全国の美術館学芸員、ジャーナリスト、研究者などに推薦された40歳以下の若手作家が平面作品の新作を出品するという方式で行われる「VOCA展2010」が、3月14日から30日まで上野の森美術館で開かれる。本年度の大賞であるVOCA賞に選ばれたのは、《内緒話》と《ベッド》の2作品を出した三宅砂織だ。このVOCA展は1994年に始まって以来、福田美蘭(1994年VOCA賞)、やなぎみわ(1999年VOCA賞)、村上隆(1994・2000年出品)、会田誠(1999年出品)、蜷川実花(2006年大原美術館賞)など国内外で活躍する作家が参加してきた。第一生命保険相互会社による企業メセナの一つとして、多くの若手作家がここでチャンスを得てきたと言えるだろう。このたび、制作活動が評価された三宅砂織に、作品制作に込める思いや受賞の感想などをお聞きした。
(インタビュー・テキスト:田中みずき 撮影:小林宏彰)
現代美術の展望
『VOCA展2010−新しい平面の作家たち−』
現代美術の展望「VOCA展 −新しい平面の作家たち」公式サイト
2010年3月14日(日)〜3月30日(火)10:00〜17:00
※金曜日のみ19:00閉館、入場は閉館30分前まで
会場:上野の森美術館
無意識のうちに作品世界に誘いこもうとしているのかも知れません
─現代美術の世界で非常に注目を集める「VOCA展2010」でのVOCA賞受賞、おめでとうございます。出品作《内緒話》と《ベッド》の2点は、黒い背景に白色で女の子や寝具が表現されていますね。モチーフや表現方法が何か儚いものを感じさせて画面に見入ってしまいます。三宅さんの昔の作品でも「女の子」を描いたものが多くあったと思うのですが、このモチーフには特別な思い入れがあるのですか?
三宅:モチーフは、ちょっと矛盾した要素を持っているものを選んでいるんです。少女に関しては、将来何にでもなれる未分化の存在である一方で、女性として運命がある程度決まっていたりしますよね。そういう、未分化の部分と決定的なものが両立しているようなモチーフに惹かれます。でも、少女だけに特別に重点を置いているわけではなくて、ベッドなどにもポイントを置いているんですよ。
─ベッドですか?
三宅:はい。布の流動感がある動きは、制作時の筆の大きな動きが活かされていて、また私の心のざわめきともオーバーラップしているんです。さらに、埋もれていくようで弾き返すもの、やわらかいのに面があるもの、何かを完全に覆ってしまうもの等、色々な要素を備えている点に惹かれています。エロチックなイメージもあるし、非常に深いモチーフだと思いますね。
─三宅さんの作品を見ていると、なんというか、「物語性」を感じるんですよね。
三宅:それはよく言われます。観るかたが自由に想像して下さるのはもちろん良いのですが、実は私の中では、切り離された場面が突然目の前にある感じで、前後の展開等を考えているわけではないんです。永遠にこの状態か、あるいは瞬間的にこの状態があるというような「宙づり」のシーンというイメージです。でも、観てくださったかたはほとんど全員物語を考えてくれますね。私も無意識のうちに、作品世界へと誘いこもうとしているのかも知れません。
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2/3ページ:フォトグラムの作品は「一枚きり」
フォトグラムの作品は「一枚きり」
─よく観ると、この作品は絵画ではありませんよね。モチーフが光りを放つような感じであったり、影のようなものが映りこんでいたりして不思議な生々しさがあります。これはどのような技法で制作した作品なのですか?
三宅:この作品は「フォトグラム」という技法で作っています。技法自体は昔からあって、例えばモホリ=ナジやマン・レイの作品が有名ですね。写真と同じ原理ですが、カメラを使わずに印画紙の上に直接物を置いて光を当て、影を落として像を得ます。
私の場合は、フィルムに絵を描いたものと、オハジキやビーズなどの立体物を混ぜて置き、感光させているんです。フィルムは2〜7枚ぐらい重ねて奥行きを出します。同じ組み合わせのフィルムと立体物でも、配置と感光時間が即興的なので、写真なのに作品は1枚しか存在しないんです。これぞという1枚ができるまで何度もトライアルをするので、没にするプリントのほうが多いんですよ(笑)。
─手描きの部分と物質の部分が組み合わさることで、不思議な奥行き感が生まれていて、見ているうち画面の中の世界にどんどん引きこまれていきます。この「フォトグラム」という技法を使ったきっかけは?
