宮沢章夫が主宰する「遊園地再生事業団」で演出助手として研鑽を積み、俳優としても大人計画をはじめとするさまざまな舞台や映画、ドラマなどに出演する岸建太朗による長編映画『未来の記録』が、5月14日から新宿武蔵野館を皮切りに、大阪、名古屋、京都、横浜をはじめ、全国各地で公開される。本作は昨年の『SKIPシティ国際Dシネマ映画祭』で長編映画部門にノミネートされた作品で、今回の一般公開は本映画祭が新しく立ち上げた「SKIPシティ Dシネマ プロジェクト」という、映画祭から選ばれた作品を配給し全国巡回するという活動の記念すべき第1弾作品となる。
フリースクールであった一軒家を舞台に現在、過去、未来とさまざまな時間を往還するこの作品は、3年半もの時間をかけて撮影された。「はじめは完成を目標にしていなかった」と岸監督自らが語るこの作品は、いったいどのようにして生み出されていったのだろうか? 岸監督と共に、主演を務める上村聡、あんじらにお話をうかがった。
完成を前提としないし、役割分担もしない
―3年半という長期にわたって撮影された『未来の記録』が、いよいよ5月14日から一般の劇場にて公開されます。心境はいかがでしょうか?
岸:撮影が始まった当初はこんな風に一般公開される映画をつくろうとしていたわけではなかったので、こういった形で公開を迎えるというのはちょっと信じられない気持ちですね。『未来の記録』は、10代から50代まで、さまざまな経歴の人たちが僕の自宅に集まって編み上げた、生粋の自主映画ですから。ただ、何かわくわくすることがやってみたかったんです。
―『未来の記録』は、ワークショップから始まったと伺いましたが、どのようなワークショップを行ったのでしょうか?
岸:そもそもは『WORLD』という短編映画をつくるために始めました。これは究極の1シーン1カットを目指した作品で、俳優の演技には通常とは異なったアプローチが求められました。簡単に言うと「時間の流れが逆転している」世界のお話なので、時間を逆回しして演じるスキルが必要だったんです。その準備として、俳優に後ろ向きに歩いてもらったり、時間が逆流すると感情がどう見えるのか? を実際撮影した映像を見ながら考えてみたり…そんな作業を、『未来の記録』の半年前からやっていました。ただ、それは映画をつくるための準備というより「演技とは何か? カメラの前に立つとはどういうことなのか?」といった、日頃わかったつもりになっていることをひとつひとつ検証していく試みだったんです。
岸建太朗
―そういった試みは俳優としてはどのように感じられましたか?
上村:面白かったですね。どうしても俳優って、演技をするとき「わかったつもり」になっていろいろなことを省略してしまいがちです。この映画で行ったのは、そのような「わかったつもり」のことをイチから疑って、わからないものとして考えていくという作業だった気がします。実際ワークショップの現場では役割分担もありませんでした。誰がカメラを回してもいいし、誰が出演をしてもいい。映画本編では使われていませんが、僕がカメラを回したシーンもあったんです。
岸:上村くんのカメラはすごく上手いんです。腰が入っています(笑)。
上村:これまで当たり前だと思っていた作り方を、本当に適切なものだと実感を持てるまでひとつずつ検証できたんです。それはすごく刺激的な経験でした。
『未来の記録』より
あんじ:実験的なワークショップをしながら、突然「撮ってみるか」と言われたり。最初は戸惑いもあったんですけど、俳優として自由に表現できたのが、自分の演技にとってもプラスになったと思います。
岸:あんじさんには「後ろ歩きを完璧にマスターする」という課題を出しました。まず正方向に歩いている様子を撮影して、その映像を逆方向に再生してみると、身体が「ストン」と、「踵から地面に落ちてゆく」特徴があるのを発見しました。足首の間接が想像以上に「カクカク」していたんです。つまり、「後ろ歩き」を厳密に再現しようとすると、間接の「カクカク」をあらかじめ計算しながら歩くスキルが必要だったんです。だけどあんじさん、ほとんど練習してなかったですよね(笑)
あんじ:そんなことないですよ(笑)! 公園に行ってちゃんとやっていましたって。
岸:あんじさんにやってもらうには10年はかかるなって思ってました(笑)。だけど、出演者の杉浦千鶴子さんはそれを一発でやったんです。あれは驚きでしたね。
写真左:あんじ、写真右:上村聡
―完成を前提としていないということでしたが、撮影しながら「この作品はどうなってしまうんだろう」という不安はありませんでしたか?
