今やテレビに映画に引っぱりだこの俳優・松田翔太。6月12日に公開予定の主演映画『ケンタとジュンとカヨちゃんの国』では、幼い頃から施設で育ち、社会に対して大きな不満を持つ若者、ケンタ役を演じる。今回のインタビューでは、「自分の姿と重なるところもある」という同役や、作品に込めた思い、さらには彼自身のクリエイターとしての姿勢について迫ることができた。彼の内部で熱く燃えたぎる「クリエイターとしての魂」を実感してみてほしい。
(インタビュー・テキスト:小林宏彰 撮影:寺島由里佳)
新しい価値観をつくりあげようとすると、弾かれてしまうんですね
―『ケンタとジュンとカヨちゃんの国』を拝見し、まず感じたのは「ウソがない」映画だ、ということでした。登場人物が、ただ作品の中で「生きている」ということに、説得力を感じられる作品です。中でも松田さんの全身から発される鋭いオーラに圧倒されたんです。
松田:ありがとうございます。今回の作品では、あまり「演技をしよう」という意識はなかったんですね。「自分をこう見せたい」と考えるのではなく、できる限りナチュラルに、自分が思うように過ごせたらいいなと思い、そういう方法を試してみたんです。共演者にしても、高良健吾くんは本当にジュンのような性格だったし、安藤サクラちゃんもカヨちゃんのような性格でした。あの二人も、僕のことをケンタのような人間だと思っていたので、僕らは役を演じているのか、それとも素なのかわからないような状態にありましたね。
©2010「ケンタとジュンとカヨちゃんの国」製作委員会
―「ナチュラルに演じる」という方法は、松田さんが他の作品に出演される際とは違っていたんでしょうか?
松田:そうですね。他の作品では、登場人物の感情をしっかりつくりあげておかないと、すごく不安になるんです。ちょっとしたシーンでも、しっかり動きを決めて演じているんですが、そうではない自分も見てみたいと常々思っていました。それに挑戦するのはとてもリスクが高いことなんですけど、本作ならできるんじゃないかと。
―ケンタの内面には、生まれ育った環境から来る「怒り」の感情が充満しています。そうしたキャラクター像に、松田さんご自身も共感する部分がありますか?
松田翔太
松田:ありますね。例えば僕が俳優としてある作品をつくろうとするときに、様々な事情などによって規制が入ってくることがあります。そういうとき、不満を感じたりするんですね。創造性って、本来はとても自由で、わかりにくいもののはずなのに…と。社会に対しても不満を感じるところはあるし、そのあたりケンタの感じている不満や鬱屈と似ているところがあると思います。
―自分を縛ろうとするものに対する不満、ということですかね。
松田:はい。それが、ケンタの中にはもっとストレートな形としてあるんだと思います。じつは僕が俳優をやる原動力も、こうした「怒り」のパワーが大きいんですね。
―ただクリエイターは、オリジナルなことをやろうとすればするほど、社会からはみ出してしまいますよね。それで、縛ろうとする人たちも増えてくる。
松田:新しい価値観をつくりあげようとすると、弾かれてしまうんですね。それはクリエイターに限らず、例えばケンタが施設を抜け出して自由になりたいと考える発想にしても、「一生ここで暮らすんだ」と思っている施設の仲間からすれば「新しすぎる」ものなんです。だから、当然その環境からは弾かれてしまわざるを得ない。でも、僕はそういったケンタの発想を、一部の人にしか理解されないマニアックなものにはしたくないと思っているんです。
―それは、ケンタ当人だけで自己完結した思いのままでは、力を持ち得ないということでしょうか。
松田:はい。自由になるために、新しいドアをどんどん開けていくとしますよね。で、そのドアにカギをかけて閉めてしまうのではなくて、開けっぱなしにしておくのが大事、ということなんです。
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2/3ページ:タランティーノやフィンチャーから受けた衝撃
ようやくリラックスして演技ができるようになった
―それでは、「自由になろうとする」という感覚は、松田さんご自身も大事にされていらっしゃるものなんでしょうか?
松田:そうですね。何事も「こうだ」と決めつけないように気をつけています。完成されないことが、僕にとっての自由なんですね。休みが取れたりだとか、ハワイに行ったからといって自由になれるかと言えばそうではなくて、自由を求めて、常に自分自身の感覚から逃げようとしている、というか。
―今回のような役を演じることも、「自由」を探るための方法のひとつなんでしょうね。演じてみたあと、自分自身に変化は訪れましたか?
松田:以前より、リラックスして演技ができるようになりましたね。それはきっと、とても基礎的なことなんですが、ずっとできなかったことなんです。常に全力でストレートボールを投げ続けていた感じだったので(笑)。
―それが、変化球も投げられるようになってきたと。
松田:はい。以前のように、ホームランを打たれるか三振を取るか、という思い切った演技をしようとするのとは別の視点を得られたんですよ。肩の力が抜けて、自然体で演技ができるようになりました。
©2010「ケンタとジュンとカヨちゃんの国」製作委員会
作り手がなにを表現したいのか、その「精神」が大事
―なるほど。では、改めてお聞きしますが、松田さんは映画制作のどんなところに魅力を感じていらっしゃいますか?
