今日、本屋さんに行ったら、「『恋多き女』がついに結婚」を赤裸々に告白する長谷川理恵のエッセイ集が並んでいた。昨日、テレビをつけたら、川島なお美がまだ、オンナとしての特別扱いを周囲に強いていた。毎朝、小倉智昭の物知り自慢は止まらない。ああもう、ナンシー関がいなくなっちゃったからだ。いなくなっちゃったから、この人たちの振る舞いが野放しにされているのだ。
この原稿がサイトにアップされる6月12日は、ナンシー関が亡くなってから丸10年の日にあたる。そして、10周忌に合わせて初となる評伝が上梓された。これを読むと、ナンシー関の読者は、おそらくみんな、ナンシー関に謝りたくなるんじゃないか。未だに、武田鉄也に出来合いの惣菜のような人生訓を語らせてしまう現在に、今年の豪華衣装はどうなるのかと小林幸子の動向を追いかけてしまう現在に、郷ひろみに対する一言目が「カッコいい」のまま下方修正されない現在に、毎年好例の西田ひかるのお誕生日会の行方を見失ってしまった現在に。
この10年、一体何度、ナンシー関の不在を嘆いただろう。ナンシーが死んでから、世の中の媒体に溢れるテレビ評は、単なる事情通のレポートに成り下がった。いや、どうやら成り下がったのではなく、そのレポートを「成り上がった」と理解する書き手と受け手が増えたようなのだ。つまり、ギョーカイに入り込めば入り込むほど、本物だこれは、こいつは知っている、と頷き始めてしまう。そして、ギョーカイは茶の間に迎合し、茶の間はギョーカイに深入りするようになった。その融和が番組自体の弛緩を呼び、クオリティの低減を招いた。近くに寄り添うようになった茶の間とギョーカイはその弛緩を仲良しこよしで許し合った。視聴者の反応が制作者にダイレクトに届くようになり、出演者の本音らしきものが視聴者にも別途届くようになった。必要以上の意思疎通に、体を慣らしてしまったのだ。
ナンシー関は徹底的にブラウン管の外にいた。間違っても中に入って探りを加えなかった。中から流れてくる違和を、外で感知し続けた。テレビの中の人間は自分を発信する際に、こう見られたいという欲をどこかに滲ませる。ナンシー関はその欲の部分を抜き取り、それってどうよと指摘を繰り返してみせた。本書に寄せられた宮部みゆきの帯コメントにあるナンシー関の発言から抜くと「それでいいのか。後悔はしないのか」と、相手に問い続けたのだ。ほら、あれ、賞味期限切れに気付かず現役感を自家発電する萩本欽一の痛々しいセンス、ああいった「いたたまれないもの」に、「それでいいのか。後悔はしないのか」と指摘を繰り返すナンシー関に乗っかって、読者もまた相手を問うたのだ。
ナンシーと『CREA』誌で対談を重ねていた大月隆寛が、本書の取材に答え、ナンシー関の書いた文章を心の内に留めておく意味を「自分で自分に突っ込む姿勢を持っていこうよ、っていうこと(中略)どっかで自分に突っ込みを入れてないと、周りから見て『痛い』ことになっているときがあるから」、だからナンシー関が今もなお必要なのだ、とする。そう、ナンシー関の文章は、その対象の芸能人・文化人を揶揄するためのものではない。彼女の原稿に溢れる客観視は、そのまま読み手にも跳ね返って来る。本書内にも事の詳細が記されるが、彼女のテキストを「揶揄」と感じたのが、デーブ・スペクターと小倉智昭だったと聞けば、逆説的にナンシー関のテキストの崇高さが裏付けられるってもんだ。この人の文章を読むと、体が洗われる。魅せられた人々の回想にナンシー関の文章を絶妙に掛け合わせたこの労作評伝を読みながら、ずーっと、この特効薬の不在を嘆いていた。
本当に、この人の文章ばっかり読んできた。迷うとナンシー関の文章に戻る。イライラするとナンシー関の文章にすがる。発想を反転させたい時にナンシー関の文章に刺激を探す。敬虔なクリスチャンが聖書の中に答えを求め続けるように、自分はナンシー関の文章の中に答えを探す。んで、絶対、それが書いてある。すぐに見つかる。こんなにも惚れ惚れする書き手はいない。ため息が出るほど大好きだ。だからこそ、例えば、神田うのがなにかと記者会見を繰り返したがる現在を、「うのは結婚式を9回も挙げたの〜」と猫なで声でカメラに向かう現在を見つけては、ナンシー関の文章に向かって頭を下げてしまう。本当に、ごめんなさい。
- 書籍情報
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- 『評伝 ナンシー関「心に一人のナンシーを」』
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2012年6月7日発売
著者:横田増生
価格:1,575円(税込)
ページ数:336ページ
発行:朝日新聞出版
- プロフィール
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- 横田増生
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1965年福岡県生まれ。関西学院大学を卒業後、予備校講師を経て、米・アイオワ大学ジャーナリズム学部で修士号を取得。93年に帰国後、物流業界紙『輸送経済』の記者、編集長を務める。99年よりフリーランスに。
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