音楽と身体の関係を妥協せずに探求し、現代ダンスをリードし続ける俊才アンヌ・テレサ・ドゥ・ケースマイケル。純粋で流麗なムーヴメントで観客を魅了するかと思えば、ダンスと音楽を拮抗させ、 視覚と聴覚をラジカルに刺激する。そんな稀有な振付家である彼女が、今秋に日本で上演する新作『3Abschiedドライアップシート(3つの別れ)』は、フランス人振付家ジェローム・ベルとタッグを組んだ共作だ。グスタフ・マーラーの『大地の歌』の最終楽章「告別」に取り組んだという本作は、ケースマイケルのソロダンスがアンサンブル・イクトゥスとメゾ・ソプラノによる演奏に介入し、ジェローム・ベルが割り込んで徐々に型破りな「告別」が繰り広げられるというもの。芸術監督を務める「ローザス」とはひと味違った作品になりそうだ。このたび本作の見どころや、振付家としての信念などについて幅広くお聞きした。
(インタビュー・テキスト:上野房子)
なぜ魅了されるのか分からないほどタフな音楽
─ケースマイケルさんの作品が日本で上演される毎に、ダンスと音楽が濃密かつ多彩な関係を築いていることに驚かされます。今回の日本公演で上演する『3Abschiedドライアップシート(3つの別れ)』では、なぜマーラーの『大地の歌』を選ばれたのですか。
アンヌ・テレサ・ドゥ・ケースマイケル(以下AD):思い出せないくらい昔から耳に馴染んでいる音楽だからです。でも、この曲に振り付けよう、という気持ちは湧かなかった。私は様々な音楽で作品を作ってきたけれど、19世紀のロマン主義の音楽は、 シェーンベルクの『浄められた夜』を振り付けた程度で、ほぼ回避しています。音楽に則して振り付ける手法は、いうなればロマンチックなやり方。だからロマン主義の音楽を使うと、くどい、というか同じことの積み重ねになってしまうので、食指が動かなかったのでしょうね。
©Herman Sorgeloos
ところがある時『大地の歌』を聴き直した時に、私のなかで何かが起こり、この音楽を再発見したような衝撃を受けた。とりわけ最終楽章の「告別」に心を揺り動かされ、この曲にもっと近づきたい、という気持ちになったんです。
─本作のコンセプトは、フランス人振付家ジェローム・ベルとの共作ですね。
AD:当初、私は自分ひとりで創作を進めていました。 いかに「告別」をダンスにすべきか、この音楽が描き出す世界をダンスにすべきかと問い続けました。時に情緒過多と呼びたくなるくらいに様々な情緒を呼び醒ますこの音楽とダンスの関係を、新たな方法で問うことが必要だったんです。
ところが、なぜこれほどまでにこの音楽に魅了されるのか、いくら自問自答を繰り返しても核心にたどりつけない、もどかしい状態に陥ってしまった。『大地の歌』を振り付けることを決心したものの、これは、とてもタフな音楽だったんです。そこで、ジェローム・ベルに協力してもらうことにしました。
ローザスのメンバーではなく、私自身が踊るべき作品になった
─実際のコラボレーションの様子を教えてください。
AD:この音楽の本質は何なのか。この音楽が呼び醒す感覚は何なのか。いかにこの音楽に向き合い、対等な関係を結べばいいのか。いかにそれらをダンスという行為で表現すればいいのか。様々な質問を投げ合いましたね。どちらかが主、どちらかが従という関係ではなく、まるで超高速でピンポンを打ち合うようでした。
─そして、見つけ出した答えとは?
AD:うーん、言葉では説明しがたいです。答えを探すプロセスそのものが作品の一部になっているし、作品を見てもらうことがいちばん確かな回答になる、と答えていいでしょうか。実際のパフォーマンスでは、このプロジェクトがたどったプロセスについて話す場面があるし、マーラーの音楽について話す場面もあります。日本の観客の方たちにもテキストを理解してもらえる演出を考えているところです。
©Herman Sorgeloos
─ジェローム・ベルさんは西洋思想を専攻した経験を持ち、ラジカルかつロジカルなコンセプトを織り込んだ作品で知られていますね。一方、ケースマイケルさんは東洋思想への造詣が深い。お2人のバックグラウンドの違いは、この作品にどう影響しましたか。
AD:面白いことに、私たちの思考のベースは全く違うけれども、お互いを補いあって一つのピースになった、という感じがしました。ちょうど全く違う基盤に根ざした西洋医学と東洋医学が、互いを補い合う関係にあるように。といっても、彼も私もダンサーで振付家ですから、決してかけ離れた存在ではなく、お互いの知識や経験を分かち合い、補完しながら仕事を進めることができた。とてもハッピーで、実り多いプロセスでした。
─『大地の歌』は交響曲ですが、歌曲でもあります。「告別」ではアルトの独唱が、死、生、自然、友情など、様々な思索を歌い上げますね。
©Herman Sorgeloos
AD:マーラーは、孟浩然や王維の詩をもとにした歌詞を使っています。といっても、後世のドイツ人が翻訳したもので、必ずしも厳密な訳ではなく、文体も統一されたものではありません。でも、マーラーが意図的に用いたものだし、2年後に他界することになるマーラーの思いを代弁するものになっていると思うので、当然『3Abschiedドライアップシート(3つの別れ)』にも反映されています。さらに、私のごくプライベートな経験に由来した事柄も、この作品のプロットに取り入れています。
