築ビエンナーレ、ニューヨーク近代美術館(MoMA)等で招待展示を行う。
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