三宅:私は2001年頃から、点線と色面を使ってイメージの境界を組み替えるような絵を描いていたのですが、その時「点」の要素にもう少し向き合いたいと思ったんです。そのため、細かい点を描くことが必要になってきたのですが、当時使っていた版画だと「インク」が広がるため小さな点が潰れてしまい、私の欲しい細かさが出ませんでした。そこで、一番シャープな点々を描くために印画紙、つまり「光」を使うことを思いつきました。写真を始めてみて、影が落ちて白黒が生まれる単純さがとても気に入りました。やがて、印画紙はシャープな形がでるだけでなく、濃淡の調子が美しいことに気がつき、2007年ぐらいから作品に活かすようになりました。
─濃淡の調子というと?
三宅:例えば黒ひとつとっても、光の当て方や露光時間で全く違った色に仕上がるんです。影って、物を印画紙に密着させるとシャープに出るものなんですが、浮かせると輪郭がぼやけてしまうんですね。
─なるほど。フォトグラムという技法の魅力が分かってきました。
三宅:制作に取組むうちに、作品が1枚きりであることや、手を動かす要素が増えたことから、版画や写真を経て結果的に絵画に戻ってきた感じがしますね。絵画も写真も、リンクしながら発展してきたことが実感できました。
思いもよらないことが起こる瞬間が好き
─ちなみに、作品制作をされる上で面白いこととはなんでしょうか?
三宅:思いもよらないことが起こった時が好きですね!
─「思いもよらないこと」?
三宅:作品を作る際は、あらかじめしっかりと完成作品を想像しておくのですが、実際にできたものが私の予想よりさらにキレイにできあがることがあるんです。制作をしていて、一番嬉しい瞬間ですね。計画通りに進むのが一番ダメで、自分の力だけで完結しないようにどこかに隙を作っておくことが大事だと思っています。
─それでは逆に、苦労する部分は?
三宅:大きい作品を作っていると肉体的に大変だとか、時間がかかったりとか、現実的な部分ですね。コンセプトを考えることが一番時間が必要、かつ大変ですが、半分以上楽しみなことでもあります。とはいえ、すごく苦しいんですけどね(笑)。
─苦労してもやはり、作品ができていく楽しさがあるんですね。
三宅:そうですね。私は何故か、少しやりにくい技法だったり制限が多かったりすると、逆にアイデアが出やすいんです。制限があるものを工夫していくのが好きなんですね。
─では、考え込んでしまった時にする気分転換方法などはありますか?
三宅:手を止めて散歩に出たりとか、友人とご飯を食べにいったりとか。あとは、その真逆なんですけど、「できるまでやる」という風にスパッと決める。やるかやらないかで迷わないようしています。
ハイレッドセンターの不良っぽさに惹かれたりして(笑)
─ほかに、作品制作で心がけている事はありますか?
三宅:常に視野を広くすることですね。今回の作品も、今まで取り組んできた絵画や版画、映像的な表現など、技法を限定しないで経験してきたものが生かされたものだと思いますし。色々な知識を得ることで、もっと面白いアウトプットはないかなと考えていけるので、展覧会を観たり本を読んだりも良くします。
─最近(2010年1月中旬に)観た展覧会はどんなものですか?また、お好きな作家さんなどはいらっしゃいますか?
三宅:最近は、ギャラリー小柳(東京・銀座)でのトーマス・ルフさんの「cassini + zycles」、東京都現代美術館(東京・木場)での「レベッカ・ホルン展」を観ました。好きな作家で言うと、マルセル・デュシャンとか、ジョン・ケージとか、概念をひっくり返してしまった人が好き、というか尊敬していますね。
─絵画や版画に限定しないで観ているのですね。本はどんなものを?
三宅:まったくの楽しみとしてなんですが、哲学関係の本が好きです。2000年の「神戸アートアニュアル」のゲストで来ていただいた鷲田清一さんの『モードの迷宮』がきっかけでした。CINRA.NETにも登場されている東浩紀さんの『存在論的、郵便的』(新潮社)や『動物化するポストモダン』(講談社現代新書)も、内容について議論ができるほどではないのですが読ませていただきました。他のジャンルでは、図鑑や地図も好きです。いろいろな本を読むとフレッシュな視点を持つことができて、気分転換になりますね。
─常に新しい視点を手に入れようとされているんですね。ところで、美大に入ろうと思ったきっかけは、小さいころから絵が好きだったからですか?
