2010年1月9日から1月16日まで、第2回littlemoreBCCKS写真集公募展の受賞作品展覧会が原宿VACANTで開催された。この公募展は、写真作品を「写真集」として評価するというもので、写真そのものだけではなく編集・構成・デザインが問われてくるのが特徴だ。今回の審査員はデザイナーの祖父江慎、町口覚、平野敬子、松本弦人、そして写真家の川内倫子、ノニータ、藤代冥砂という錚々たるメンバー。そして、応募総数445点の中から、成田舞の『UNITEDH2Oヨウルのラップ』が大賞に選ばれた。展覧会最終日、第1回審査員の写真家・大森克己と、第2回審査員の川内倫子、そして2回ともに審査員をつとめた松本弦人によるトークショーが同会場で行われた。「良い写真とは何か」というきわめて根本的な問題を、最前線の3人がアットホームな雰囲気の中でざっくばらんに語った模様をレポートする。
littlemoreBCCKS写真集公募展とは?
株式会社BCCKS(ブックス)が運営する、誰もがウェブ上で本のようなメディアを作ることができるウェブサービス「BCCKS」を利用して作品を制作することで、写真と編集、そしてデザインの新しい可能性を追求する公募展。写真単体ではなく、写真集形式での応募が可能な点と、一般ユーザーが応募作品を閲覧しながら、書評を書き込める点などが特徴だ。なお、今回の大賞作品『UNITEDH2Oヨウルのラップ』は、リトルモアから実際の写真集として出版が予定されている。また、その他の受賞作品や、ユーザー賞を受賞した作品など中身を含めすべてlittlemoreBCCKS写真集公募展のサイト内で無料で見ることができる。
第2回littlemoreBCCKS写真集公募展
(協力:BCCKS、リトル・モア、VACANT テキスト・構成:安野泰子)
成田さんの写真はドキュメンタリーじゃなくて、パラレルワールドなんだよね(大森)
松本:倫子、今回審査してみてどうだった?
川内:公募展の審査員をやらせてもらったのは実は初めてなんです。審査員のメンバーの個性がバラバラだったから、自分が見逃していたブックを他の審査員の方が誉めていたり、穏やかに意見を曲げない方もいたりでとても面白かった。
松本:逆に意見がコロコロ変わる人もいるよね。そういう人って、モノを好きになる能力が非常に高い。例えば祖父江さん。デザイナーは、自分の気に入らないものでも作らなくちゃならないんだけど、そうしたものの良いところを人より早く見つけ出す。ものすごく柔らかくてゆったりとした芯があって、その中でブレまくるというイメージかな。これはデザイナーとして必要な能力なんだよね。
川内:祖父江さんの「これも良い!」って言うときのキラキラした感じが可愛かったですね。
松本:では、今回の大賞作品について話していきましょうか。成田さんは、実は去年松本弦人賞を受賞し、そして今回川内倫子賞と大賞のダブル受賞となりました。倫子は最初から「これしかない」と決めていて、最後まで全く曲げなかったよね。もしかして、祖父江さんと違って頑固者タイプ?(笑)
川内:どんな機材を使っていても、全ての作品に成田さんの統一した目がちゃんと宿っているところが良いですね。ポラロイドはポラロイドで、被写体がしっかりと写っているし。
大森:成田さんが良いのは「確信犯」なところかな。つまり、被写体をしっかりと作り込んだ上で撮っている。写真って、普通は「ドキュメンタリー」になっちゃうものなんだけど、成田さんの作品の世界観はそうではなくて、一種の「パラレルワールド」になっています。現実の世界とは違った、もう一つの世界がそこにある、というか。
松本:去年からさらにグレードアップした感じはあるよね。
大森:「写真でこんなこともできちゃうんだ」っていう面白さがいっぱい詰まっているよね。普通は写真をブックにまとめていくと、どんどん不自由になっていくものだけど、成田さんは自由なままなんです。
川内:それは一番の魅力だと思う。見ているうちに、だんだん気持ちが解放されていくんですよね。
この写真を撮ってるひとに会いたくなってくる(大森)
大森:それから、写真に若さを感じられるところが良いよね。なんとなく良いけどなぜか引っかからない写真ってあるんですよ。それは、年齢は若いのに若さを感じさせない写真だからなんですね。「上手」「下手」とはあまり関係がないんです。成田さんの写真を見ていると、本人に会いたくなってくるんだよね。
松本:審査員も皆、成田さんに会いたくなるって言っていたよね。
大森:どこか上品なところも魅力的なんだよね。湖でパンケーキを顔に塗っている三人の女の子の写真があるけど、こういうことをしていてもどこか上品さがあって、とても良いよね。
川内:成田さんは、作品を作り込んでいるはずなのに、そこをあえて見せない。私もそういうところがあるんですが、成田さんの場合その比率が多いような気がします。
松本:作り込みを見せない点に関しては、倫子のほうが巧みですけどね。成田さんは、まだそれがコントロールできていない感じがする。
川内:でも、ガチガチにできあがっていないところが良いんですよね。
松本:ところで、大森くんは若いころから「写真が上手い」と評価されているよね。
川内:大森さんのロバート・フランク賞を受賞した写真なんて、完成度がとても高いですよね。28歳の若さで、デビュー作がこれっていうのはすごいなと思いました。その点、成田さんには、「上手さ」というのがないんですよね。
松本:倫子は、若いころから上手かったの?
