菊地成孔と、大谷能生。驚異の博覧強記ぶりを誇る、音楽家であり批評家のお二人。彼らが2008年に慶応義塾大学文学部で行った、「現代芸術」の講義(前期)を収録した書籍『アフロ・ディズニー エイゼンシュテインから「オタク=黒人」まで』が、文藝春秋より絶賛発売中だ。同書の刊行を記念し、9月7日(月)、神保町・三省堂書店本店にて、お二人のトークショーが開催された。その軽妙洒脱を地でいくセッションは、観客たちを爆笑の渦に巻き込み、奇跡のようなグルーヴを生み出すこととなった。「マイケル・ジャクソンと酒井法子」と題された貴重な一席を、存分に楽しんでもらいたい。
(テキスト・撮影:小林宏彰)
『アフロ・ディズニー』は、『M/D』より全然読みやすいですよね(菊地)
菊地:おそらくほとんどの方が、この『アフロ・ディズニー』を読み終わる前にお越しくださってるんじゃないかと思いますが…。
大谷:この中で「読み終わったよ!」という方って、どれくらいいらっしゃいますか?
(客席、パラパラと手が挙がる)
大谷:おお〜、少ないですね〜(笑)。まあ、『M/D』(『M/D マイルス・デューイ・デイヴィスIII世研究』、エスクァイアマガジンジャパン刊。以下『M/D』と表記)の時は、もっとひどかったんだけどね。
菊地:あえなく絶版になってしまったあの本ね…。公開の場で口にするのは初めてですけど、切ないもんがありますね〜。
大谷:あんなに頑張って書いたのにね。
菊地:あの本を出版した時も、今日みたいにたくさんの方にお越しいただいたんですけど、全部読んできてくれたのが2人ぐらいしかいなかったという(笑)。
大谷:発売してから1ヶ月くらい経ってたのにね!
菊地:まあ、今回は発売直後だからしょうがないですよね。
大谷:今回はね。
菊地成孔
菊地:あの時はね、せっかく来ていただいたお客さんにホント失礼だったんですけど、「お前ら、何が聴きたいんだよ」って(笑)。そんな気分でいっぱいになりましたですね。読みもしないで来んのかよっていう、まあそんないろいろな心の葛藤を含めた意味での絶版というね(笑)。あのね、本って絶版になると、裁断しなきゃいけないんですよ。
大谷:映画のフィルムもそうだよね。
菊地:会社のシュレッダーでね。しかも著者がしなきゃいけないのよ!(客席から驚きの声)いや、ウソですけどね(笑)。今、本気で驚いてる人いたよ。まあ、そんなことがあったら楽しいですけど。
大谷:裂いたりしてね。裂いてから踏んだりして(笑)。
菊地:でも『アフロ・ディズニー』は、『M/D』より全然読みやすいですよね。
大谷:そう。なんていうのかな、リズムというか語り口も似てるし、構成も一応『M/D』の繰り返しというか、話をまぜっかえすところがありますけど、専門用語を減らして読みやすくしてますね。まあ、もう手に入らない本の話をしてもしょうがないんですけど…。
菊地:店頭にはまだ残ってたりするんじゃないの?この三省堂書店さんにだって…あ、置いてない(笑)。しかも、アマゾンとかでは、一部の心ない方々のせいで値段が高騰してるらしいじゃないですか!
大谷:絶版になった本の値段を高騰させたらいけないと思うんですけどね!
東大の時は、毎週400人ぐらいいたよね(菊地)
大谷:ただ『アフロ・ディズニー』も、テーマ的には『M/D』と同じことを、何度も何度も何度も言っていてね。年を取ると話がクドくなる、みたいな。
菊地:話がわかりにくい、とも言われましたが。
大谷:まあ、『アフロ・ディズニー』は、話を途中で切ってしまい、違う話を入れていく、といったジャンプ・カットのような構成になっていますからね。できるだけわかりやすくしたつもりですが。
菊地:この中で、慶応でやってた講義を聴講してましたっていう人はいますか?
