手の平サイズの手頃な大きさ、ページをめくると序文の書き出しに「この冊子は自分にとってはじめて作ったzineです」とある。何にせよだれかの「はじめて」に触れるのは特別な気持ちがするものだ。
ところで「zine=ジン」とは? A4の紙にあれこれコピーし、ふたつ折りにしてホチキスで綴じた簡易な冊子を見たことはないだろうか? 内容は個人的な日記だったり好きなレコードのレビューだったりスケーターの写真だったりイラストや漫画だったり、もちろん印刷方法もコピーに限らずさまざま、謄写版からオフセットまで、中には活版で印刷されたものもある。もちろん大きさもA4ふたつ折りに限らない。1枚の大きな紙を切ったり折ったりしてうまいこと冊子状態にしたもの、ホチキスを使わずにミシンで綴じたものもあって、その仕様にも作者の創意工夫が試される。その起源はSF同好誌なのかパンクのファンジンなのか組合運動のビラなのか、それとも既に名のあるアーティストの手慰みなのかはともかく、誰でもつくれる、私やあなたにだってつくれそうな簡便な冊子、そういうパーソナルなメディアがある。
さて、今回取り上げる『DIY TRIP』の72ページある本文のほとんどを埋めるのは作者の小ぶりな手書き文字、そしてどのページにも丁寧に書かれたそのかわいい文字が規則正しく並んでいる。
「はじめてのジン」とはいえ、衝動に任せて書き殴ったり、ページがまったく不揃いなまま綴じられたり、といったような粗雑さはない。だからといってプロのデザイナーや編集者が(あえて)つくったようなジンでもない。むしろ、見えない場所で試行錯誤を続けた人がつかんだ我流のコツに支えられた印象の良さがある。
表紙と本文に挟まれる数ページのグラビアはカラー印刷(多分オンデマンド)で本文は白黒コピー。また、手書きの本文に対して、見出しや注釈などはワープロ文字でメリハリをつけるなど、本書の「読みやすさ」はそういった対照が醸し出しているのだろう、一見して、この作者はずっとやってきた人なんだろうなと思わせる安心感がある。
それもそのはず、その序文で1977年生まれの作者は「高校3年生のときから『HOWE(ハウ)』という、自分で書いた文章とイラストに満ちたミョーなフリーペーパーを作っている」ことを紹介している。ということは、作者にとってフリーペーパーとジンは違うものだということ。その意に沿って言いかえれば、フリーペーパーを長らく発行してきた者がはじめてつくったジン、それが本書である。そういえば、注釈のひとつにも「とりあえずここではミニコミとzineを『入手するうえで代価が発生する、少部数の手作り出版物』としておく」という記述が見受けられるので、作者にとってフリーペーパーとジンの境界は、売る/売らないにあることがわかる。
人によってジンの定義もさまざま、フリーペーパーもジンも手作業でつくったものならジンだという向きもあるだろうし、オフセット印刷された通常の雑誌仕様でも編集者の趣味趣向が強く窺えればジンでいいではないかという穏健派だって、また、1981〜1985年に地元の大学近くのコピーショップにあったゼロックスで刷った冊子しかジンと認めない、なんて頑迷派だっているかもしれない。
ともあれ、その仕様や成り立ちはともかく、本書にジンの何たるかがあるとすれば、それはきっと文章からにじみ出る作者のたどたどしさやぎこちなさみたいなものじゃないかと思う(実際、目次にも「DIYというコトバに(たどたどしく)こだわってみる」という章立てがある)。そして、その副題にある「手作り印刷物とDIY精神をめぐる旅〜シアトル・ポートランド編〜」に乗りだした作者だが、そのたどたどしさは旅の過程の随所で顔を出すのである。
例えば「『取材』を強く意識していたためにデジカメやICレコーダーを常に携えていた」にもかかわらず、「このZAPPにいたスタッフや利用者に私はインタビューをする勇気を振り絞ることができなかった」り、「このIPRCのような施設が彼女たちにどういうふうに捉えられているんだろうか、どこでこのような施設の存在を知ったのか、といったあたりをこちらから質問しておけばよかったと後悔し」たり……。はるばる夢のアメリカ太平洋岸北西部に足を踏み入れながらやけに後悔ばかりしている作者が何ともほほえましく、それだからこそ身近に感じられるのである。
それはつまり、作者がこだわる「DIY」なる言葉の「ユアセルフ」の部分、その「あなた自身」は必ずしも、いつでも好奇心旺盛で怖い者知らず、才気煥発で危険を顧みずバリバリと突撃取材するような人間でなくてもよい、ということ。おじけづいたり、言葉をかけるのも気後れしたり、そんな作者のほうがむしろ読者と重なり合うこともあるのだ。そして、そんな人間でもジンはつくれるということ。もしくは、そんな人間だからこそジンをつくる、ということ。
また、嘘のないこの「あけすけさ」は、作者にとって旅の引き金となったジンの1冊『Stolen Sharpee Revolution』にある「惜しみなさ」とも重なる。言うなればもったいつけない文化。ジンの強みとして「あなたがあなたであることを惜しみなく伝える媒体」という面が挙げられるなら、本書もまたそのものだと言えるだろう。
ちなみに、本書で作者が訪れたジンゆかりの施設は大きく2ヶ所──ジン製作用のワークスペースも伴ったジン専門の図書館であるシアトルのZAPP(ジン・アーカイヴ&パブリッシング・プロジェクト)と、ポートランドのIPRC(インディペンデント・パブリッシング・リソース・センター)。また、余談だが、後者のオリエンテーションで「『ボクはコイツが大好きなんだ!』といってコピー機に抱きついてみたり」するガイドのフレッドさんなど、その描写からは何とも言えない旅の高揚感が感じられてわくわくするし、何よりもDEERHOOFのドラマー、グレッグのことを形容した「まるで宝クジに大当たりしたことをさっき知ったばかりのようなドラム演奏」なんて最高の表現に出くわすと、それだけでもうこの小さな冊子を抱きしめたくなる、などと言ったら大げさか。でも、ジンってそういう小さな大げささ、小さな切実さなんじゃないかと思うのだ。というわけで、誰もが自分のジンをつくることができる、その好ましい一例として『DIY TRIP』をご紹介しました。
- 書籍情報
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- ©2010 NEUE ROAD MOVIES GMBH, EUROWIDE FILM PRODUCTION
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『DIY TRIP SEATTLE&PORTLAND:手作り印刷物とDIY精神をめぐる旅〜シアトル・ポートランド編〜』
2011年8月25日発売
著者:タテイシナオフミ
価格:500円(税込)
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