川内:普通に上手かったかも。でも、なんでもきれいに撮れてしまうのは嫌だった。それをあえて壊していこうと自覚して撮っていたのが、デビューした24、5歳くらいのときかな。そういったことは確信犯的に思わないと成長はないんです。成田さんもこの一年での成長の跡が見られますね。
松本:その分、迷いや、悩みもすごく感じられる。
大森:今後、これを写真集にするときにまた悩むんだろうね。誰がデザインを担当するの?
松本弦人
松本:オイラが指名されました。大変だけどその分楽しみでもある。電車の中でも、どんな写真集にしようかと考えていたりして、とてもワクワクしていますよ。
「上手い」のに、厭らしくない。そこに「良い写真」のヒントが隠されているのかも(大森)
松本:では、その他の入賞作品についてもお話を伺いたいんですが、まずはこちらの写真集からいきましょうか。
大森:意外に構成を作りこんでいますね。このかもめのカメラ目線はすごい。
川内:かもめと友達になっちゃってますね(笑)。sumaoさんの写真は、ハッとする発見があるんです。そして、どれも笑えて見飽きない。こういう写真はみんなで見ると楽しいですね。
大森:こういう写真を「上手い」っていうんじゃないのかな? 「上手い」写真ってちょっと厭らしいところがあるものだけど、これはそういった厭らしさがないんですよね。ここには、何か良い写真を撮る上でのヒントが隠されている気がしますね。大きい画面で見ると、写真の良さがより伝わってきます。
松本:続いて、審査員のノニータさんが「モデルの女の子が嫌がってないところがすごく良い」と言っていて、僕も共感したこの写真集です。
大森: モデルが一人じゃなくて、作品によってそれぞれ違う女の子で撮っているところが良いですね。あと、日本人がヌードを撮る時に、例えばリー・フリードランダーの作品のような造形美でもなく、なんとなく中途半端な作者の一方的な思い込みによる、写っている人との間の「関係性を表現したor記録した」風なものが多い中で、櫻井さんの作品は、そうではなくて上品なところがあって好きですね。
川内:写真としての強さもきちんとありますしね。
松本:それでは次にこちらの作品。作者の松井さんは、毎朝牛乳配達のお仕事をされているそうで、その途中で撮りためたものらしいです。そういう習慣に素直に乗っかって撮った写真だから、なんか良いんだよね。
大森:自分の趣味だけで撮っている感じがしないのは、そういう理由があるからかな。頭で考えることには限界がありますが、そうした習慣に従うことで偶然に出会える景色もあるし、かえって良いものが撮れることもよくありますよね。
恐れ多くて倫子さんのことを後輩とは呼べない(笑)(大森)
松本:さて、それではせっかくなので、そろそろお二人についてのお話も伺いたいんですが、大森くん、川内さんお二人は、写真家として一見対極に位置しているようで、実は近い部分もあるのかなと思うんですが、どうでしょうか。
左:川内倫子、右:大森克己
川内:対極だと思ったことはないですね。どちらかと言うと似ているチームなんじゃないかと思っています。大森さんから何かを直接教わったわけではないですが、大森さんは、私にとって同じ業界の中の先輩だと感じています。精神的な意味で、先輩がいるのって嬉しいですよね。
大森:そう言ってもらえるのは嬉しいけど、僕は恐れ多くて倫子さんのことを後輩とは呼べないです(笑)。そうだ、この前倫子さんにあげると約束したプリントを、今日持ってきたよ。12年前に『サルサ・ガムテープ』という写真集を作ったときの1枚です。しかも、写真集のデザインは弦人くんですね。
松本:この依頼を受けるまで、写真集のデザインはほぼやったことがなくて、すごい数の写真を見せられて「こんなに撮らないと写真集は作れないものなのか」と思った記憶がありますね(笑)。写真集を作るときって、写真家から全ての写真を預かってデザイナーが好きに作る場合と、写真家とデザイナーで一緒に作る場合、そして写真家の意向をデザイナーはキャッチャーのように受けるだけという3タイプがあると思うんだけど、倫子はこの3番目のタイプでしょ?
