写真から世界へ踏み出せる テラウチマサト×Sam Barzilay対談

「出合う事」をコンセプトに、2006年から開催されている日本最大級の写真イベント、『御苗場』。出展審査を設けず、勇気を持って応募した人のすべてに新しい繋がりへの可能性が開かれていることから、毎回プロアマ問わず多くの参加者が集まっている。その『御苗場』が、アメリカを代表する写真イベント、ニューヨークフォトフェスティバル2011(以下、『NYPH 11』)にて、『御苗場 in NY』として開催されることが決定。しかも出展者を3月18日まで一般公募するそうだ。誰にでも開かれた海外展示のチャンスを、なぜ仕掛けようと考えたのか? そこで、神奈川県のパシフィコ横浜で行われていた『御苗場 Vol.8 in CP+ 2011』の会場にお邪魔し、『御苗場』総合プロデューサーであり写真家のテラウチマサトと、『NYPH』ディレクターであるSam Barzilay(サム・バージレー)の対談を敢行。お互いに「新しい作家の発掘」がテーマのひとつである両イベントのコラボレーションは、日本の写真業界にどのような影響を与えるのか? 日米での写真文化の違い、「撮る」ということに欠かせない才能など、写真にまつわる重要な対話がなされた。

(インタビュー・テキスト:田島太陽 撮影:安野泰子)

誰でも参加できる写真イベント『御苗場』

─まずは『御苗場』が始まった経緯から教えて下さい。

テラウチ:写真好きが集まる中心点が欲しかったのが最初のきっかけです。近いものはあったのかもしれませんが、誰でも来られるような中心点ではなかったのかな、と。「そこに行けば写真好きの誰かがいる」という場所が作りたくて、2006年にスタートしました。

─そうした狙いから、希望者が誰でも参加できるシステムにしたんですね。

テラウチ:そうですね。なにかに挑戦するのは勇気がいることですが、アドバイスをもらったり褒められたりすれば、必ずそこから学ぶことがあると思うんです。だから僕はいつも「誰でもおいで」という気持ちでいます。

─サムさんは日本にこういったフォトイベントがあることは知っていましたか?

サム:日本とはコネクションがなくて、実は日本の写真界でどんなイベントや動きがあるのかほとんど知らなかったんです。でも写真に関わっている人間として、それはちょっとヘンな話なんですよ。なぜなら、ほとんどのカメラはメイドインジャパンだし、日本にはアメリカと変わらないくらい写真の歴史がある。だからどうしても『NYPH』に日本を取り入れたいと思っていた時に、神の使いのようにテラウチさんがやって来たんです(笑)。

写真から世界へ踏み出せる テラウチマサト×Sam Barzilay対談
左:Sam Barzilay(サム・バージレー)、右:テラウチマサト

優れた才能と出会いづらい現代?

─サムさんにお聞きしますが、『御苗場 Vol.8 in CP+ 2011』をご覧になった感想はいかがですか?

サム:素晴らしいアイデアだと思います。今では誰もが簡単に写真を始められるようになり、もちろんメリットもたくさんあるけれど、優れた才能に出会いづらい環境になってしまったので、『御苗場』のようなイベントは才能と出会う良い機会だと思います。

─最近の写真シーンでは、若手の作家を見つけにくいのでしょうか?

サム:そうですね。特にアメリカでは自分の作品を見せたいと思うと、ギャラリーに認められて企画展をやるしかほぼ選択肢がないのですが、一般のお客さんがギャラリーに足を運ぶのはハードルが高いものですよね。そうした敷居を完全に取り去っている点が、『御苗場』の素晴らしいところだと思います。

─『NYPH』は『御苗場』とは違い、選考を通過した作品のみが展示されていますね。そのセレクトはどのように行っているのですか?

サム:「フューチャー オブ フォトグラフィ」、つまり「写真の未来」をテーマとして、毎回キュレーターのチームを組んで選考しています。大学の教授や雑誌の編集者などさまざまな分野の方をキュレーターとして呼んでいるので、職種や立場を越えて選ばれた、若く優れた写真家による展覧会になっていると思います。

日本は写真もガラパゴス?

─テラウチさんはなぜ『NYPH』に出展しようと思われたのですか?

