桑沢洋子という人物をご存知だろうか? 桑沢デザイン研究所と東京造形大学というふたつの学校を設立した教育者であり、ファッションデザイナー。バウハウスの理念を取り入れたユニークな授業を実践し、数多くのデザイナーや芸術家を世に送り出した。その顔ぶれは、内田繁、青葉益輝、長友啓典、吉岡徳仁、植田いつ子、オノデラユキ、高梨豊、諏訪敦彦、舟越桂、山村浩二、田中功起、松本弦人…とそうそうたるもの。そんな彼らを輩出してきた学校は当然気になるものだ。
ならば! と訪れたのが、八王子市夢美術館で開催中の『来たれ!未来のクリエーター 桑沢学園のアート&デザイン展』。この展覧会では、桑沢学園(東京造形大学、桑沢デザイン研究所)卒業生の作品を並べた展示Aと、桑沢デザイン研究所での実際の授業で作られた課題作品を並べた展示Bの2部構成によって、桑沢流デザイン教育のメソッドを紹介している。
まずは展示A「これもアート? デザイン?」を拝見。ここに並ぶのは、現在活躍する卒業生15組の作品だ。プロダクトデザイナー・浅野泰弘による傘立て『SPLASH』や、建築家でありデザイナーの山中祐一郎による鳥の形をした靴べら『coo coo』など、アイデアの強さを感じる作品が目につく。一方で、セロテープアーティストという肩書きを持った瀬畑亮の『Cello-TAMA.4』、瀬戸内国際芸術祭でも注目を集めたアーティスト・鈴木康広の『ファスナーの船』(記録映像)など、アートとして独特の存在感を放つものもある。実際に手にとって触れられる作品もあり、体験しながら、それぞれのデザインに対して理解を深めることができる。
卒業生作品のクオリティに圧倒された後は、展示B「アートとデザインの素? 基礎造形を楽しもう」へ。ここでは、桑沢学園が長年にわたり取り組んできた、ものづくりの視点や発想力を鍛える造形訓練としての「基礎造形」を紹介。桑沢デザイン研究所での関連する様々な授業の課題が紹介されている。一見何やらお堅いイメージだが、展示を見はじめると一気にその面白さに引き込まれた。
例えば「紙材表現研究」という授業。この授業では、切る、折る、曲げる、ひっかく、穴を開ける、くしゃくしゃにする…など自由な方法で紙の表情を変えよ、という課題が出される。1人の学生が提出する作品は、2週間で50パターン。10、20までは容易に思いつくが、30を過ぎるとアイデアが底をつき、今まで試したことのない新しい手法をやらざるを得なくなる。身の回りにあるもので穴を空けてみたり、変わった素材に紙を擦りつけてみたり…。そうすることで表現の引き出しを増やすことが狙いだ。
「ハンドスカルプチャー」という授業も印象的だった。バウハウスでも同様のカリキュラムがあるそうで、桑沢洋子の教育思想をよく表している授業のひとつ。ここでは、頭ではなく身体の感覚を頼りにものづくりをする。用意されるのはひとつの木片。これを半年間に渡って削りだしオブジェを作る。この時重要なのは、予め削りだす形を決めるのではなく、手で持ったときの心地よさを頼りに、削っては握り、削っては握りを繰り返すこと。そうして手の感覚の求めるままに産み落とされた形が、結果、視覚的にも美しいことに驚かされるだろう。
展示Aで触れた、強烈なアイデアの数々はどこから生まれたのか? もちろんすべてではないにせよその答えを、展示Bの中に見つけることができる。
あらゆる可能性を探れる、柔らかい頭をつくること。その為のレッスンを受けるのが学校という場所なのだ。しかし、この「基礎造形」というトレーニングを実践している学校は少なく、美大・芸大に入るための予備校のカリキュラムと化してしまっているのが現状だ。本来ならば自分自身の表現を突き詰める前に、通るべき過程であり、できることならこのような思考の準備体操は、学生を卒業した後も続けていくべきだと思う。自分の頭が少しずつ硬くなっている気がする人にこそ、桑沢流レッスンから多くの気づきを得てほしい。
- イベント情報
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- 『来たれ!未来のクリエーター 桑沢学園のアート&デザイン展』
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2012年7月28日(土)〜9月2日(日)
会場:東京都 八王子市夢美術館
時間:10:00〜19:00(入館は閉館の30分前まで)
出展作家:
[東京造形大学出身者]
鈴木康広
両角佑子
山中祐一郎
前沢知子
野老朝雄
瀬畑亮
会田大也(山口情報芸術センター[YCAM])
[桑沢デザイン研究所出身者]
宮下知也
清水久和
金山元太+金山千恵
mute(イトウケンジ、ウミノタカヒロ)
浅野泰弘
織咲誠
高橋正実
研壁宣男
休館日:月曜
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