スーパーカーの解散以降、iLL名義で活動を行っているナカコーこと中村弘二が8月26日に4thアルバム『Force』をリリースする。「ポップでわかりやすいものにした」と本人が語る通り、今作はiLLがこれまでに作り上げてきたどの作品よりもポップであり、「グッド・ミュージックの紹介者」としての音楽的才能を遺憾なく発揮した一作になっている。スーパーカー時代から今に至るまで、彼はどんな想いを持って音楽を作り続けてきたのか。アルバムの話しはもちろん、音楽にかける想いも語って頂いた。
過去から現在まで色んな音楽があって、それを知ってもらいたいし、聴いて欲しいという想いがあるんです。
―前作『ROCK ALBUM』から約一年ぶりのアルバムですが、コンセプトは?
中村:「ポップでわかりやすいもの」がコンセプトですね。前作や、これまでの作品が世間では「難解な作品」という評価をされてしまったので、「じゃあ今回は意識的にわかりやすいものを作ろうか」ということで。
―「難解な作品」という評価について、どのように感じていらっしゃるんでしょうか?
中村:僕としては、以前の作品も今作も同じ気持ちで作ってますよ。これまでの作品が「実験的な音楽」と言われることもあったけど、全然そんなことは無いと思います。僕は過去の色々な音楽をリスペクトしているつもりだし、その流れの中で自分の音楽を作っていると思っていますから。
―世間の評価と中村さんの想いに溝があったんですね。
中村:聴く人がどう思うかは自由だから、それは構わないですけど。過去から現在まで色んな音楽があって、それを知ってもらいたいし、聴いて欲しいという想いがあるんです。その中に「分かりにくいもの」があったとしても、視点を変えてみてれば分かりやすくなるかもしれない。その為には色んな作品を作って提示していくしかないですよね。
ある一方向にだけ進んでたら見えないことがあると思うんです。
―「色々な音楽を知って欲しい」という想いは、中村さんの音楽活動全般に表れていますね。スーパーカーとしてデビューして以来、作品を作るたびに色々な音楽を聴き手に提示していると思うのですが?
中村:それが一番好きだし、面白いと思ってるんです。自分も学生時代にそうやって音楽を聴いてきたし、色んな音楽を聴いて面白いと思った感覚を、そのままリスナーに伝えたいと思ったし……その気持ちが強いです。
―今回のアルバムからも、「面白い音楽がいっぱいあるよ!」というマインドを感じました。
中村:そうですね。これだけ色んなものが溢れている時代なんだから、色んなものを見たっていいんじゃないかと思うんですよ。もっともっと好奇心旺盛になってもいいんじゃないかって。自分がそういう人間だから、余計に「好奇心を持ってもらいたい」と思っちゃうのかもしれないですけど。
―確かに今、摂取できる情報量も膨大になっていますよね。その中で、「もう追いきれないからいいや」と思ってしまう人も少なくないと思います。
中村:うーん、僕が思っているのはそれとはちょっと違うんです。たとえば「新しいことをやりましょう」って言った時に、最初から新しいものが生まれることは絶対に無いと思っているんです。過去にあるものの経験なり、アイディアなりを活かして新しいものが生まれてくると信じているので、そのために色んな世界のことを知ったり、別々だと思われている物事の共通点を見つけたいと思うんですよね。要するに、ある一方向にだけ進んでたら見えないことがあると思うんです。特に今の時代、色んなものを見る機会があるわけだし、その環境が整っているんだから、それをしないのは勿体ないなぁって。
僕が提示できることって、人によって様々な価値観がある中で、ここだったら一定してるんじゃないかっていうラインですね。
―なるほど。では、ニューアルバム『Force』について詳しく伺いたいと思います。タイトル『Force』の由来は、4枚目のアルバム(=4th)だからですか?
中村:まあそうです、ふざけた理由ですが(笑)。あと、作品をリリースするにあたって音楽を作る意味について考えたんですが、うまく説明できる言葉が見つからなかったんです。そういう目に見えないパワー、説明不可能な力、という意味も含まれてますね。
―今作は、スピード感のあるギターロック・チューンやダンサブルなエレクトロ全開チューン、はたまたビートレスなダウンテンポの曲まで、様々な音楽ジャンルのエッセンスを咀嚼したアルバムだと思うのですが、「ジャンル」のかねあいをどのようにつけましたか?