テラウチ:僕らは手探りで『御苗場』を始めたわけですが、いつか「あれに出たんだよ」と自慢してもらえるようなイベントにしたいという目標があるんです。だからアメリカのフォトフェスティバルに参加できれば、『御苗場』に出た人たちのブランドイメージの向上に繋がるだろうと思ったことがひとつあります。

もうひとつは、より可能性のある出会いの場を作りかったということ。実は写真の展覧会や個展を開いても、友達や家族は見に来てくれるけど、あまり広がらないことが多いんです。そういう展示にも意味はあるかもしれないけど、僕は新しい出会いを作ることが大事だと思っています。だからニューヨークという写真の歴史がある街で『御苗場』をやれれば、広がりや発見を見つけられるだろうと思ったんです。

─実際に『NYPH』をご覧になってどんなことを感じましたか?

テラウチ:これからという人もいるし、すぐにビッグになるだろうなという作家も混在しているのが新鮮な驚きでした。キュレーターによってセレクトされる作品の雰囲気がガラリと変わるのも面白いですよね。

サム:変化も『NYPH』が持つひとつの美しさです。毎回違うから、みんなの想像をいい意味で裏切ることができるし、常に進化できる。それは大切な要素です。

─『NYPH』がきっかけとなって有名になった写真家もいるそうですね。

サム:ニューヨークのホイットニーミュージアムでは、輝かしい未来をもっている若手アーティストを全米からピックアップする展覧会を2年に1度行っているんですが、2008年から2010年に『NYPH』で紹介した写真家が5人も選ばれたんです。これはすごいことで、とても信じられない気分でした。

─日本とNYでは写真のテイストで違いはあるのでしょうか?

サム:日本には実験的な作品が多い印象があります。もちろんアメリカやヨーロッパの写真家もチャレンジしているけれど、これまでの写真史を踏まえたものが多いんです。日本人は写真史にとらわれることなく、新しいことにトライしていますよね。僕はまだ日本の写真について深くは知らないのですが、どんな歴史があってこの現状に至ったのかに興味が湧いています。

テラウチ:サムが言ってくれていることはすごく嬉しい反面、残念な部分でもありますね。日本人はまだ写真において鎖国状態というか、海外の写真史をほとんど知らないんですよ。日本は「ガラパゴス」とよく言われますよね。それは写真界もそうで、だからこそ『NYPH』に参加できるということは、ガラパゴスが初めて外の文化に触れるという意義があるんです。サムの話を聞いて、すごく面白いものになるんじゃないかと改めて思ってきました(笑)。

写真から世界へ踏み出せる テラウチマサト×Sam Barzilay対談

世界を変えたいのなら、自分が変化の兆しになれ

─テラウチさんはプロのカメラマンとして活動しながら、写真雑誌『PHaT PHOTO』を創刊・編集し、また写真教室も運営されていますよね。自分の作品を突き詰めることだけではなく、写真を広める活動にも力を入れているのはなぜなんでしょうか?

テラウチ:僕はフリーカメラマンとして稼ぎまくっていた時代があったんですが、その頃ある先輩に「全体の繁栄なくして個人の発展はないよ」とピシャリ! と言われたんです。それが僕には本当に鮮烈な一言だったんですよ。どんなに僕が頑張っても、写真業界そのものがなくなったらなんの意味もない。それで、まずは全体の繁栄のためにできることをやろうと決めたんです。

僕の目標は、ひとりでも多くの人に写真を好きになってもらうことなんですが、そのためには自分のたずさえてきたタスキをちゃんと次の世代に繋げることが大切。NYに出て行くことは、タスキを繋げる重要なプロセスなんです。

サム:僕も同じようなことを考えています。「もし世界を変えたいのなら、自分が変化の兆しになれ」という言葉が僕はとても好きなんです。自分が理想とする社会があるならば、まずは自分がその一歩目を踏み出すべきで、テラウチさんの活動はまさにその言葉にぴったりですよね。

まずは夢だけあればいい

─これは難しい質問かもしれませんが、カメラマンにはどんな人が向いているんでしょうか?