─それはたとえば、ケースマイケルさん自身の死生観が語られるわけですか。
AD:この音楽と私の個人的な関係が反映されている、といったところですね。でも、私のプライベートな経験を具体的に語ることはせず、ありのままの私が舞台に存在する。だからローザスのメンバーではなく、私自身が踊るべき作品になったわけです。
ダンスとは、この世界と偽りのない関係を持つ術
─ステージ上でマーラーの楽曲を演奏するのは、アンサンブル・イクトゥス。ベルギーを代表する現代音楽のアンサンブルと、ケースマイケルさんの共演も楽しみです。
©Herman Sorgeloos
AD:このアンサンブルとは、ずいぶんと長い付き合いになります。彼らの演奏で幾つもの作品を上演しました。音楽監督で指揮をするジョルジュ=エリ・オクトールには、全幅の信頼を寄せています。ライブ演奏でのパフォーマンスは、録音された音楽で踊るのとは全く違う体験になるんです。
今回は、シェーンベルクが編曲した楽曲を使いますが、ジョルジュ=エリは、余分な事項を付け足すことなくこまやかな演奏をしてくれる。そうすることによって、シェーンベルクの編曲を尊重するだけでなく、マーラーの原曲を尊重できるのだと思います。
─また、愛知芸術文化センターで10月26日から28日まで行なわれる公演では、ケースマイケルさんの初期の代表作『ローザス・ダンス・ローザス』が上演されます。日本未上演の近作ではなく、あえて旧作を上演する理由は?
AD:初演から25年の年月を経た今もなお、『ローザス・ダンス・ローザス』が作品としての必然性を失わず、自分たちが何者であるかを語れると感じたからです。初めて見る人だけでなく、25年ぶりに見る人や出演ダンサー、そして私自身にとっても楽しい経験になると思いますね。
今回、ひと昔前に作った自分の作品を通して、いかに創作したのかを振り返り、テーマを語る語り口の多様性を見直すことができました。新作を作ることと、旧作をリバイバルすることは、互いに補完し合う関係にあるんです。自分の作品と自分自身を新たな視点で見つめ、感覚をシャープにできたように感じました。来年は、初期の作品で構成したプログラムを上演します。『ファーズ』、『ローザス・ダンス・ローザス』、『エレナズ・アリア』、『バルトーク』の4作品。日本でも上演できると嬉しいですね。
©Anne Van Aerschot
─では、最後にお訊きします。あなたにとって、振付とは何ですか。何があなたを振付に駆り立てるのでしょうか。
AD:私にとっての振付とは、私自身を含む人間が、いま、生きているこの世界ともっとも偽りのない関係を持つ術だと思っています。肉体を駆使して踊ること、それは私にとって、言葉にならない抽象的な考えに形を与える最上の方法です。
私は肉体とその表現の可能性を信じています。だから、公演を見ている人たちが作品のなかに自分自身を見出し、自分が何者なのかを考え、自分の生きざま、生きている意義を考え直せる。私の作品が濃密で知的、かつエモーショナル、さらには精神的でもあるような経験の端緒になったとしたら、それは私にとって最高の瞬間です。
- イベント情報
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- アンヌ・テレサ・ドゥ・ケースマイケル+ジェローム・ベル+アンサンブル・イクトゥス
『3Abschiedドライアップシート(3つの別れ)』 -
2010年11月6日(土)、11月7日(日)
会場:埼玉県 彩の国さいたま芸術劇場 大ホール
時間:各日とも15:00〜(上演時間約90分、途中休憩なし)
演奏:アンサンブル・イクトゥス
音楽:グスタフ・マーラー(アルノルト・シェーンベルク編曲)『大地の歌』より最終楽章「告別」
指揮:ジョルジュ=エリ・オクトール
ダンス:アンヌ・テレサ・ドゥ・ケースマイケル
メゾ・ソプラノ:サラ・フルゴーニ
ピアノ:ジャン=リュック・ファフシャン
料金:一般S席6,000円 A席4,000円 学生A席2,500円(全席指定)
※6日公演終了後、ジェローム・ベルによるポスト・トークを開催愛知公演
2010年10月30日(土)17:00開演
2010年10月31日(日)14:00開演
会場:愛知県 愛知芸術文化センター 大ホール静岡公演
2010年11月2日(火)19:00開演
会場:静岡県 静岡県コンベンションアーツセンター グランシップ 中ホール
- アンヌ・テレサ・ドゥ・ケースマイケル+ジェローム・ベル+アンサンブル・イクトゥス
- プロフィール
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ローザス芸術監督。モーリス・ベジャールのムードラ(ブリュッセル)、ティッシュ・スクール・オブ・アーツ(NY)で学ぶ。1983年、ムードラで学んだ4人の女性ダンサーでローザスを結成し、『ローザス・ダンス・ローザス』でデビューを飾る。音楽と身体の構造的関係を探究しつつ常に刺激的な作品を発表し続け、名実共に世界をリードする。2004年、細川俊夫作曲、大野和士指揮によるオペラ『班女』の演出を手がけるなど、旺盛な創作活動を続けている。
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