最先端のクラブ・ミュージックとして2000年代半ばに浮上したダブステップは、いまや世界的な市民権を獲得したと言っていいだろう。ここ日本においても、ダブステップの代表格にして異端児であるジェイムス・ブレイクの初来日公演が即完したことは記憶に新しい。そんな中、リアルタイムで海外のシーンと共振し、国内外でその評価を高めてきた日本が誇るダブステップのオリジネイター=GOTH-TRADが、実に6年ぶりとなる新作を発表する。タイトルはずばり『New Epoch』、つまりは「新時代」である。この力強いタイトルは、現在の彼をめぐる状況と、彼自身のクリエイティビティの充実度を、十二分に物語っていると言える。そして、彼のこれまでの足跡を振り返ることは、そのままダブステップの歴史を振り返ることであり、同時に国内の音楽シーンへと向けられた、耳を傾けるべき提言にもなっているのだ。
各アーティストが自分たちでレーベルをやって、作品を作って、お金にするっていう、そういうDIYにフォーカスできたことはよかったと思ってます。
―そもそも海外で活動するようになったのはいつ頃からなのですか?
GOTH-TRAD
GOTH-TRAD:1番初めに海外でプレイしたのはフランスのパリなんですけど、それが2001年とか2002年、1stアルバムを出す直前ですね。フランスにバトファーっていうクラブがあるんですけど、日本のアンダーグラウンド・ミュージシャンを集めたパーティーが1週間くらいかけて開かれて、そこに招待されたんです。
―日本のミュージシャンばかりが集まるイベントだったんですか?
GOTH-TRAD:そうですね。ケン・イシイさんも出てたし、多分EYEさんとかも出てましたね。その当時、自分はもっとエクスペリメンタルな、ノイズとかをやってた時期で、日本の実験的なアーティストを呼んでツアーを組んでる日本人の女の子と知り合ったのをきっかけに、それ以降ヨーロッパを年に1度回ってました。
―フランスはそういう音楽のシーンが盛んなのでしょうか。
GOTH-TRAD:エクスペリメンタルな音楽、インプロヴィゼーションとかはすごく盛んですね。その翌年にはパリ市主催の音楽祭みたいなのに参加させてもらったんですけど、それもホントにすごい大きな会場で。
―どれくらいの規模なんですか?
GOTH-TRAD:スタジアム級のところで、でも出てるのはノイズとかインプロのアーティストなんですよ。ただ、それだけ大きな規模でイベントが行われたりしても、それが仕事にはならない状態だったんですよね。パリ市がサポートしてくれる体制はあるんですけど、基本的にはすごくDIYな世界なので。
―なるほど。
GOTH-TRAD:すごくアンダーグラウンドだし、今思うと少し閉鎖的だったんですよね。ただ、そこがかっこいい部分でもあったし、その数年間の経験はすごく大きなものでした。各アーティストが自分たちでレーベルをやって、作品を作って、お金にするっていう、そういうDIYにフォーカスできたことはよかったと思ってます。
自分にとってLFOやTHE PRODIGYがセンセーショナルなものだったから、レイヴ・ミュージックはもっと新しいものじゃないとっていう気持ちがあって
―GOTH-TRADとしてこれまでに3枚のオリジナルアルバムをリリースされていますが、3rdアルバムの『Mad Raver’s Dance Floor』でダンス・ミュージック寄りの作風に変化したことが、現在に至るターニング・ポイントでしたよね?
GOTH-TRAD:その前の2ndは完全にノンビートのものを集約させたんですけど、そこで自分のやりたかった音は完結させたんです。元々はブレイクビーツとか、ダウンテンポのHIP HOPを作ってたんですけど、自分のオリジナルの音を現場で演奏したいっていう気持ちが強くなって、ライブにすごくフォーカスするようになったんですね。それで使う楽器から自分のオリジナルにしたくて、楽器やエフェクターを自分で作って、そういうものを駆使して音を構築していったときに、ノイズとかノンビートのものになったんです。
―オリジナリティを追求した結果としてのエクスペリメンタルな作風だったんですね。
GOTH-TRAD:その頃はテクニカルな面よりも、自分の感情的な部分を音で表現するっていうことにフォーカスしてて、その最終形が2ndだったんです。でも元々は10代前半からイギリスのダンス・ミュージックを聴いてて、音楽にはまったきっかけもそこだったんですよね。
―その頃のリスナー体験をもう少し話してもらえますか?