テラウチ:いい写真を撮るためには、本当に撮りたいものを撮っているかどうかが重要です。なんとなくこんな感じかな、という作品では、どこにも届かない。どうしても撮りたいという想いは、写真から必ず伝わるものなので、それがあるかどうかが大事なことだと思います。

サム:それは確かに難しい質問で、どのジャンルのカメラマンなのかによっても違いがあります。例えばジャーナリズム写真を目指すのであれば、東京にいても意味がなくて、今ならすぐにエジプトや中東に行ったほうがいい。いつでも現地に向かえるフットワークが必要とされるからです。でもアート写真を目指すのなら、自分の中にある思想や世界観をどう写真にするかを絶えず工夫し続けないといけません。ただ確実に言えることは、写真家になりたいという強い気持ちがなければ絶対になれないということです。

─もうひとつ答えが難しそうな質問をさせて下さい。テラウチさんも「誰でもおいで」と言っているように、初めて写真を撮って『NYPH』に応募してみようと思っている方もいると思います。これからカメラを手にしようとしている人たちに向けて、アドバイスがあればお聞きしたいのですが。

サム:僕がアートスクールに入った時にまず言われたのは「世界的な写真家になることは、世界的な野球選手になるより難しい」ということで、今でもその通りだと思っています。だから繰り返しになりますが、自分が本当にやりたいかどうかがいちばん大事。強い気持ちがあっても失敗するかもしれないけど、それがなければ絶対に成功はしません。中途半端な気持ちでもサラリーマンにはなれるかもしれませんが、写真家は無理ですね。

写真から世界へ踏み出せる テラウチマサト×Sam Barzilay対談

テラウチ:僕も全く同意見だけど、もう少しハードルが低くてもいいかなと思っています。「もしかしたらNYで評価されるかも」「プロになれちゃうかも」というくらいの考えでいいんじゃないかなと。もちろんそれでうまく行くとは限らないし、サムが言ったように現実は厳しいです。でも実際にやってみれば必ずなにか得られると思うし、失敗したらそこでまた考えればいい。

サム:そうですね。アクションを起こせるかどうか、チャンスを自分で作れるか、ということが最初のステップです。まずは応募しないとなにも始まらないわけですから。

テラウチ:応募するような人は、少なからず自分の作品がいいと思っているから送るわけですよね。作品を褒めてくれる人がいたらすごく嬉しいだろうし、ダメ出しをされてもステップにできるだろうし。まずは夢を持ってほしいんですよ。僕も数年前は、まさか『御苗場』が『NYPH』に出展するなんて思ってもみませんでしたが、「こうなったら面白いよな」という夢があったから繋がったんです。そういう理想って、みんなが持っているハズなんですよ。まずはそれだけあればいいと思っています。

─では最後の質問ですが、写真家としてのテラウチさんが、いま撮ってみたい被写体とはなんでしょう?

テラウチ:見ず知らずの普通の人を撮りたいですね。最近はプライバシーや個人情報保護といった意識が強くなっていて、街中でのスナップ撮影が難しくなっているんです。『御苗場』に出品されている写真も、後ろ姿や離れた場所から撮ったものが多いんですが、それは絶対にもったいない。「撮りたいんです」と声をかけてみたほうが、そこから会話が生まれたりもするし、間違いなくいい写真になりますよ。

こうやってサムと話していても、「ガラパゴス」的な日本は悪い状況のように思ってたけど、サムの話を聞くと違う面も見えてきましたよね。写真というのは本来コミュニケーションツールです。被写体に踏み込み会話して撮ることで、さらに面白い写真が撮れるんじゃないかと思いますね。

イベント情報
『御苗場 in NY』

2011年5月11日(水)〜5月15日(日)

現在、出展作品を3月18日(金)まで募集中(当日消印有効)。
審査実施後、最大10名の作家作品を「御苗場 in NY」にて展示。
応募詳細は『御苗場 in NY』ウェブサイトを参照ください。

プロフィール
テラウチマサト

{写真家、『PHaT PHOTO』編集長、『御苗場』総合プロデューサー。2000 年、フォトカルチャーを提案する雑誌『PHaT PHOTO』を創刊。編集長兼発行人として写真業界に新ジャンルを確立した。また、CP+会場や横浜・大阪において参加型写真展「御苗場(ONAEBA)」をプロデュースしている。
御苗場公式ウェブサイト
『御苗場 in NY』

Sam Barzilay(サム・バージレー)
アメリカを代表するフォトフェスティバル「New York Photo Festival(『NYPH』)」の運営ディレクター兼創立メンバー。



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