解放――その意味を辞書で引くと、「身体や心の束縛、制限を取り除いて自由にすること」とある。これはあくまで文字列としての意味合いでしかない。生々しさなどはほとんどないし、ましてやその文字列を眺めたところで解放の核心に触れられるわけもない。果敢な野心性で困難に立ち向かったり、飽くなき探究心で個を追求したり、恥じらいを捨てたりすることで、初めて解放は得られるのだ。
京都在住の4人組バンド、空中ループは解放を求め続けてきた。結成当初よりDIY活動を続け、CDのリリースやエンジニアリングなどのすべてを自分たちの手でこなし、その道を切り拓いてきた。ライブハウスやCDショップでの評判も上々。そんな彼らが2010年にワンダーグラウンド・ミュージックと契約。今年からはプロデューサーに大谷友介(SPENCER、Polaris、ohana)、エンジニアに益子樹(ROVO)を迎え、新プロジェクト「Walk across the universe」を始動させた。その最中で彼らは多くの試練を乗り越え、いよいよ真に解放と呼べる境地に到達。その引き金となったのが会心のファースト・フルアルバム『空中ループ』だ。松井省悟と和田直樹、バンドの中心人物2人の語り口は実に清々しく、そこからは生き方のヒントが見えてきたりもした。
モチベーションはあったんですけど、次の手がわからなくなったときがありました。(松井)
―空中ループは結成からずっと自主レーベルで活動してきたバンドですが、2010年にワンダーグラウンド・ミュージックに所属しましたよね。そのきっかけは何ですか?
松井:一番大きいのはプロデューサーの大谷友介さんの存在ですね。僕らの音を気に入ってくれてて、「プロデュースしたい」とかなり前から言ってくれてたんです。
―大谷さんとの出会いは、京都でのライブでしたっけ?
松井:はい。2007年の8月だから、まだファースト・ミニアルバムの『LOOP ON LIFE』が出る前ですね。そのときは緊張して全然話せなかったんですよ。音源をなんとか渡して、ギターの裏にサインしてもらうので精一杯で(笑)。結局、打ち上げも行けなかったんですけど、大谷さんがその年にまた京都に来てくれはって、再会できたんですよ。僕のことをちゃんと覚えててくれて。
松井省悟
―それは嬉しいですね。2008年、2009年と自主レーベルからミニアルバムをリリースして、いい状況を作り上げてきた空中ループでしたが、それからちょっと間が空きましたよね。苦難の時期だったんでしょうか?
松井:モチベーションはあったんですけど、次の手がわからなくなったときがありました。リリースしてからちょっとずつライブのオファーも増えたんですけど、それを全部受けてたらいつの間にかライブ過多になってて、自分たちの活動が点になっちゃったんです。
和田:受け身になって、曲もできてなかったですね。すべて自主でやってたし、時間もどんどんなくなっちゃって。
―レーベルに所属することは考えなかったんですか?
和田:うーん……。実は以前、レーベルを探したこともあったんですよ。でも探すうちに、レーベルに所属することで逆に不自由になる部分が出てくるんじゃないかっていう考えに戻っちゃって。
松井:レーベルに所属している友達のバンドから色んな話も聞いていたんですけど、僕たちはなんでも自分たちでやってたので、数字を聞けば違いもわかるじゃないですか。だから、悩んじゃいましたよね。なんとなく所属して、制作費をもらうだけで終わっちゃうなら何も意味がないし、僕らは制作費だって自分らで作ったものを売って生み出してたから。結局は「この人とやりたい」とかがない限りはナシかなって。
「1ヵ月間でキラーチューン10曲を含む50曲を作れ!」という指令が出たんです。(和田)
―人間性の部分で信頼できないとっていうことですよね?
松井:そうですね。会社で決めてもしょうがない。
和田:お互いに信頼し合えることが大事です。そう思えるレーベルの方になかなか出会えなかった。それに、なあなあでやるくらいだったら、自主でやってた方が話題性もあると思いましたし。「自主でやれてますから!」って断れるのもある種の強みですよね。タワーレコードで大きく展開してもらえるまでは行けたわけですし。
―じゃあ、ワンダーグラウンドに所属する決め手も人間性だったんですか?
