『完全避難マニュアル』高山明(Port B)×濱野智史対談

「演劇を脱ぐ」をコンセプトとした舞台芸術の祭典、フェスティバルトーキョー(F/T)。国内外より蒼々たる参加者が集う中で、10月30日から11月28日まで開催される高山明主宰のPort B『完全避難マニュアル 東京版』が一際異質だ。公演場所は「山手線29駅周辺」、公演の入口は「ネット上から」という、まさに演劇らしからぬ作品といえる。池袋サンシャイン60の周囲を参加者が巡るツアー公演『サンシャイン62』(08年)、池袋西口公園に設置したユニットハウスで350本のインタビュー映像を放映した『個室都市東京』(09年)など、過去にも様々な試みで話題を呼んだ高山。今作ではアドバイザリー・アーキテクトとして、ウェブをテーマとした批評家として有名な濱野智史が参加していることにも注目が集まる。演劇とウェブという相反する世界がミックスした今作はどう生まれ、これからどう広がるのか。高山と濱野に聞いた。

(インタビュー・テキスト:田島太陽 撮影:小林宏彰)

Twitterや2ちゃんねるに演劇は太刀打ちできない?

─まず今回の『完全避難マニュアル 東京版』はどんな作品かということから教えて下さい。

『完全避難マニュアル』高山明(Port B)×濱野智史対談
高山明(Port B)

高山:入口はウェブサイトで、そこから誘導されて山手線の29駅付近に設置した避難所に行ってもらう。それがまぁ、全てと言えば全てなんです。そこで僕らが演劇的なことをやっているわけではなくて、何が起こるかはお客さん次第。僕らはそれをコントロールしない。そういう演劇作品です。

─ウェブサイトに色んな質問事項があって、それに答えていくと山手線の駅が提示される、ということですか?

高山:まだ制作中なので不確定な部分もありますが、基本的にはそういうことです。その場所に何があるのかは、それぞれに観察してもらう、あるいは何かをしてもらう。それで最後にまたウェブで報告なりレポートなりをしてほしいと思っています。ウェブに始まりウェブに終わるんです。

─そのサイト構築をされているのが濱野さん?

濱野:そうですね、入口を作って各場所に誘導するためのサイトです。アイデア出しから実装までを担当しています。

─もともとお2人は親交があったんですか?

高山:『創造するアーキテクチャ』というシリーズのイベントで一度だけお会いしたことがありましたよね。

濱野:そうですね、でもその時は挨拶した程度でほとんどお話はしなかったんですよ。そうしたらこの話を頂きまして。びっくりしたんですけど、すごく面白そうなのでぜひこちらからもお願いしますとお答えしました。

─かなり実験的な試みですよね。なぜウェブを取り入れようと思ったんでしょう?

高山:『個室都市東京』という作品をやった時に、Twitterですごい盛り上がっていたんです。つぶやきによってもうひとつの作品ができてるなと感じました。実態は僕らが作りましたが、お客さんが観たもうひとつの『個室都市東京』がそこにあった。もちろんとんでもない間違いもあれば、勝手に想像しただけで書いているようなものもあったのですが、でもそれも含めてすごく魅力的でした。その時Twitterや2ちゃんねるのようなメディアには、演劇では到底太刀打ちできないと痛感したんです。だったらそういうものを自分たちで作って、今よりもうひとつ先を探ってみようと思いました。

『完全避難マニュアル』高山明(Port B)×濱野智史対談
F/T09秋『個室都市 東京』(09年)舞台写真 ©蓮沼昌宏

─山手線29駅を利用しようと思ったのはなぜですか? 

高山:作品の最初のとっかかりが山手線だったんです。始発にはホストもサラリーマンも朝帰りの人も、いろんな人がいますよね。例えばホームレスは夜中ずっとマクドナルドとかにいて、始発が走ると山手線に「避難」するんです。この仕組みは面白いなと。それを思いついた頃にちょうど、F/Tディレクターの相馬千秋さんに「1万人導入できるようなプロジェクトをやってくれ」と頼まれまして。

─1万人! すごい数ですね!