上村:それはなかったですね。参加者それぞれの役割が決まっていないぶん、主体的に関われましたから。まあ、岸監督から「歩いてくれ」って言われても「どうせ使われないんだろうな」と思いながらやったこともありますが(笑)、使わないからやらないという考え方はこの作品に反するんです。「作品のワンシーンになるから」という理由で僕らはやっていたわけじゃなかった。そこが独特で面白かったんですね。
岸:僕自身、作品全体のビジョンを細かく見渡して指示を出しているわけではなかったんです。あるひらめきが降ってきた瞬間に、「そこ歩こう!」とか、考える前に動いているんです。できる限り自分のセンサーを鋭く働かせつつ、そこにある空気や場所と同化して、なにかきらめくものを捕らえたかったというか。僕自身、それ以前に数年かけて訓練をしていたので、自然に身体が動いたんです。
―インスピレーションに従って撮影していたんですね。
岸:撮影も「いついつから始めていつ終わります」と決めていたわけではありませんでしたからね。通常なら合理的に進めるような作業も、時間を省略せずにコツコツとやりました。確かに無駄も多かったと思いますが、それこそがこの映画の強さになっているのかも知れません。ついついスルーされてしまいがちな「余白の時間」には、意外な面白さがあると思います。
あんじ:監督はもちろんでしょうが、それは役者にとってもすごく貴重な時間でした。
パレスチナへの旅で得た、忘れがたい経験
―この撮影の前にパレスチナを訪問されたということですが、作品に影響を与えた部分はあったのでしょうか?
岸:直接的にパレスチナを表現しているわけではありませんが、かなり影響を受けた部分はありました。制作の渦中は半ば無意識だったんですが、『SKIPシティ国際Dシネマ映画祭』で初めて『未来の記録』を上映した際に、映画を見ながらあることが鮮烈に蘇ったんです。
―それはどのようなことでしょうか?
岸:2007年に渡航したのですが、象徴的な出来事が2つありました。1つは、ラマッラーという街に降り立ったときのことです。あの土地を踏みしめたとき、乗用車の中から見知らぬ家族が僕に向かって手を振っていました。たったそれだけの出来事だったんですが、その瞬間僕は雷に打たれたような状態になって、ビデオカメラを地面に落としてしまったのです。しばらく放心状態だったんですが…そのとき迫ってきたのは、この土地でたくさんの人が亡くなったのだという漠然としたイメージでした。何か大きなものが、僕の身体を叩いたんです。
また、知り合いのつてで、戦傷孤児たちが集められたフリースクールに案内されたのですが、子どもたちとサッカーをしたりした後、村人たちと「自由とは何か」というテーマで語り合いました。そこで、ある村人の言葉に衝撃を受けたのです。彼は「我々には祈る自由すらもない」と言いました。僕は、彼の訴えに対して、何も言うことができなかったんです。これが2つめの経験です。
―それらの経験について、撮影中はあまり意識していなかったんでしょうか?
岸:表面的にはしていなかったですが、意識の奥底のほうに沈殿していたのだと思います。上映された作品を映画館で見た時、それがダイレクトに伝わってきて身震いが止まらなかった。『未来の記録』は、外部からのさまざまな刺激を肥やしにして変化していきました。
上村:撮影当初はしっかりとしたシナリオがあるわけではなくて、映画の大まかな流れだけが共有されていました。だからストーリーの詳細について、ほとんど決まっていなかったんです。膨大な余白だけがあって、白紙のページに何を想像するか全員でひねり出してゆくという。それぞれの中で問題となっていることやなかなか答えが出せないテーマと向き合いながら、より実感を持てるストーリーを選択していくことを目指したんです。
仕事場で泣いたのなんて、初めてです(あんじ)
―俳優から見た岸演出の魅力とは、どのような部分でしょうか?
