7回目を迎える『恵比寿映像祭』のテーマは「惑星で会いましょう」
今年で7回目を迎える『恵比寿映像祭』は、年に1度、展示や上映、ライブ、トークセッションなどを複合的に行うアートと映像の祭典だ。「映像」というとスクリーンで上映されるものを想像しがちだが、インターネット時代に生きる私たちは、YouTubeやSNSのタイムラインに流れてくる映像に無意識に接しながら生活をしている。映像とは果たして何なのか? 毎年国内外から世代やジャンルを問わず多数の著名なアーティストを招きながら、問いを投げかけ続けている。
同映像祭には毎年テーマが設けられているが、今年は「惑星で会いましょう」だ。映画や小説のタイトルのように詩的な響きでありつつもやや難解で、「惑星」とは何かわからないまま会場を後にした鑑賞者も多かったのではないだろうか。しかし、それはもしかしたら主催側の狙い通りだったのかもしれない。そもそも仕掛け人であるキュレーターたちは、「惑星で会いましょう」から共通の理解なんて促そうとしていないのだから。では一体、このテーマに含まれた意図とは何だったのだろうか?
『第7回恵比寿映像祭 惑星で会いましょう』フライヤービジュアル
「美術館」という枠組みを超えた、新しい映像祭への挑戦
「惑星で会いましょう」を探る1つの手掛かりとして、例年の『恵比寿映像祭』メイン会場、東京都写真美術館が改修工事のため、外部会場での開催となった点が挙げられる。そこでキュレーターたちはこの問題を逆手にとり、「既存の枠組み」を超えていくことに挑戦した。キュレーターの1人、田坂博子はこのように語っている。
「今までの『恵比寿映像祭』には、『美術館』の展示室が空間自体を制限してしまうこともありました。映像が扱われるフィールドはかなり横断しているのに、それを美術館で扱うと、結局従来通りの作品・作家中心の展覧会になってしまうこともある。だから今回、美術館以外の会場を利用して『美術館』の空間ではできない、新しい映像祭に挑戦しようと。そして、より多様なアプローチを、という思いから、宇宙に浮かぶ様々な『惑星』のイメージが浮かびました」
そんなこともあり、今回の会場には、写真美術館と同じ恵比寿ガーデンプレイス内にあり、通常ライブやセミナーなどに使われることの多い「ザ・ガーデンホール」や近隣にある「日仏会館」が採用され、慣習的な展覧会とは異なる作品との新たな向き合い方を提案した。さらに、恵比寿ガーデンプレイス周辺地域のさまざまな場所にも作品を展示。映画作家・瀬田なつきによる『5windows恵比寿特別編』は、まさに恵比寿の街という小宇宙に「惑星」のごとく点在したような作品だ。
瀬田なつき『5windows』2011-2012 配給:boid
これまで横浜、山口などで撮影・上映されてきた5本の短編映画に、新たに恵比寿を舞台に撮影された2本を加えて計7本となった本作は、恵比寿ガーデンプレイス周辺に設置された複数のスクリーンで上映され、人々は街を巡りながら作品を観ることになる。その映像は、鑑賞者が見る恵比寿の風景と馴染んでいるようで、実は複数の時間軸が複雑に交差した物語が展開されており、不思議な感覚に襲われる。上映方法はもちろん、内容に関しても「既存の映像の枠組み」を飛び越えようとした本作は、それでいて取っ付きにくさはなく、蓮沼執太のキャッチーな音楽や、染谷将太・中村ゆりかの瑞々しい演技が、街行く人の心を和ませていた。
「惑星で会いましょう」を象徴する『ホール・アース・カタログ』というキーワード
「惑星で会いましょう」を紐解くもう1つの手掛かりとして、複数のキュレーターやプログラマーが作品を選ぶことで、多面的な展示、上映プログラムになっていたことも挙げられるだろう。これも、専任ディレクター制という従来の枠組みに代わる実験的な試みである。「惑星で会いましょう」はキュレーターたちのディスカッションで導かれたテーマだが、それぞれの切り口は様々だ。田坂はテーマが決定に至るまでをこのように振り返る。「辛い作業でしたね(笑)。私たちスタッフの世代も、持っているバックグラウンドも違う。そんな話し合いの中で、現代を象徴するキーワードを出していきました」。
パンフレットにも、「『惑星で会いましょう』を知るキーワード」としていくつかキーワードが挙げられているが、その中でも特に今年の『恵比寿映像祭』を象徴しているのは雑誌『ホール・アース・カタログ』だろう。「SF」「惑星」「DIY」などの他のキーワードも、『ホール・アース・カタログ』から導かれたものが多い。
『第7回恵比寿映像祭 惑星で会いましょう』展示より『ホール・アース・カタログ』展示風景 写真:大島健一郎 提供:東京都写真美術館
スティーブ・ジョブズが紹介したことで知られる「Stay Hungry, Stay Foolish(ハングリーであれ、愚か者であれ)」は、当時のアメリカの若者、そして日本の雑誌『POPEYE』などにも影響を与えた『ホール・アース・カタログ』の最終号に掲載されたキャッチコピーから引用されている。1968年にスチュアート・ブランドという29歳の若者によって創刊されたこの雑誌は、ヒッピー文化と調和しながら個人の自由な生活のあり方を示し、後のデジタル時代を予言したとも言われる。ブランドは最新テクノロジーにも興味を持ち、後にジョブズが所属する「ホームブリュー・コンピューター・クラブ」に資金提供も行っている。