GOTH-TRAD:90年代初期のレイヴ・ミュージック、LFOとか、THE PRODIGYの1stに刺激を受けてダンス・ミュージックにハマりました。周りはバンドを聴いたりしてましたけど、ギターものには全く興味なくて、電子音楽に夢中でしたね。で、2002年から2003年ぐらいにイギリスでグライムっていうジャンルが生まれるんですけど、それも元を辿ればレイヴ・カルチャーから生まれたものなんですよ。しかも今まで聴いたことのないようなドラムの打ち方だったりして、トラック自体すごく新鮮で、なおかつ自分がやりたかったものに近い感じもあって。
―ソロの1stとか、REBEL FAMILIAの1stにはそういう要素もありましたもんね。
GOTH-TRAD:そういうダンス・ミュージックの進化したものをいち早く形にしたかったんです。当時のレイヴ・ミュージックは四つ打ちのトランスが当たり前っていう中で、自分にとってLFOやTHE PRODIGYがセンセーショナルなものだったから、レイヴ・ミュージックはもっと新しいものじゃないとっていう気持ちがあって、そういうことも加味して、3rdにたどり着いたんです。
―90年代にレイヴ・ミュージックに惹かれたのは、どんな部分が1番大きかったんでしょう?
GOTH-TRAD:自分は山口県にいて、当時11~12歳とかなんですけど、歌謡曲には惹かれなくて、新しい、聴いたことのない音楽に興味があったんです。テクノとかは割と浸透してたと思うんですけど、そうではない新しいものが出てきて、単純に「かっこいいな」って。
―でも、その年でレイヴ・ミュージックってかなり早熟ですよね。
GOTH-TRAD:自分しか聴いてないっていう優越感もあったんでしょうね。レコード屋に行って、「なんだ、このジャケット?」って思ったのをその場で聴かせてもらって、かっこいいから買うっていう、そういう作業に没頭してました。自己満足だったとも思うんですけど、その時期の自分の感覚とかのめり込み方は今でも大事にしていて、そのときと同じエキサイトした感覚をグライムに感じたんですよね。だからこそ、自分のやり方で形にしたいと思ったんです。
メディアが宣伝しないと知らないじゃなくて、ファンの方から貪欲に現場に行く、そうなるとやる側の姿勢も違うんです。
―グライムを意識し始めた頃は、当然まだ「ダブステップを作る」っていう意識ではなかったわけですよね?
GOTH-TRAD:なかったですね。グライムってMCがフォーカスされるんですけど、自分はトラックメイカー、プロデューサーとして音楽を作ってたので、インストのグライムのトラックを作りたいと思ったんですよね。それを3rdに何曲か入れたんですけど、その後、イギリスを回ったときにDJに音源を渡したりしたら、「これはダブステップだ」って言われるようになって。
―具体的には、どんな反応があったんですか?
GOTH-TRAD:「dubstepforum」っていうウェブサイトの掲示板にスレッドが立って、「GOTH-TRADっていう日本人のダブステップ・アーティストがいて、MySpaceはここだ」とかって載ったんです。それからMySpaceにアップしてた曲に対して、イギリスのDJが「かけたいから、くれないか?」とか、レーベルからも「リリースしたい」っていう話が来るようになって、それでダブステップのシーンを認識したって感じですね。
―予想外の受け取り方をされて、後から気づかされた感じなんですね。
GOTH-TRAD:シーン自体スタートの時点だったから音源自体少なくて、自分はいち早く形にしていた分、ちょうどいいタイミングだったんです。2005年に作ったものが、結果的に2007年に向こうでリリースされたりして、行動に出るのが早かったっていうのが1番大きかったと思いますね。
―後追いではなく同時代的に、ダブステップのオーバーグラウンド化と足並みが揃ったわけですよね。
GOTH-TRAD:タイミングと、そのときの瞬発力でしょうね。向こうを意識して作ったわけじゃなくて、単純に「この音面白い」っていう自分なりの解釈でやったんで、それが上手くリンクしたんだと思います。
―向こうのシーンを体験して、日本のクラブ・シーンとの比較で言うと、どんなことを感じられましたか?