あんじ:岸監督は俳優との間に信頼関係をつくってくれて、真剣に向き合ってくれるんです。岸監督ご自身も俳優なので、私たちの気持ちを理解してくれるんだと思いました。だから自分でも知らない自分が見つけられたというか、「あ、私ってこんな人間だったんだ!」っていう意外な一面を発見できました。
岸:あんじさん、撮影中に号泣してましたよね。
あんじ:ぐちゃぐちゃに泣きましたねー。仕事場で泣いたのは初めてですよ。
―どんなことがあったんですか?
岸:ストーリー上、あんじさんは知らないほうが良いシーンがあって、事前に台本を渡さなかったんです。いきなり撮影を目撃することで、出来事をそのまま体感して欲しかった。それは80分ワンカットで回し続けたシーンだったのですが、2回やるつもりは最初からなかったので。まさに「1回きり」だったのです。あんじさんが唯一の観客としてそれを目撃すれば、その後の演技にも良い形でフィードバックされるだろうと考えたんです。撮影が終わった後、杉浦千鶴子さんに抱きついて号泣してましたよね。ぐちゃぐちゃになっているあんじさんの様子は、もう1台のカメラがちゃっかり押さえていました。
あんじ:私の中では「究極のリアリティ」が感じられたシーンでした。他の映画では味わえないような体験で、監督や演じてくれた俳優とか、スタッフのみんなにとても感謝しています。
『未来の記録』より
―岸監督から見てお2人はどんな俳優でしょうか?
岸:まず2人が並んだ時のバランスがとても良かった。あんじさんはある種の「デタラメさ」がある女優さんですが、それが僕にとってすごく面白く感じられたのです。上村くんは逆にとても冷静で、いつもフラットな立ち位置で存在することができるとても希有な俳優です。また上村くんとはこの3年間、脚本や編集に至るまで何百回とやりとりしているので、長い道を一緒に歩んだ戦友のような印象があります。作品を練り上げる上で貴重なアイデアや勇気をたくさん貰いました。正直、上村くんがいなかったら僕は途中でつぶれていたと思います。
RECボタンを押し忘れて撮影していたことも(岸)
―3年半の間に、いったいどれくらいの素材を撮影したんでしょうか?
岸:本当~に膨大な分量ですよ。普通のドキュメンタリー映画よりも撮影時間は長かったかも知れませんね。関わったほとんどの人は4時間くらいの大作映画になるんじゃないかと思っていたらしいですが、1時間半にまとめたのは僕の意地ですね。
―俳優として「何でこのシーンを使わないんだ」というシーンってありますか?
あんじ:それは、あり過ぎますよ(笑)。ただ撮影の時は、撮られているというよりも、そこにいただけという感覚だったんです。そこにしっかりと「いる」ために、いろいろと想像をしたりみんなで話し合ったりしたんですね。だから、そこにいた自分のどこを切り取られてもいいや、という気持ちになっていました。それに、あのシーンを使ってほしいと言い出したらきりがなくなっちゃいますから。
岸:本当は使いたかったけど、僕がカメラのRECボタンを押し忘れたシーンもありました(笑)。以前、RECボタンを押すことを意識せずに撮影できるようになるための修行をしていたんです。瞬間を切り取るには、撮ろうとした時点でもう遅いんです。やがて修行の成果もあって、ほとんどRECボタンを意識しないで撮影できるようになったんですが、そうしたら、本当にRECを押してなかったという…。
―俳優としても「演技をする」という意識からは逃れられましたか?