1970年代以降のメディアアートの広がりや、さらにはコンピューター社会にまでも大きな影響をもたらした『ホール・アース・カタログ』は、既存の枠組みを超え、新しい考え方を人々に投げかけた。その延長線上に生きているということを改めて考え直し、既存の枠組みを乗り越えようというのが今回の映像祭のもくろみなのだ。
『ホール・アース・カタログ』各号の表紙には、当時NASAが公開していた宇宙に浮かぶ地球の写真が掲載されている。今では誰もがインターネットで国境や時間を超えた情報を得られる一方で、地球という惑星の全貌は未だ誰も捉えることができない。今という時代を改めて見つめ直すことを、今映像祭は提唱している。
『この作家だから見よう』という見方とは異なる出会い方があってほしい
ジョナサン・ミナード&ジェームズ・ジョージによる『クラウズ』は、Oculus Riftを使った3D映像によるインタラクティブドキュメンタリー作品だ。1980年代生まれの彼らもまた、オープンソース文化の申し子として『ホール・アース・カタログ』が打ち出した「DIY(Do It Yourself)=自身でやる」を基本姿勢にしているという。
ジョナサン・ミナード&ジェームズ・ジョージ『クラウズ』2014
『クラウズ』では、既存のドキュメンタリー作品とは異なり、40人以上のアーティストや学識者が未来について語った言葉が、独自のアルゴリズムで組み合わされ、新しい対話を観客自身が体験する。通常のインタラクティブ作品と異なり、ドキュメンタリーの新たな体験を提案するという意味でも、「既存の枠組みを横断する」という今回の映像祭の意図に合っているようだ。
今回の『恵比寿映像祭』は、既存の枠組みや慣習を超え、映像とは何かを内容だけではなく方法論や枠組みから問うという、数々の「挑戦」で成り立っていた。田坂は今回の映像祭に対する思いをこのように話している。
「映像は、商業主義であるかにかかわらず、『わかる人だけわかればいい』ものでもなく、多くの人と接続できるメディアだと思っています。ですから、『この作家だから見よう』という見方とは異なる出会い方があってほしいと思い、あえて体験として『強度』の高い作品を選ぶようにしました。詳細な解説をつけずに『キーワード』というヒントだけを残したのも、言葉だけでなく、体験として感じてもらいたいから。『わけわかんない』という気持ちで心に残るのでもいいと思っています」
ライアン・トラカートゥン『センター・ジェニー』2013
Distributed by Electronic Arts Intermix (E.A.I.), New York
日々新たなテクノロジーが生まれ、映像のあり方も、私たちの生活も変化し続けているが、なかなか日常生活の中で気付くことは少ない。「美術館」から飛び出し、「既存の枠組み」にゆるやかな問いを投げかけようとした今回の『恵比寿映像祭』は、映像とは何か、そして私たちが生きる「今」とはどのような時代なのか、いつもと違う視点から考え直すきっかけを与えてくれたのではないだろうか。
- イベント情報
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- 『第7回恵比寿映像祭 惑星で会いましょう』
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2015年2月27日(金)~3月8日(日)
会場:東京都 恵比寿 ザ・ガーデンホール、ザ・ガーデンルーム、日仏会館ホール・ギャラリー、恵比寿ガーデンプレイス センター広場、恵比寿地域文化施設およびギャラリー ほか
出展作家:
アデル・アビディン
アレックス・ハバード
セザール・オイチシーカ・フィーリョ
クララ・イアンニ
contact Gonzo
デイヴ・フライシャー
ダンカン・キャンベル
エドウィン
ジョルジュ・メリエス
久野ギル
ヘンナ=リッカ・ハロネン
ホンマタカシ
堀尾寛太
ヤニ・ルスキカ
ジョン・カーペンター
ジョナサン・ミナード&ジェームズ・ジョージ
加藤直輝
かわなかのぶひろ
ケン・ジェイコブス
近藤亜樹
栗原みえ
リノ・グレンロン
マリオ・ペイショット
マリヤ・ヴィータフッタ
三宅唱
中谷芙二子
ニコラ・プロヴォスト
大友克洋
パヴェウ・アルトハメル
ピルヴィ・タカラ
ピンク・ツインズ
ライアン・トラカートゥン
榊原澄人
サラ・ティッカ
佐々木友輔
瀬田なつき
島耕二
シニギワ
鈴木光
スズキユウリ
谷口暁彦
和田守弘
山口典子
山本良浩
ゲスト:
赤田祐一
福原志保
樋口泰人
池村俊郎
石橋素
石山友美
岩佐陽一
岩田真治
KEN ISHII
ルイ・ヴォードビル
真鍋大度
室謙二
大久保賢一
太田佳代子
篠崎誠
諏訪敦彦
田中重幸
徳井直生
ヴェサ・ヴェッフィライネン
吉見俊哉
プログラマー:
メイスク・タウリシア
ミッコ・マリネン
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