「いい音楽」を作るためにバンドのサークル化が進む? 漫画家と小説家のバンド・感傷ベクトル

同人サークルの活動から始まった、漫画家と小説家による音楽ユニット・感傷ベクトル

『別冊少年マガジン』で『フジキュー!!!』を連載する漫画家・田口囁一(Vo,Key,Gt)率いる音楽ユニット・感傷ベクトルが、新作『one + works』をリリースした。本作は、2007年に同人サークルとして出発した彼らが、2010年夏の『コミックマーケット78』で頒布した同人ベストアルバム『one』のリマスタリング盤と、提供楽曲や歌唱参加楽曲などのサイドワークをまとめた『works』の2枚で構成されている。

『one』には、田口が高校の授業中に描いていたというバンド漫画『ReLive』の作中曲や、もう一人のメンバー春川三咲(Ba)が原作を手掛けた創作童話をテーマにした曲集『tratamento pre-natal』の一部などが収録され、ほとんどが15歳から20歳のときに書かれた楽曲とのこと。また『works』は、彼らの様々なつながりが見て取れる内容となっており、同人サークル活動からメジャーデビューを果たした茶太が主宰する「ウサギキノコ」や、田口が活動を始めるきっかけにもなったという憧れの存在・bermei.inazawaとの共作曲、同じく同人シーンで活動する三澤秋が小説を元に作り上げたアルバムへの提供曲などを収録。ラストはボカロPとしてオリコンチャート1位を獲る活躍を見せるじんとお互いの曲をカバーし合うという企画による、アコギを主体とした“チルドレンレコード”で締め括られている。



「CLUB」の入ったバンド名が目につくようになった

ロックフェスを大きく凌駕する規模で開催される『コミケ』で初めて作品を発表した経歴を持つ感傷ベクトルだが、今バンドシーンにおいてもちょっと面白い動きが目につく。名前に「CLUB」というワードの入ったバンドが増えているのだ。Awesome City Club、DALLJUB STEP CLUB、Helsinki Lambda Club、BERSERKER CHILDREN CLUB……まだまだデビュー間もないこれからのバンドばかりだが、ここ1、2年で一気に目につくようになったのは何か理由があるように思う。

僕がAwesome City ClubとDALLJUB STEP CLUBの2組に取材をして感じたのは、彼らはメンバー全員が志をひとつにする運命共同体というわけではなく、一人ひとりが別個のパーソナリティーや趣向性を持った、クリエイター集団的な側面を持っているということ。実際DALLJUB STEP CLUBに関しては、メンバーそれぞれが、あらかじめ決められた恋人たちへ、Alaska Jam、OUTATBEROなど別のバンドでも活動している。おそらく、彼らは自分たちのことを「バンド」というよりも、文字通り「クラブ」として捉えているのだろう。そして、「クラブ」と「同人サークル」というワードの近似性から(「サークル」の英訳は「club activities=クラブ活動」)、僕はここに同人サークルとバンドシーンのリンクが見て取れるように思う。つまり、「CLUB」というワードの入ったバンドが増えているということは、「同人サークルに似た性質を持ったバンドが増えている」と言い換えられるように思うのだ。

音楽業界の急進的な変化に惑わされず、とにかく作品性を重視する傾向

もちろん、この傾向は今に始まったことではない。感傷ベクトルとの交流も深く、同人シーンとの関わりも密接なfhánaは、ジャンルも世代もまたぐメンバーが集まった、まさにサークル的なバンドだ。上の世代を見ても、年齢も性別も出身地もバラバラな今のKIRINJIや、鈴木慶一率いるControversial Sparkは、サークルのOBと現役生がバンドを組んじゃったような面白さがある。僕は今年の初めにandymori解散後の小山田壮平の動きを例に挙げて、バンド形態の変化についての記事を書いているのだが、彼が主宰し、オフィシャルサイトの「Artists」の欄に個人名だけが並ぶレーベル「Sparkling Records」のあり方というのも、つまりはサークル的だと言えそうだ。

では、こうした流れは一体何を指し示しているのか? 同人シーンでは小説や漫画の世界観やコンセプトを第一に音楽が作られることが多く、感傷ベクトルの今作はまさにそういった楽曲が集約されたベスト盤となっているわけだが、つまりバンドの「サークル化」とは、何より作品性そのものを第一に考えようとする意思の表れであるように思う。音楽業界が変化を続け、アルバムやシングルといったかつてのフォーマットが意味をなさなくなってきた今は、自由に作品性を追求するチャンスである。そして、いよいよ定額制への移行が本格化し、これから音楽のあり方はますますドラスティックに変化していくことは間違いない。そういったタイミングだからこそ、業界の動向に惑わされることなく、「作りたいものを作ろう」という姿勢を示す「サークル化」は、非常に重要な動きだと言えるのではないだろうか。

