あなたが子供の頃に夢中になったものは何ですか? アニメ、ゲーム、アイドル…もちろん、それは人それぞれだろうけど、では、あなたはそれが今でも好きだと言えますか? もしかしたら、今それを改めて好きだと言うことには、恥じらいや抵抗を感じる人も多いかもしれない。しかし、きっとそれはあなたの根底にある趣味趣向を、忠実に反映しているはず。スガダイローは、それを好きだと認めることで、ミュージシャンとしてのキャリアを確実に前進させた。
日本屈指のフリージャズ・ピアニストとして知られ、昨年行われた「七夜連続七番勝負」では、志人、U-zhaan、山本達久、七尾旅人といったジャンルレスなミュージシャンと即興対決を行い話題を呼んだスガダイローの新作、『スガダイローの肖像・弐』。本作がジャズというジャンルの枠を超え、「スガダイローの音楽」としか言いようのないものになっているのは、スガの「好き」がこれでもかと詰め込まれているがゆえである。果たして、どのような心境の変化を経て、敬愛する人物の名前をそのまま曲名にしてしまうぐらいの境地に至ったのか。その変遷をじっくりと語ってもらった。
ジャンルのかっこよさじゃなくて、まずは「その人」が如何にかっこいいかが重要。
―まずは8月に発表された『スガダイロー八番勝負』のことからお聞きしたいのですが、あの作品は昨年行われた「七番勝負」が基になってるわけですよね? あの企画の話を最初に聞いたときってどう思われました?
スガ:特にどうとも思わなかったですね。「そんなこと思いもよらなかった」とかではなくて、その前に2回ぐらい…対決をやらされてたんで(笑)。ただ、最初は全員ドラマーとやってくれって言われたんですけど、それは「つらい」って断りました。体力的にもそうだし、ドラムだけだとメロディとハーモニーの負担がこっち側にありすぎて、7日間クリエイティブに演奏することは不可能だと思ったんで。俺からの要求はそれぐらいでした。
―ドラマー以外の人も、個性的な人たちばかりでしたよね。
スガ:一番強烈だったのは志人くん…未だに謎なんですけど(笑)。向井(秀徳)さん(今年の5月に共演)はいきなり語りが始まって、予想してたのと違ったんですけど、そのトラップにはまった感じが逆に楽しかったですね。七尾さんもなんか幻術みたいで(笑)、面白かった。
―そういった特殊な経験から何を得ましたか?
スガ:自分の中の音楽が整理された感じはしますね。今まで混沌とした状態で存在してた技が、「こう来たら、こう返す」みたいに、整理できました。
―この企画の背景には、ジャズとか即興の面白さっていうのを、より外側に広めていくっていう意図があると思うんですね。スガさんご自身も、そういう考えを持っていらっしゃいますか?
スガ:その気持ちはありますね。ジャズっていうフィールドは狭すぎるんで、ジャズの人とやってたらジャズのままですけど、違う人とやるとジャンルではなく、まず一回音楽に戻される感じですよね。そうやって認知度も上がっていくっていうのは、すごいありがたいですね。
右:向井秀徳
―ジャズのフィールドの狭さっていうのは、どういうときに感じられますか?
スガ:単純にCDの売り場に置いてもらうにしても、「ジャズ」ってところに置く時点で人が来なくなるじゃないですか? 「音楽」ってとこに置いてくれればまだ目立つのに、結局知ってる人の外には広がらないですからね。
―じゃあ、異なるジャンルの人と共演することはウェルカムだと。
スガ:うん、すごく楽しいし、嬉しいです。まあ、他のジャズ・ミュージシャンも、HIP HOPとかクラブミュージックとか、そういうところとリンクしてやってますけど、俺はそっちは興味がなくて。クラブミュージックにオリジナリティがないとは言わないけど、ジャンルのかっこよさじゃなくて、まずは「その人」が如何にかっこいいかが重要で、向井さんとかってそういう人だと思うんですよね。
日本人の面白さって、デフォルメと省略にあると思うんですよ。
―では、「七番勝負」の経験から、『スガダイローの肖像・弐』にフィードバックされたことはありますか?
