藤田重信も登場。フォントマニア垂涎のイベント『もじFes.』レポ

1億総クリエイター時代のフォントに迫る、『もじFes.』開催

店舗、ポスター、パッケージ、書籍、ウェブサイト、テレビ……。日常のいたるところに文字は使われている。そして、その内容やイメージに合わせ、いくつものフォントから適切に選ばれている。そんな世の中に溢れる文字を知り、触れて楽しむフェスティバル『もじFes. ~もじと もっと じゆうに~』(以下、『もじFes.』)が、11月16日、17日に「渋谷キャスト」にて開催された。『筑紫書体』シリーズが人気の書体制作会社・フォントワークスが主催した当イベントは、マーケットや展示、ワークショップ、ライブ、フードなど、さまざまな切り口から文字を体験できる、充実の催しとなった。

17日には、渋谷キャスト内にあるクリエイター専用シェアオフィス「co-lab」と共同し、トークセッション「文字とタイポグラフィ」も同時開催。1部では「筑紫書体」の生みの親である、フォントワークス書体デザイナーの藤田重信をメインゲストに迎え、書体制作の解説や、文字設計における美学が語られた。さらに2部ではフォントワークスの書体デザイナー3名と、人気デザイナー、キュレーターが集まり、トークセッションを実施。

いまや1億総クリエイターの時代。文字を選び使うこと、書体デザインをすることへの興味が高まる中、フォントのあり方・捉え方はどう変わっていくのか? 文字を扱うプロたちが語った「フォントの最新事情」をレポートする。

『もじFes.』の様子。当日は、日本唯一のSnapchat公認クリエイター青絵氏による「オリジナルARフィルター」が配布され、イベントのメインビジュアルほか各所で楽しめた。 / ©︎2019 Kohichi Ogasahara

ファッショニスタだった藤田重信がフォントにのめり込んだ理由。それは、ラインによる表現の美しさ

第1部では、Book&Design代表・編集者の宮後優子がファシリテーターとなり、藤田重信とのトークが始まった。現在も藤田を筆頭に、見る者に新鮮な感覚を与え、使い勝手のいい筑紫書体を次々と開発しているフォントワークス。藤田はじっと眺めていたくなる書体を目指し、金属活字特有の滲みをデジタルフォントに再現させ、しかし金属活字の仮想ボディに縛られない、文字本来の筆の流れを活かした明朝体の字形デザインを実現した。

現在スターデザイナーとして活躍している藤田だが、前職の写植機大手の会社「写研」に勤めていた頃はあまり文字に興味がなく、むしろファッションに興味があったそうだ。

藤田:若い頃からいつもなにかに熱中していないとダメで、アイビー時代の次の新しい時代のトラッドファッションに夢中でした。ゴツさと色気が同居するジャケット最高!! という具合で、入社してから結婚するまでの10年ぐらいは本業そっちのけでした(笑)。

『もじFes.』のトークセッション「文字とタイポグラフィ」第1部の様子/ ©︎2019 Kohichi Ogasahara

そんな藤田がファッションから文字に熱意を注ぐようになったきっかけは、ファッションと文字に共通する、微細なラインの違いによる表現に魅了されたからだという。

藤田:石井明朝という書体に出会ったとき、たまらない情感があって、明朝体はトラッドじゃん! と思いました(笑)。さらに文字を知ろうとすればするほど面白くて、底知れない魅力にハマっていったんです。

現在フォントワークスからリリースされている「筑紫書体」は約100書体にも及び、順次ファミリー化を進めているという。藤田は外出先でも実際に街で見つけた「筑紫書体」は使用例として収集。近年は書籍や漫画、ポスターをはじめ、至るところで遭遇するそうだ。

SNSで開発途中のホットな情報まで公開。藤田のフォント作り

藤田は欲しい書体の要望やフィードバックを求めて、わざわざ書体に精通したデザイナーに直接意見を求めに行くこともある。

藤田:相談するのは、祖父江慎さん、字游工房の鳥海修さんとか。特に祖父江さんが一番筑紫書体全般の知識と情熱が深くて、「筑紫はいつ見てもアバンギャルドだ」とおっしゃる。使用者視点の意見は貴重ですね。

さらに藤田はTwitterを使い、制作中の文字の途中経過も投稿。SNSで多くの人からフィードバックを貰える時代性を理解し、いままでは機密情報とされてきた情報もあえて公開しているのだ。

藤田:新しいサービスを使わなければもったいない。反応を見たり、意見を貰えたりすることが結果として利益となると思います。どんどん出していって、ブラッシュアップしていく。最終的にフォントは使われるものなので、アグレッシブで赤裸々な姿勢のほうがいい書体を生み出せるからです。

