あなたの美醜の価値観を揺るがす、「不細工」と言われ続けた女

女性の誰かが殺されると、たちまち「美人OL殺人事件」「みんなに慕われていた美人ナースの無念」などと書き立ててしまう。「首なし美人死体」と書かれたケースすらあったそうだ。首がないのに美人、だそうである。被害者でも加害者でも、犯罪に女性がかかわる度、女性の美醜で扱いの多少を決めてきた。つまりそれはメディアの主語を握っているのが「オヤジ」である何よりの証拠だ。インターネットで知り合った10名以上もの男性から総額1億円以上の金銭を奪い、恋愛下手な中年男性を次々と死に追いやった毒婦・木嶋佳苗は、何よりもまず、その「不細工」な容姿を語られた。なぜこの風貌で、この肥満体型で、男をダマせたのか……首がなくても美人と書く面々が、一斉に不細工と書き立てた。

木嶋佳苗は、役者だ。大女優だ。「嘘をつく」「演じる」というレベルではなく、振る舞いがまるごと女優じみている。法廷に出向いた著者の北原は、木嶋がボールペンをノックする姿すら優雅だったと書く。召し物は、場に不相応の色彩豊かな恰好。胸の大きく開いた服を着こなす木嶋は、休憩を挟んで再開された法廷にお色直しして登場する。唇はテカっている。プルプルしている。「なんであんなブスが」とブツクサ駆けつけた男性記者は、「十分イケル」「見ているうちに、どんどん可愛くなってきた」とひそひそ話し合う。死した男性の中の1人が、「美人は飽きてしまうけれど、ブスは馴れるから」と話していたように、金と命を奪われた相手の男性にとっても木嶋は美人ではなかった。それでも、総じて彼女の虜になった。

そもそも、女性らしさ、の所在など分からない。規定できない。だって、男性目線だけで考えるとどこに需要があるのか分からない「女性らしさ」がいくらでも存在しているではないか。オノ・ヨーコの巨乳アピールなどその顕著な例だ。彼女が巨乳であるという事実と過剰な伝達に、こちらは何をどう感じればいいのか。天国のジョン・レノンは、老女ヨーコの巨乳についても「想像してごらん?」と言うんだろうか……閑話休題。「女性らしさ」を規定できないまま、男性目線を引きずって木嶋の写真を眺めてみる。逮捕時に流布された制服姿の木嶋は、時たま志村けんが披露する地味な女子高生役にソックリだ。皆がそう感じたように自分も「あんなブスに引っかかった男がどうにかしている」とブツクサつぶやきながら本書を読み進めた。木嶋に100日間寄り添った著者は、木嶋の色気に飲み込まれていた。……読後、自分も飲み込まれていた。

木嶋は清い女を演じる。男に嘘をつくとき、木嶋は自分のことを、「介護の仕事をし、料理の学校に通い、ピアノが得意な女性」と自分をプレゼンする。ベタすぎて滑稽な設定を、ピュアな恋愛関係を久々に結んで色めき立つ中年男性たちはそのまんま信じ、目をキラキラさせる。純真さに浸したのちに、彼女はセックスで男を翻弄する。法廷で彼女は「今までしたなかで、あなたほど凄い女性はいないと、言われました」「テクニックというよりは、本来持っている機能が、普通の女性より高いということで、褒めて下さる男性が多かったです」と、「生まれながらの名器」を自認し、純真さを強引に二乗するかのように「避妊具はいりませんから」と相手の男性に前もってメールで伝えてみせたと明らかにする。金を揺するのはその後だ。あなたのことを真剣に考えている、だから避妊具はいらない、だからお金を。んで、出すのだ、男は、すぐに。金遣いに細かく、知人と会食に出かけても2,000円以内に抑えようとする男性が、即決で財産の大半を引き下ろしたのだ。

佳苗の前で死に絶えた4名は、70歳、53歳、80歳、41歳といずれも若くない。恋愛を忘れた体に、突然、豊満な佳苗が飛び込んできたのだ。先日、日曜朝のトーク番組「ボクらの時代」に、年下の奥さんを捕まえた加藤茶(69歳)、ラサール石井(56歳)、高橋ジョージ(53歳)が3人で鼎談をかわしていた。若い奥さんと恋に落ちた時、まるで中学生に戻ったようだと口を揃える。「オレが先に死ぬからその時は必ず再婚しろと言っている」「うんうん」「でも、自分の遺伝子は遺したいから子どもは欲しい」「うんうん」と明らかに矛盾を含んだ戯言で頷き合っていた。あ、そうか、オヤジがこの程度だから、佳苗はオヤジたちをダマせたのだ、とこの番組を観ていて思った。著者の北原は、なんどか、佳苗の足首がキュッと締まっていたことを書く。艶やかな仕草を執拗に描写する。豊満さと繊細さが同居した佳苗は、男性の「久方ぶりの隆起」を活用して、線路に置き石をするような悪行に出るのだ。

法廷内で隣り合った美人記者の声を拾う。「佳苗、私よりずっとセックスしてますよ。」「いったい、なんであんなブスが! ブスなのに!」と苛立っている。自分より明らかに劣る風体がなぜ、男を虜に出来るのか。しかしその問い自体が「美人首なし死体」的なオヤジの発想に因っていることに、美人記者は気付いていない。男性から当てはめられた美醜の問いかけに答えてみせたのがいわゆる「美人記者」なのだろうが、この美人の数式を作ったのは、男性だ。佳苗は違う。自分の魅力へ男を引っ張り込む数式を全くオリジナルで作り上げている。「1+1の答えに当てはまるように」ではなく、「私の答えは2ですが数式は貴方が決めて」ってな方法で誘惑してきたのだ。佳苗を読むと、美醜が逆転する。善悪が逆転する。4月13日に下された判決は求刑通りの死刑。佳苗は一切動じなかったという。世の中の「美人」の枠組みを嘲笑った佳苗の思惑は、極刑よりも更に上空でゆったりと佇んでいるのだろうか。末恐ろしい。

書籍情報
『毒婦。 木嶋佳苗100日裁判傍聴記』

2012年4月27日発売
著者:北原みのり
価格:1,260円(税込)
ページ数:224ページ
発行:朝日新聞出版

プロフィール
北原みのり

1970年、神奈川県生まれ。コラムニストで、女性のセックスグッズショップ「ラブピースクラブ」代表



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