「江戸の文化」に眠る、未来を生み出すための重要な発想
1603年から1868年まで、およそ260年にわたって、泰平の世が続いた江戸時代。日本の歴史を振り返っても、こんなにも長く平和が続き、文化が爛熟した時代は例外的だろう。日本文化デザインフォーラムが毎年行っている『INTER DESIGN FORUM TOKYO』では、今年『江戸端会議 THE FUTURISM OF PAX TOKUGAWANA』と題して、江戸の文化にフォーカスを当てた。
『江戸端会議 THE FUTURISM OF PAX TOKUGAWANA』会場
「デザイン」という名前がついているが、日本文化デザインフォーラムは、狭義の「デザイナー」たちの集まりではない。アーティストの日比野克彦やCMディレクターの中島信也などが幹事に名を連ね、哲学者の梅原猛が顧問を務めるなど、さまざまなジャンルから集結した才能が互いに交流することで「文化をデザインする」ことを目的とした集団だ。では、そんな彼らはなぜ今回、「江戸」に対して目を向けたのだろうか? その理由を解き明かしてみると、そこには江戸文化の奥深さだけでなく、未来を生み出すための重要な発想が眠っていた。
貴族の真似ではなく、町人が自ら文化、流行を作った時代
総合司会のしりあがり寿による「たかだか150年前なのに、別の国のように感じると同時に、どこか懐かしいような魅力もある。江戸時代を見直すことで、未来に江戸の知恵を生かしていきたい」という宣言から開幕したこのフォーラム。日本文化デザインフォーラムの理事長であり、ソシアルプロデューサーの水野誠一は、今回の『江戸端会議』を開催する意義の説明から口火を切った。
「江戸の社会システムに潜む知恵を検証することによって、未来デザインのヒントを発掘したいと考えています。『外国に遅れを取っていた』と思われがちですが、文化文政の時代(1804~1830年頃)などは、パリやロンドンよりも多くの人口を抱える大都市であり、衛生面でも優れていたんです。そのような江戸時代の文化を、単に研究するだけではなく、現代社会に提起する課題としてとらえるべきなのではないでしょうか」
さらに、水野は、田中優子(江戸文化研究者、法政大学総長)の『未来のための江戸学』(小学館)などの書籍に触れながら、江戸時代の文化的な豊かさ、リサイクルが推進されたエコ社会、旦那衆が街の自治を引き受けるボランティア精神など、現代につながる江戸の知恵を紹介していく。そこから浮かび上がってくるのが、浮世絵、歌舞伎、文楽などの江戸文化を支えた町人たちの活躍だ。
「ヨーロッパの庶民は、貴族や王族の文化を真似することがほとんどだった。しかし、江戸の町人たちは、自ら文化を生み出し、流行を作ってきたんです。例えば、町人の平賀源内はエレキテルを発明し、コピーライターとして土用の丑の日を流行らせ、西洋画も描いた。彼のプロデュース能力や世間をリードして世の中を変えていく力は決して見落としてはならないでしょう」
正座で足がしびれることにも、ちゃんと理由があった
2日間にわたって行われたセッションの内容を簡単に紹介しよう。
ドキュメンタリーテレビ番組『その時歴史が動いた』でお馴染みの元NHKアナウンサー・松平定知は「江戸時代の偉人伝~伊能忠敬~」として、彼の功績を紹介。千葉・佐倉の実業家として財を成した後に、56歳にして精密な日本地図を作る旅に出立。まさに「歴史を動かした」伊能忠敬は、超高齢化社会となった現代にも通じる生涯を送ったのだ。
基調講演「江戸時代の偉人伝~伊能忠敬~」松平定知(京都造形芸術大学教授、元NHKアナウンサー)
特別講演1「女たちの江戸時代」佐伯順子(同志社大学大学院教授)
また、マーケティングコンサルタントの谷口正和は「江戸の生活デザイン~5つの特性で考える」として、味噌、醤油などあらゆるものを「シェア」する暮らしや、お伊勢参りなど、庶民が旅する生活をしていた江戸ならではの「民泊」サービスを解説し、「助け合い」を軸にした循環社会が広がる社会の姿を示したほか、小笠原流礼法宗家の小笠原敬承斎は、室町時代から江戸時代にかけて畳が普及したこと、また平和な時代が訪れたことによって、あぐらから正座へと変化した礼法の形を語る。「足がしびれて、すぐに立ち上がれないということは相手に敵意がないということを意味しています。いつ誰が襲ってくるかわからない戦国時代とは異なり、平和な江戸は、足がしびれても大丈夫な時代だったんです」と、礼法の変化からも江戸の豊かさが見えてくるようだ。
明治以降の「近代」を見直すことが、「現代」を生きるためのヒントになる?
