ホームレス風の老人が、カートに積んだものを出会った人に次々と渡していく。いじめられている少女には靴を、赤ん坊には風船を、青年にはギターを、そして…。小林武史のプロデュースでも話題の19才のシンガーソングライター、大知正紘の“手”のミュージック・ビデオ(MV)は、楽曲が内包したメッセージ性を、大胆なアイデアと美しい映像で見事に表現した素晴らしい作品である。この作品を監督したのは、いまだ20代の寒竹ゆり監督。岩井俊二に師事し、佐々木希の初主演作としても話題となった『天使の恋』で、昨年長編映画デビューを飾ったばかりの新進気鋭の監督だ。繊細な雰囲気の中に強い芯を感じさせる話し振りが印象的な寒竹監督に、このMVにまつわる話を伺った。
(インタビュー・テキスト:金子厚武 撮影:柏井万作)
ものの価値とか、手をつなぐという行為の本当の意味、価値って何だろうって連想していったんです。
―“手”という楽曲を初めて聴いたときの印象から教えてください。
寒竹:すごく美しい曲ですよね。 メロディも曲調も優しいし、選ばれてる言葉もすごく繊細で綺麗なんですけど、表面的なキレイごとだけを歌ってないなっていうのがすごく伝わってきて。それをまだ19才の男の子が作ったとお聞きしたので、そこにすごく興味を惹かれましたし、「どんな子なんだろう?」と思いましたね。
―キレイなだけではない、ある意味では大胆な作品に仕上がっていますが、この作品のアイデアはどのようにして生まれたのでしょう?
寒竹:“手”というタイトルで、「手をつなぐ」という歌詞でもあるんですけど、その行為が大事なのではなくて、その前には人と人との繋がりがあるから、それ自体は手段にすぎないというお話がスタッフの方とのディスカッションの中から出てきたんですね。「手」をモチーフのひとつにしようとは思ってたんですけど、それを安直に、みんなが手をつなぐというシチュエーションで表現してもこの曲の世界観は描ききれないと思ったので、それで手袋を分け合うというシーンを思い浮かべて、そこからものの価値とか、手をつなぐという行為の本当の意味、価値って何だろうって連想していったんです。
―ものそのものに価値があるんじゃなくて、渡すっていう行為だったり、その背景にある想いだったりが重要だということでしょうか?
寒竹:例えばこの(手元にある)iPhoneだったら、今の私はこれがないと仕事ができない状態になってますけど、本当はこれ自体はただの塊にすぎなくて。もし今日突然原始時代に行ったら(笑)、iPhoneには何の価値もないじゃないですか。
寒竹ゆり
―(笑)。
寒竹:環境が伴わないと実は価値がない、そういうものに囲まれて生きてるわけですけど、それに慣れすぎちゃうと、そのもの自体に意味があるように思って生きてしまう。そうではなくて、このMVで言うと、手袋を持ってても意味がない主人公が相手のためを想って手袋を渡して、相手もまた主人公を想ってそれを分け合って、お互いが余った手をつないだその時に、初めてホントの価値っていうか、有用性が生まれるんじゃないかって。
―「ものを渡す」っていうアイデアは、『手』の「Relation Disc」というアイデア(『手』のパッケージには同内容の2枚のCDが入っていて、1枚を手元に、もう1枚を誰かにあげることができる)とも関連していますか?
寒竹:そうですね。すごく面白いアイデアですよね。その話を聞いたときに、レーベルスタッフの方のこの曲に対する愛を感じたんです。定石通りのプロモーションで済ませるのではなくて、この曲の本質をスタッフの方が考えた末のアイデアだと思って、すごく心に響いたんですね。誰にあげようとか、相手のどういう状況にこの曲が響くかとか、相手のために「考える」という動きがそこに生まれてくるので、それも一つのインスピレーションになりました。
監督の一番最初の仕事って、熱をどう波及させていけるか、周りに本気を出させるかだと思うんです。
―そしてやはり主人公がホームレス風の老人っていうのが非常に大胆な設定で、議論も多々あったのではないかと思うのですが、この設定はどのように生まれたのでしょうか?
寒竹:このストーリーを考えたときに、どんな主人公がフィットするだろうと考えて、いろんなものに対する執着がなくて、どこか絶望している主人公がいいんじゃないかと思ったんです。ただ、それが「ホームレスのおじいさん」になると、さすがに「何か言われるかな」とは思いました。すごくキレイな印象の曲だから、イメージに合わないって言われちゃうかもって。でも、スタッフの方が「これでいきたい」とおっしゃってくださったので。
大知正紘“手”ミュージック・ビデオより
―勇気の要る、楽曲のことを真摯に考えた決断だと思います。でも、主人公のおじいさんはすごくいい味を出してますよね。
寒竹:ジジ・ぶぅさんっていうWAHAHA本舗の芸人さんなんですけど、いわゆるイケメン俳優さんではないですし(笑)、どこか物寂しさと愛嬌のある不思議な主人公ですよね。後から知ったんですけど、ご本人もホームレスの経験があったみたいで(笑)。
―実体験なんだ(笑)。それ、すごいですね。では、大知さんとはどんなやり取りがあったんですか?