(客席、パラパラパラ、と手が挙がる)
菊地:えと、ひとり、あ、ふたり、さんにん。って、なんでだんだん増えていくんだ、思い出してきたのか?(笑)。講義って、何人くらいいたんだっけね。
大谷:200〜300人くらいかな。それぐらい入る教室だったよ。
菊地:東大の時は、毎週400人ぐらいいたよね。
大谷:入場制限したりしてね。その講義をまとめた『東京大学のアルバート・アイラー』が2004年に出たと。
菊地:『アフロ・ディズニー』の前書きに書いてありますけど、東大の講義が、なんていうか悪当たりしちゃったんだよね。当然、東大側は、来年もやるでしょ?っていう感じになってて。でも、大学の先生って、毎年同じことをやらなきゃいけないんだと気づいてドキドキして、結局逃げちゃったんだよね(笑)。それからというもの、二人でいるところを見つかるとすぐ「また『東京大学のアルバート・アイラー』お願いします」とか言われて。
大谷:3年間休んで、今回の慶応の講義になったと。
菊地:僕はその間に、国立音楽大学と、東京芸大で単独の講義をしてまして。
大谷:僕は映画美学校でやったり…まあ、いろいろやってました。
菊地:最初は僕ら、まったくの偶然で出会ったんですけど、いまはアテネ・フランセの講師同士ですもんね。だから、まあ、言うなればアテネコンビですね〜。
大谷:そうですね。気が付いたらね。ギリシャ語でも教えますか(笑)。
菊地:映画美学校では、これからも講義やりますので。生徒集めには苦労してるみたいだけどね。リーマン・ショック以降の社会で、授業料を一括で払うシステムは辛いんだよ(笑)。
マイケルがかかとで立つのは、明らかにエルヴィス・プレスリーの影響だよ(菊地)
菊地:まあ、いまや生命維持装置のようなものをはめられてね、からくも生きているような資本主義じゃないですか。そんな中でですよ、自分がつけたタイトルじゃないですけどね、コレ(と、『マイケル・ジャクソンと酒井法子』というトークショーのタイトルが書かれた看板を見る)酒井法子さんのおかげでね、雑誌がちょっと売れてるらしいよ(会場爆笑)。ノリピーに関しては、俺は全く文句ないけど(笑)。そりゃあ、もちろん刑事罰は負うべきだけど、なんというか、日本を元気にしたよね。
大谷:まさにギンギンだよね。
菊地:それから、もうつぶれちゃった話だからいいと思うけど、「小説家の平野啓一郎さんと菊地さんで、マイケルについて対談本出してください」っていう、わけわかんない依頼もあってさ(笑)。双方がNGだったんで、流れましたけど。まあ当然か(笑)。
でも、『新しい「マイケル・ジャクソン」の教科書』(著:西寺郷太、ビジネス社より発売中)っていう本がもうすぐ出るんですけど、これはいい本ですよ。マイケル個人をずっと研究している人が書いた本なんですけどね。
大谷能生
大谷:MTVでは、ずっとマイケルの追悼特集をやってるよね。マイケルそのものじゃなくて、彼の影響を受けた人たちの映像が見られて、すごく面白い。
マイケルの整形って、まあ何度もしてるわけですが、そのたびにモデルが変わるでしょう。最後、ギリシャ彫刻になるからね。きっと彼の中でも模索しながらだったんだろうけど、彼の顔をギリシャ彫刻と並べてみると、アッ、ていうね。
菊地:あの白さも含めてね。
大谷:そうそうそう。
菊地:あと、あんまり指摘されないけどね、マイケルがかかとで立つのは、明らかにエルヴィス・プレスリーの影響だよ。“監獄ロック”を見れば分かるよ、エルヴィスはつま先で立ってるんだ。で、マイケルは娘のリサ・マリー・プレスリーと結婚するでしょ。ああいう流れも含めてね。
大谷:フレッド・アステアよりも、エルヴィス・プレスリーの影響なんだ。
菊地:そう。なんて言うのかな、痙攣的な立ち方なんだよね。アステアのつま先はすごく優雅じゃない。プレスリーは、最初からクキッて感じになってるからね。
大谷:ああ、なるほどね。
菊地:それから、マイケルって本当にすごいな、と思ったことがあって。誰が見ても泣いてしまうという、唯一マイケルのオフィシャルサイトで見られる、ブカレストのライブっていうのがあるんだよ。そのライブは本当にすごいんだけど、リップシンク(舞台や生放送などで、あらかじめ収録済みの音声入りの楽曲に対して歌っているように見せること)がゼロなわけ。だから歌は粗いんだけど、全力で歌うんだよ。最後のほう、もう音程とかなくなっちゃうんだよね。ものすごくお金のかかったステージなんだけどさ。
