石原慎太郎については、このCINRAの連載(※右記関連リンク参照)で散々書かせていただいたので、私見を述べることは何とか最小限に留めたいが、そうは問屋が卸さないかもしれない(誤用気味)。この連載回を書き終えた後、編集長から「他の回と比べて、ただの文句みたいな箇所も結構あったよね」と指摘されたのを思い出す。石原慎太郎という存在は、あらゆるちゃぶ台を根こそぎひっくり返すモンスターと言いましょうか、ちょっとだけかけようと思ったら蓋がとれてパスタにタバスコが丸ごと1本分かかっちゃったと言いましょうか、とにかく常にそういうストレスフルなアイコンなのであります。
「これから一年間も慎太郎の小説を読み続けるのかと思うと……ホントにもう想像するだにうんざり。いったい何の罰ゲームだよ」(豊崎由美)と宣言して始まる本書は、二人の批評家が、「とはいえ実は石原慎太郎の作品群に触れてこなかった」「文壇で正確な評価を受けて来なかった」事実に気付き、慎太郎作品にどっぷり浸かりながら、彼の文学者としての輪郭作りを試みた修業の記録だ。お馴染み、芥川賞でのぶっきらぼうな選評(例:「こんな程度の作品を読んで誰がどう心を動かされるというのだろうか」 / 長嶋有『猛スピードで母は』評)だけを浴びれば、彼の文学観って彼の政治的手法と同じで、要するに「暴走」だよね、と片付けられてしまうが、では、肝心の彼自身の作品はどうなのか。確かにその作品が真摯に論じられることは極めて少なかった。
都知事時代、マンガやアニメの性描写にやたら厳しくあたった上で「あんなものとはレベルが違う」と自ら褒め讃えた『太陽の季節』は、勃起した陰茎で障子を突き刺す小説として知られているが、この程度の浅い認識ではいかんと、次々と作品を読み進めれば、あれまあ、「性描写がインフレを起こしてどんどん舞い上がって」(栗原裕一郎)いく。
「今夜の出来事は、ひとつの性交、というだけではなく、いろいろなオーヴァチュアと、そして今尚つづいている後奏を伴った、完璧なシンフォニィのような気がする」(『化石の森』)とくれば、もはやこの性描写のインフレは、凡人には理解不能のハイパーインフレであって、この表現にはおそらく「マンガやアニメごとき」とは段違いのシンフォニィが満ち満ちとしているのかもしれない。
罰ゲーム的受容を続けてきた豊崎の受け止め方が、読み進めるうちにちょこっとずつ変容していく。豊崎が「わたしにとって、石原慎太郎とはパートナー!」と大団円を迎える(?)までの過程は、おそらく本人が思う以上に、読むほうにはドラマティックだ。嫌悪する人の血肉をむしゃむしゃと噛み砕くには、その歯はとっても鋭くないといけない。噛みちぎる鋭さが、このお肉はもしかしたらおいしいのかもしれないという気にさせてくれる。
嫌いな人を徹底的に考える、というのはつくづく豊かな試みだと思う。「禿同」とか「ワロタwww」とか「いいね!」とか「ヽ((`ε´*))ノ」などでYESやNOが即座にレスポンスされる今、イヤなものに浸かる機会はどんどん失われている。今から十数年前、まだ学生だったが、ある地方のCD屋チェーン向けに田原俊彦の全シングルの紹介原稿を書いたことがある。あの苦行を思い出す。「なぜ好きになれないか」を考える筋肉は、今こうしてあらゆる嫌悪が瞬間的に発奮されて終わってしまう時勢に、だらりんと緩んでしまっている。石原慎太郎の作品は、その筋肉を鍛え直すための絶好のアイテムだ。
石原慎太郎への評価として定着している「表現者としては(しても)ちょっと」という前提はどこへゆくのか。マッチョイズムの塊と思いきや、彼が岡崎京子を読んでいたと知る。自分が巣立った時代の文学しか信じていないと思いきや高村薫にライバル意識を持っていたと知る。となれば、我欲の塊が傲慢に闊歩しているだけではない、とさすがに気づく。傲慢な石原像をこちらが作りすぎているのかもと謙虚になってみる作業は確かに必要かもしれない。とはいえ、政治家としての彼は許せないが、文学者としての彼を許せる……なんて結論には(少なくとも私は)ならない。自己顕示欲をガソリンとして詰め込んだ傍若無人は、ペンでも剣でも同様にうざったい。自分がいるところがいつも頂上だから、見下ろす事しか出来ない表現者はどうしたって陳腐な(著者二人の言葉を借りれば「スットコ」)表現を漏らしてしまう。
この人は、こうして熟考されるべきだったのだ。つまり、こちらのバッシングも短絡的だった。この方法は、偉そうな年長者に若き世代が挑むときに有用になるものかも。古臭いものをなぎ倒そうとするときに必要な、時限爆弾の設置方法がここにはそうっと書かれている。熟考に次ぐ熟考とは、理不尽なモンスターに挑むための唯一のサバイバル術なのだ。
- 書籍情報
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- 『石原慎太郎を読んでみた』
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2013年8月26日発売
著者:栗原裕一郎・豊崎由美
価格:1,890円(税込)
ページ数:340頁
発行:原書房
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