雪朱里の新著『「書体」が生まれる ベントンと三省堂がひらいた文字デザイン』が8月27日に刊行される。
雪朱里は1971年生まれのライター、編集者。写植からDTPへの移行期に印刷会社に在籍後、ビジネス系専門誌の編集長を経て、2000年からフリーランスとなった。文字、デザイン、印刷、手仕事などの分野で取材、執筆活動を行なっており、『デザインのひきだし』のレギュラー編集者も担当。
同書は、三省堂辞書サイト「Word-Wise Web」で連載されたコラムに、新資料により判明したこと、書き下ろし、多数の写真を加えて再構成したもの。三省堂のベントン彫刻機導入をきっかけに、かつての手彫り種字の良さを引き継ぎながら新たな文字デザインの手法を切りひらき、美しい文字をつくろうと奔走した人々を記録している。
ベントン彫刻機は1880年代にアメリカのリン・ボイド・ベントンによって発明された活字の母型、父型を彫刻する機械。日本に現存するのは2台のみと言われる。
雪朱里のコメント
活版印刷の時代は、金属活字を一本一本組み上げてレイアウト(組版)していた。本一冊ともなれば、何万字分の活字を拾い、組み上げて印刷していたのだ。
そんな金属活字の時代、印刷にもちいられる書体は最初、「種字彫刻師」というごく限られた天才の頭のなかにのみあるものだった。当時、活字のおおもととなる種字は、マッチ棒ほどの小さな活字材に職人が原寸・逆字で手彫りしており、その仕事は難易度のとても高いものだった。
それがやがて、紙に拡大サイズの正字(そのままの向き)で描いて書体デザインをおこなえるようになっていった。現代にもつながるそうした文字デザインの手法が現れた背景には、「ベントン」と呼ばれるアメリカ生まれの機械の導入と、かつての手彫り種字の良さを引き継ぎながら、あらたな文字デザインの手法を切りひらき、あたらしい機械を使いこなして美しい文字をつくろうとひたすらに奔走したひとびとの存在があった。きっかけをつくったのは三省堂である。
いったい現場には、どんなひとたちがいて、どんなふうに書体づくりに取り組んでいたのか。どんなひとたちが未知の機械を手に入れ、その技術をひろげていったのか。
“「書体」が生まれる”そのときをめぐる、現場の奮闘をたどっていきたい。
※『「書体」が生まれる ベントンと三省堂がひらいた文字デザイン』所収「はじめに―「書体」の誕生」から抜粋
- 書籍情報
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『「書体」が生まれる ベントンと三省堂がひらいた文字デザイン』
2021年8月27日(金)発売 著者:雪朱里 価格:3,300円(税抜) 発行:三省堂