2010年9月3日から5日にかけて、彩の国さいたま芸術劇場で行なわれるダンス公演『dancetoday2010』。本イベントは、注目のダンサーを招いて公演を行なう企画だが、今回は伊藤郁女(かおり)によるトリオ作品『Island of No Memories―記憶のない島』と、KENTARO!! が振付・演出を担当する『「」の中』の二本立て企画となっている。このたびお話を伺うことができたのは、『「」の中』に出演するお二人だ。ヒップホップとコンテンポラリーダンス、それぞれのエッセンスを取り込む独自の優れた作品を発表し続けるKENTARO!! と、先入観を一切与えないこの謎めいたタイトルの作品にダンサーとして招かれた、人気絶頂ダンサー康本雅子。このポップでファンキーな二人による「デュオ」とは、はたしてどのような内容なのか。このたび公演直前の稽古場に潜入して、汗もしたたる二人に本作の見どころ、そしてダンスの面白さについて幅広く伺った。
(インタビュー:小林宏彰 テキスト:塩谷舞 撮影:安野泰子 撮影場所:トヨタ自動車株式会社 東京本社体育館)
彼の振り付けであれば、楽しみながら踊れる
─今回はデュオ作品に挑戦されるわけですが、そもそもの出会いはどういった経緯なのでしょうか。
KENTARO!!:はじめはまったくの偶然でした。たまたま夜中にテレビをつけたら、康本さんが踊っているPVが流れていたんです。ASA-CHANG&巡礼の“背中”という作品のPVでした。その時はめちゃくちゃ疲れてたので、ただ漠然と見ていたんですけど、幸いにもそれを録画していたんです。その後も康本さんの独特な、バレエではなくヒップホップでもないダンスがずっと頭の中に残り続けました。
半年ぐらいたった後で、どうしてもそのPVが気になって録画を見直したんです。そしたら、ものすごく面白かった。康本さんのダンス、というか「しぐさ」の繊細さが、僕にとってはかなり衝撃的でした。それまで僕はヒップホップを中心にガツガツ踊ることしかしていなかったので、「こんなに繊細に踊ってもいいんだ!」という発見があり、とても驚かされましたね。
康本:でも、あのPVは楽曲も映像の撮り方も素晴らしかったので…きっと誰が踊っても上手く見えますよ(笑)。
KENTARO!!:いや、あの魅力は紛れもなく康本さんだからこそですよ。
康本雅子
─その衝撃をきっかけにコンテンポラリーダンスに興味が出てきたんですか?
KENTARO!!:そうなんです。まずは色んなコンテンポラリーダンスが見たくなって、頻繁に舞台を観に行くようになりました。でも最初はなかなか康本さんのようなダンスに出会えないし、「あれっ?」っていう意味不明な感じのものも沢山見ました(笑)。
でも「踊りに行くぜ!!」っていう企画に参加させてもらった時に、偶然ご一緒できまして。その時初めてナマで康本ダンスを拝見でき、直接お話しもさせて頂きました。そこからの巡り合わせもあって、今回デュオの相手を依頼させて頂いたわけなんです。
─康本さんは、KENTARO!! さんのオファーを受けられていかがでしたか。
康本:KENTARO!! 君の作品はこれまでに何度も観ていたので、彼の振り付けであればきっと楽しみながら踊れるんじゃないかという予感がしましたね。
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2/4ページ:本番の「即興性」がとても楽しみなんです
本番の「即興性」がとても楽しみなんです
─先ほど稽古を拝見していると、すごくお二人の息が合っているように見えました。動きがかわいくて、かつファンキーさもあって。お二人で踊られてみて、新しい発見はありますか?