GOTH-TRAD:向こうはすごく現場主義なんですよね。日本のDJは今流行ってる曲をかけて、それでお客さんも盛り上がるっていうのが基本ですけど、向こうには「現場に行かないとあの曲は聴けない」とか、そういうカルチャーが昔からあって、それはダブステップを通して学びました。それって、すごく音楽的だと思うんですよ。メディアが宣伝しないと知らないじゃなくて、ファンの方から貪欲に現場に行く、そうなるとやる側の姿勢も違うんです。向こうのDJはプレイするだけじゃなくて、「DJ=プロデューサー」なので、「僕DJです」って言ってる人でも、日本とイギリスは全然違うんですよね。
―なるほど。その意識の差は大きいですね。
GOTH-TRAD:その温度差ってすごくあって、例えばイギリスのDJは昨日作った音源をすぐにかけたりするから、ファンも現場に足を運んで聴きにくる価値が十分にあるんですよ。そのブース側とフロア側との相乗効果が成り立っているんです。そこには20年ぐらいの歴史があるわけだから、すごく重みがあるんですよね。
逆に日本でやることもすごく大事で、海外志向で日本を軽視するのも大間違いだと思う。日本の音楽ファンほどシビアな人たちっていないからね(笑)。
―2006年に日本でダブステップのパーティーを始めたのには、そういった状況の差に対するリアクションでもあったわけですね。
GOTH-TRAD:そうですね。「DJ=プロデューサー」っていう感覚を日本にも植えつけたいっていうのはあって、それまではやってなかったDJを自分も始めたんです。自分たちで音楽をリニューアルしていったら、もっと日本のシーンも面白くなるんじゃないかって。やっぱり日本は受身なんですよね。実際自分も向こうの音楽に影響は受けてるけど、でも2005年に作ったものが2007年に向こうのレーベルからフレッシュな音源として出てるわけだから、こっちからもっと発信できるはずなんです。こっちにもすごくいいアーティストいっぱいいるし、もっともっと底上げしていきたいなって。音を発する側がそういう意識を持たない限り、ファンの方はそこに期待して現場に来ないですからね。
―ダブステップというジャンルはもちろん、カルチャーとして根付かせたいと。
GOTH-TRAD:1曲をすごく大事にするとか、自分で新しいものをプロデュースしていくとか、そういう部分を根付かせたいですね。日本でもDJの子がMIX CDをくれるんですけど、「世界見渡したらこれと同じような選曲で同じようなミックスの人いるだろうな」って思うことが多いんです。でもプロデューサーとしてDJをやっていくんだったら、突出してほしいと思うんで、時間がかかってもプロデュースする、曲を作るっていうのをやってほしいですね。
―エレクトロが浮上してきたときも、やっぱり最初はオリジナルを作る人がいなくて、80kidzとかが出てきてから、少しずつ増え始めたっていう状況があったと思うんですね。やっぱり、そこはジャンルに限らず、日本の体質なんでしょうね。
GOTH-TRAD:そこはどうしても海外に負けちゃってるなって思うんです。向こうでやるにはホントにすごくタフじゃないとできないし、若くてすげえやつたくさんいるんですよ。だから、いい意味で焦りも感じるんですけど、日本にいるとそれを感じなくて。だから、「この曲聴いてみ? いくつが作ってると思う? 18歳だよ!」って言って回ったりして(笑)。
―啓蒙してるわけですね(笑)。
GOTH-TRAD:向こうは「音楽で食う」っていう意識も半端なくあって、そういう部分でも「お前らだってもっとやれるよ」って言いたいんです。俺だってノイズやったり色々やって、2007年に向こうでリリースしたときには全くの新人だったけど、そこから積み重ねてやれてるわけだから、誰にだってチャンスはあるんです。でも、逆に日本でやることもすごく大事で、海外志向で日本を軽視するのも大間違いだと思う。日本の音楽ファンほどシビアな人たちっていないからね(笑)。
今ってまさに1曲目のタイトル、“Man in the Maze(迷路)”だと思うんですよ。
―3rd以降はアルバムのリリースはなく、日本での活動と並行して、海外での足固めもしていたのだと思うのですが、実際どれくらいの割合で活動していたのでしょう?
