障害者ブレイクダンスチーム「ILL-Abilities」と、トップクラスの日本人ダンサーたちによる、熱いダンスバトルが繰り広げられた
あらゆる公共機関がストップし、陸の孤島と化した成田空港に1万人以上の旅行者が閉じ込められた台風15号「ファクサイ」が通り過ぎた2019年9月10日の東京は、バトンタッチしようとしていた秋を押しのけて真夏が全力疾走したかのような暑さだった。だが、それに劣らぬ熱いものを見た。
『TRUE COLORS FESTIVAL -超ダイバーシティ芸術祭-』(主催:日本財団)は、来年の東京オリンピック / パラリンピックに向けての多様性社会の啓蒙をミッションとするフェスティバルで、約1年をかけて様々な催しが行われるという。この日にあったのはその第一弾。多国籍からなる障害者ブレイクダンスチーム「ILL-Abilities(イル・アビリティーズ)」とトップクラスの日本人ダンサーたちがダンスバトルを繰り広げるというもので、筆者は1か月ほど前に前者のリーダー、ルカ・レイジーレッグス・パトエリにインタビューする機会を得たのだった(参考:社会を変えるのは障害者自身。ダンサー集団イル・アビリティーズ)。
関節拘縮症という病気のために「ふつう」よりも短い脚を持った自分に「怠け者の脚(Lazylegz)」なんてあだ名をつけるあたり、アイロニーとユーモアを併せ持った彼らしいのだが、この日はじめて、じかにこの目でパフォーマンスを見て、それはあながちジョークや嘘ではないことを知った。パフォーマンスにも使う2本の松葉杖を竹馬のように使い、両足を月面歩行する宇宙飛行士のようにゆっくりと動かすオリジナルのムーブは、本当に脚がナマケモノのようだったからだ。動物の。そういう意味ではないかもしれないが。
社会の「ふつう」からは何かを失っているのかもしれないが、大きな何かを得ている
しかしそのぶんだけ、身体の全体重を支え、ときに腕を軸に風車のようにダイナミックな回転まで実現してしまう彼の両手と上半身は、アメリカンコミックのヒーローのように鍛え上げられている。それはILL-Abilitiesの他のメンバーも同様で、両足に障害のあるチリ出身のセルジオ・カルヴァハル(チェチョ)はまるで熊のような隆々・丸々とした上半身でパワフルに地面を跳ねたり転がったりするし、ブラジル出身のサミュエル・リマ(サムカ)は悪性腫瘍のために腰の付け根から右足を切断したというが、脚1本ぶんだけ身が軽くなったからなのか片足だけで華麗に空中一回転をキメ、着地後によろけもしない。
たしかに彼らは社会の「ふつう」からは何かを失っているのかもしれないが、そのかわりに、それぞれに大きな何かを得ている。それはルカが大好きなアメコミ『X-MEN』に登場するミュータントが持つ異能力、あるいは恩寵のようなものかもしれない。いずれにせよ、彼らは少なくとも筆者にはないものを確実に獲得して、生き生きと舞うのだ。
障害を持つ者も、ステージの上では実力派の「ダンサー」となる
この日登場するのはILL-Abilitiesだけではない。ショーケースの枠に登場した「SOCIAL WORKEEERZ」「LJ BREAKERS(from LOVE JUNX)」も素晴らしかった。前者は児童・障害者福祉職に就くメンバーを中心に結成されたグループで、障害のある人、ない人が混在している(ろう者や低身長症のメンバーもいる)。
また、後者はダウン症のある人々による団体「LOVE JUNX」の選抜チームだ。子どものようにはしゃぐメンバーを見て「どんなダンスをできるのだろう?」と最初こそドキドキするが、踊りはじめるとそんな先入観はもうどうでもよくなる。軽快なステップから鋭く回転。立体的なフォーメーションの変化。めまぐるしく動き続けるダンスのなかで彼らは実力派の「ダンサー」となるのだ。「ダウン症の子が、こんな動きをできるの!?」なんて驚いている暇は少しもない。確固とした技術と彼ら自身が生み出すグルーヴと音楽は、観客にも強い高揚をもたらす。
この舞台と客席で起こる相乗的・共振的な働きこそがダンス、そして舞台芸術の歓び(Joy)の本質である。ムーブを決めてから放つ最高なドヤ顔にも、グッとくる。
ダンスには、日常では見えない人間のポテンシャルを広げ、別のものへと転換する作用がある
あらためて考えてみると、ダンスとは、その人ごとの個性・固有性を担保しながら、その動きの連続性によって、人間を抽象化する芸術であるように思う。美術家の岡崎乾二郎は、自著『抽象の力』(2018年 / 亜紀書房)で、19世紀ドイツの教育学者フリードリッヒ・フレーベルの抽象的なかたちを持った玩具についてこう記している。
フレーベルの《恩物》の意義は、個々の積み木が静止しているときに現れている幾何形態そのものにあるわけではない。これを操作し、たとえば回転させるときに、まったく別の幾何的な秩序が出現することにこそある。(中略)立方体、円柱、球の三種の幾何形態は、回転させると立方体は円柱に変容し、円柱を回転させると球と円錐が現れ、回転軸を変化させれば立方体の内側に球体が現れ、立方体に球体が含まれていたことが直感的に把握される。
