ニコニコ動画で話題を呼んだクリエイターがCDデビューを果たすという流れはすっかり定着したが、そのクリエイターは大きく分けて2つのタイプが存在する。ひとつは、ボカロを入り口として音楽制作を始めたタイプ。もうひとつは、バンドなどで音楽活動をスタートさせながら、その途中でボカロに出会ったタイプで、サウンドプロデューサーPOCOの1人ユニットである空中分解は、後者を代表する存在である。「空中分解 feat.アンテナガール」名義で発表される4年ぶりの新作『ルミナスター』は、ボカロでの楽曲制作を経て、「アンテナガール」を新ボーカリストに迎えた、空中分解にとっての新たな一歩となる作品。「アンテナガール」とは、元々空中分解の曲に登場するキャラクターだったのだが、ここでは実在の人物(それもかなり意外な正体!)がその役を担当している。このリアルとバーチャルの不思議な混在は非常に現代的だが、これは選び取られたものではなく、POCOの音楽に対する真摯な思いが導いた結果だった。
ちょうどSUPERCARが解散して、「このポジション空いてる!」って思ったんです(笑)。(POCO)
―まずは、POCOさんが音楽の道を志したきっかけから教えてください。
POCO:中学のときに尾崎豊とGLAYに感銘を受けて、僕も音楽をやりたいと思ったのが最初ですね。僕は兵庫の出身なんですけど、高校生になって、ライブハウスに出るようになった頃には東京に行くって決めてて、卒業を機にこっちに来ました。
―音楽の専門学校に入ったんですよね?
POCO:その頃から曲を作って歌っていたんで、学校でサウンドを一緒に作ってくれる人と出会えれば何とかなるんじゃないかと思ってたんですけど、なかなか難しかったですね。その頃fra-foaが好きで、そういう音楽をやりたかったんですけど、ボーカルの三上ちさこさんみたいな、アーティスト性のある人にはかなわないと思って。GLAYのTERUさんみたいに音域広く歌い上げることもできないし、「じゃあ自分の一番いいところ、伸ばせるところは何だろう?」って探すようになったんです。
―その結果として、空中分解が始まったと。
POCO:僕は打ち込みができて、曲が作れて、歌が歌えるっていうのが強みで、ちょうどSUPERCARが解散して、「このポジション空いてる!」って思ったんです(笑)。空中分解は学校で出会った3人で始まってて、僕は歌を歌って、あとサウンドプロデュースの子と、ギターの子がいて、「ポストSUPERCARを狙おう」って話をしてました。
―でも、徐々に音楽性が変化して行ってますよね?
POCO:capsuleとか元気ロケッツとかが出てきた頃が転換期でしたね。サウンドプロデュースの子が抜けて2人になったこともあって、「こっちに振り切っちゃおう」と。そこで、インディーデビューの話になったんです。
―2008年に出た『COCOLO COLOR』ですよね。そこから今回の作品までに、4年という時間が経ちました。
POCO:CDが出て1年ぐらい活動してたんですけど、またメンバーが抜けてしまって、1人になっちゃって。そのタイミングで、自分は曲を提供して、人に歌ってもらう側になることを目標にするようになっていったんです。このまま同じことをやっていても次のステップには行けないだろうなって、気がついたというか。それで、これまでよりもストレートに言葉とメロディを聴かせるようになりました。いわゆるJ-POPのカテゴリーの中で勝負がしたいと思ったんです。
―これまではずっと自分で歌ってきたわけですが、そこに対するこだわりはなかったんですか?
POCO:もちろん歌うのは好きですけど、インディーで1枚出して思ったのが、カラオケに入ってたりとか、「テレビで聴いたよ」って言われたりとか、そういうときにすごく幸せを感じたんですね。ライブで歌ってるときとはまた別の幸せがあって、僕は歌を歌いたいっていうよりも、作品を残したいんだなって思ったんです。
―なるほど。でも、1人になって、それでも「空中分解」を名乗り続けることに迷いはなかったんですか?
POCO:「これって空中分解なのか?」っていう迷いはありました。でも長くやってきてたので、サウンドは変わっても精神は変わらないし、ファンの子たちも長い目で見ててくれたんです。高校生の時から来てくれたファンだと、もう結婚して子供がいる子もいたりして、僕はメジャーでは新人ですけど、下積みは長いんです(笑)。
―どう変化しても、空中分解を好きでいてくれるファンが支えになったんですね。
POCO:そうですね。ちゃんと活動できてないときでも、ちょっとライブをするとみんなが来てくれて、それはすごくありがたかったです。ファンの人とマイミクしたり、Twitterをフォローしたり、スタッフを通さず直にコミュニケーションするようにしてきたので、それもよかったのかなって思いますね。
あるとき名古屋のDJから連絡が来て、「空中分解、あっためておきました。うちに来てください」って言われて、僕は軽い気持ちで行ったら、会場の全員がAメロから歌えるんですよ!(POCO)
―2010から2011年はボカロで曲を発表していましたが、当時は試行錯誤の時期だったわけですか?