川内:そうですね。実は、他の人に写真集の構成をしてもらったことってないんですよ。構成することが好きだから自分でやって持っていくんですが、どのデザイナーの方もそれで良いって言って何も触ってくれないんです。本当はあれこれ言ってもらいたくて、楽しみにして持って行くんですけどね。
最初はその被写体を見たい、知りたいという衝動と好奇心から出発する(川内)
松本:写真家の仕事を大きく分けると、自分の作品作りと、雑誌や広告などの依頼される仕事に分けられるかと思うんですが、その二つってお二人の中で繋がっているものですか?それとも別物ですか?
川内:全くの別物ですね。それぞれが自分の中の違う軸で動いている感じがします。
大森:だけど仕事で旅に行って、自分の作品の写真が撮れることもあるよね。
川内:仕事の合間に撮れる作品はたくさんありますね。媒体にもよるしテーマにもよるんだけど、依頼の仕事が作品に近付いちゃったり、作品になったりすることもよくありますね。だけど基本的に作品と依頼仕事は意味が違う。自分がやっていることとしてはイコールだけど、スタンスは全く違います。
松本:では最後に、写真集を作る際の思いについて聞かせてもらえますでしょうか。
大森:僕が写真集を作るときは、まず写真を撮ってプリントして、部屋の壁に貼ったりして一人で眺めるんです。その時点、つまり写真集にする前の段階で「この写真、良いなあ」っていうのがないと、やっぱり良いものはできないんですね。しばらく何も考えずに、写真がただあるっていう状態にしておく。それでいざやろうかっていうときに、誰に見せようかと考え始める。最初に見せるひとは結構重要ですね。
川内:私もこれまで、写真集を作るために写真を撮り始めたことはないんです。最初はその被写体を見たいな、知りたいなっていう衝動や好奇心から出発して、写真集になるのかどうかも分からないまま撮り始めます。例えば、『AILA』という写真集は、最初は出産の様子を見たいなという思いから撮り始めて、写真集にまとめられる確信を得てから、意識的にいろんなものを撮りに行きました。『CuiCui』にしても、もともと写真集にするつもりはなかったんですが、気がつけば自分の家族の写真を13年間撮り続けていて、その間におじいちゃんが亡くなって甥っ子が生まれたという出来事があってまとめられたものなんです。
大森:写真っていくらでも撮れてしまうものだし、写真集を作るとか展示をするとかしてピリオドを打っていかないと、自分が次に行けないんですよね。
松本:落とし前をつけるっていう感覚にちょっと近いのかな。
川内:確かに、写真集を作ることで次のステージに進めるという感覚はありますね。たくさん撮りためれば、まとめたくなってしまう。それが写真家の性、というものなのかもしれません。
- プロフィール
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- 大森克己
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1963年生まれ。写真家。第9回キャノン写真新世紀でロバート・フランク賞を受賞。主な写真集に『サルサ・ガムテープ―大森克己写真集』(1998年、リトル・モア)、『Encounter』(2005年、マッチアンドカンパニー)、『Cherryblossoms チェリーブロッサムズ』(2007年、リトル・モア)、『サナヨラ』(2006年、愛育社)など。また今年1月には、『incarnation』(2010年、マッチアンドカンパニー)が出版された。
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- 川内倫子
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1972年生まれ。写真家。2002年『うたたね』『花火』(ともに2001年、リトル・モア)で第27回木村伊兵衛賞受賞。2009年ICP主催の第25回Infinity Award・Art部門受賞。その他主な写真集に、『AILA』(2005年、フォイル)『Cui Cui』(2005年、フォイル)、『種を蒔く/Semear』(2007年、フォイル)などがある。
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- 松本弦人
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1961年生まれ。グラフィックデザイナー。NEW YORK DISK OF THE YEAR グランプリ、読売新聞社賞、1995年東京ADC賞、AMD Award '96 Best Visual Designer、2002年東京TDC賞など受賞多数。主なデジタルメディア作品に、フロッピーディスク『Pop up Computer』(1994年、アスク講談社)、CD-ROM『ジャングルパーク』(1997年、デジタローグ)、ゲームソフト『動物番長』(2002年、Nintendo キューブ)などがある。BCCKSのコンセプトデザインやアートディレクションなどを手がけるチーフ・クリエイティブ・オフィサー。
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