高山:僕は今まで少人数を想定したプロジェクトをやっていたので、これはいいチャレンジだなと思いました。その2つがタイミング的にちょうど合致して、じゃあ両方を達成するためには、入口はウェブがいいだろうというところに行き着いたんです。

テーマは、都市の中の「異次元」

─本作は、1993年の『完全自殺マニュアル』から影響を受けたとお聞きしました。当時は若者を中心にブームになり、賛否両論が噴出してとても話題になりましたよね。

高山:あの本は死にたい人に死ぬなと言うのではなく、死ぬならこういう方法があるよと教えることで、自殺を抑制する本だと思ったんです。その毒をもって毒を制す方法が魅力的でした。僕には「東京の時間から乗り遅れた人をどうするか」という大きなテーマがあって、彼らに「時間に乗れ」と無理矢理言うのではなく、そのままでいいから違う時間軸での生き方、出会いの場を作りたいなと思うんです。その考え方を教えてくれたのが『完全自殺マニュアル』でした。

─東京の時間、というのは具体的にどういうものなんでしょう?

高山:山手線って、朝から延々とやたら正確に回ってますよね。こんなに時間がズレない街は世界中どこにもないくらい。ホームレスの人や在日外国人の知り合いがいるんですが、彼らは時間の流れがまったく異質だなって感じるんですよ。東京の時間に乗り切れず、独特の折り合いを付けて生きているんです。

『完全避難マニュアル』高山明(Port B)×濱野智史対談
濱野智史

濱野:これは高山さんとも共通する問題意識だと思うんですが、日本社会は95年のオウム事件以降、宗教的なもの、あるいは超越的なものの居所がどんどん失われてしまったと思うんですね。「なんか生きにくいな」と感じてる人が社会の外部に出るための場所が東京にはない。だからその人たちが生きづらい社会から批判できる場所を東京の中に見つけて、そうしたある種の異次元空間とでもいうべき場所へといかに誘導するのかが、本作のテーマなんだと僕は理解しています。

それに95年以降はウェブが普及して、人々はそこに避難するようになったともいえますよね。でも、世間的なイメージだと、今まではウェブでできることって自殺する相手を捜して心中するとか、そんなダークなものしかなかったんですよね。でも、ウェブには当然ですけどそれ以外の使い方もある。ウェブを通じていかに都市に出るのか。それが今回の僕の課題です。

─ウェブの構築を濱野さんにお願いしたのはなぜだったんですか?

高山:メディア的なものを作りたいと思ったけど、僕はネットを全然やらないんで自分では無理だったんです。じゃあ誰だろうと思って色々調べている中で、『アーキテクチャの生態系』と『思想地図』で濱野さんの文章を読んで「この人だな」と思いお願いしました。

─依頼が来た時はまずどう思いました?

濱野:最初はただもうびっくりしたというのが本音でした。とはいえ、『アーキテクチャの生態系』という本を出してから2年くらい立つんですが、面白いのは、これはウェブのことを書いた本なのに、意外とウェブに直接は関係のない界隈の方々から反響をもらうことが多いんですね。建築の藤村龍至さんとか、アートの黒瀬陽平さんとか。だからこの話を頂いたときも、なんかちょっと偉そうな言い方になりますけど「次は演劇が来たか!」と思って(笑)。実は恥ずかしながら、今までちゃんとした演劇って1回も観たことないくらいの素人なので、自分としてはすごく新しい出会いを頂けたなと思っています。

演劇と社会学はとても近い

─演劇は、これまでほとんど観られたことがなかったんですか?

濱野:学生の頃に友人が出ていたものを観たことはあったんですが、商業的なものは一度もないんですよ。そもそも、どういうところから観たらいいのか分からないという感覚があって。

高山:やはり演劇は敷居が高いんでしょうか?

