12月17日から渋谷のユーロスペースでレイトショー公開されている映画『孤独な惑星』。本作は、映画美学校の講師を務め、映画『ゆめこの大冒険』などでも知られる筒井武文監督の最新作として注目を集めている。主人公は事務職のOLとして働き、単調な毎日を送っている竹厚綾(真里)。彼女が暮らす部屋のベランダに、同棲中の女性に追い出された隣室の綾野剛(哲男)が居候することから物語が始まる、不思議な味わいを持った恋愛映画だ。去る12月22日の上映後には、いずれも筒井と同じく東京造形大学の出身だという映画監督の犬童一心と諏訪敦彦を招いたトークショーが行われた。学生時代からの盟友たちは、『孤独な惑星』をどのように鑑賞したのか。トークショーとその後の個別取材をもとに、作品の魅力をお伝えしたい。
とにかく今回は「人」を撮りたかった
『孤独な惑星』は、映画美学校の「第10期フィクション・コース高等科」とのコラボレーション作品として制作されたもの。筒井監督による脚本のコンペが行われ、宮崎大祐(同コース高等科修了生)の作品が約25作品の中から選ばれた。
本作では竹厚綾、綾野剛、三村恭代など若手俳優が出演し、マンションの隣人同士が繰り広げる奇妙な三角関係を好演している。大部分が室内の撮影で、緊張感あふれる人間模様が終始展開されており、観客を「筒井ワールド」に引き込む力を持った作品に仕上がっている。
筒井武文
「もともとは若い夫婦が登場する物語にしようと考えていたのですが、脚本を提出した学生のほとんどが未婚で(笑)、そういった内容のものがなかったんです。ただ、宮崎大祐君が書いた脚本が非常に面白かったので、何点か注文をつけて話を膨らませてもらいました」(筒井監督)
「とにかく今回は『人』を撮りたかった」と語るように、スクリーン上の俳優たちはいずれも独特な個性を放ち、存在感を示している。さぞやキャスティングにも神経を尖らせたのかと思いきや、意外にも「選んだ基準は直感」なのだという。
「僕は会った瞬間に役者を決める方なんです。『この人といると映画にいい空気が生まれる』といった直感を大切にしています。一応、形式的にシナリオの感想について聞いてみたり、ワンシーンを読んでもらってみたりするんですけど、実はそれをやってもらっている時にはすでに『この人だ』と決めていることが多いんです」
本編では、真里の部屋とベランダを隔てる窓が重要な 「装置」となっているが、「美術さんに『窓の上の方に小窓が必要なんだよね』と指示を出そうとしたら、もう初めから付いていた(笑)」という幸運にも恵まれ、6日間の撮影をスタートさせたそうだ。
『孤独な惑星』 ©映画美学校/筒井武文
「装置」に対抗する登場人物たち
それでは、筒井監督とは学生時代からの友人だという犬童一心と諏訪敦彦の両監督は、『孤独な惑星』をどのように評価しているのだろうか。
筒井監督の処女作『6と9』(1981)に主演男優として出演したという犬童監督は、過去の作品を振り返りつつ、作品の根底に流れる一貫性についてこう指摘する。
犬童一心
「主演した映画は、僕が窓の外からカンニングの手伝いをするというストーリーなんですけど、筒井さんの映画には境界線や遮蔽物(しゃへいぶつ)が設定されていて、それ越しに人間が関係性を持とうとすることが多いんですね。筒井さん自身がそういう状況を作り出すことに快感を覚えているというか、それだけをひたすら熱心に25年、映画制作において追求している印象があります」
一方、諏訪監督はこのように語る。「今回の作品は、装置に『対抗する』登場人物たちの存在が特徴的でした。(窓やドア、壁等の)装置があるからこその行動を取るんだけど、そこには危うさや曖昧さがある。そういった要素を登場人物たちが乗り越えようとする、装置に抵抗しようとする緊張感が面白かった」と、これまでの筒井作品からの変化について言及。
なお本作では、真里と哲男の窓越しの関係性のみならず、哲男と亜理紗(真里の隣室に住む哲男の彼女)のベランダ越しの関係性のほか、真里と亜理紗の壁、またはドア越しの関係性など、装置として設定された境界線が大きな役割を担っている。またそれらの装置を、物干竿などを使って「ハック」しようとする場面も見所のひとつだ。
『孤独な惑星』 ©映画美学校/筒井武文
しかし、前述の通り筒井監督が描きたかったのはあくまで「人」。トークショーでは犬童監督からの「筒井さんの作品は、装置を征服することで映画になる感じ。それをなくしたらどうなるんですか?」という質問に、「じゃあ、今度は何も装置がない作品を…やっぱり、撮れないね」と笑っていたものの、イベント後にある事実を教えてくれた。
「実現はしなかったのですが、真里と哲男の2人が登場するラストシーンは背景を消して黒バックにする構想があったんです。本当に人だけを撮るという感じで…」
これ以上はネタバレになってしまうため控えるが、「装置」に着目して鑑賞すると、より深く作品を理解することに繋がるのは間違いないだろう。