康本:今回は振り付けがKENTARO!! 君なので、デュオの相方となる私のダンスも「彼の作品」の一部だと思っています。だからまずは、彼が創り上げたい世界観の中で踊ることが目標ですね。
音楽の拍子に合わせるパートは、比較的KENTARO!! 君の振り付けが馴染みやすいのですが、そうではないフリーのパートだと知らず知らず自分の癖が出ちゃうみたいで。今の段階では、まだ自分の思ってもみないところでKENTARO!! 君からの指導が入ってきたりしています(笑)。彼の創り上げたい「間の取り方」は私の思っているのとは異なっていて、その違いがとても新鮮です。
KENTARO!!:康本さんは僕の振付の中で及びもつかないような魅力的な動きを突然出してきたりする。だから、振付にもあえて自由な余白が見えるようにしています。康本さんが生み出してくれるだろう、本番での「即興性」=ノリがとても楽しみなんです。
─本番にしか現れないようなダンスがあると期待しているんですね。
KENTARO!!:はい。それに僕、本番にはめちゃくちゃ強いタイプで(笑)。康本さんもそうだと思うんですけど。お客さんがいて照明が入ってという現場のエネルギーが大好きなので、本番は俄然テンションが上がるんですね。
─稽古からどう一変するのか、非常に楽しみです。それでは、『「」の中』と名付けられた本作について教えて頂けますか?
KENTARO!!
KENTARO!!:ものすごく簡略化してお伝えすると、「始めは楽しく、でもだんだん切なくなり、ラストは最高に楽しい」っていう作品です。明確なストーリーがある訳ではないですけど、難解でもなんでもないし、どんなお客さんにでも楽しんで頂けるエンターテインメントになると思います。
また、この作品では照明もかなり細かく指示していて、舞台は厳密に計算されたものになっています。僕らが本番で最高のパフォーマンスを発揮することができれば、照明や音楽とあいまって、僕の心から表現したいひとつの世界が自ずと現れるはずだし、その面白さは必ずお客さんにも伝わると思います。実験的で抽象的なコンテンポラリーダンスもいいですが、僕はやるならストレートで普遍的な魅力があるものが好きなんですね。
動きが魅力的な人って、その瞬間すっごく可愛く見えるんです
─康本さんの振り付けをされているとき、特に意識していることはありますか?
KENTARO!!:いい表情を引き出すというか、「顔を見せる」ことですね。僕自身、ふだんダンスを観るときもダンサーの顔中心に見ています。でもそれって人間の習性みたいなもので、大多数の人が同じだと思うんです。そりゃ、めちゃくちゃ足を速く動かしてる人がいたら足見ますけど(笑)、普通の動きであればまず表情に目がいくので、そこを魅力的に見せる動きを演出しようと常に心がけています。
─もともと顔がイイ人は、ダンサーに向いているかもしれませんね(笑)。
KENTARO!!:とはいえ、単に顔がカッコいい、あるいは可愛いということが重要でもないんです。動きが魅力的な人って、その瞬間の表情もすっごく可愛く見えたりするものなんですよ。康本さんは康本さんにしかない表情があるし、僕もそうかもしれませんが、まずは顔が美しく見えるように意識して、動きも音楽も照明も全てを素晴らしいと思えるものにしていきたいですね。
康本:私は、いい表情をしようと格別意識はしていませんが、鼻水が出てきがちなのを止めるのに必死だったりはするかも(笑)。
KENTARO!!:そうだったんですか(笑)。でも、康本さんの表情には、とても自然体な魅力があるんですよね。
どんなにいい曲であっても、組み合わせが悪いとお互いに殺し合ってしまう
─KENTARO!! さんは演出家として、ダンサーの動きだけでなく「感情表現」の部分を指導することもあるんでしょうか?