スガ:いや、なかったです(笑)。
―それとこれとは別物ですか?
スガ:元々「壱」(『スガダイローの肖像』(08))も、企画の段階では異種格闘技的な、いろんな人を呼んでやるはずだったんですけど、作り始めたら完全に頓挫して(笑)。結局全部自分のバンドで作りました。それはそれで俺は嬉しかったですけどね。
スガダイロー
―ではそんな「壱」に対して、「弐」に関してはアルバムとしての青写真のようなものはありましたか?
スガ:新しいメロディのあり方っていうのを今研究してます。複雑なメロディを使わないで、「ド」と「ソ」とか、シンプルな音使いだけでメロディを作っていく曲を多く入れました。
―そのアイデアっていうのはどういうところから生まれたものなんですか?
スガ:10年前ぐらいにアメリカから日本に帰ってきたんですけど(スガはバークリー音楽大学に4年間留学している)、何か日本的なアプローチを、単純に日本の曲をやるってことじゃなくて、もっと「ジャズが日本人に消化されるとどうなっちゃうんだろう?」みたいな、そういうことをずっと考えてて。日本人の面白さって、デフォルメと省略にあると思うんですよ。余計なものが全部なくなっていって、「重要なとこだけ残しとけばいいじゃん」みたいな。そういう洗練のさせ方を意識してます。
―「日本人らしさ」っていうのは、これまでの作品や楽曲のタイトルにも表れてますよね。
スガ:とにかく日本語で名前を付けるって決めたんです。俺は結構怖がりだから、英語で曲名をつけたときに、本当にその言葉が合ってるのかとか考えちゃうんですよ。変な日本語のTシャツとかあるじゃないですか? あれになってんじゃねえかっていう(笑)。
―スガダイロー・トリオ名義の『坂本龍馬の拳銃』とか、新作に入ってる"蒸気機関の発明"とかって曲名を見ると、単純に歴史好きなのかな? とも思ったのですが。
スガ:歴史は昔から好きです。中学ぐらいから日本史が好きで、それをすっかり忘れてたんだけど、30才過ぎたくらいのときに自分の子供の頃を思い出すっていう訓練をして、「そういえば、坂本龍馬好きだったじゃん」って思い出したんです。それで色々読み返したりして、「やっぱ面白えじゃん」みたいな。そういうことをやったら、自由になれたっていうか。
―なんでそんな訓練をしてたんでしょうか? 音楽活動における迷いがあったっていうことですか?
スガ:そうです。その時、子供の頃に最初に好きなったジャズと、後から好きなったジャズを選り分けてみて、子供の頃に好きだったやつだけでいいんじゃないかって。
―子供の頃に好きだったジャズって、どういうものだったんですか?
スガ:音数の少ないピアニスト、下手なピアニストが好きだったんですよね。何で好きなのかはわからないですけど、そういうのを聴き返して、「やっぱ好きだな」って思ったら気が楽になって。テクニックに恐れおののく部分が抜けたっていうか、「俺は元から下手な人好きじゃん」っていう。
―そこも先ほどおっしゃった「シンプルに」っていう部分と通じるわけですか?
スガ:そう、きれいな装飾とかいらないっていうか、元から俺そういうの好きじゃなかったし、そんなものが無くても音楽として成立するじゃんって。だから、「とにかく好きな名前を付ける」とか、なるべく余計な理由をつけずに、「好き」「嫌い」で物事を考えられるようにしていこうかなって思ったんです。
多分俺はあの人の人生を無意識のうちになぞってるんだなって。
―今の話の流れで言うと、本作にはそのものずばり"山下洋輔"っていうタイトルの曲がありますよね。
スガ:そうそう、山下洋輔が「好き」っていう(笑)。この曲自体は山下洋輔トリオ風の曲を作りたいと思って作ったんですけど、ジャズ・ピアニストになりたいって思ったのもこの人のおかげだったし、それぐらいストレートでいいかなって。一時期遠ざけたりもしたんだけど、聴き返して、「やっぱり、これ好きだな」っていう。
―山下さんのどんな部分に衝撃を受けたんですか?