POCO:正直に言っちゃうと、レコード会社にプレゼンをしてる時期だったんです。それが決まるまでは女性キーで作った曲も世に出せない状況で、それでも何とかファンの人を盛り上げられないかなって考えてたんです。元々僕もsupercellの流れ、“メルト”とか“ブラック★ロックシューター”とか大好きだったんで、ちょっとボカロをやってみようかなって。まあ、難しい世界だなっていうのは入って感じましたけど。
―どういう部分で感じました?
POCO:空中分解として曲を発表したわけですけど、「プロが入ってくるところじゃねえ」っていう感覚が当時はまだあったんですよね。あと、みんな「ニコ動で流行るスタンスの曲を作ってるんだな」って感じたんです。あらかじめあった曲をアップするんじゃなくて、ニコ動にアップするための構成作り、メロディの入れ方、PVの展開の仕方とか、これは狙ってやってるんだなっていうのがわかってきて。だから、ボカロ一辺倒っていうのは僕としては違うなと思いつつ、好きで作ってた感じです。
―あくまで先を見据えてやっていたと。
POCO:でも、その頃にできたつながりってホントに大事で、今回の作品でリミックスをしてもらった八王子Pとか、でんぱ組.incのねむちゃんとか、みんなボカロをやってた1年間で出会ってきた人たちなので、全然ムダになってないんですよ。八王子Pは今めちゃくちゃ売れっ子で、即売会とか隣で立たせてもらって、その場で何千枚って売れるのを目の当たりにしてますから、「これはかなわねえぞ」とも思いましたしね。
―そういう現場で受けた刺激っていうのは大きかったでしょうね。『DENPA!!!』に出演されたときはどうでした?
POCO:『DENPA!!!』ってホント弱肉強食のイベントで、知名度がなかったら騒いでもらえなかったりもするんですけど、僕は何とか盛り上げられたんで、それは収穫でしたね。まだアニソンの世界に入ってない頃だったんですけど、楽曲としては勝負できるなって思えたんです。あと空中分解ってPerfumeファンのDJさんにプッシュしてもらえる率が高いんですね。あるとき名古屋のDJから連絡が来て、「空中分解、あっためておきました。うちに来てください」って言われて、僕は軽い気持ちで行ったら、会場の全員がAメロから歌えるんですよ! 「この音楽を広めたい」って思ってくれるコアなDJが2〜3人でもいると、局地的にドンと広がるんだなっていうのを感じたので、今回もそういう現場を意識して作ったりもしてますね。
まさか自分のフルアルバムになるとは思ってなかったので、段々と「やばい! がんばんなきゃ!」って(笑)。(アンテナガール)
―では、お待たせしました、アンテナガールさんにもお話を伺いたいと思うのですが、デモテープで歌ったことをきっかけに、今回フィーチャリングで全面的に参加をすることになったそうですが、元々お2人はお知り合いだったんですか?
POCO:…元々知り合いです(笑)。
―ん? 今の笑いは?
アンテナガール:あの…妹なんです。
―そういうことですか! びっくりしました(笑)。
アンテナガール:バンド時代から(空中分解の)ライブにはよく行っていて、POPを書いたりとか、売り子をやったり、色々手伝いをしてたんです。
アンテナガール
―シンガーとしての経験はあったんですか?
アンテナガール:ほとんどないです。学園祭でちょびっと歌ったことがあるぐらい。
POCO:空中分解のデモテープで歌ったのがほぼ初めてと言っていいと思いますね。
―でも、デモテープで歌ってもらったっていうことは、「結構歌上手いな」っていう認識はあったわけですよね?
