エラリーとエボニーの運命的な出会いと、社会的に認められた「狂気」
「恋に落ちた人って、みんな狂ってるわ。最初の段階は特にそう。思うに、恋愛っていうのは社会的に認められた『狂気』よね」
スパイク・ジョーンズ監督による、一風変わった恋愛映画『her/世界でひとつの彼女』の中で、エイミー・アダムス扮する主人公の親友が言った言葉が、とても印象に残っている。確かに、付き合い始めたばかりの恋人同士というのは、「僕たち2人なら、世界だって変えられる!」と言わんばかりの情熱的なオプティミズムに満ちていて、はたから見れば、「のぼせ上がった妄想」にしか見えなかったりもするのだけれど、例えばジョン・レノンとオノ・ヨーコ、あるいはセルジュ・ゲンスブールとジェーン・バーキンのように、その「狂気のパワー」が時には素晴らしい作品を生み出すことだってある。エラリー・ロバーツとエボニー・ホールンにより結成されたデュオ、LUH(ラー)のデビューアルバム『Spiritual Songs for Lovers to Sing』も、そんな「狂気のパワー」が凝縮された一枚だ。
エラリー・ロバーツと聞いて、ピンと来た人もいるかもしれない。彼はマンチェスター出身の4人組バンド、WU LYFのフロントマンだった男である。ヒップホップやハードコアからの影響を基軸とした、リリカルかつエモーショナルなバンドサウンドと、魂を振り絞るようにシャウトするエラリーのボーカル。2011年に、たった一枚のアルバム『GO TELL FIRE TO THE MOUNTAIN』を残し、翌々年には早くも解散してしまったバンドだが、若さゆえの初期衝動に溢れたその作品は、一瞬の閃光のように多くの人たちの心に刻み込まれた。エラリーとエボニーが出会ったのは、そのWU LYFが末期を迎えていた2013年である。長いツアーから戻ってきたエラリーは、ちょうどその頃マンチェスターを訪れていたエボニーと意気投合し、インターネットを通して急速に親交を深めていく。お互いにクリエイティビティーを刺激され、「一緒に何か、とてつもないものが生み出せる」と確信した二人は、エボニーの住むアムステルダムにて共同生活をスタートした。
恋の初期衝動の脆さと無防備さを閉じ込めた美しき刹那
かくして誕生したLUHによる『SPIRITUAL SONGS FOR LOVERS TO SING』。本作は、WU LYF時代から引き継がれたエラリーのエモーショナルな歌声と、クールで慎み深いエボニーの歌声を中心とする壮大なアルバムである。インスピレーションの源となったジョセフ・キャンベルの『千の顔を持つ英雄』は、世界各国の神話をリサーチした論書であり、ジョージ ・ルーカス監督の『スター・ウォーズ』シリーズにも計り知れない影響を与えたことでも知られている。キャンベルの研究によれば、神話に登場する英雄たちはみな、「旅立ち」「逆境を乗り越え」「生還する」ことによって大きく成長するという。WU LYFから旅立ち、エボニーとともに逆境を乗り越え、アルバムを引っさげてシーンへと戻って来たエラリーは、そんな自分たちを神話の英雄らに重ね合わせ、楽曲に投影させていったのだろう。大それた試みだが、ひるむことなく挑んでいくことが出来たのは、まさに「狂気」のような恋愛パワーがあったからである。
プロデューサーは、The Haxan Cloakことボビー・ケリック。Bjorkに見初められ、彼女のアルバム『Vulnicura』では、LUHのレーベルメイトであるArcaとともにモダンかつ前衛的な手腕を発揮していた人物である。彼とともに、エセックスにあるオシー島へと向かった二人は、外界と隔絶された環境でレコーディングを行なった。随所にサンプリングやプログラミングをちりばめながら、躍動感あふれるドラムや多幸感のあるシンセ、鼓膜を突き破るようなディストーションギターをレイヤーしていくそのサウンドプロダクションは、SpiritualizedやMy Bloody Valentine、Arcade Fireなどを彷彿とさせる。もちろん、WU LYF時代に手に入れた、ヒップホップやハードコアもLUHの音楽性の肝。とりわけ“$oro”ではオートチューン(音程補正用のソフトウェア)も導入し、壮大かつアグレッシブなサウンドスケープを展開している。
アコースティックな“The Great Longing”でアルバムは幕を閉じ、再び1曲目の“I&I”へと導かれる。「You&I(あなたと、わたし)」ではなく、「I&I(わたしと、わたし)」。他者であるはずの相手が、まるで自分の身体の一部になってしまったような「全能感」。それは冒頭で述べたように、恋愛の初期段階にありがちな、「のぼせ上がった妄想」なのかもしれない。しかし、そんな「脆さ」や「無防備」さと表裏一体の情熱的なオプティミズムは、今この瞬間の二人だからこそ持ち得たものだ。
明日には崩れ去ってしまうかもしれないそんな関係性を、真空パックしたような『SPIRITUAL SONGS FOR LOVERS TO SING(=歌う恋人たちのための、スピリチュアルな楽曲集)』は、脆くて無防備であるがゆえに、狂おしいほど愛おしい。
- リリース情報
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- LUH
『Spiritual Songs for Lovers to Sing』日本盤(CD) -
2016年5月6日(金)発売
価格:2,268円(税込)
MUTE / CDSTUMM3881. I & I
2. Unites
3. Beneath the Concrete
4. Future Blues
5. Someday Come
6. $ORO
7. Here Our Moment Ends
8. Loyalty
9. Lost Under Heaven
10. First Eye to the New Sky
11. Lament
12. The Great Longing
- LUH
- プロフィール
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- LUH (らー)
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エラリー・ロバーツとエボニー・ホールンによるユニット。エラリー・ロバーツは、WU LYFの元フロント・マン。エボニー・ホールンは、アムステルダムの名門美術 大学ヘリット・リートフェルト・アカデミー出身。2013年にマンチェスターで運命的な出会いをした二人は LUH を結成。2014年から約2年に渡り、音楽のみならずアート、写真、フィルムなどを発表し続け、その間に発表されたシングル『Unites』は、ピッチフォークでベストニュートラックに選ばれる。MUTE 契約第一弾シングル『I&I』は、ビョークの最新作『ヴァルニキュラ』に参加したUK気鋭のプロデューサーであるザ・ハクサン・クロークをプロデューサーに起用、外部から遮断されたエセックスのオシー島にてレコーディングされた。
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