スガ:60年代の演奏とか、ホントめちゃくちゃなんですよ。今聴いても信じられないぐらいめちゃくちゃで、あれを音楽だと認められない人ってウジャウジャいると思うんです。それで「こんなの音楽じゃない」って俺も一時期思っちゃったんだけど、いろんな情報なしにもう一回聴いたら、やっぱり面白い音楽だったんですよね。
―先ほどの話しと関連して、ジャンルのかっこよさじゃなくて、その人のかっこよさっていう。
スガ:あれは完全にジャズとかじゃないですよね。「山下洋輔」っていうかっこよさですよね。
―それこそ、山下さんも異種格闘技的なことをされてますもんね。
スガ:やってますよね。多分俺はあの人の人生を無意識のうちになぞってるんだなって。それはどうしようもないし、それでいいかなって。
―一時期は「俺はなぞってねえ」と思いたかった?
スガ:そう、「あんたとは違う」っていう気持ちがあったけど、今は「別に一緒でいいや」と思って。「好きだし」っていう(笑)。
―そんな山下さんと去年デュオで演奏されたんですよね?
スガ:俺の人生の中の一つの頂点でしたね。でもあんまり感慨深くしてると緊張しちゃうから、知らんぷりしながら演奏しましたけど(笑)。でも、向こうが「やろうよ」って言ってくれて、一緒にできたっていうのは本当に嬉しかったですね。
―おふたりでいるときはやっぱり先生と生徒って感じになるんですか(スガはかつて洗足学園ジャズコースで山下洋輔に師事している)?
スガ:その関係はもうやめようと思って、先輩後輩ぐらいでいたいというか、そうじゃないとあんまりいい関係になれないと思うから。尊敬はもちろんしてますけどね。
一本締めってあるじゃないですか?「ヨーッ、パン!」って。これ外人できないらしいんですよ。
―さきほど日本人らしいシンプルなメロディという話がありましたが、リズムに関してはいかがですか? 資料には「和の間合いを練り込み」という記述もありますが。
スガ:アルバムに入ってる曲って、どの曲もリズムがずれてるんですよ。基準に対して正確ではないんだけど、「俺たちの正解はここだから」っていう、そういう合わせ方は日本人って得意だと思うんです。
―ずれてても無理やり合わせるっていうことですか?
スガ:一本締めってあるじゃないですか? 「ヨーッ、パン!」って(2人でやる)。これって、外人はできないらしいんですよ。今のも、俺たちの拍子はずれてたんだけど、合ってることにしてるじゃないですか? その何とも言えない感じ、日本人特有の間合いの取り方があると思って。俺の曲はほとんどがメトロノームで割れない状態になってて、それはこのトリオじゃないとできない音楽なんです。
―外人が一本締めできないって面白いですね。
スガ:一本締めの前にカウントが必要っていう。「3、2、1、パン!」って(笑)。「ヨーッ」だと「それじゃわかんないよ」ってなっちゃう(笑)。
―でも、そこに日本人らしい面白さを見出したわけですね。
スガ:そうですね。もしそれがダンスミュージックだったら問題だろうけど、俺にとってリズムの揺れとか、速くなったり遅くなったりっていうのは、音楽的な問題ではないんです。
自分の一部とは思わないけど、見つけると「あ、ピアノだ!」って嬉しくなるっていうか(笑)。
―日本人と外国人の音楽に向き合う姿勢の違いに関してはどう思われますか?
スガ:俺がアメリカにいたときに付き合いがあったのはジャズ・ミュージシャンで、彼らは自分たちの音楽をやるんだっていう意識もしてないというか、自然に自分たちの音楽をやってる感じがあったので、そういう自然さは欲しいですね。日本人がジャズをやるってどうしても不自然になっちゃうところはあって。ジャズよりも前に自分たちの音楽なんだっていう、そういう自然さは欲しいです。
―やっぱり「日本人なりのジャズ」っていう目的意識のようなものは強いんですね。
スガ:もっと言えば、「俺が演奏する音楽」ですよね。他にない何か、それを、見た目は明らかにジャズの形態でやって、でも「どう考えてもジャズじゃないよね?」っていう、それぐらいにしたいなって。
―それって裏を返せばそれだけジャズに愛情があるっていうことでもありますよね?