「スリラー」の歌詞なんて、たぶんだれも覚えてないでしょ(笑)。(菊地)
菊地:マイケルが、ソニーの森田会長が病気になった時に、世話になったからってメッセージ入りのカセットを送ったエピソードもすごかったな。「今から僕の言うことを三回復唱してください。私は元気になって、病気が治っています。では、どうぞ」ってさ。それってたぶん、マイケルがちっちゃい頃から親父にやらされていたことなんだと思うと、もう涙が止まらないね。
大谷:お父さんも発言がぶっ飛んでる人なんだよね。いま僕がプロデュースしてるアーティストは、マイケルよりもいいよ、とか言ったり(笑)。マイケルの声質と似てるんだよね。
菊地:フリーソウルのしゃべりかただよね。
それから、もうひとつ重要なことがあります。これはマイケルに限ったことではないけど、歴史的な名盤とか名著って、歌詞や文章を覚えたりするじゃないですか。“レット・イット・ビー”の歌詞は全部そらんじられます、みたいな。でも、“スリラー”の歌詞なんて、たぶんだれも覚えてないでしょ(笑)。「今夜はスリラー、ぞくぞくするよな恋のはじまり」っていうサビの部分しか知らない。じつはクインシー・ジョーンズが作ったサビの前部分が長いんだけどさ。それって、ある意味すごいことなんです。
“ビート・イット”の歌詞では、あの時点で「いつまでも子どものままじゃいけない、大人の男になるんだ」って、ずーっと言ってる。百回くらい言ってるんだよ。
大谷:“ビリー・ジーン”では、「それは私の子どもではない」ってずっと言ってるよね(笑)。
菊地:自分のストーカーに対するあてつけの歌なんだよね。
でも、『アフロ・ディズニー』の講義をしている間には、マイケル・ジャクソンっていう名前にまで至れなかった。まあ非常に図式的な、フロイト的な抑圧というか、本当は真っ先にあたるべき人にあたらなかったと。マイケルの話は不思議なほど出なかった。またツアーするらしいよ、っていう話があったにも関わらず、それでも出なかった。
幼児化うんぬんっていう、マイケルに関係するような話が本に出てきますけど、それは途中からだもんね。最初は単に本やレコード、無声映画の話をしようっていう流れだった。
大谷:ファッションショーにおけるズレっていうテーマがまずあって。それがブラック・ミュージックにおけるズレって言う話にシフトした。つぎに視聴覚のズレっていうテーマが出て、ズレがあるならば統合があるんだと。そこから考えていって、最後に同期っていうテーマが出てきた。映画とレコードが、二十世紀文化の中心だという考えから、だんだんとテーマがそろっていったね。
菊地:「いい大人が会社にフィギュアを置くこと」っていうテーマは、もともとメインじゃなくてサブとしてあったんだよね。すでに視聴覚がズレてきちゃっているおかげで、視聴覚が統合されないことに、むしろ対抗できるんじゃないか。このアイデアは、二人でピザ喰いながら出てきたんだよね(笑)。
大谷:慶応の中のピザーラね。
菊地:大学の中にピザーラがあるんだもん、すげえよ(笑)。
サイレント映画を彼らに見せて、いま自分が大人になった気持がする?それとも子どもになった気持がする?とかいちいち聞いてたんだよね(大谷)
菊地:この講義の出発点になった出来事を振り返ってみると、おれと同じくらいの45、6歳の大人たちに、俺たちはなぜ通過儀礼というものを失い、いつまでも子どものままなのだろうかっていう話をすると、みんなホイホイ乗ってきて(笑)。でも、その話をいまの慶応の大学生にしたら、キョトンとしてた。
大谷:ポカーンとしてたね。
菊地:そうそう。で、あ、この我々は大人なのか子どもなのかっていう話、いまの大学生にはリアリティがないんだ、と思った瞬間に、面白くなっちゃってね。もしおっさんたちみたいに、大学生たちが乗ってきてたら…。
大谷:あ、この話もういいや、ってなるよね。
菊地:既成事実だからね。皆さんが想像される通りのカッコイイ慶応の生徒たちが、ポカーンとしてて。
大谷:サイレント映画を彼らに見せて、いま自分が大人になった気持がする?それとも子どもになった気持がする?とかいちいち聞いてたんだよね。でも、大人?子供?みたいな感じで、ポワーンとしてた。彼らもじゅうぶんいい年なんですけどね。
菊地:前期テスト内容は、音楽をとにかくいっぱい聴いて、この音楽が何歳に聴こえますかっていうものでね。歌ってる人が実際に何歳だったのか推測せよという話ではなくて、聴いた感じ、この曲は何歳?っていう問題で。
