Eveのニューアルバム『Smile』が2月12日にリリースされた。JR SKI SKI、ガーナ チョコレートのバレンタインデーキャンペーンなど、お茶の間で鳴り響くタイアップソングを次々に放つ一方、本作はこれまでよりも深い内省と孤独が綴られているアルバムでもある。
ネット発の歌い手からシンガーソングライターへ変化を果たし、パーソナリティーをヴェールに包んだままでいながら、信頼するクリエイターとともに作り上げてきた物語性に富むMVも含めた総合芸術として存在感を発揮してきたEve。認知の拡大が急激に進む中、彼が「泣きながら笑う」アルバムジャケットに託したものと、心の内を吐露した歌に込めた願いとはなんなのか。音楽的な刷新も多くうかがえる作品を通じ、クロスレビューでEveの今を探求する。
成長痛のアルバムから透けて見える、「僕らの音楽」の行方
テキスト:金子厚武
2018年末の米津玄師とDAOKOの『NHK紅白歌合戦』出場を経て、自身も含めたネット出身のアーティストが数多くメジャーデビューを果たす中、なぜ当時のEveは“僕らまだアンダーグラウンド”と歌う必要があったのか? その答えは、自身を取り巻く環境の急激な変化を予感したタイミングだったからこそ、ネットカルチャーが自分を救い、アイデンティティとなっていることを、彼なりの表現で示す必要があったということだと思う。かつて『NHK紅白歌合戦』に出場したサカナクションが、自らの立ち位置を「マジョリティの中のマイノリティ」と定義したことを思い出したりもした。
新作『Smile』は、オーバーグラウンドの世界に一歩足を踏み入れたという意味でも、音楽家としてのさらなる挑戦という意味でも、Eveにとって重要な「成長痛」のアルバムだと感じた。これまでのEveの作風は、ギターフレーズの反復、言葉を詰め込んだ歌詞、アップテンポの4つ打ちなど、日本のボカロ/バンドカルチャーとの接点を明確に感じさせるものだったが、本作では“レーゾンデートル”や“心予報”などで従来の路線をさらに伸長させると同時に、その枠から脱却し、より世界の流れも意識したような、現代的なプロダクションにチャレンジ。トラップビート、ストリングス、さらにはボーカルの大胆な加工によって、ドラマチックな楽曲に仕上げた“LEO”は、本作における最大の収穫である。
ただ、あえて意地悪なことを言わせてもらうと、バンドサウンドからクラブミュージック的なプロダクションへと移行すること自体は既定路線で、彼にとっては明確な新境地だが、他の誰もやっていない新境地を見せた、というわけではない。「オリジナリティ」ということで言えば、まだまだ先があるように思う。しかし、実質的なオープニング曲である“LEO”で「もう一人の自分」に対する困惑が痛切に綴られているように、重要なのは『Smile』の通奏低音となっているのが「状況の急激な変化による引き裂かれるような想い」であるということだ。この心境を表現するために最も適していたのが現代のR&B的なプロダクションだったからこそ、“LEO”の強度が生まれたのだと考えられる。
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過去作『おとぎ』と『文化』はインストで締め括られていたが、今回はそうではなく、最もダークな“胡乱な食卓”で締め括られていて、それが何を意味するのかまではわからない。ただ、この曲は「本作は一作では完結しない」という印象を与えるもので、それはアレンジの面において、Eveがまだ現在の路線に伸び代を感じているからこそなのかもしれない。
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Eveはここ数年でシンガーソングライターとして急成長して見せたわけだが、アレンジは自分よりもキャリアの長いNumaこと沼能友樹をパートナーとしている。“僕らまだアンダーグラウンド”で「僕ら」という言葉を使ったのは、「歌い手として、つまりはファンとしてキャリアをスタートさせている自分は、現在Eveの音楽を愛してくれているリスナーと何も変わらない」という意識の表れであると同時に、映像作家も含めたチーム的なもの作りの表れでもあるはずで、ここで僕が連想したのがamazarashiの存在だ。
秋田ひろむもシンガーソングライターとして、詩人として、非凡な才能を見せつつ、アレンジに関しては出羽良彰をパートナーとし、匿名性や、ビジュアルも含めたもの作りなど、両者には共通する部分が多い。また、青森出身の秋田は過去に東京で成功できずに地元に戻った経験があり、「都市」に対する「地方」を自らのアイデンティティとしている。それはEveが「アンダーグラウンド」という言葉で表現したネットカルチャーというアイデンティティと通じるものがあり、つまり、彼らには「反骨精神」という共通点もある。