スガ:ジャズが好きだって言えるからまだやれるっていうか、これも結局「好きだからいいじゃん」っていう。
―ジャズはいつ頃から聴かれてたんですか?
スガ:子供の頃から好きでしたね。それまでクラシックを聴いてたんだけど、中学ぐらいからジャズに入って、それからずっと。
―その切り替わったのはどういうタイミングだったんですか?
スガ:クラシックの曲を黒人がジャズ・アレンジで弾いてるのを聴いて、そのあまりのポンコツっぷりにすっかり魅せられて(笑)。その人のバッハが好きでそればっかり聴いてて、クラシックのかっちりしたのがダメになったんですよ。それから壊れてるのがいいっていう方に段々なって、遂に山下洋輔っていうこれ以上壊れようのないところまでいったっていう(笑)。
―なるほど(笑)。
スガ:ものが壊れてる状態が昔から俺は好きだったんですよね。だから、自分の曲のやり方にしても、インプロヴァイズ(即興)で物語を語っていくんじゃなくて、きちんとしたものを壊していくような手順になってるんです。
―それを聞いてスガさんの曲を思い返すと、非常に納得がいきます(笑)。では最後に、あえてベタな質問をさせてください。スガさんにとって、ピアノとはどういう存在ですか?
スガ:うーん…やっぱり、俺の大好きなものとしか言えないかな。自分の一部とは思わないけど、見つけると「あ、ピアノだ!」って嬉しくなるっていうか(笑)。ピアノ自体は嫌になった時期もないし、どんなピアノも好きだし…あ、ジャズ・ピアニストに向いてるのはそこかもしれない。弾きにくいピアノでも、それなりに好きだって思えるっていうのは、結構大事かも(笑)。
- リリース情報
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- スガダイロー
『スガダイローの肖像・弐』 -
2011年10月19日発売
価格:2,500円(税込)
PCCY.30194 / ポニーキャニオン1. 乱(作曲:スガダイロー)
2. 蒸気機関の発明(作曲:スガダイロー)
3. 山下洋輔(作曲:スガダイロー)
4. BLUE SKIES(作曲:アーヴィング・バーリン)
5. さやか雨(作詞/作曲:岡田規絵)
6. 春風(作曲:スガダイロー)
7. 無宿鉄蔵毒団子で死なず(作曲:スガダイロー)
8. 寿限無(作曲:スガダイロー/作詞:作者不詳)
9. 戦国(作曲:スガダイロー)
10. 時計遊戯(作曲:スガダイロー)
11. 最後のニュース(作詞/作曲:井上陽水)
12. All The Things You Are(作曲:ジェローム・カーン)
- スガダイロー
- リリース情報
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- スガダイロー
『八番勝負』 -
2011年8月17日発売
価格:2,500円(税込)
PCCY-30188 / ポニーキャニオン1. 2011年05月11日 スガダイロー vs 向井秀徳
2. 2011年04月09日 スガダイロー vs 仙波清彦
3. 2010年09月09日 スガダイロー vs The Sun calls Stars:伊藤大助+オータコージ
4. 2010年09月07日 スガダイロー vs 本田珠也
5. 2010年09月06日 スガダイロー vs 山本達久
6. 2010年09月05日 スガダイロー vs U-zhaan
7. 2010年09月04日 スガダイロー vs 松下敦
8. 2010年09月03日 スガダイロー vs 志人
9. 2010年09月09日 スガダイロー・ソロ
- スガダイロー
- プロフィール
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- スガダイロー
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1974年生まれ、鎌倉育ち。学生時代は生物学者を目指すも其の道から挫折、ピアノに転向する。洗足学園ジャズコースの実技試験にて山下洋輔をアッと驚かせ、栄えある一期生として入学。その後バークリー音楽大学に4年間留学し、帰国後は「渋さ知らズ」でも活動。坂田明・AxSxE・中村達也・ZAZEN BOYSなどとも共演を重ねている、間違いなく21世紀の日本でただ一人の、バリバリのフリージャズ・ピアニストである。
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