上村:いや、やっぱり演技をしているという意識はありましたね。見られているなあ、というか…。ただ分かったのは、これだけ演技をしていると意識しないようにしても、やっぱり意識してしまうんだ、ということです。どうしても「嘘」を演じることからは逃れられないため、演技における「本当」なんてなくて、結局は全部「嘘」だというか…。
岸:けれども、極限まで「本当」に近づこうとしましたよね。撮影中、僕は用意された脚本が終わってもカットをかけませんでした。たとえば5ページの脚本があったとすると、5ページ目が終わって、何とも言えない間が広がった後に、俳優が6ページ目を演じ始めるのを待ったんです。その瞬間からは、何が起こるのかを誰も知りません。完全な未知の世界です。だから撮るほうも演じるほうも、等しく極限に追い込まれます。俳優たちは台本という助走を踏み台にして自動的に動き始め、スタッフはただそれに合わせて動いてゆく。究極、何もしなくたっていいんです。じっと待つんです。すると感覚が研ぎすまされて、全員が獣になる。そんな素敵な瞬間が確かにありました。
―いわゆるエチュード(即興)とは違った緊張感がありそうですね。
岸:確かにエチュードとは異なると思います。それは何かと言えば、たった「1回きり」を呼び寄せるための姿勢、その粘り強さでしょう。空白の「6ページ目」が始まった瞬間は、今でも忘れられません。感動したり、畏れたり、笑ったり、ぐちゃぐちゃになりながらカメラを回すんです。だけど、随所に僕の泣き声が入っていて、使えなくなった素材もあるんですが(笑)。
『未来の記録』より
「究極のプライベート映画」。だけど、誰にでも開かれてます(上村)
―また今作は「SKIPシティ Dシネマ プロジェクト」の第1弾作品として劇場公開されますが、意気込みをお話しくださいますか?
岸:劇場公開を前提で撮影していたわけではないのですが、次第にこれはたくさんの人に見てほしい、ここで終わらせるべきではない、という思いが強くなっていきました。その後いろいろな映画祭に出品したのですが、『SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2010』にノミネートされたことが本当に大きかったですね。その後の『TAMA CINEMA映画祭』での受賞や『ハンブルグ日本映画祭2011』への正式招待などに繋がってゆくことができました。今回は、「SKIPシティ Dシネマ プロジェクト」第1弾作品として、たくさんのお客さんに見てもらうことが監督としての使命だと思っています。
―最後にそれぞれから、ご覧になる皆様にメッセージをお願いします。
あんじ:見る人と一緒に進化していくような、凝り固まらない映画づくりを目指しました。映画に入り込んでもらいつつ、いろいろと想像をめぐらせていただきたいですね。
上村:自分が見たいと思う作品をつくりたくて出来た作品です。お客さんにも「自分たちもこういうのが見たかった!」と思ってもらえると嬉しいですね。ある意味、究極のプライベート映画だと言えますが、僕らにしかわからないような、趣味的なものをつくりたかったわけではないんです。
岸:主観的に「映画とは何か」とずっと考えていたら、自分を突き抜けて広いところに出ちゃった、というような感覚です。本当にいろんな偶然が重なってできた作品なんですが、さまざまな思いと情熱を注いだ時間の集大成を、ぜひご覧いただきたいですね。
- 作品情報
-
- 『未来の記録』
-
2011年5月14日より新宿武蔵野館ほか全国ロードショー
監督・脚本・撮影・編集:岸建太朗
プロデューサー:清水徹也
出演:
上村聡
あんじ
鈴木宏侑
町田水城
杉浦千鶴子
小林ユウキチ
高橋周平
鈴木雄大
吉田真理子
川上友里
配給:株式会社デジタルSKIPステーション
- プロフィール
-
- 岸建太朗
-
1973年、東京都出身。 1998年より劇作家宮沢章夫氏に師事し、演出助手に従事。後、「映像演劇実験動物黒子ダイル」を旗揚げし、自主映画、PV、ネットドラマなどを多数制作。俳優としても、映画、演劇、CM、テレビドラマなどに多数出演している。
1977年、神奈川県出身。2006年より遊園地再生事業団(主宰:宮沢章夫)の公演に参加し、現在正式メンバーとして活動を行う。また、近年では遊園地再生事業団ラボにおける公演でドイツ戯曲の演出も手掛ける。最新出演映画の『飯と乙女』(2011年6月公開予定)では、俳優・岸建太朗と共演している。
1975年、東京都出身。1995年よりファッション誌でモデルとして活躍した後、テレビやラジオなどに活動の場を広げる。1999年には『白痴』で女優としてデビュー。以後『Paradice』『美代子阿佐ヶ谷気分』などに出演。
若手映像クリエイターの発掘と育成を推進するSKIPシティ彩の国ビジュアルプラザが、SKIPシティ国際Dシネマ映画祭に集まった作品を、一般の劇場での公開を支援する配給プロジェクト。プロジェクト第1弾の作品が『未来の記録』に決定。
- フィードバック 0
-
新たな発見や感動を得ることはできましたか?
-