大谷:曲名も作曲者も伏せてね。
菊地:ウィキペディアとかで調べられちゃうからさ。すると、ビートルズの初期のシングルが50歳っていう答えが出てきて(笑)。お父さんが聴いてるから、みたいな。
大谷:大江光とか、すごかったね。
菊地:大江光は、日本人がつくった二十世紀最高の謎の音楽だよ(笑)。
『アフロ・ディズニー』はおっさん向けの本ですから。売れますよ。(大谷)
大谷:『M/D』はオシャレな本でしたけど、『アフロ・ディズニー』はおっさん向けの本ですから。売れますよ。
菊地:ていうかまず、おっさんって幾つのことなんだよ(笑)。45歳だって、ガキだって言われればそれまでだし。
大谷:あとがきでは、いろんなことを広く浅く、なんでもしゃべれるっていうのはすごくおっさんクサいんだっていう、素晴らしい結論に到達したよね。
菊地:おっさんとオタクの少年に分かれる分水嶺って、一体どこにあるんだ、っていうことを答えなきゃいけない状況になったんだよね。どうしようかなと思って。文藝春秋の人としゃべってる間にさ、一個の話題には詳しいけど、何にも知らないまま大きくなったのはおっさんじゃなくてオタクで、なんでも広く浅く語れるのがおっさんだという考えがパッと閃いた。文藝春秋の応接間じゃないと考えつかないよ、あの素晴らしい考えは(笑)。
大谷:バーで巨人戦の話題をしながら、そのままマイケル・ジャクソンの話ができて。
菊地:売れ筋の本の話もわかるし、将棋もわかる。
大谷:で、最後は政治の話になって終わるみたいな。
菊地:それがおっさんだっていう結論ね。おかげで我々は、そうしたおっさんに向けてこの本を書こうっていう気持ちになっていった。おかげさまで、われわれの本としては異例の、出版以来一週間で増刷がかかったね!
大谷:いま12,000部とか出てるみたいね。
菊地:でも、誰が読むんだっていうね(笑)。今日のお客さんたち、格好のモニターになってると思うよ。たぶん、手に取るまではすごいワクワクして、読んだらシューンってする本だね(会場爆笑)。
- 書籍情報
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- 『アフロ・ディズニー エイゼンシュテインから「オタク=黒人」まで』
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著者:菊地成孔、大谷能生
価格:1,500円(税込)
発行:文藝春秋
- プロフィール
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- 菊地成孔
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1963年生まれ。音楽家、文筆家、音楽講師。85年にプロデビュー。デートコースペンタゴン・ロイヤルガーデン、SPANK HAPPYなどでジャズとダンス・ミュージックの境界を往還する活動を精力的に展開。現在は菊地成孔ダブ・セクステット、菊地成孔とペペ・トルメント・アスカラールを主宰して活動中。主な著書に『スペインの宇宙食』(小学館文庫)、『歌舞伎町のミッドナイト・フットボール 世界の9年間と、新宿コマ劇場裏の6日間』(小学館)など。
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- 大谷能生
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1972年生まれ。批評家、音楽家。96年、音楽批評誌「Espresso」を立ち上げ、02年まで編集、執筆。日本のインディペンデントな音楽シーンに実践と批評の両面から深く関わる。著書に『持ってゆく歌、置いてゆく歌 不良たちの文学と音楽』(エスクァイアマガジンジャパン)、『散文世界の散漫な散策 二〇世紀の批評を読む』(メディア総合研究所)がある。菊地成孔とのコンビによる講義録は本書のほかに『憂鬱と官能を教えた学校 【バークリー・メソッド】によって俯瞰される20世紀商業音楽史』(河出書房新社)、『東京大学のアルバート・アイラー 東大ジャズ講義録』(全2巻、文春文庫)、『M/D マイルス・デューイ・デイヴィスIII世研究』(エスクァイアマガジンジャパン)がある。
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