松田:「現実を壊せる」という点ですかね。新しい価値観をつくりあげて、それに浸っているだけでリラックスした気分になれたり、逆にこれまでの自分がひっくり返されるような衝撃を受けることもある。それがとても刺激的で、日常生活では得られない面白さだと思うんです。
僕は13歳のときにクエンティン・タランティーノ監督の『ジャッキー・ブラウン』、14歳でデヴィッド・フィンチャー監督の『ファイト・クラブ』といった映画を観て、世の中で「悪い」とされていることを登場人物たちが正々堂々とやっているのに衝撃を受けたんです。それで気づいたのが、映画表現で大事なのは登場人物がやっている「こと」のレベルじゃなくて、作り手の「精神」がどうなのか、ということだったんです。作り手がどんな気持ちでその映画をつくったのか、どういうことに反発しているのか、または受け入れているのか、という思いが大切なんだと。映画を通して、僕はいろいろな「精神」を表現していこうとしているんです。
©2010「ケンタとジュンとカヨちゃんの国」製作委員会
―先ほどふたつ映画の名前が出ましたが、他にも好きな作品はありますか?
松田:先ほど挙げたふたつは、すごく好きなんですね。それから『夜になるまえに』というジュリアン・シュナーベル監督の映画や、ヴィム・ヴェンダース監督の『パリ、テキサス』などですね。ただ基本的には、そうしたものよりリアルタイムで映画館で観ることのできた作品が好きなんです。
―ビデオやDVDで見るよりは、映画館の体験のほうが衝撃的だと。
松田:はい。韓国映画で言えば『殺人の追憶』や『オールド・ボーイ』など、バイオレンスの要素がありつつ、人間性の深い部分を描いているようなもの。もしくは、『バットマン』や『ハリー・ポッター』シリーズのような、誰が観ても面白いと思えるエンターテインメントの側面に振り切ったものが好きです。いつかそういったエンターテインメント映画のヒーロー役や、ハッピーな雰囲気にあふれた家族映画の役なども演じてみたいんです。
テレビドラマを観る気軽さで、映画館に行ってほしい
―『ケンタとジュンとカヨちゃんの国』は、監督の大森立嗣さんもおっしゃるように、同世代の多くの若者たちに観られることを期待されていますね。松田さんは、そうした若者に向けて、いまどんなことを伝えたいですか?
松田:まず僕は、本作を一部の人にしか理解されないマニアックな映画だとは思っていないので、テレビドラマを観るような感覚で映画館に行ってほしいと思っています。観に行く理由も、高良健吾がカッコいいからとか、松田翔太が出ているからでも、なんでもいい。「若者が映画館に行かなくなった」なんて言われますけれども、気軽な気持ちで映画館に行くことを、もっと普通の出来事として感じてほしいと思っています。
―本作はマニアックでも敷居が高いものでもない、ということですね。
松田:はい。また内容に即して言えば、僕自身も感じているように日々いろいろなストレスや不安なことがあるわけですが、自分自身がそう受け止めなければ楽しいことにも変わるんだ、ということを伝えたいですね。この映画に登場するケンタやジュン、そしてカヨちゃんたちは、自由になろうとして施設を抜け出しても、結局自由ではなく、どこに居ても全然楽しいと思えない。でも、それは彼らの意識しだいで、楽しい時間にも変わるんです。僕はこの映画をポジティブな作品だと捉えているし、ラストもハッピーエンドだと思っています。皆さんにもポジティブな映画として、気軽に楽しんでいただきたいですね。
―なるほど。いまの松田さんのお言葉を踏まえると、ラストに流れる岡林信康さんの名曲を阿部芙蓉美さんがカバーした”私たちの望むものは”が、とても味わい深いものに思えてきます。歌詞をじっくり聴くと、矛盾したことを言っているようなのにしっくりくるし、とてもいい歌だと感じたんですよ。
松田:僕があの曲を初めて聴いたのは、映画の初号試写会のときだったんです。まだエンディングのスタッフロールができていない状態だったので、あの歌が始まったとたん画面が真っ黒になり、4、5分の間、暗闇の中で聴いていました。映画の内容のことを歌っているようで、それとも異なっているし、不意を突かれるような気がしました。映画にとって邪魔にもプラスアルファにもなっていず、自然に心に沁みてくる曲なんですね。本編を見終えたあとに聴くことで、より力を持ってくる曲なので、ぜひ映画館で体感してもらいたいと思っています。
- イベント情報
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- 『ケンタとジュンとカヨちゃんの国』
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2010年6月12日(土)より新宿ピカデリー、渋谷ユーロスペース、池袋テアトルダイヤ他全国ロードショー
監督・脚本:大森立嗣
エンディングテーマ:阿部芙蓉美“私たちの望むものは”
音楽:大友良英
キャスト:
松田翔太
高良健吾
安藤サクラ
宮崎将
柄本佑
洞口依子
多部未華子
美保純
山本政志
新井浩文
小林薫
柄本明
配給:リトルモア
- プロフィール
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- 松田翔太
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1985年生まれ。東京都出身。2005年、スペシャルドラマ『ヤンキー母校に帰る 旅立ちの時 不良少年の夢』で俳優デビュー。2007年、主演映画『ワルボロ』(隅田靖監督)により第62回毎日映画コンクールスポニチグランプリ新人賞受賞。2008年、主演映画『イキガミ』(滝本智行監督)他により第21回日刊スポーツ映画大賞、石原裕次郎新人賞受賞、2009年には同作にてエランドール賞新人賞を受賞した。その他『花より男子』や『LIAR GAME』等、テレビや映画の数々の話題作に出演している。
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