松井:はい、ワンダーグラウンドの加藤(孝朗)さんと何度も話し合いをしました。「自主で次の一手に困ってるんだったら、ウチとやるのもありだと思ってるんだけど」って感じで誘ってくれたんです。それで、僕らも大谷さんといっしょにやりたい事情があったので、それも逆提案させてもらって、加藤さんも「面白そうだね」って乗ってくれて。
―そのレスポンスが大きかったのかもしれませんね。
松井:そうですね。信頼できたし、熱さがありました。大谷さんとも相談しながらいろいろ考えたんですけど、最終的に一番話がまとまったのがワンダーグラウンドで、2010年の10月に所属することを決めました。
―最初はレーベルとうまくいかなかったりもしましたか?
松井:うまくいかなかったというか、しんどかったですね。
和田直樹
和田:僕らはプロの方たちと仕事をした経験がなかったですからね。楽曲を作るペースにしても、ライブのクオリティにしても、認識がかなり甘かった。だから、レーベルに入ってからは今までやれてなかったことにたくさんチャレンジしましたよ。まずは曲作りが壁だったので、曲を量産しました。加藤さんから、「1ヵ月間でキラーチューン10曲を含む50曲を作れ!」という指令が出て。
松井:年末に大谷さんと加藤さんで話をしたらしくて、「このメニューで行きましょう」って(笑)。
やっぱり歌ですね。松井の歌がバンドの核。それが前に出てれば、新しいタイプの曲をやっても大丈夫だと今は言えますね。(和田)
―空中ループを近くで見てた人からすると「あいつらはもっとやれるはず」っていうことだったんでしょうね。で、空中ループ的にも、脱皮するためにそういう追い込みをやらなきゃいけないと思ってはいたけど、ケツ叩いてくれる人がいない状況だったと。
松井:言ってしまうと、その通りですね。でも、本当にしんどかった。目の前が灰色になった感じ。
和田:松井はすごい顔して曲を作ってました(笑)。ツアー先のホテルでも作ってて。そんな中で加藤さんから「松井がすべての曲を書く理由はどこにもないし、和田、森、さとうの3人もアイディア出せるだろ!」と激励されて、ほかの3人も書き始めたんです。
―和田さんはそれまで自分の曲をバンドでやってみたくはなかったんですか?
和田:いや、やりたかったんですけど、松井省悟が1人で空中ループをやってたときからサポートメンバーとして関わってきたので、やっぱり松井のイメージする世界観を支えるようなスタンスで今までやってきてたんですよね。
―メンバーの曲を演奏することへの違和感みたいなものは、松井さんの中でありましたか?
松井:違和感があったら言おうと思ってたんですが、曲ができたときに普通にカッコいいなぁっていう印象だったんですよね(笑)。もっと他人のものになると予想してたんですけど、全然そんなことなくて。
―各々メンバーがいてこその空中ループだったということですよね。「こうだったら、空中ループだよね」って言えるような線引きってありますか?
和田:やっぱり歌ですね。松井の歌がバンドの核。それが前に出てれば、新しいタイプの曲をやっても大丈夫だと今は言えますね。
松井:変にいろいろと封印しなくなりました。今回、和田が弾いてるハードロック的なギターソロも。
和田:今までだったら考えられなくて、「そういうのやめろや」って言われてたんですけど(笑)、このアルバムでは早弾きも解禁してます。
―早弾きが解禁された理由は?
和田:やっぱり自分たちと近いシーンの人と空中ループを比べて、「こういうことやったらダサイよね」って思い込んでいたんでしょうね。でも、1回そういうことはナシにして、昔からある自分らの引き出しを使ったんです。古くても別にいいから、ちゃんと自分が好きなものを取り入れて形にしたいなって。
今までの自分を1回疑ってみる。あとはもっと解放する、自由になる。(松井)
―どうしてそう切り換えられたんですかね? 今の空中ループはすごく外向きになってて、転換期にある気がします。
松井:それについては、いろんな答えがなんとなくあるんですけど、どれも正しいかどうかがわからないっていうのが正直なところなんです。ただ、今までの自分を1回疑ってみるというか、常に変化していかないと自分に飽きちゃいますよね。あとはもっと解放する、自由になる。大谷さんに「もっと自由に歌っていいよ」「ラクにして」ってよく言われたんですよ。なので、ダメなことをできるだけ減らそうと試行してましたね。
和田:最近のライブでは松井がフロアに降りて、お客さんをステージに上げたりもしちゃうんですよ。そういうのも、以前は間違いなくNGでした。でも、そういう自由なライブをやったらお客さんとの壁がなくなって、僕らのことをより求めてくれたんですよね。
―大谷さん、益子さんとのレコーディングはいかがでしたか?
