唐さんの元気な姿を見る度に、どっちが健康的なんだろう? と考えてしまう。
―監督は『シアトリカル』以前に、テレビ番組「情熱大陸」で唐十郎さんを紹介していますが、何故映画として再取材しようと思ったんですか?
大島:「こういう人達をきちんと記録しておきたい」という想いが出発点ですね。とにかく、テレビサイズでは語り切れない人達だと思ったんです。唐さんは67歳なんですけど、本当に元気なんですね。そしてそれは、「好きなことを追求している」からだと気がつきました。別に意味付けをするつもりはないですけど、例えば格差社会、勝ち組負け組とか、そんな事が言われている世の中で、あの人達はそれと何にも関係なく生きてる。そんな事を考えている暇はない位、芝居に打ち込んでいるんですよ。その営みは凄いと思ったし、それをちゃんと記録として残る媒体で見てもらいたい。そこが一番大きかったですね。
―唐十郎さんだけではなく、劇団員の営みにもフォーカスを当てていらっしゃいますよね。僕の場合、自分と同世代の役者が年収15万円で頑張っている姿を見て、唐さんの凄さ以上に劇団員の葛藤に共感してしまいました。
大島:ドキュメンタリーって、見る人の世代とか置かれている状況によって見え方が違うんです。例えば50代の方に映画の感想を伺うと、やっぱり還暦を過ぎて頑張っている唐さんへの思い入れが強い。それがドキュメンタリーの面白い所だと思います。逆に「ちょっとついていけない」という人もいますよ。唐さんや劇団員達の気持ちが全く分からないっていう。それはもうやむを得ないかなと思うし。
―テレビ番組だと、唐さんの魅力が分からない人たちにも分かるよう、説明的に作らざるを得ない訳ですよね。
大島:そうですね。それを「やむを得ない」と言えないのがテレビの表現なんです。それはそれでいい事もいっぱいあるんです。多くの人に見てもらう、知ってもらう機会になる訳だから。だけど、唐さんと唐組はそういう計り方をしたくないと思ったんです。
―そうした点も含めて、このドキュメンタリー映画には現代社会に対する問題提起を感じます。
大島:僕がずっとやってきたテレビの仕事と、唐さん達の営みとでは、同じクリエイティブでも大きな違いがあります。テレビ番組はマスに届けるために、子供からお年寄りまで考えて分かりやすく作らなければいけない。と同時に、テレビなら視聴率だったり、書籍だったら部数だったり、数字がかなり大きなウェイトを占めているんです。そういう中で、自分に言い訳しながら切り捨てている部分があるんですよね。本当にやりたいこととか、作りたいこと、表現したいことっていうものを。
―対極ではないにせよ、唐組はテレビ番組で切り捨てられてしまいがちな「表現の追求」をしていますよね。
大島:そう。僕らが抱えているしがらみとこんなに関係なく暮らしている人達がいるんだと。僕は今まで何回も唐組の芝居を観てるけど、とても理解できた気がしない。芝居で彼らが表現したいことを分かったなんて口が裂けても言えないです。でも確実に僕の胸を打っている。そして理解者は決して多くはなくとも、ずっと自分達の表現を続けている、その凄みですよね。だから「物作りってなんなんだ?」って考えさせられるんです。唐さんの元気な姿を見る度に、どっちが健康的なんだろう? と考えてしまう。
ヒットするものの中にも凄いものはあると思いますけど、それだけじゃないだろっていう
―数字が評価軸なってしまうと、クリエイティブをするにしても、そこから埋めていかなければいけない現実があると思います。そんな中で、自由に表現を追求している人達は輝いて見える。でも、その裏には苦しい生活などの現実もあって。それをしっかりドキュメントされていて、とても芯のある映画でした。
大島:唐組の主演の稲荷(卓央)さんは、僕と同い年なんですよ。それで彼に言わせると、「大島さんはテレビって仕事があって、結婚もしてて子供もいて、ちゃんとやってて大したもんですね。」と。やっぱりお互いに味わった事のない人生だから、分からないじゃないですか。僕がクリエイティブの在り方で悩んでいるように、彼も「自分はこのままでいいんだろうか」と悩んでいる。色んな意味で。だけど僕からすると、僕が全く持ち得ないものを彼は持ってる訳ですよね。例えば、あそこまで打ち込める事とか、舞台上で彼らが感じている達成感とか恍惚感とか。だから僕も『シアトリカル』を撮りながら、人生の幸せについて考えさせられました。自分にとって転機になるような取材でしたね。
―唐十郎さんのことを知っていた人からすれば、「なぜ今、唐十郎なのか?」という問いもあるかと思いますが、それはやはり今仰られたことが大きいのですか?
大島:これは個人的な事なんですけど、やっぱり「物作り=マネーメイキング」という風潮ですよね。もちろん、ヒットするものの中にも凄いものはあると思いますけど、それだけじゃないだろっていう。
―映画の中でも、劇団員のテレビメディアに対する失望感が吐露される場面がありますね。テレビマンでもある監督が、それをしっかりドキュメントしている。そんな監督自身の葛藤も見えてくる衝撃的なシーンでした。この映画は色んな人間ドラマが見えてきますよね。
大島:そうですね。ただ、社会的な問題提起という以前に、基本的には面白いものを作ったつもりなんです。唐さんなんて映ってるだけで面白いじゃないですか。「なんなんだろう、このキラキラした顔は?」とか、撮りながら考えてました(笑)。
―あれが本当に唐十郎さんの日常な訳ですよね。あんな人初めて見ました(笑)。大島さんは『シアトリカル』が映画監督デビュー作になりますが、今後も映画監督は続けていかれる予定ですか?
大島:チャンスがあればやりたいとは思っていますね。テレビが嫌だってことは無いし、その魅力も知っているので、今後もテレビディレクターは続けていきたいと思っています。本当に自分がやりたい事はどっちのメディアが相応しいのか、それはまだ分からないですし、映画もまた撮ってみたいとは思いますけど、それこそお金の問題もありますから。だから、何とも言えないですけどね。
―唐組の役者達と同じって事ですよね。
大島:そうそうそう。やりたいと思えば、やればいいんだなって話だから。それで結果が出なければ僕の能力の問題になってくる訳で・・・公開して全くお金が入らない状況だったら、多分次は無いですよね。でも、それでもやらないよりはいいだろうって思うので。今後もトライしていきたいと思います
- 作品情報
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- 『シアトリカル 唐十郎と劇団唐組の記録』
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監督:大島新
(2007年 / 日本映画 / ビデオ / カラー / 102分 / 製作・配給:いまじん 蒼玄社)
- プロフィール
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- 大島新
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1969年生。1995年、早稲田大学第一文学部卒業後、フジテレビ入社。ディレクターとして「ザ・ノンフィクション」「NONFIX」など、ドキュメンタリー番組の演出を手掛ける。1999年、フジテレビを退社、以後フリーに。毎日放送「情熱大陸」で「唐沢寿明」「寺島しのぶ」「美輪明宏」「唐十郎」などを演出。本作が劇場公開映画第一回監督作品。大島渚監督の次男。
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