濱野:映画や美術館だと、勝手に行って帰ってくればいいですが、演劇ではそうはいかないですよね。チケット買って30人くらいしかいない場所でじっと観てないといけない。それって結構難しいことだと思っています。 ただ、そういう話を抜きにすれば、演劇と社会学って実はすごく親和性が高いと前々から思っていたんです。なぜなら、社会というのはそもそも一種の巨大な演劇みたいなものなんですよね。社会学では「役割期待」っていったりするんですが、この社会というのは、みんながそれぞれの役割を演じているから成り立つわけです。例えば自分に子どもがいれば、周囲からお父さんである役割を期待されるので父親らしくあろうとしますよね。

高山:ああ、分かります。

濱野:あとアーヴィング・ゴフマンというアメリカの社会学者は、都市生活者を演劇の視点から研究したことで知られています。たとえば、人前でつまづいた時なんかに、思わず「おっと」みたいなことを口にしますよね。周りに人がいなかったら、特にそういうことは言わないのに。これはなぜかといえば「おっと」という声を出すことで、「あー転びそうだったけど大丈夫ですよ」と周囲にアピールするわけです。これは一種の演劇なんですよ。別に筋書きがあらかじめあるわけじゃない。でも、それをやらないと落ち着かない、やらないといけないような感覚がみんな持つわけです。それはつまり、社会空間の中では誰しもが役割を演じていて、それによって社会秩序が成り立っているということなんです。

『完全避難マニュアル』高山明(Port B)×濱野智史対談
『完全避難マニュアル』イメージ アートディレクション+デザイン:アジール

─なるほど、確かにそういうことってありますよね。実際に演劇をやられている高山さんは、人間の持つそうした側面をどう思われますか?

高山:すごくよく分かる話ですね。でも自分はその逆をやってるんです。演劇の中で演じたくはなくて、その外でやりたい。例えば風俗産業の人たちは演劇をやってるつもりはないけど、必死で演劇的な装置を作っていますよね。その演劇性をもう一度僕らの演劇公演のなかに引っ張り込みたい。中にあるものをどうこうするのではなくて、社会にあるものを引用する。そのことは自覚的にやっています。

濱野:まさにそのお話を以前聞いた時に、「こんなに面白いことをやってる人がいるんだ!」って驚きましたね。僕の感じでは、高山さんの演劇というのはある種の文化人類学のようなものですね。フィールドワークをして、そこにある社会的な演劇装置を観察し、その核となる部分を抽出する。これって実は社会学とか文化人類学がやっていること、そのものなんですよ。

高山:僕はもう演劇とは呼ばれていない演劇性を見つけたいんですが、それは内側にはないんですよ。外側でそれを見つけて、もう1回演劇に引っ張って来たいんです。

むしろ僕が「演劇って何か」を教えて欲しかった

─高山さんもかつてはいわゆる普通の演劇をやられていて、ドイツでも勉強されていたんですよね。でも日本に戻って来てからは、演劇ではないアーティストの方々と一緒に活動を始めたと聞きました。それはどうしてだったんでしょう?

高山:ドイツでは演劇を自分の血肉にしようと必死でした。でも日本に帰って来て、ふと自分の足下からもう一度始めてみよう思ったんです。もう西洋的な演劇概念みたいなものは真面目すぎるくらいに学んできたので、今度はそれを一旦全部なくして、自分は何ができるのか。それで一緒にやってくれる人を捜そうとワークショップをやったら、1年半ぐらい経って最後に残ったのが、たまたま演劇と関係ない人たちだったんです。

─どんなジャンルの人だったんですか?

高山:その時は音楽とか映像関係の人でしたね。これは語弊がある言い方になるかもしれませんが、ワークショップで僕は何かを待たれてるなと感じたんです。ドイツで勉強した人だから教えて欲しい、指導してほしいとみんな思っていました。でもそれは嫌で、むしろ僕が演劇って何かを教えて欲しかったし、演劇性についてどう考えているのか知りたかったんです。

─濱野さんも演劇とは異なるフィールドにいらっしゃいますよね。高山さんと話してみて、自分のフィールドとの違いは感じますか?