『もじFes.』でトークを行う書体デザイナーの藤田重信 / ©︎2019 Kohichi Ogasahara

近年では、無段階に線の太さや文字の幅などを変更できるバリアブルフォントも登場。よりデザイナーがフォントを調整しやすい時代になった。しかし、藤田はあえて「筑紫アンティークゴシック」や「筑紫アンティーク明朝」など、ウェイトを7~8段階に分けてファミリー化を進めている。それはバリアブルフォントでウェイトが調整できるようになったことで、ウェイトの判断に混乱が生まれ、むしろ使いにくくなるというクリエイター側のデメリットを想定してのことだ。

『もじFes.』の様子。異なるフォントのパーツ(部首)を組み合わせて思い思いの「愛」を作り、遊びながらフォントが学べる『“愛”の見本帖』 / ©︎2019 Kohichi Ogasahara

フロッピーディスクで運んでいた1990年代から、書体デザインはこうして広がった

今回のイベントでは、デザインを学ぶ学生やフォント好きの高校生も多数来場。フォントに興味を持ち、選び、使うようになる層が増え、書体デザインの世界のすそ野はますます広がってきている。

イベント当日は、主催のフォントワークスのコーポレートメッセージでもある「もじと、もっと、じゆうに」を体現する、大人から子どもまでみんなに開かれた催しとなった。

文字好きが増えれば、今後インディペンデントな書体デザイナーが増えてくることも考えられるだろう。藤田はその可能性について、こう語る。

藤田:1973年に写研が発売した丸ゴシック体「ナール(NAR)」が生まれる前は、書体はデザイナーではなく、職人が作るものでした。それ以降はデザイナーが作る、時代に合った斬新なデザイン書体が必要とされ、今後もますます作り手は増えていくことでしょう。

ただし和文フォントの場合、漢字、仮名、記号を含めて最低でも約1万字が必要です。個人で作るとなると大変なので、真当な明朝体を作りたい方は、メーカーの方がチャンスが多いと思います。

そんな藤田の言葉から引き継がれるように、第2部では書体デザインの変遷と今後について、実体験を通して語られた。ファシリテーターを務める宮後優子のほか、登壇したのは、グラフィックデザイナーで自身でも書体デザインを行う山田和寛、WTF Forumで欧文書体を対象にした「フォントID」を行うタイプキュレーターakira1975、そしてフォントワークスの若手書体デザイナーで入社8年目の越智亜紀子、入社5年目の山村佳苗、入社3年目森田隼矢の計5名。

宮後:個人が書体デザインを制作するようになるムーブメントが1990年代にありました。フロッピーディスクに作った書体を入れて販売するというもので、その手軽さが人気となり、爆発的に流行。『フロッケ』というイベントも開催されていました。

akira1975:同時期にアメリカでemigre(エミグレ)というファウンドリーの欧文書体が人気になりました。

若手書体デザイナーが集った、トークセッション「文字とタイポグラフィ」第2部の様子 / ©︎2019 Kohichi Ogasahara

さらに、フォントを知るためになんの本を読んでいいかわからない、情報が出ていない状況からニーズが増え、フォント専門の本や雑誌が増えてきたそうだ。そして書体デザイナーが表に出てくるようになったのは、2000年を過ぎてフォントブームが盛り上がってきた頃。

山田:2000年代初頭は、ちゃんとした書体を作ろうとする風潮になってきた頃だと思います。それでも僕が学生だった頃は、書体デザインの情報も少なくて、自分で金属活字をトレースして勉強していました。しかし大学2年生の頃(2005年)に小林章さんの『欧文書体―その背景と使い方』(美術出版社)という書籍が出たことで、独学でも学びやすくなっていったと思います。

今回の登壇者は、独学か入社後に書体デザインを学んだそうだ。同級生に書体デザイナーを目指す人も少なく、大学で専門的に学べる環境でもなかった。しかし2010年代の前半には「Glyphs(グリフス)」というドイツ発のフォント作成アプリが日本でも使用されるように。文字塾などの私塾も開かれ、本格的に書体デザインを学べる環境が整ってきている。また海外の場合は、イギリスのレディング大学やオランダのKABKなどで書体デザインを学ぶこともできるという。若手デザイナーが書体デザインに取り組める土台が整いつつある一方で、インディペンデントな書体デザイナーがフリーでやっていくにはまだまだ厳しい環境でもある。

山田:何年もの歳月をかけてフォントを作ったところで売れる保証はない。マネタイズの問題や根本的な売り方から考えないと、フォントだけで食べていくのは難しい。

実際に独立後、仮名書体「NPGヱナ」「NPGクナド」を制作した山田はそう語る。一方で、企業専用のカスタム書体制作や、ゲーム専用書体などの書体制作の依頼を積極的に受けるなど、総合的に考えて仕事をすることができれば、インディペンデントでも本業として活動できる可能性があるそうだ。