中村:以前はあれこれ考えていたんですけど、今回は「ジャンル」を意識しないようにしました。これだけ色んな音楽が溢れている状況だからこそ、雑多に聴いた方が面白いと思って。よく「音楽は細分化している」って言われるじゃないですか? 僕も以前はそう思っていたんですけど、細分化した人同士の話を聞いてたら、根っこの部分は「一緒じゃん!」って思って(笑)。ただ単に知らなかっただけなんだって。だから今は、細分化されていると言われるものを、一つ一つをくっつけてみるのも面白いなって思っていますね。
―というと、今作はどのような方向性を設定したのでしょうか?
中村:さっき言った「ポップで分かりやすいもの」っていうのも、人それぞれの解釈があると思うんです。だから僕が提示できることって、人によって様々な価値観がある中で、ここだったら一定してるんじゃないかっていうラインですね。
―たとえば、J-POP好きにも、ロック好きにも、クラブ好きにも喜んでもらえる「ライン」を探して、音楽を提示するということですか?
中村:喜んでもらえるかどうかは分からないけど、「何となく分かる」という空気ですかね。そういう風な「平均」を知りたいと思ってるんです。マニアックな人は沢山いるけど、平均がどこなのか探る人はほとんどいないし。そこに興味がありますね。
―アルバムに収録されている先行シングルカット曲はいずれもポップで聴きやすいですよね。特に“Kiss”はアバンギャルド・ポップスのようでいて意外性がありました。
中村:狙ったわけではないですよ。アルバムのテーマ通りポップで分かりやすいものを目指した結果ですね。
―シングルジャケットのキスマークは加護亜依さん(!)によるものとか?
中村:そうなんです。いつもアートワークにロゴを入れるようにしているんですが、今回の“KISS”に関しては、キスマークをいれ込もうかなと。誰にキスマークをお願いしようか? という話合いをしている中で、せっかくだから有名な人にお願いしたい……じゃぁ加護ちゃんで! ということでスタッフと意見が一致しまして(笑)、お願いしたところ快諾していただけました。
1回鳴った音をすぐ忘れてしまうんじゃなくて、その残響というか、余韻を感じて欲しいんです。
―同じくシングルの“Deadly Lovely”は砂原良徳プロデュース&映画『ノーボーイズ,ノークライ』の主題歌で非常に訴求力のある曲ですね。同じクリエーターの立場から観て、砂原さんはどんなアーティストですか?
中村:まりんさん(=砂原良徳)は仕事がきれいな方。“整理整頓”が上手いんです。スタジオもきれいですし(笑)。とにかく作業工程がすばらしくきれいなので、今回も見習う部分は多々ありましたね。
―今作でも影響を受けました?
中村:「ポップでわかりやすいもの」という制約を守ることを前提に、無駄を排除したミニマムな作業で作り上げたという点では、そうかもしれませんね。
―アルバム前半、勢いのあるロックサウンドから徐々にエレクトロになっていき、後半は静かで、メランコリックになっていくような印象を受けました。曲の構成も練れているように感じましたが?
中村:前半はリズムと勢いを重視しました。後半にいくにつれリズムが消えていくようなものにしようかな、と。これ以外にも曲はあったんですけど、僕自身アルバムが長すぎると集中力が切れてしまうので、全体を50分程度になるように収めました。
―先日拝見したライブだと、よりロック色が強く出ていたように感じました。CD音源で改めて聴くと、しっかりと「ダンス・ミュージック」ですね。
中村:ライブと音源は根本的に別のものだと思いますが、そういう聴き方もアリだと思います。リスナーがそれぞれ好きに聴いてくれれば。
―たとえばどんなシチュエーションで聴いて欲しいですか?