濱野:それが不思議なもので、全然違和感がないんですよ。僕の感じでは、高山さんというのはそこらへんの社会学者よりも、よっぽど僕に取っては社会学者らしい感じがするからかもしれない。社会学者といっても、ほとんどは難しい本の話をするばっかりで、ぜんぜん現場の社会について知らなかったりする。でも、それって社会学者としてどうなんだ、って感じがするじゃないですか。

『完全避難マニュアル』高山明(Port B)×濱野智史対談

あと、高山さんの問題意識は僕もすごく共有していたんです。山手線というのは、近代以降の日本社会をある種象徴した存在といえると思うんですよね。日本社会というのはとりわけ時間に厳しくて、山手線はほとんどダイヤの狂いもなく、毎日ぐるぐると規則正しく廻っている。設備もサービスもしっかりと整っている。こうした日本社会のマジメで勤勉なところが、欧米社会への急速なキャッチアップを成功に導いてきたといわれてきたわけです。

でも、いまや日本社会は90年代以降ずっと右肩下がりで、その強固なシステムは崩壊しつつある。山手線というのは、これまで日本社会の成功を象徴する存在だったはずなのに、最近では人々の自殺の名所となってしまっていて、まさに日本社会というシステムが自壊しつつあることの象徴となってしまっている。こうした状況の中で、いかに都市空間に避難先を見つけるのか、あるいは都市空間に介入・分析するのかという問題意識は、この1、2年、建築の人たちと議論するなかで、僕もずっと考えていたことだったんですよ。

高山:僕もこんなに話が通じるんだな、と思いました。最初に会った時からすごく色んな議論ができて。

濱野:フィットしてるなって感じます。これからの展開がますます楽しみですよね。

「予期しないこと」が起こるのがウェブの面白さ

─ところで、今作の制作で難しかった部分はどんなことですか?

高山:演劇は空間よりも、むしろ時間をどう設計するかという芸術だと思うんです。お客さんが実際に体感する時間のオーガナイズ、それが僕の創作の要です。でも、ウェブが入った途端にそれがコントロールできなくなってしまった。演劇的な時間が完全に無効化されちゃったんですよ。ウェブはいきなり途中から入れるし、どこからでも出れるし、いきなり全部分かっちゃうこともある。時間軸がぐちゃぐちゃなんですよね。その中で体験や作品を作るのはものすごく難しい。

濱野:普通の建築だったら、順路を定めれば人の流れは作れますよね。でもウェブのリンク構造はそれがゴチャゴチャなんで、時間が直線的に流れないんです。だからそこをいかにうまく組織して避難所に誘導するかっていうのは、非常にチャレンジングな作業だなと思っていて。でも、炎上や祭りといった現象のように、あらゆることが抑制しきれないのもウェブならではの面白さともいえるので、そのあたりの匙加減が難しい。

─予期しないことが起きて盛り上がることもありますよね。

濱野:そう、でもその「予期しないこと」を起こりやすくする要素は入れられるので、そこは真剣に取り組んでいるポイントですね。それこそ、昔はウェブを使ったアートといった試みってたくさんあったのに、今はかなり減ってしまったと思うんです。「これは面白い」っていう出会いが最近ないんですよ。個人的にはそれが不満だったので、今回はいろんな挑戦をしてみたいんです。

ウェブがあることで不自由になった?

─今は娯楽の種類が増えたこともあって、昔からあるメディアの状況が厳しくなったとはよく言われますよね。その中で、演劇や舞台が今置かれている状況や可能性をどう考えていますか?

高山:さっきお話しした内容と重なりますが、僕はウェブを噛ませるだけでこんなにも「不自由」になるのか、と初めて知ったんです。でも、それが可能性でもあって、これまでの単線的な時間の流れからはみ出せるということが分かった。演劇公演には始まりと終わりがあるから、どうしても時間からは切り離せなかったんです。それがウェブによって自由になり、反面すごく不自由にもなった。その矛盾した状況に自分は身を置きたいんです。矛盾した状況だけが僕の考える演劇の可能性なんですね。

─ウェブを使うことで不自由になった、という視点が面白いですよね。そんなことを考えている方はあまりいない気がします。

濱野:僕もそのあたりはすごく興味深いなと思っていまして。「ウェブのせいで不便になった」なんて普通言われない(笑)。

高山:でも、ウェブの仕組みって全然馴染みがなかったから、すごく違和感がありますよ。ただ、これを取り入れることは僕にとってはすごいチャンスだなと。まぁでも、思ってたより難しいので、本当に良い挑戦です。

『完全避難マニュアル』高山明(Port B)×濱野智史対談

フェスティバル/トーキョーは「勝負する場所」

─では今回出品されるフェスティバル/トーキョーについて、高山さんはどんなイベントだと捉えていますか?