同人シーンとバンドシーンの両方を知る、感傷ベクトルの作品作り

そもそも感傷ベクトルとは、先述したバンド漫画『ReLive』を発表するために立ち上げられた同人サークルであり、活動当初から設定やコンセプトがしっかりと練られた作品を発表してきた。2012年には、共通する物語がウェブコミックとアルバムで展開された『シアロア』でメジャーデビューを果たし、昨年は自らのパーソナルな部分と向き合いつつも、巧みな曲構成でフィクションとノンフィクションの境界線をぼやかした、やはりコンセプチュアルな作風の『君の嘘とタイトルロール』というアルバムを発表している。今作のリリースにおいては、『one』の楽曲をレコーディングし直す案が出ていたにも関わらず、「これはそのまま“昔のものです”と言って出したい」(『one + works』特典ポスターのオフィシャルインタビューより)という二人の明確な意思の元、「よりリアルに、俺らの10年単位の時間を感じてもらえれば」というコンセプトを強めるべく、音のブラッシュアップはリマスタリングにとどめ、昔の音源のままでリリースすることを選んだ。

そして二人は、すでに次のアルバムの制作に入っているとのこと。テーマは「過去の自分とどう向き合うか」であると現時点で宣言しているが、「青春に始末をつける」とも話すごくパーソナルな感情を、いかに感傷ベクトルとしての作品に昇華していくのだろうか。田口の漫画や春川の脚本といった武器はもちろん、『one + works』で示されている幅広いネットワークも活かしながら、より強固なコンセプトを持った作品作りへと向かっていくことを期待したい。

リリース情報
感傷ベクトル
『one + works』(2CD)

2015年7月1日(水)発売
価格:3,564円(税込)
VICL-64358

[DISC1]
同人ベストアルバム『one』
1. forgive my blue
2. Hide & Seek
3. 表現と生活
4. 孤独な守人
5. 冬の魔女の消息
6. 人魚姫
7. 退屈の群像
8. 深海と空の駅
9. blue
10. Tag in myself
11. ノエマ
12. none
[DISC2]
ワークスベストアルバム『works』
1. Kaleidoscope -AL『Kaleidoscope』ウサギキノコ-
2. 残り香 -AL『夏花の影送り』三澤秋-
3. 夏の幽霊 -AL『VOI best selection -Caelum』Voltage of Imagination-
4. レッドノーズ・レッドテイル -AL『酣歌 Vol.2』kaede.org-
5. お宝発掘ジャンクガーデン -Game『もっと!?不思議の幻想郷』AQUASTYLE-
6. あやとり -AL『Kaleidoscope』ウサギキノコ-
7. フラワードロップ feat. IA -AL『IA/02-COLOR-』IA PROJECT-
8. 死神の子供達 -EP『tratamento pre-natal』感傷ベクトル-
9. フォノトグラフの森 -AL『冬空のアルペジオ』三澤秋-
10. ib-インスタントバレット- (full ver.) -Web『niconico』赤坂アカくん大好き倶楽部-
11. ルナマウンテンを超えて -Game『もっと!?不思議の幻想郷』AQUASTYLE-
12. かつて小さかった手のひら -AL『宙を巡る君へ』AMPERSAND YOU-
13. Call Me -AL『caracol』Annabel-
14. I.C -AL『TALK』Annabel-
15. 地獄の深道 -Game『もっと!?不思議の幻想郷』AQUASTYLE-
16. ルナクライシス -Game『もっと!?不思議の幻想郷』AQUASTYLE-
17. ラストシーン -AL『空想活劇・参』Voltage of Imagination-
18. sayona ra note -AL『Panoram A Leaf』Pixelbee-
19. チルドレンレコード -Web『niconico』感傷ベクトル×じん-

イベント情報
『感傷ベクトル リリース記念ワンマンライブ "one+works"』

2015年8月7日(金)OPEN 18:15 START 19:00
会場:東京都 渋谷 WWW
料金:前売3,000円 当日3,500円(共にドリンク別)

プロフィール
感傷ベクトル
感傷ベクトル (かんしょうべくとる)

ボーカル、ギター、ピアノ、作詞、作曲、作画を担当する、漫画家・田口囁一(タグチショウイチ)と、ベースと脚本を担当する小説家・春川三咲(ハルカワミサキ)によるユニット。音楽と漫画の2面性で世界観を作り上げることから、ハイブリッドロックサークルを掲げ、インターネットをベースに展開。自在にセルフメディアミックスで表現する様は、まさにデジタルネイティブ世代の申し子と言える。その一方で、「僕は友達が少ない+」を集英社『ジャンプSQ.19』で連載するなど、プロの漫画家としても活動中。現在田口囁一は、講談社『別冊少年マガジン』にて青春バンド漫画「フジキュー!!!」を連載中。



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