1から10までを自分一人で作れるスーパーマンではないし、きらびやかな衣装に身を包んでポーズを決めることもない。それでも、そんな自分にできることがあるなら、それに対して真摯に取り組むことで、自分の可能性を知りたいし、広げたい。そして願わくば、多くの人と関わりながら、それを実現していきたい。そんな姿勢があるからこそ、彼らの音楽は「僕らの音楽」なのであり、多くのリスナーの共感を生んでいるのではないかと思う。
胡乱なこの世界で泣き笑いをするために、彼はこの歌を紡いだ
テキスト:小川智宏
最後の“胡乱な食卓”を聴き終えたあとに残る、チクリとした痛み。それは確かに痛いのだが、同時にどこか心地よくもある。なぜなら、ここにEveと僕たちの生活の接点があるからだ。ダイナミックに展開するアルバムの世界から、薄い膜を破って「こちら側」に伸びてくる手。それは救いなのか裁きなのか、それとも愛なのか。まあいずれにしても、僕やあなたと同じようにEveもまた悩み、混乱し、希望と絶望が絡み合った日々を暮らすひとりの人間なのだという事実を、この『Smile』というアルバムは教えてくれる。
「Eveは人間である」ってそんなの当たり前じゃん何言ってんの、とあなたは思うだろうし僕も思うが、それでもこれは画期的だ。『おとぎ』『文化』という2作のアルバムを聴いたとき、まるで要塞のようだと感じたことを思い出す。<ドラマチックな展開をどっか期待してんだろう>(“ドラマツルギー”)、<あぁ 結末は知らないでいたい / 少し寂しくなるくらいなら このまま続いて欲しいかな>(“君に世界”)。隙間なく積み上げられた音のブロックと、その上に塗られた真っ白なペンキ。中には光も闇もちゃんと用意された、完璧な箱庭が設えられている。外界からの侵攻も外界への漏出も許さない、というよりもそれを防ぐ鉄壁のガードの内側で、文字通り世界の縮図が展開していく――そんなイメージ。
ネット発の歌い手という彼の出自に対する先入観があったのではないかと言われればそのとおりだと思うし、もしかしたらそれは先入観というよりも偏見に近いものだったのかもしれない。だがそんな箱庭的な物語が、僕を含む聴き手にとって強力なレメディとして作用していたことも確かで、たとえネガティブな感情や痛みや孤独を歌おうとも、Eveの音楽は究極的にはある種の癒やしやシェルターとして存在していたのだと思う。しかし『Smile』はその真っ白な壁を、『Smile』のEveは他ならぬ彼自身の手によってぶち抜いていく。
肉体性を増しただけではなく、ジャンルやスタイルという意味でもアッパーからダウナーまでの大きな高低差を表現しきるという意味でも劇的な拡張を遂げているサウンド(“闇夜”や“バウムクーヘンエンド”の血がどくどくとめぐるような感覚は出色だ)、“LEO”で<唸れよ 応答してくれよ / たまたまそちら側に居て / 何も知らないだけ>と「宣告」し、“虚の記憶”で空に向かって広がっていくような音に乗せて<だけど 心に穴が空いたままな僕は / 満たされない 気づきたくないのに>と本心を吐露し、“mellow”に至って<この人生は歩く影法師のような物語>とその虚構性を自ら暴露する歌詞。今いる場所がかりそめ――“mellow”の歌詞中の言葉を借りるなら「夢」――であることを自ら看破し、その外側にある「胡乱」な現実にフォークを突き立てる。『Smile』とはそういうアルバムなのだ。その意味では、“白銀”や“心予報”のようなキャッチーなタイアップソングの圧倒的な普遍性と上に挙げたような自らの心をえぐるような楽曲のディープさは表裏一体だといえる。
涙を流す横顔の絵に『Smile』の文字。そんなジャケットワークが、このアルバムと、そこに込められた人間の姿を象徴している。泣き笑いなんてあらゆる生物のなかで人間にしかできない芸当だし、そこに折り重なった複雑な感情こそが僕たちだ。表でも裏でもない、AでもBでもない、光でも闇でもない――いや、正確にいえばどちらでも「ある」この世界で、いかにして本当の意味で笑ってみせることができるのか。それはEveにとってみれば『どろろ』の百鬼丸に感情移入することで歌うことができた<呪われた世界を 愛せるから>(“闇夜”)という言葉を本当の意味で自分のものにするための闘争であり、映像表現やライブでの表現という部分ではすでにその闘争は新たな展開を見せ始めている。
「変わること」は、「自分を失くすこと」とイコールではない
テキスト:麦倉正樹
動画という形で発表される音楽の愛好家から「歌い手」に、そして仲間たちと生み出すMVを主軸とした「シンガーソングライター」へ。さらには、観客の前で歌い演奏する「パフォーマー」へ。「変わること」がEveというアーティストの本懐だとは思っていたけれど、“レーゾンデートル”や“白銀”、そして“心予報”といった、振り切れたポップ感を放つタイアップソングがテレビから流れてくるたびに、そのあまりの進化の速さに正直驚いたものである。<混ざって混ざって生まれ変わるまで>という“レーゾンデートル”の歌詞ではないけれど、新しい世界との出会いは、かくも大きな変化を、Eveというアーティストにもたらせるものなのかと。