寒竹:初めて会ったのは撮影の日だったんですけど、その前に手書きでコンセプトを書いた手紙のようなものを渡したんです。さっき言ったように、なぜものの価値をテーマにしようと思ったかを伝えたかったので。あえて手書きにしたのは、それだけでこの歌詞を歌ってる人にならこちらの想いが伝わるだろうなと思って。
―ある意味、その手紙をきっかけに制作がスタートしてるわけですね。
寒竹:だといいんですけど(笑)。アーティストさんが真ん中にいて、曲はもうあるわけじゃないですか? 監督の一番最初の仕事って、まずアーティストさんから熱を受け取って、それを自分なりに感じて、そこで自分が持った熱をどう波及させていけるか、周りに本気を出させるかだと思うんです。現場スタッフはプロなので当然きちんと仕事をこなしてくれるんですが、彼らに熱を伝えて、この作品のためにいつも以上に無理をしてもらうというか、力を出す動機を作るっていうのが最初の仕事で、そうすると今度はスタッフの熱が撮影現場の地元の人に伝わってっていう風に、どんどん広がっていけばいいものができると思うんですね。その最初の熱を伝える仕事が、今回は「手紙を書く」っていうことだったのかもしれません。
何か関係している限り、美しいことだけでは済まされない
―実際の撮影ではどんな部分にこだわりましたか?
寒竹:ロケーションにはこだわりました。一日で撮影しなきゃいけなかったんですけど、その中でいくつもシチュエーションを撮りたかったので、効率的にいろんな画が撮れる場所を探して、栃木の足利に行ったんです。おじいさんの服装とか、グレイのものがいっぱい入ってるカートを引いてるっていう異質なものが混ざりこんだときに、一枚の画として画になるっていうことを一番に考えました。
―結構いろんな場面が出てきますけど、あれを一日で撮ったんですね。
寒竹:朝から終電まで(笑)。大知くんが歌ってるシーンが一番ラストに撮ったシーンで、駅の前のロータリーみたいなところで歌ってるんですけど、終わったらそのまま急いで(ギターを)背負って帰っていきました(笑)。
大知正紘
―(笑)。場面がいっぱいあって、その配色や光加減の美しさがすごく印象的なんですけど、その一方でさっきおっしゃったように、カートに乗ってるものがグレイっていうのがさりげないんだけど印象的でした。
寒竹:おじいさんが持ってるだけではものに意味はないので、カートに入っているものにキャラクターを持たせたくなくて、全部同じ色に塗ったんです。同じ色の塊があるっていう違和感は、画としても面白いので。
―さりげないけどすごく異質で、普通っぽくも見えるんだけど「なんかこの画おかしいんだよな」っていう印象を受けました。
寒竹:おじいさんの服装も意外と派手なんですよね。バガボンドっていうか、浮浪者なんだけど、赤いキャップを被ってたり。そういう人がいる寓話の中の世界なので、他に出てくる登場人物とは異質な感じにしたいと思って、ちょっと浮世離れした雰囲気にしたんです。
大知正紘“手”ミュージック・ビデオより
―最初に「キレイごとだけではない」という話をされていましたが、確かにこのMVには、「ものを渡す」という行為の背景にある想いの美しさや重要性が描かれているのと同時に、その脆さや不確かな側面も描かれているのが素晴らしいと思いました。犬に噛まれるシーンはその象徴だと思うし、最後の女性にしてもどこか幻のような印象を受けたり。
寒竹:一場面を切り取ってるだけじゃないですか? 子供に靴をあげて喜んでる、でもその後彼女がどう生きていくかはわからないし、またいじめられて辛い日々に戻っていくかもしれない。最後の女性ももしかしたら妄想かもしれない。でもその瞬間おじいさんが前を向けた、そういう気持ちになれたことが大事で。犬のシーンは、やっぱり何か他者と関係している限り、美しいことだけでは済まされない、良かれと思ったことが相手を傷つけるかもしれないし、ネガティブな感情が生まれることもあるかもしれないということですね。血はその象徴だと思うんですけど、ちょっと嫌悪感を抱くシーンではあると思うんですね。それは覚悟はしていて、でも描かないといけないと思ったので。
―うん、そのどっちもないとリアルじゃないと思います。
寒竹:人生のものすごく楽しい、幸せな場面を切り取る歌もあるべきだと思いますし、そういう歌が必要な時もあるけど、この“手”という楽曲はそれだけじゃない。大知くんにとってもこれからずっと歌っていく大事な曲だと思ったので。
―他に、印象に残ってるエピソードとかってありますか?