動くことで異なるイメージが現れることを指摘するこの考えは、ダンスにも通じるだろう。素早い回転。重心を下げて小刻みな足の運びで円を描くフットワーク。それらを経て、天地を逆さまにしたように静止するフリーズ。これらの動きが目まぐるしくスイッチするなかで、観客はダンサーの身体に別のかたちのイメージを見出して熱狂する。ダンスには、日常では見ることのできない人間のポテンシャルを広げ、もっと別のものへと転換する作用があるのだ。
そして、この点において、それぞれ異なる「障害」を持つ……つまり、みんなのかたちが違って当たり前のILL-Abilitiesは、新しいイメージを創出する卓抜したアーティストなのだと言える。
日本のブレイキンを牽引してきたTaisukeなど、日本屈指のダンサーたちも集結
午後から始まった第一部、トーク、ワークショップ、そして第二部を経て、太陽が沈んで会場が夕闇に包まれるなかでこの日の催しはエンディングを迎えた。第二部の全出演者が集まって始まったサイファーと呼ばれる即興のダンス大会には、『ブエノスアイレス・ユースオリンピック』で銅メダルを獲得したShigekixや、金メダルを得たRam、そして日本のブレイキンを牽引してきたTaisukeなど、日本屈指のダンサーたちも加わっている。
遠巻きに見ているとLEDスクリーンの逆光で人物は黒いシルエットにしか見えない。けれども、興奮に湧き上がる声や、ときおり高く飛び上がるたくましい身体からは、その場の熱の高まりがはっきり伝わってくる。
個人的に社会包摂(Social inclusion)という言葉には、「包摂しようとする者」と「それまで排除されてきた者」の温度差が感じられて距離を覚えてしまうのだが、こんな風に古い共同体の祭りのように、かすかな光を頼りに闇のなかで踊り、交歓するのは楽しいことだ。そこでは差異が溶け、混ざり合っていく。
- イベント情報
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- 『True Colors DANCE - No Limits - イルアビリティーズ』
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2019年9月10日(火)
会場:東京都 渋谷ストリーム前 稲荷橋広場
出演:
ILL-Abilities(イルアビリティーズ)
The Floorriorz
Bboy Shigekix
Bgirl Ram
Bboy Taisuke
SOCIAL WORKEEERZ
LJ BREAKERS(from LOVE JUNX)
ワークショップ講師:UNO / NOPPO(s**t kingz)
料金:無料(一部要申し込み)
- 『True Colors BEATS ~Uncountable Beats Festival~』
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2019年10月22日(火・祝)
会場:東京都 代々木公園野外ステージ・イベント広場
料金:無料
出演:
サンティアゴ・バスケス
Ermhoi
xiangyu
岩崎なおみ
大友良英
角銅真実
勝井祐二
コムアイ(水曜日のカンパネラ)
フアナ・モリーナ
ミロ・モージャ
YAKUSHIMA TREASURE(水曜日のカンパネラ×オオルタイチ)
Monaural mini plug(モノラルミニプラグ)
岸野雄一
- 『TRUE COLORS FESTIVAL』
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「超ダイバーシティ芸術祭」。障害・性・世代・言語・国籍などのあらゆる多様性があふれ、皆が支え合う社会を目指し、ともに力を合わせてつくる芸術祭。1年間を通して多彩なパフォーミングアーツの演目を展開します。アートを通して色々な個性が出会う場に、参加することでより多くの気づきが生まれます。「True Colors Festival」はダイバーシティ&インクルージョンの実現に向けて、新しい価値観が生まれる機会を創出します。
- プロフィール
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- ILL-Abilities (いる・あびりてぃーず)
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2007年にモントリオールを拠点にするダンサー/モチベーショナル・スピーカーのルカ・レイジーレッグス・パトエリが「不可能なことはない」というメッセージを広く伝えるために設立。7人のBボーイ、ブレイクダンサーからなる「インターナショナル・ブレイクダンス・クルー」。「イル」の部分はネガティブな言葉をポジティブに転用するヒップホップの文化では、「信じられない」、「素晴らしい」、「繊細」、「センスがある」などの意味がある。このクルーは「障害」のネガティブな側面や限界を強調するのではなく、ポジティブでかっこいいチームを目指している。
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