とりわけ、「ロッテ ガーナチョコレート“ピンクバレンタイン”」のテーマソングとして書き下ろされた“心予報”のスペシャルアニメーションの破壊力はすごかった。2018年の12月、同じく川村元気の企画・プロデュースで生み出されたBUMP OF CHICKENの“新世界”をフィーチャーしたスペシャルアニメーション「ベイビーアイラブユーだぜ」を彷彿させる、その多幸感溢れるアニメーションは、それまでEveが生み出してきた幾多のMVとは、明らかに一線を画するものだったから。
前作『おとぎ』から1年ぶり、上記のタイアップ曲(アニメ『どろろ』のエンディング曲となった“闇夜”、スペースシャワーTV開局30周年記念STATION IDとなった“バウムクーヘンエンド”も含む)を、あますことなく収録したEveのニューアルバム『Smile』。しかしながらそれは、タイアップ曲で振り切れた彼のポップネスを、ただ爆発させるだけのアルバムではなかった。
「片割れ」の意を持つ“doublet”というインスト曲に続いて始まる2曲目“LEO”。軽やかなギターではなく、キーボードや弦、そして打ち込みを主体としたこの曲で、いきなりEveは<愛を満たしておくれよ / まだ死んでなんかいないさ / 心ごと吠えてくれよ>と、その思いの丈をぶちまけるのだ。<生まれよう / 応答してくれよ / しがらみも今捨てていけ / がらんどうなこのままで>。あるいは、その軽やかな曲調とは裏腹に、<ずっと変われないと 何百泣いたけど / 今日もどこかで 心を揺らして / 確かに歩んでいる>と、その心情を吐露する4曲目“虚の記憶”。そして、<この人生は歩く影法師のような物語 / 意味なんてない だけど>と歌う11曲目の“mellow”。絶望と希望が混在するそれらの歌詞は、間違いなくEveというアーティストがこれまで打ち出してきたものの延長線上にあるものであり、それによって彼は現在の場所まで押し上げられてきたといっても過言ではないだろう。
そう、タイアップという新しい人々との「出会い」は、Eveのポップサイドを引き出すと同時に、彼の内面にある「自分らしさ」を、さらに深遠な方向で引き出すことになったようだ。奇しくもEve自身が「二面性のアルバム」と称しているように、『Smile』と題しながらも、その目元からは涙がこぼれ落ちているアートワークをはじめ、このアルバムには、Eveというアーティストが持つ二面性が、その随所にまぶされている。明暗、白黒、あるいは絶望と希望。けれども重要なのは、それらのものが、必ずしも二元論的に対立しているわけではないということだ。そのどちらかを否定すれば、自分が自分でなくなってしまうのだから。その両方を認めながら、自らの表現をリミッター無しで高めていくこと。そう、「変わること」はEveというアーティストの本懐ではあるけれど、それは必ずしも「自分を失くすこと」とイコールではないのだ。自らの核の部分にあるものはそのままに、自分自身を偽ることなく、その表現の強度を上げていったアルバム。それがこの『Smile』というアルバムであり、「君は今、自分を偽ることなく、心の底から笑えているのか?」というのが、本作が打ち放つ、いちばんのメッセージなのかもしれない。
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深まる混沌を無漂白で聴かせる、勇気のアルバム
テキスト:矢島大地
Eve『Smile』は、音楽的にも、吐露される歌の面でも、彼のディスコグラフィの中でもかつてなく混沌としたアルバムだ。思い切りマスの場へ踏み込んだ“心予報”や“白銀”といったタイアップソングの煌びやかな質感と、“闇夜”や“LEO”のように自身の存在を問う深い内省。楽曲ごとのコントラストが乖離とでも言えるほどクッキリとしていて、それは、泣きながら微笑む男性の表情が描かれたジャケット写真に覚える「怖さ」にもそのまま重なるものだ。違和感というか、ポップネスと仄暗さの両方がより一層極端化したまま同じ箱に入っているアンビバレントな質感こそがこの作品の核心だと感じる。
今年1月に行われたツアー『胡乱な食卓』の東京国際フォーラム公演がまさに、上述した彼のモードを表すものだった。ステージに降ろされた紗幕に壮大なグラフィックが映るオープニング、その映像に呼応して輝き出す観客の腕のザイロバンド。華やかで幻想的な演出で号砲を上げた過去最大キャパシティのライブだったが、しかしライブそのもののど真ん中に見えたのは、Eve自身が放つ強烈な混沌だった。
“白銀”や“心予報”がむしろ異彩を放つほどに、より深く己の内省を可視化・表現したのがこの公演だった。開演まで流れ続けていた映像も象徴的で、どこかの古びた洋館で淡々と時間が流れていく中、突如怪物が廊下を駆け抜けていったり、静かに読書をする人物の横で生々しい音とともに肉が切られていたり――生活の中に潜む強烈な違和感を可視化していく。ライブの中でインサートされる映像も、煌びやかなイメージから闇へ、ほの暗い瞬間から光へ。情景の行き来の忙しなさは、言うまでもなくEveの心象風景をそのまま映したものだったのだろう。