高山:僕にとっての「メインスタジアム」と呼べる場所ですね。どこでも大きいプロジェクトができるわけじゃないし、勝負すべき場所は限定しないといけないと思ってて。だからここは絶対に100点を取らないといけない場所で、60点や70点ではだめなんです。その勝負は成功、失敗が問題なのではなく、自分が持っている演劇観やテーマをどれだけ表せるかにかかっています。他の参加者も世界のトップレベルばかりなので、自分がどういう位置にいるのかを相対的に見れる場でもありますね。

─他の参加者の作品で何か気になるものはありますか?

高山:僕が世界一の演出家じゃないかと思っているクリストフ・マルターラーの作品に注目しています。例えば『三人姉妹』では、階段を降りてくる場面だけで30分も使う。そんなの普通では考えられないんですが、ちゃんと成立するんですよ。これはもう演劇じゃないんじゃないの? と感じるくらい、恐ろしいほど挑発的で新しい文脈を作っている人です。それが日本で見れるのはすごいことなのに、それをみんな分かってないみたいで(笑)。

濱野:すいません、知りませんでした。メモしておきます(笑)。

高山:でも僕はマルターラーのような異次元は作れない。それがすごく悔しいんです。でもだからこそ、彼のようなヨーロッパの分厚い演劇制度と歴史が生んだ天才とは違う、もっと徹底して雑草的な演劇をやりたい。マルターラーをすごく尊敬しているからこそ、彼にはやれない方法で作ってみたい。ウェブを利用することで、また1ヶ月の間に自ら生成変化していく運動それ自体が「公演」となるようなアーキテクチャを作ることで、もしかしたら達成できるんじゃないかと思っています。

『完全避難マニュアル』高山明(Port B)×濱野智史対談
『完全避難マニュアル』ロゴ

─濱野さんはこれまで作品を批評する立場でした。今回、作る側として参加する気持ちはいかがですか?

濱野:単純に緊張していますね。しかも、僕は今まで「これからはウェブでわしゃしゃみんなが作品を作るようになるのだから、作家なんて存在はいらなくなるんだ」みたいなことを主張していた人間なので(笑)。そういう人間が作家の側にまわるというのは緊張を強いられます。でも、僕的には今回のプロジェクトでそういう発言に対する解答も見せていきたいと思ってるので、楽しみにして頂ければ幸いです。

あと、ウェブはいつまででも残しておけるものなので、公演はもう終わったけれどもウェブ上では継続している、というようになればいいと思いますね。そうした長くゆったりと続く時間の流れを作るというのも、新しい演劇のかたちだと思いますし、演劇という芸術ジャンルだからこそできる試みだという気がする。今回作る避難所も、何年か経ったのちにもっと大きなネットワークとして100カ所くらいに広がっているだとか、そうなったらとても面白いなと思っています。

イベント情報
『完全避難マニュアル 東京版』

2010年10月30日(土)〜11月28日(日)
会場:山手線各駅周辺29カ所に設定した「避難所」
構成・演出:高山明(Port B)
参加申し込み:オフィシャルウェブサイトから(後日申し込み開始予定)

プロフィール
高山明

1969年生まれ。94年より渡欧し多数の舞台に関わりながら演出・戯曲執筆を行う。帰国後の02年、Port B(ポルトビー)を結成。演劇を専門としない表現者たちとの共同作業によリ、 既存の演劇の枠組を超えた前衛的な作品を次々と発表している。

濱野智史

1980年生まれ。批評家、株式会社日本技芸リサーチャー。ウェブサービスの分析、構築を中心に手がける。著書に『アーキテクチャの生態系』(NTT出版)、主な論文として「ニコニコ動画の生成力」(『思想地図vol.2』NHK出版)などがある。



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