松井:めちゃめちゃ勉強になりました。大谷さんは音や曲作りの話以外に、人間性を大事にするんですよね。「松井くんって何をして遊んでるの?」とか、「もっとエグい恋愛してみたら?」とか(笑)。普段どういうことを考えてるかが音楽に出るっていう話をよくしてくれて。
―確かにそういうのってより重要になってきてると思います。今って音楽的な新しさが求められる時代というよりは、もっと人間的な魅力が大事になってきてますよね。
和田:今回は人間味あふれる仕上がりですよ。前まではボーカル録りにしても、ピッチがすごく気になって、機械で編集しちゃってましたけど。
松井:どういう歌が人の心を動かすのか、みたいな話も大谷さんとたくさんしました。「歌がうまい人って世の中にはわんさかいて、松井くんよりうまい人なんていっぱいいるけど、うまいだけで感動するのかな?」とか、「ピッチがズレてるときの方が感激するときない?」とか。
1週間のうちにボイトレとライブがあったら、京都と東京を5、6回往復してました。(松井)
―和田さんはギターリストでありながら、バンドのエンジニアリングも担ってきましたよね。それが今回急に国内屈指のエンジニアでもある益子さんにやってもらうっていうのは、気持ちとしていかがだったんですか?
和田:今までの作品は全部自分でやっていたので、いきなり益子さんに全てをやってもらうのはちょっと違和感があったし、「自分もやりたい」って思いはありましたね、やっぱり。そのことを加藤さんに話したら、ちゃんと益子さんに伝えてくれて、益子さんも理解してくれたんです。それで、ミックスは益子さんで、録音は半分ずつ分担することにしました。益子さんは他人が録ったものをミックスすることってあまりないらしいんですけど、OKしていただきました。
―共同作業は、すごく勉強になったんじゃないですか?
和田:本当にいろいろ学ばせてもらいましたね。益子さんのサウンドは高品位な印象があったので、高価なマイクや楽器、録音機材を使って録るんやと思ってたら、めちゃくちゃ安いマイクだったり、楽器と全然違う方に向いたマイクのセッティングだったり、「この機材でこんなんして録れるんだ!」って驚きました。セオリーじゃないことをやってはった。
―松井さんはプロに囲まれたことで、ボーカルとしての苦労もあったんじゃないですか?
松井:曲作り地獄とまったく同じタイミングで、ボイトレで東京に通い始めましたね(笑)。
―それは自分の歌が弱いと感じたってことですか?
松井:そう。去年の12月にレコーディングをしたときに歌がダメで、全然録れなかったんですよ。「こんな歌じゃフルアルバムは絶対に作れない!」っていう話になって。
―ボイトレは京都と東京を行ったり来たり?
松井:そうです。1週間のうちにボイトレとライブがあったら、5、6回とか往復してました。1人のときはバスや新幹線を駆使して、ボイトレの先生のスタジオに泊めてもらうときもありましたね(笑)。
足踏みをした時期はあったけど、結果的には最高のアルバムができましたよね。(松井)
―それってかなり大変な時期だったと思うんですけど、逃げたいと思ったことはなかったですか?
松井:今考えると二度と戻りたくないんですけど、逃げようとは思わなかったですね。このプロジェクトがダメだったら、もう田舎に帰って農業でもするかくらいの気持ちでした。
―でも、ボイトレはかなり効果がありましたよね。明らかに歌がよくなってますもん。
松井:意味ありましたねぇ。
和田:大谷さんの歌のディレクションもすごかった。“Traveling”は試行錯誤の連続で、7、8テイク録ってました。
松井:あれは地獄やったね。できたときはもう泣きましたから。ホンマに自分だけじゃなくて、和田や大谷さんがいっしょにがんばってくれたっていう、そのお陰でできたんだと思いますね。
―歌に関しては、何かつかめましたか?
松井:さっきも言ったような話で、音程がすべてじゃないってことや、次の歌い方を考えながら歌う楽しさがわかってきた感覚があります。まだまだなんですけど、だんだんと余裕が持ててきてる。ヘンにカッコつけないでいいって気付けたし、単純に楽しいですよ。
―「カッコつけない」というのは、さきほどの和田さんの早弾きギターとも関連する話ですよね。そういう意味では、歌詞にも変化があったんじゃないですか?