自身の思い描く夢想の世界を持ち込むようにして信頼するクリエイターと作り上げてきた映像、まるで自分自身がその世界の登場人物となるように歌い上げてきた楽曲たち。自分自身を護るシェルターの中にいるようだったEveが、セールスの拡大、ライブ、そしてタイアップなどを通じて外の世界に接続してきたのが今作に至るタームでの変化だ。まるで初めて世界を見た人のような喜びと、混乱と、自分は何者かと改めて模索する叫びとが渾然一体となった末の「混沌」があのライブから、そしてこの作品からも聴こえてきた。おそらく、そういった環境と状況の変化を実感するたびに、夢想ではなく今この現実の中に自分を見つけようとしていった過程が“闇夜”や“LEO”で歌われる<生まれよう 応答してくれよ><全てを背負った今 / 取り戻すの>という言葉に表れているのだと思う。
そういった自身の内省を反転させることなくそのまま吐き出した歌であればあるほど、デジタライズされたトラックになっているのも面白い変化だ。2000年代のドメスティックなギターロックを背骨にしてきたこれまでの音楽とは異なり、トラップやR&Bを背骨にして揺れる心を揺れるままに表現した楽曲。決してドラスティックな音像が発明されているわけではないが、きっと音楽的な新鮮さを求めたというよりも、拭えぬ孤独と向き合い歌うための最適なサウンドを模索した結果としての変化がここにも表れているのだろう。
今作のラストは、先日行われたライブと同じタイトルの楽曲だ。“胡乱な食卓”。多くの人にとっては安穏の場である食卓を舞台にして、Eveは己を騙し閉ざされていく心を独白する。生きる中で何かに追いやられてきた心の声と孤独のありかが白日のもとに晒され、今作は幕を下ろす。どこにも存在できなかった自分が唯一作り上げた場所、それは当初インターネットの中だったのだろうし、その歌が届いたと実感できる喜びそのものでもあっただろう。しかし今作が向くベクトルは、これまでとはまったく違う。自分という人間そのものを認めるために、いつか心から笑うために、自分を形成するものを告白し、存在させるーーそんな切実と勇気が歪なまま鳴っている。
SpotifyでEve『Smile』を聴く(Apple Musicはこちら)
- リリース情報
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- Eve
『Smile』初回盤(CD+DVD) -
2020年2月12日(水)発売
価格:4,180円(税込)
TFCC-867021. doublet
2. LEO
3. レーゾンデートル
4. 虚の記憶
5. いのちの食べ方
6. 闇夜
7. 朝が降る
8. 心予報
9. 白銀
10. バウムクーヘンエンド
11. mellow
12. ognanje
13. 胡乱な食卓※特製ボックス仕様
- Eve
『Smile』通常盤(CD) -
2020年2月12日(水)発売
価格:3,080円(税込)
TFCC-867031. doublet
2. LEO
3. レーゾンデートル
4. 虚の記憶
5. いのちの食べ方
6. 闇夜
7. 朝が降る
8. 心予報
9. 白銀
10. バウムクーヘンエンド
11. mellow
12. ognanje
13. 胡乱な食卓
- Eve
- イベント情報
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- 『Eve Live Smile』
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2020年5月23日(土)
会場:神奈川県 ぴあアリーナMM
- プロフィール
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- Eve (いぶ)
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2枚の自主制作アルバムを経て、2016年に全国流通盤『OFFICIAL NUMBER』をリリース。2017年に発表したアルバム『文化』は初めて全曲自作となり、収録曲“ドラマツルギー”はYoutubeで5,000万再生を突破。2018年~2019年は、12,000人を動員したワンマンツアー『winter tour 2019-2020 胡乱な食卓』を含めて全公演が即完。2019年2月発売の『おとぎ』はオリコンデイリー2位を獲得した。2020年2月12日にニューアルバム『Smile』を発売し、5月23日にはアリーナワンマンライブ『Eve Live Smile』を予定している。
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