『もじFes.』の様子。会場には、文字を横から見たり裏から覗いたりして文字の構造を体感できるインスタレーションも並んだ。 / ©︎2019 Kohichi Ogasahara

とはいえ、フォントワークスではチームで関わり、約1万文字の和文書体をおよそ1年で作ることができるのに対し、個人では仮名書体を3ウェイト制作するのに3年半かかる。個人で始めるならば、まず欧文書体か仮名書体から始めるのが現実的だろう。

文字好きが増えた昨今。作り手と買い手が増えれば、質の良いフォントを見極められる審美眼もますます必要になると予想される。書体デザインの文脈とは別に、近年は大原大次郎や山田和寛を中心に、作字がブーム化していることも見逃せない。今後、ますます文字や書体デザインの歴史や体系について学ぶ必要がありそうだ。

『もじFes.』の様子。「美しい文字」が宙を舞う筑紫書体のインスタレーション。 / ©︎2019 Kohichi Ogasahara
イベント情報
『もじFes. ~もじと もっと じゆうに~』

2019年11月16日(土)、11月17日(日)
会場:東京都 渋谷キャスト
主催:フォントワークス株式会社
企画・運営:フォントワークス株式会社・Camp Inc.
特別協力:渋谷キャスト
協賛・協力:SPRING VALLEY BREWERY、Brooklyn Brewery、forucafeほか

プロフィール
藤田重信 (ふじた しげのぶ)

1957年福岡県生まれ。筑陽学園高校デザイン科卒。1975年、写真植字機の株式会社写研文字デザイン部門に入社し、1998年にフォントワークス株式会社に入社し筑紫書体ほか数多くの書体開発をする。2016年、NHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」に出演。2010東京TDC賞を受賞。東京TDC賞2018 タイプデザイン賞を受賞。

宮後優子 (みやご ゆうこ)

編集者、Book&Design代表。東京藝術大学美術学部芸術学科卒業後、出版社の編集者に。1997年よりデザイン雑誌、書籍の編集を始め、デザイン専門誌『デザインの現場』編集長、文字デザイン専門誌『Typography』創刊編集長を経て、2018年に個人出版社・ギャラリー「Book&Design」を設立。デザイン関連書籍・ウェブサイトの編集ほか、TypeTalksなどのイベントや展示などの企画・運営を行う。東京藝術大学、桑沢デザイン研究所非常勤講師。ATypI会員。

山田和寛 (やまだ かずひろ)

1985年生まれ東京都出身。2008年多摩美術大学卒業。松田行正率いるマツダオフィス/牛若丸でブックデザインを学んだ後、Monotypeで「たづがね角ゴシック」を設計。2017年にデザインスタジオnipponiaを立ち上げ独立。書籍の装丁を軸に文字デザイン、グラフィックデザイン等の仕事をしている。仮名書体「NPGヱナ」「NPGクナド」などを制作。

akira1975 (あきらいちきゅうななご)

出版社勤務のかたわら、フォント販売サイト、MyFonts.comのフォーラム、WTF Forumなどで、フォントID(広告や雑誌、ロゴなどで使われているフォントが何かという質問に、回答すること)をしている。WTF Forumでの回答数、6万件以上。WTF Forumのモデレーターの一人。欧文書体を紹介するウェブサイト「TypeCache」を共同運営。「Typography」誌で連載を執筆。『定番フォント ガイドブック』(グラフィック社)、『目的で探すフォント見本帳』(ビー・エヌ・エヌ新社)を共同執筆。

フォントワークス株式会社 (ふぉんとわーくすかぶしきがいしゃ)

フォントワークスは、文字を通じて新しい文化創造の担い手になることを企業理念として1993年に生まれ、2018年で創業25周年を迎えたフォントメーカー。業界初の年間定額制フォントサービス「LETS」をはじめ、「ちょうどいい文字を、ちょうどいい価格で」をコンセプトにしたセレクトフォントサービス「mojimo」などの提供。また、高品質なフォントの組み込みソリューションにも強みを持ち、さまざまな機器にフォントワークスのフォントが使用されている。表現の不自由さを取り払い、誰もがスタイルを持つ日常を手に入れられるよう、文字の可能性を絶えず考え続け、らしさが溢れる未来を拓いていく。

Camp Inc (きゃんぷ いんく)

「偏愛で世の中に寛容をつくる」クリエイティブ・エージェンシー。クリエイティブワーク/リテール&プロダクト/イベントプロデュースを軸に、アート・音楽・クラフト・ファッションなど、ジャンルを問わないインディペンデントな作家やアーティストと協業。双方にリスペクトと相乗効果の望めるコラボレーション、またメンバーシップモデルを実現し、パートナーの抱えるあらゆる課題解決に取り組む。



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