筒井監督が抱える「ブラックホールのような欲望」
では、そもそも筒井監督とはどういう人物なのか。トークショーでは、学生時代の思い出話にも花が咲いた。
諏訪敦彦
「筒井さんは、毎日映画館に行っていたような人。1年間に1000本ほど観ていたという変わった人だったんですよ。だから筒井さんが『この映画がすごい』と言おうものならば観ざるを得なかった」(諏訪)
諏訪監督いわく、当時の同級生と話をしていると、本人がその場にいないにも関わらず自然に筒井監督の話になってしまうような「外せない人」なんだそう。
さらに、犬童監督からも「ものすごい数の映画を観ているのに、大学にもちゃんといた。大学にフイルムを持ってきて校内でも観ていた」との証言も。
続いて諏訪監督はこうも言う。「それだけ映画を観た人が映画を撮ったら、普通はがんじがらめになるんじゃないかと思いますよね。でも、現場の筒井さんは全然違うんです。女優さんを魅力的に撮ることに賭けているというか、いいショットが撮れると顔を真っ赤にしてニコニコ笑うんですね。本当に楽しんで映画を撮っているんだなという感じがします」
そんな映画に対する姿勢を、諏訪監督は「ブラックホールのような欲望」と評する。筒井監督も、「自分の映画に出演した俳優が、他の映画でより良い芝居していたり、美しかったりするのは我慢できない(笑)」と語る。
「初めて映画を撮った時に、『映画を撮るのが人生で一番楽しいことなんだ』ということが分かりました。映画を観ている時は1人なので、逆に映画を撮っていくことで現実に目覚めた側面もあります。人と話をしたり、共同作業することがこんなに楽しいんだということを、映画に教えてもらったんです」(筒井)
『孤独な惑星』 ©映画美学校/筒井武文
本作の撮影期間はたったの6日間。3分の1ほどのシーンは、事前に立ち稽古をして基本的な動きをつくりながらキャラクターの特性を掴んでもらい、残りの3分の2のシーンは、ある程度役者の感性に任せる演出スタイルを採用した。「あらゆることが起こる可能性を、役者に対して開いておきたい」という思いがあるからだ。
取材を終えた印象として、大御所の映画監督たちに対して失礼な言い方になってしまうかもしれないが、3人のトークショーは「映画監督による対談」というよりは、「旧知の友人たちによる映画談義」に近かった。「ああではない、こうでもない」と、部屋で親友と酒を飲みながら好きなことについて語り明かした経験は誰にでもあるはずだが、そうした砕けた雰囲気を観客も楽しんでいるようだった。
「映画を撮ることだけが楽しい」と語った筒井監督は現在54歳。『孤独な惑星』で到達した新境地を、ぜひスクリーン上で目撃してほしい。
- 作品情報
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- 『孤独な惑星』
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2011年12月17日(土)より渋谷ユーロスペースでレイトショー
監督:筒井武文
脚本:宮崎大祐
出演:
竹厚綾
綾野剛
三村恭代
水橋研二
ヒカルド
市山貴章
ミッキー・カーチス
配給:ALVORADA FILMS
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- 筒井武文
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1957年生まれ。東京造形大学在学中に『レディメイド』(1982)を発表。卒業後にサイレント映画『ゆめこの大冒険』(86)で長編監督デビューした。映画評論やテレビの演出など活動は多岐にわたる。東京藝術大学大学院映像研究科教授のほか、映画美学校で講師を務め、後進の育成にも尽力。近作に音楽祭のドキュメンタリー『バッハの肖像』がある。
- 犬童一心
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1960年生まれ。『ジョゼと虎と魚たち』(2003)で第54回芸術選奨 文部科学大臣新人賞(映画部門)などを受賞。『メゾン・ド・ヒミコ』(05)、『黄色い涙』(06)、『眉山-びざん-』(07)、『グーグーだって猫である』(08)、『ゼロの焦点』(09)などの数々の話題作を世に送り出している。
- 諏訪敦彦
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1960年生まれ。東京造形大学学長。『M/OTHER』(1999)でカンヌ国際映画祭国際批評家連盟賞を受賞、『不完全なふたり』(05)でロカルノ国際映画祭審査員特別賞、国際芸術映画評論連盟賞を受賞するなど国際的に高い評価を受けている。09年にはカンヌ国際映画祭監督週間で『ユキとニナ』を発表した。
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