POCO:いや、上手いわけではないと思います。そのときはあまり深く考えてなくて、普通のデモテープの気持ちで作ってたので、知り合いのボーカルに歌ってもらってもよかったんです。じゃあ、なんでこの子に“アンテナガール”を歌ってもらったかっていうと、この曲がめちゃめちゃ好きだったらしいんですよ。それで「私アンテナガールになりたい」って言ってて(笑)。
アンテナガール:今まで空中分解の曲をずっと聴いてきた中で、「好きなの来た!」と思って(笑)。キャッチーだし、振付けも好きで、すごいいいなって思って。
―でもまさか、CDで歌うことになるとは…
アンテナガール:全然考えてませんでした! 「ちょっと歌ってみる?」みたいな感じだったんで、いまだにびっくりしてます(笑)。最初は「空中分解のアルバムにちょっと出るのかな?」ぐらいの感じだったのが、まさか自分のフルアルバムになるとは思ってなかったので、段々と「やばい! がんばんなきゃ!」って(笑)。でも、自分の声を気に入っていただけたのをきっかけに、空中分解が前に出れるなら、私はそれでいいなと思って。
POCO:僕としてもすごくありがたかったです。ボーカリストとしてはまだまだ伸びるところがたくさんあると思うんですけど、光る素質はあると思うので、最初からこの子に合った曲を作れば、また変わってくるのかなとも思いますね。
―今回の曲っていうのは、元々POCOさんが歌ってた曲のキーを変えて歌ってるわけですもんね。
POCO:そうです。それに、ちょっとタイムラグがあるんです。実際“アンテナガール”を作ったのは2008年とか2009年なんで、当時ポンッと出せてたらまた違ったのかなって。だから、次の作品がすぐに出せたりすれば、また違ったアプローチができると思うんです。僕としては今回のはベストアルバムみたいに思ってて、名刺代わりとして聴いていただいて、気に入ってくれた人には「次楽しみにしてください!」っていう流れにできたら嬉しいですね。
僕としても崖っぷちだったというか、失うものはない状態で、「これに賭けるしかない」っていう感じなんですよね。(POCO)
―本作のきっかけになったともいうべき“アンテナガール”は、どのようにしてできた曲だったんですか?
POCO:電波を拡散するような、広まるような曲にしたいっていうコンセプトがあって、「何とかガール」っていうのは浮かんでたんですけど、そこに「アンテナ」っていう言葉が上手くはまって、その流れで歌詞も全部書き上げて。サウンドはそのときやりたかったマイナー系のエレクトロ、ロックテイストが入って、サビでガツッと切り替わる感じ。あとはライブでの盛り上がりを意識しましたね。シングルカットのつもりで作ったので、そういう風に評価してもらえてよかったなって。
―最初に「大衆性」っていう話もありましたが、まさに広い層に受け入れられる可能性のある曲だと思います。
POCO:この曲は既存のファンの人にもめちゃめちゃ評価されたんですよ。アンテナガールのイラストを描いてくれる人がいっぱいいて、今で言うと「描いてみた」ですけど、当時はその言葉もまだなくて、mixiのコミュニティにみんながイラストをアップしてくれてて。「DJで流したいので音源ください」って言われたりすることもそれまでにはなかったし、まだレコード会社には認められてなかったけど、絶対広まる曲だと思って、ずっと演奏してきたんです。
―みんながイラストを描いたっていうのは、“アンテナガール”っていう架空のキャラクターを主人公にしたことが上手くはまったんでしょうね。
POCO:「私なりのアンテナガール」っていう風に、想像を膨らませやすかったんでしょうね。あと今回のジャケットでもイラストを描いてもらってるベロニカちゃんと出会ったのもこの頃で、その子もアンテナガールを書いてくれてたんです。
空中分解 feat.アンテナガール『ルミナスター』ジャケット
アンテナガール:私はベロニカちゃんの絵が気持ち悪いぐらい大好きで(笑)、そういう人にまたジャケットを描いてもらえることになって、しかもPVまでできて、めちゃくちゃ嬉しかったです。
―でも、そのアンテナガールに自分がなるっていうのは、なかなかの重責だよね(笑)。
アンテナガール:ホントですね…話が大きくて、追いついてないです(笑)。
―実際のレコーディングではどんなことを意識しましたか?
アンテナガール:“アンテナガール”と“ぴったんこ”のデモを録ったのが3年前ぐらいだったので、その間に声とか歌い方が自分でも気づかないぐらい微妙に変わってたみたいで、いざ他の曲を歌ってみようってなったときに、どうすればはまるのかっていうのは、自分の中で模索しながらやってました。
POCO:当時何気なく歌ったテンションが評価してもらえたわけですけど、緊張して歌うとテイストが変わっちゃって、そのときのプロデューサーのハテナの数といったらなかった(笑)。でも、最後の方はスムーズにできてましたね。
―それにしても、意外なところにすごいタレントがいましたよね。
POCO:僕にとってはシンデレラガールですね(笑)。歌を歌いたい子って、今山ほどいるんですよね。そんな中で、声を評価してもらえたっていうのは、すごいチャンスをもらえたってことで。今活動休止するバンドが多いじゃないですか? 僕がまだライブハウスで活動してたときに、School Food Punishmentを見て「めちゃくちゃかっこいい!」と思って、その後も外から見るとすごく上手く行ってて、もう次の作品で「みんなが知る」っていうところまで来てたと思うんですけど、それでもダメになっちゃった。認知度は比べられたもんじゃないですけど、僕としても崖っぷちだったというか、失うものはない状態で、「これに賭けるしかない」っていう感じなんですよね。
―前作からの4年の間で、一番つらかったのっていつ頃ですか?