KENTARO!!:それは実は、ずっと悩みの種なんです。そこまで指示すれば、たしかに作品として安定したものができるのかも知れません。でも自分自身、人の振り付けで踊るときにかなり自由な表現をしていますし、あまり自分のイメージする感情表現をダンサーに強要できないんですよね。
ただ若い子にありがちなのは、どうしてもなかなか表情が良くならなかったり、本番に緊張で固くなったりしちゃうんですよ。そんな時には「こんな気持ちで!」と指示した方が良いのかなぁ…と悩みますね。康本さんに関して言えば、本番に強いタイプのようなので何も言わないつもりですが(笑)。
─またKENTARO!! さんは、劇中で使用する音楽にも相当なこだわりを持っていらっしゃいますよね。
KENTARO!!:僕、音楽めちゃくちゃ好きなんですよ。最近は音楽制作にも相当力を入れてやっています。特にこだわっているのが曲と曲の合間ですね。それぞれがどんなにいい曲であっても、組み合わせが悪いとお互いに殺し合ってしまうんです。今回使うのはエレクトロニカがメインですが、そこに自分が創った音も混ぜ合わせつつ、作品世界がすごくスムーズに流れるようにしています。
─そんな音楽の中で踊るのは、康本さんにとってどんな感覚なのでしょう。
康本:まだまだ振付を覚えている段階なので、今はとにかく何度も何度も踊り込んで、身体がオートマティックに動けるところにまで辿り着くことが第一ですけどね。でも振付が完全に身体に入り込んだ時には、音楽や「間」も含めて自分でも楽しめるようになるだろうな、と思っています。
「自分自身にしかできない表現」こそがコンテンポラリーダンス
─なにかKENTARO!! さんのダンス表現に対する姿勢には、型にはまっていないというか、独自の道を突き進まれている印象を受けます。
KENTARO!!:そうですね、いわゆる「ヒップホップ」とか「コンテンポラリー」といった、名称によるジャンルの違いってあんまり気にしてないんですが、僕は「自分自身にしかできない表現」こそがコンテンポラリーだと思っていて、それを常に追求しているんです。
テクニックを持ったヒップホップのダンサーさんが大勢集まれば、それだけでお客さんは沢山集まるんですけど、目新しさがあまりなくて退屈してしまう。僕はもっとコンテンポラリーなもので人を動員したいんですね。それは音楽の面でも共通していて、音楽制作も行うダンサーとして完全無欠のオリジナルを目指しているんです。
─ではここで改めてお聞きしますが、今回の公演を通して達成したい目標とはなんでしょう?
康本:一番大切にしたいし、難しくもあるのはKENTAO!! 君の作品世界をどうしっかりと踊るか、ですね。あとは、KENTARO!! 君よりカッコよく踊ることかな(笑)。
KENTARO!!:僕も負けるつもりはありませんよ。でも演出家としては、康本さんがより魅力的に見えるようにどんどん表情や動きを引き出していきたいです。いつもは結構前へ前へと出ていくタイプなのですが(笑)。今回はデュオとして均整の取れた、二人の魅力がうまく発揮された舞台を目指したいですね。
─どんなお客さんにも楽しんでもらえるエンターテインメント作品になりそうですね。
KENTARO!!:以前は「映画監督に見に来て欲しい!」なんて言っていたりしていましたけど、今はとにかく色んなお客さんが見に来てくれることが嬉しいんですよね。特に、あんまりダンスに興味のなさそうな、普段ライブハウスや劇場に来ることもないようなオジさんなんかが来てくれたら「やった!伝わった!」って思いますよ。まあもちろん、若い女の子が来てくれてもめちゃくちゃ嬉しいですけど(笑)。でも本当に、誰にでも楽しめるようなコンテンポラリーの舞台を創り上げたいと思っていますので、ぜひ期待していてください。
- イベント情報
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- 『dancetoday2010』
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2010年9月3日(金)〜9月5日(日)
会場:彩の国さいたま芸術劇場『Island of No Memories―記憶のない島』
振付・演出:伊藤郁女
出演:
伊藤郁女
ミルカ・プロケソバ
山崎広太『「」の中』
振付・演出:KENTARO!!
出演:
康本雅子
KENTARO!!料金:一般3,500円 会員3,150円
- プロフィール
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- KENTARO!!
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《東京ELECTROCK STAIRS》主宰。HIPHOPテクニックをベースに、音楽シーンやコンテンポラリーダンス、演劇等に影響を受けた自由な発想による「ダンス」を創作、独自の表現を目指している。08年、横浜ダンスコレクションRにて若手振付家のための在日フランス大使館賞、トヨタコレオグラフィーアワード08にてオーディエンス賞、ネクステージ特別賞を受賞。2009年度の活動に対し、第4回日本ダンスフォーラム賞受賞。
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- 康本雅子
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これまでに自作品<ナ花ハ調><夜泣き指ゅ><ブッタもんだすって>などを日本国内12都市とイタリア、韓国、マレーシア、タイ、インドネシア、NYにて上演した。また、ダンス公演のみならず、演劇、音楽、映像、ファッション界等、多岐に渡るジャンルにおいて活動している。この度KENTARO!!作品に初参加、身も心も振付られたし。<
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