中村:うーん、ぶらぶら歩きながら聴いてもらうとハマるんじゃないかな。
―非常に清涼感があるサウンドなので、夏の終わりの風景にきっと溶け込みますね。
中村:自分は暑苦しい曲は書かない、というか書けないタイプなんです。曲を作る上で、メロディにしても歌詞にしてもびっちりと何かに支配されているのが嫌で、できるだけ“間”を入れるようにしています。1回鳴った音をすぐ忘れてしまうんじゃなくて、その残響というか、余韻を感じて欲しいんです。あとは、「間」があることで聴いてる人に考える余地が生まれたりしますよね。そういった聴き手の想像力と自分の音楽が補完し合うような、そういう音楽を作りたいですね。
何でも知っておきたいという気持ちが常にあるんです。そういう意味で、マインドは高校生の時からなにも変わってないです(笑)。
―受け身ではなく、受け手側が積極的に関われる作品ですね。CINRAは音楽専門メディアではありませんが、様々なカルチャーに興味を持っている読者がいます。そういった方々に伝えたいことはありますか?
中村:うーん(しばらく悩む)。さっきからジャンルやカルチャーの細分化について話をしていますけど、「自分の価値観が正しい」っていう思い込みが、自分を含めたみんなにあると思うんですよ。でも、一方では自分と違うことを正しいと思う人もいる。それを理解した上で物事を見て欲しいと思いますね。
―中村さんは、一つの方向だけではなく、色んな角度から考えることを大切にしていらっしゃいますね。音楽やその歴史に対する接し方もすごく真摯だと思ったのですが、「色んな音楽を知って欲しい」という想い、それを伝えるためには、どんなことをやっていく必要があると思いますか?
中村:整理していくことですかね。今の若い世代やこれから生まれてくる人って、膨大に見るものが必要になってくると思うから、その為に、これまでの情報を客観的な視点で整理していかなきゃいけない。そういう想いはありますね。
―それでは最後に、今興味があること、これからの方向性を教えてください。
中村:本当に何でも興味があるんですよ(笑)。自分の知らない全ての物事に興味がありますね。何でも知っておきたいという気持ちが常にあるんです。そういう意味で、マインドは高校生の時からなにも変わってないです(笑)。
編集者注
「何にでも興味がある」と語っていただいた通り、iLLのwebサイトの「special」コーナーでは中村さんが様々なものを紹介しています。興味のある方は是非のぞいてみてください。
iLL THE WORLD : SPECiAL
- リリース情報
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- iLL
『Force』(DVD+CD初回限定盤) -
2009年8月26日発売
価格:3,360円(税込)
KSCL-1453/4
※ジャケットデザインは宇川直宏が担当1. Tight
2. Hello
3. The Way We Think
4. R.O.C.K.
5. B-Song
6. Kiss
7. Radio Radio
8. Deadly Lovely(Movie version)
9. Vicious
10. Come With U
11. Naki
12. Birds
…
32. Piano[DVD収録内容]
1. Call my name
2. Timeless
3. Scum
4. R.O.C.K.
5. Kiss
6. Kiss(Alternative Version)
7. Deadly Lovely
8. Flying Saucer(Live)
- iLL
- リリース情報
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- iLL
『Force』 -
2009年8月26日発売
価格:3,059円(税込)
KSCL-1455
※ジャケットデザインは宇川直宏が担当1. Tight
2. Hello
3. The Way We Think
4. R.O.C.K.
5. B-Song
6. Kiss
7. Radio Radio
8. Deadly Lovely(Movie version)
9. Vicious
10. Come With U
11. Naki
12. Birds
…
32. Piano
- iLL
- プロフィール
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- iLL
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95年「スーパーカー」を結成。05年2月、惜しまれつつもバンドを解散する。06年「iLL」として、アルバム『sound by iLL』をリリース。同年、フジロック06にて、レーザーを駆使した演出と自然との共演で高い評価を得て、07年1月には文化庁メディア芸術祭10周年記念展にて演奏を行う。同年4月にリリースされる映像作品『iLLusion by iLL』にはエッシャーの動画を駆使した映像を宇川直宏とともに制作。08年には『Dead Wonderland』、『ROCK ALBUM』と全く異なったテイストの二枚のアルバムを発表し、旺盛な制作欲は止まることない。
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