GOTH-TRAD:今年(2011年)はヨーロッパに2~3ヶ月行って、アメリカに2~3週間行ってました。年間3~4ヶ月は海外でしたね。
―今年は海外の大規模なフェスにも出演されていましたが、ここ数年で海外での活動におけるターニング・ポイントはありましたか?
GOTH-TRAD:2007年に12インチを2枚出して、その後に回ったツアーは全部ライブで回ったんですね。向こうはDJ文化なので、ダブステップでライブをやってる人がほぼいなかったので、すごく面白がられたんです。そのときのツアーは大きくて、それが噂になって、次のオファーが来て…ホントそれの繰り返しですね。「日本からアーティスト来ました」じゃなくて、「同じ人間じゃん」って感覚でやりたかったから、シーンの横のつながりを大事にして、スケジュールと条件さえ合えば行ってましたね。
―そして、ひさびさの新作のタイトルが『New Epoch』なわけですが、これはここまで話していただいたように、海外と日本の状況を踏まえて、新しい時代を作っていこうという意味が込められているのでしょうか?
GOTH-TRAD:それもあるんですけど、やっぱり今年1年で日本はいろんなことがあって、いい部分も悪い部分もたくさん見えたと思うんですね。自分も震災や津波ですごくショックを受けたし、政治にすごく失望したし、悲しかったり、苛立ったりしたけど、その中で日本人がひとつひとつ積み上げて、新しくもう1回築きあげようっていう段階だと思うんです。そういう自分の感じたものを、音に込めて作りました。
―やっぱり、音楽のスタイルは変わっても、自分の感情的な部分を音で表現するっていう姿勢自体には変わりないわけですね。
GOTH-TRAD:そうですね。常に自分は生活から感じるものを音にしてるというか、自分で思った空想とか妄想、SFXの世界なんです。それはニュースを見たり、人の話を聞いたり、日本に住んでるっていう状況を踏まえた中でのSFXなんで、常に自分の気持ちを音にするっていうことは変わらないですね。
―さきほど話にも出たような震災以降の社会状況の中で、音楽には何ができると思いますか?
GOTH-TRAD:今ってまさに1曲目のタイトル、“Man in the Maze(迷路)”だと思うんですよ。でも、日本人はすげえと思うんです。俺とかぶっちゃけこんな日本住みたくねえとも思ったりしますから。問題をひたすら隠し続ける国に対する苛立ちもあるし、でも1人が動いたところで変わらないっていう歯がゆさもあって、結局自分は音で表現するしかない、それだけなんです。『New Epoch』っていうのは、希望なんですよ。今年1年でみんなの意識は変わったと思うんですね。自分は確実に変わったし、それってレベルアップだと思うから、そうやって新しい時代、新しい世界を作っていけるんじゃないかっていう、自分の希望なんです。
- リリース情報
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- GOTH-TRAD
『New Epoch』 -
2012年1月11日発売
価格:2,520円(税込)
PCD-242711. Man in the Maze
2. Departure
3. Cosmos
4. Air Breaker
5. Walking Together
6. Strangers
7. Babylon Fall feat. Max Romeo
8. Anti Grid
9. Seeker
10. Mirage
11. New Epoch
- GOTH-TRAD
- プロフィール
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- GOTH-TRAD
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01年に秋本"Heavy"武士とともにREBEL FAMILIAを結成。GOTH-TRADとして05年に3rdアルバム『Mad Raver's Dance Floor』を発表。同アルバム収録の「Back To Chill」が、UKで話題となり、07年にUKのSKUD BEATから『Back To Chill EP』、さらに同年、超重要DUBSTEPレーベルDEEP MEDi MUSIKから『Cut End/Flags』をリリース。8カ国10都市に及ぶヨーロッパツアーでは各地のオーディエンスを沸かした。以降、世界中をツアーで回り現在では海外からのオファーは絶えない。11年には欧米のビッグ・フェスにも出演を果たす。
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