では、そんな江戸の知恵は「これから」を作り出す上で、どのような役割を果たすのだろうか? 建築家の黒川雅之の視線は、そんな疑問を解き明かすヒントになるかもしれない。
「『江戸はすごかった』と持ちあげるだけではなく、江戸以降に日本に導入された近代思想を見つめなおすべきではないでしょうか? ヨーロッパから輸入された近代思想は、キリスト教的な価値観のもとに現代の我々をも縛りつけています。江戸文化に触れることによって、近代が始まる前から、自然を中心にした独自の思想があったんだということを感じてほしいと思います」
江戸~明治・大正を経て現代に至るまで、歴史は発展してきていると思ってしまいがちだが、そんな進歩史観も近代的な発想だろう。近代以降の「現代」を生きていくためには、近代が失わせた多くの貴重な財産に目を向ける必要があるのではないか。「江戸の知恵を活かす」とき、現代人の思考の枠組みそのものが変化する。そして、そんな変化に「未来デザイン」の可能性が眠っているのだ。
- イベント情報
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- 『INTER-DESIGN FORUM TOKYO 2015【江戸端会議 THE FUTURISM OF PAX TOKUGAWANA】』
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2015年9月25日(金)、9月26日(土)
会場:東京都 青山 スパイラルホール
総合司会:
しりあがり寿(漫画家)
やすみりえ(川柳作家)テーマプレゼンテーション「江戸は21世紀の先取りだった!」
出演:水野誠一(ソシアルプロデューサー)基調講演「江戸時代の偉人伝~伊能忠敬~」
出演:松平定知(京都造形芸術大学教授、元NHKアナウンサー)特別講演1「女たちの江戸時代」
出演:佐伯順子(同志社大学大学院教授)トーク&プレゼンテーション1「江戸と礼法」
出演:小笠原敬承斎(小笠原流礼法宗家)トーク&プレゼンテーション2
「江戸の生活デザイン~5つの特性で考える」
出演:谷口正和(マーケティングコンサルタント)トーク&プレゼンテーション3「浮世絵の謎解き」
出演:北原照久(横浜ブリキのおもちゃ博物館館長)特別鼎談
出演:水野誠一、黒川雅之、松平定知落語
出演:柳家三三(噺家)日本文化デザインフォーラムメンバーによる円卓会議「わたしの江戸」
進行役:榎本了壱(クリエイティブディレクター)
出演:水野誠一、黒川雅之、松平定知、長友啓典、河原敏文、蜷川有紀、やすみりえ特別講演3「徳川の平和」(Pax Tokugawano)
出演:芳賀徹(東京大学名誉教授、静岡県立美術館館長)キートーク1「都市江戸のエコロジカルな生活」
出演:小澤弘(淑徳大学客員教授、江戸東京博物館名誉研究員)キートーク2「水都 江戸の賑わい」
出演:陣内秀信(法政大学教授)トーク&プレゼンテーション4「日本橋室町界隈の再生」
出演:團紀彦(建築家、都市計画家)トーク&プレゼンテーション5「古地図からのアクセス」
出演:赤池学(ユニバーサルデザイン総合研究所所長)特別講演4「鎖国・開国とは何だったのか―江戸時代の国際関係に学ぶ」
出演:荒野泰典(立教大学名誉教授)統括報告「江戸はデモクラシー社会だった」
出演:黒川雅之(建築家、プロダクトデザイナー)料金:無料
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