POCO:震災からこのリリースが決まるまでの間っていうのは、プレゼンしても落ちまくって、「何でわかってもらえないんだ?」っていう思いが強くて、しんどかったですね。でも、続けていれば何かあるっていう感じはしていたので、もうちょっと頑張ってみようっていうのはありました。
―そうやって頑張ってこれたのは、やっぱりファンの人たちがいたからこそ?
POCO:それが大きいですね。「次の作品いつですか?」「もうちょっと待ってて」っていうのが何年も続いてましたけど、楽しみにしてくれる人がいるっていうのは、モチベーションを保つためにすごく必要なパーツでした。名古屋に行ったらワンマンよりも盛り上がったり、新譜を出さなくてもライブに来てくれる人たちに対して、今やめちゃったら示しがつかないというか、ここは踏ん張ろうっていうのは大きかったですね。
言葉を先に知ってもらって、その後音楽を聴いて好きになってもらうのって、間違いないんですよ。(POCO)
―『ルミナスター』っていうタイトルは、ファンの方からのアンケートにあった言葉だそうですね。
POCO:「空中分解のイメージを書いてください」っていうところに、「キラキラ輝いてて、ルミナスターみたいですね」って書いてあって、めちゃくちゃきれいな言葉だなって思って。「イルミネーション」と「スター」っていう、そのイメージがすごくきれいだと思って、この言葉に合った曲を作りたいとも思ったし、アルバムのタイトルもこれにしたいなって。星くずが散りばめられたようなアルバムっていうイメージで行きたくて。
―“ストロボ”とかもそうですけど、どうしてそういうキラキラしたイメージに惹かれるんでしょうね?
POCO:何でですかね…“ルミナスター”に関して言えば、まず言葉遊びが好きなんですよね。“ぴったんこ”とかもそうですけど、きれいな言葉とか、面白おかしい言葉にメロディを当ててみたっていう感覚なんです。元々言葉を知ってもらいたいっていうのがすごくあって、ブログも好きでやってますし、今はTwitterで自分の言葉を評価してもらえるっていうのが、ある種音楽以上に音楽っていう感じがするんですよね。言葉を先に知ってもらって、その後音楽を聴いて好きになってもらうのって、間違いないんですよ。逆はがっかりすることもあるんです。音楽が好きでTwitterをフォローしたら、こんなゲスいことしか言わないのかっていうこともあったりするんで。
―言葉を気に入れば、音楽も気に入る確率が高いっていうのは確かにそうかもしれないですね。
POCO:今ステマステマって言いますけど、知り合うきっかけとしてのTwitterはいいツールだと思うんですよ。今って絡んでなんぼっていうか、会いに行けるアイドルじゃないですけど、これだけアーティストが近くにいるわけで、DJをしてるときに、「よう、POCO!」って声かけてくれたら全然嬉しい。それが今のクラブシーンの楽しみっていうか、いい時代になったなって思います(笑)。
―では最後に、今後の空中分解の展望を話してもらえますか?
POCO:作品を提供する空中分解になっていきたいですね。アイドルに曲提供したり、バンドさんのリミックスをしたり、そういう作品を残しながら、空中分解としても表現していければいいなって思います。今はアウトプットし切った状態なので、何かインプットをして次の作品につなげられればと思うんですけど、アンテナガールとライブをやったら、おそらくファン層がガラッと変わると思うんで、そこで感じることとかをストックしていければなって今は思ってますね。
- リリース情報
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- 空中分解 feat.アンテナガール
『ルミナスター』 -
2012年7月18日発売
価格:2,300円(税込)
日本コロムビア / COCP-375211. アンテナガール
2. ぴったんこ
3. ルミナスター
4. STEP BY STEP
5. HIGH TOUCH ME
6. ギリギリミュージック
7. WARP
8. MUSIC MONSTER
9. YATTA!
10. ストロボ
11. アンテナガール(八王子P remix)
- 空中分解 feat.アンテナガール
- プロフィール
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- 空中分解
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本編のオリジナル楽曲全ての作詞・作曲を手がけるサウンド・プロデューサー「POCO」 の一人ユニット名。自身を含め様々なヴォーカリストに歌わせ、数多くのクラブ、ファッションイベント、アニソン系イベントに出演を続け、Twitterのフォロワーは1万人を超える。初音ミクをフィーチャーした楽曲はiTunesエレクトロチャート5位、ニコ動ランキングは17位をマーク。本作ではボーカリストに“アンテナガール”をフィーチャリング。
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