松井:以前はもっとまとめようとしてましたね。まとめて枠に収めることやわかりやすさを気にしてました。空中ループ自体に、そうやってキレイにまとめちゃうクセがあったんですよ。でも、それをやめてみました。“Traveling”は仮歌詞のデモをいろんな人に聴かせてたら「このままでいけるんじゃないの?」っていう話になって、何度か書き直してみたものの、結局は最初の形を使いましたね。“言葉では”は鼻歌で出てきた歌詞を活かして、メロディが持つ言葉を引き出す感覚で広げていきました。
―今の開いた状態をよく表わしてるのが“言葉では”だと思いました。ワイワイした雰囲気とか最後のコーラスとか、今までになかったものが集約されてる気がして。
松井:僕は最初から手ごたえがあったのに、みんなに聴かせたらあまり反応がよくなくて(笑)。
和田:それもたぶん、前の志向があったからでしょうね。これはポップすぎるみたいな(笑)。この曲は録音するときまでギターのフレーズを全然考えてなかったんですけど、レコーディング当日に弾いたら案外すんなりできましたね。不思議な曲です。
―今の開けた新境地にたどり着けたのはわりと最近のことですか?
松井:はい、まだ真っ只中という感じです。
―客観的に見て、バンドは正念場だったと思うんですよ。2枚のミニアルバムのあとにリリースされる最初のフルアルバムがこれまでと同じテイストのものだったら、今後がしんどくなっちゃってたんじゃないかなって。だから、このタイミングで厳しい課題がクリアできて、バンドの意識改革ができて、作品がリリースできたのはすごく大きいですよね。
松井:その通りだと思います。時間をかけていい作品ができて、本当によかったと思います。足踏みをした時期はあったけど、結果的には最高のアルバムができましたよね。
和田:そういうスパルタがあったからこそ『空中ループ』ができて、僕らとしては理想的ですね。レーベルに所属した意味もありました。
- リリース情報
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- 空中ループ
『空中ループ』 -
2011年10月12日発売
価格:2,415円(税込)
WRCD-53 / wonderground music1. Sky Line
2. Traveling
3. 長い夜
4. ray
5. ステレオ
6. 今夜、瞬く銀河まて
7. Dancing in the rain
8. Praying
9. Check Out
10. ラストシーン
11. 言葉では
12. Future
- 空中ループ
- イベント情報
-
- 空中ループ presents
『ライブ アクロス ザ ユニバース3』 -
2011年11月4日(金)
会場:愛知県 名古屋 CLUB ROCK'N'ROLL
出演:
空中ループ
里帰り
the brooch
ミクロセンチメンタル
料金:前売2,000円 当日2,500円(共にドリンク別)2011年11月4日(金)
会場:愛知県 名古屋 CLUB ROCK'N'ROLL
出演:
空中ループ
里帰り
the brooch
ミクロセンチメンタル
料金:前売2,000円 当日2,500円(共にドリンク別)『MINT KOBE 5周年ライブフェスティバル』
2011年10月8日(土)
会場:兵庫県 ミント神戸 2Fテラス特設会場2011年10月8日(土)
会場:京都府 京都 VOXhall2011年10月10日(月・祝)
会場:東京都 新宿 タワーレコード新宿店2011年10月13日(木)
会場:京都府 京都 VOXhall『MINAMI WHEEL 2011』
2011年10月15日(土)
会場:大阪府 ミナミエリア ライブハウス
※空中ループはBIGCATに16:00から出演します2011年10月23日(日)
会場:愛知県 名古屋 タワーレコード名古屋近鉄パッセ店2011年10月28日(金)
会場:福岡県 タワーレコード福岡店2011年10月29日(土)
会場:佐賀県 佐賀 RAG-G2011年10月30日(日)
会場:福岡県 福岡 PEACE2011年11月16日(水)
会場:大阪府 心斎橋 JANUS2011年11月19日(土)
会場:徳島県 徳島 Crowbar2011年11月26日(土)
会場:京都府 京都 VOXhall2011年12月6日(火)
会場:大阪府 北堀江 Club vision2011年12月10日(土)
会場:広島県 尾道 JOE BOX2011年12月13日(火)
会場:北海道 札幌 SOUNDCRUE2011年12月14日(水)
会場:北海道 札幌 mole
- 空中ループ presents
- プロフィール
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- 空中ループ
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2005年結成。メンバーは松井省悟(vo、g)、和田直樹(g)、森勇太(b)、さとうかおり(ds)の4人。2008年、ファースト・ミニ・アルバム『LOOP ON LIFE』でデビューし、その伸びやかで心地よいメロディ、ギター・ポップ・サウンドが注目を集める。2011年からは大谷友介、益子樹とタッグを組み、新プロジェクト「Walk across the universe」を始動させた。
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