寒竹:市場で踊るシーンは、普通一般の人は入れないんですけど、足利は岩井さんの『リリィ・シュシュのすべて』を撮った場所で、うちのスタッフが『リリィ』の頃から一緒にやってる関係ですごく協力してくれて。夜11時とか、どんどんトラックが入ってくる時間に社交ダンスをするっていう(笑)。
―(笑)。
寒竹:キャストの周囲を回って撮りたかったんですけど、一般車輛が入れないんですね。それで市場にあったフォークリフトを使おうってことになって、「この中で一番(操作が)上手い人誰ですか?」って聞いて、カメラマンとスタッフを乗せてその方に運転してもらって撮ったんです。クレーンを使ったらあんなに小回り利かないし、上下もできないから、ああいう画ってちょっとレアだと思うんです。普段は野菜を運んでるフォークリフトなんですけど(笑)。
―じゃあいずれはご自身の作品でその手法が見られるかもしれないですね(笑)。
寒竹:そうなんですよ。フォークリフトいいなって(笑)。
人間を描くっていうことを常にやり続けたいというか、そのためのアイデアを探しながら生きてる
―では監督ご自身のことも少し聞かせてください。MVを撮るときは、もちろん曲によってポイントが違ってくるとは思うんですけど、どの曲でも変わらない、監督の中で大事にしている部分を教えてください。
寒竹:最低限「アイデアはこれです」っていうものを織り込めることですね。ロケーションがあって、アーティストさんがいて、衣装があってっていう状況があれば、MVって撮れてしまうんですよね。編集でどうにでもなるし、雰囲気はいくらでも作れるんだけど、それだと監督が仕事をしたことにならないと思っていて。それはカメラマンの仕事であり、衣装の仕事であり、言ったら私(監督)なんかいなくてもいいんです。じゃあ監督って何だろうと考えたときに、映像を使ったその時考えられる最良のアイデアを提案できることだなって。それが提案できない曲だったらお受けしても失礼だし、毎回そこに尽きますね。私が好きなMVもそういう、クリエイターのアイデアが詰まってるものなので、私もそうありたいと思いますし。
―好きなMVでパッと思いつくのってありますか?
寒竹:最近ですと韓国のイ・ヒョリさんというアーティストの“Swing”のPVは、多分時間がなくて、シチュエーションも一つしかない中でどう撮ろうかっていうのをがんばってる感じで、画もすごくかっこいいです。monobrightさんの“雨にうたえば”も、多分いろんな制約の中でこの曲を…そういう目線で見ちゃうんですけど(笑)、その中で曲のイメージを拡大させているなって。
―やっぱり作り手の目線で見ちゃいますよね。
寒竹:そうですね。「いくらぐらいかかってるな」とか(笑)。でもいくらお金をかけても、アイデアがないと。映画でももちろんそうなんですけどね。
―“手”に関してはそのアイデアが出てきたわけですね。
寒竹:いつも転がりながら、苦しみながら、ギリギリでひねり出してる感じです(笑)。
―では最後に、大きな話になってしまいますが、監督の表現の核にあるものを話していただけますでしょうか?
寒竹:MVでも映画でも、人間を描くっていうことを常にやり続けたいというか、そのためのアイデアを探しながら生きてる…って言うと大げさかもしれないですけど、日々それを探しながら、与えていただける環境とタイミングを生かせればと思っています。クリエイターにとっての基礎体力はアイデアの蓄積だったりすると思うので、そんなことやらずに生きていけたら楽なんですけど、でもそうしたいから、そのために筋肉をつけて、しかるべきタイミングでそれを求めてくださる人に喜んでもらえて、そこに自分の表現したいことを合致させていければ。
―「そんなことやらずに生きていけたら楽」なのに、やってしまうのはなぜなのでしょう?
寒竹:そうですね…言葉で言いようもないぐらいの感動、中毒性があるんですよね。作ってて途中でアイデアが出てこないときは死んでしまいたくなる時もあるんですけど(笑)、でも自分のアイデアがハマったときは、こんなに楽しいことはないんです。それを一回でも経験すると、やめられないんでしょうね。
- リリース情報
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- 大知正紘
『手』 -
2010年9月8日発売
価格:1,000円(税込)
Driftwood Record / AKOM-10001〜2[DISC1]
1. 手
2. 星詩
[DISC2]
1. 手
2. 星詩
- 大知正紘
- プロフィール
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- 寒竹ゆり
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映画監督・脚本家。1982年生まれ。東京都出身。日本大学藝術学部在学中に岩井俊二監督にシナリオを送り、ラジオドラマ『ラッセ・ハルストレムがうまく言えない』で脚本家デビュー。同監督に師事し、映画やCF等の監督助手を務めたのち、佐藤健、上野樹里らのDVD作品を手掛ける。‘09『天使の恋』で劇場映画初監督。以後、MVやTVドラマの脚本・演出を手掛けるなど、幅広く活動。最新作はAKB48のドキュメンタリー映画 (1月22日全国公開)。
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