三宅:いや、全然(笑)。小さい頃は絵が下手で、どちらかといえば文字方面でした。でも、高校の時に知ったハイレッドセンターの不良っぽさに惹かれたりして(笑)。美術の中でも現代美術に見られるような、日常生活から何かを少しずらして概念を覆しちゃうところが好きになったんです。絵が下手でハイレッドセンターが好きなのに、進学した美術系大学では「絵」をやっていたので、なんだか矛盾した行動をしているみたいですねぇ…。
連続して、繋げていく作品づくりが大事
─それでは「VOCA賞」に関してお聞きしますが、幾つくらいの時に存在を知りましたか?
三宅:2001年に、私の母校・京都市立芸術大学の先輩2人が出品していて、その時に知りました。平面性に非常にこだわっている展覧会なわけですが、現代美術のひとつの切り口として面白いなと思います。最近は出品者の専攻も幅広くなってきたことも興味深いですね。
─ご自分がVOCA賞に推薦されることになると考えていらっしゃいましたか?
三宅:平面をやっているので、可能性があるとは考えていました。ただ、まさか大賞がとれるとは思っていませんでしたので、とてもびっくりしました。
─今まで制作や発表は関西で行うことが多かったかと思いますが、VOCA展についてどう思われていましたか?
三宅:ここ数年は東京のYuka Sasahara Galleryさんとも一緒に仕事をさせてもらっていて、作品が観てもらえる環境ならどこでも行きたいと思っていました。VOCA展の賞は新人に与えられる賞だと思っているので、この大きなチャンスを生かして、次の展開に繋げていきたいと思います。
─具体的に、VOCA展で賞をもらった上でやりたいことはありますか?
三宅:発表の場をもっと広げて、展覧会の規模も大きなものにしていきたいと思っています。海外でも発表の機会とか、勉強の機会があればしてみたいですね。
─VOCA賞での受賞は、賞金の授与と展覧会の開催があり、アフターケアもしっかりしていますよね。VOCA展でのサポートについて、「これは嬉しかった」ということはありましたか?
三宅:私の場合は、メディアで紹介される場所を作って頂けて、作品のことや作家としての自分の考えを知ってもらえるということですね。今まで無かったことなので大事に思っています。それから、第一生命南ギャラリー(東京・有楽町)で個展が開かれるというのも、まだ具体的なイメージは無いのですが非常に楽しみにしています。また、このギャラリーでは、買い上げられた受賞作が定期的に展示されていくそうなんですが、それも嬉しいですね。
─やはり実際に作品の前に立って観てもらえてこそ、ですよね。最後に、モノづくりをされている人に向けてアドバイスやコメントをいただけますか?
三宅:難しいですけど…作品について考える際はまず一度、制限を設けずに自由に発想を広げてみると良いのではないかと思います。そして、制作で現実の問題と向き合う時に、どうすれば良いかというのを具体的に考えて、そのバランスを取ることが大切ではないかと。これは自分の問題でもあるのですが、そうやってできたものを次に繋げるという、フィードバックの連続性をうまく保てれば、作品が形になっていくはずです。私も作品が形にならない期間が長くて苦しんだのですが、あきらめずに「何かを作る」ということが大切だと思います。私自身もさらに上手く「連続して、繋げていく」流れを作っていきたいですね。
- イベント情報
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『VOCA展2010−新しい平面の作家たち−』 -
2010年3月14日(日)〜3月30日(火)10:00〜17:00
※金曜日のみ19:00閉館、入場は閉館30分前まで
会場:上野の森美術館
料金:一般・大学生:500円 高校生以下無料
主催:「VOCA展」実行委員会/財団法人日本美術協会・上野の森美術館
協賛:第一生命保険相互会社
- 現代美術の展望
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- 三宅砂織個展
『image castings』 -
2010年3月13日(土)〜4月20日(火)
会場:GALLERY at lammfromm(東京・代々木八幡/代々木公園)
料金:無料
- 三宅砂織個展
- プロフィール
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- 三宅砂織
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1975年、岐阜県生まれ。Royal College of Art(ロンドン)交換留学の後、2000年に京都市立芸術大学大学院美術研究科絵画専攻修了。絵画や版画を学び、在学中から画廊での個展や美術館でのグループ展で作品を発表。修了制作は大学院市長賞・買上賞となっている。町田市立国際版画美術館にパブリックコレクションがあるほか、2000年「神戸アートアニュアル」・2008年「Exhibition as media 2008 『LOCUS』」(神戸、神戸アートビレッジセンター)や「JAPAN NOW」展(ソウル、Inter Alia Art Company)への出品など積極的に作品制作と発表を行い、このほど2010年度のVOCA賞を受賞した。
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