彼女がピアノの前に座ると、ピンと張り詰めた空気が生まれる。歌い始めると、その瞬間から目が離せなくなる。ライブを観た人は一様に息を呑み、「天才だ」と声を揃える。そういうタイプのシンガーソングライターが、おおたえみりだ。
昨年8月に19歳でデビュー、『セカイの皆さんへ / 集合体』『セカイの皆さんへ2 / 最短ルート』『セカイの皆さんへ3 / かごめかごめ'12』という3作のDVD+CD作品をリリースしてきた彼女。基本的にはピアノの弾き語りを中心にしたスタイルだが、その音楽性には既存のポップのフォーマットには一切とらわれない自由さがある。跳ねまわるタイム感と奔放なメロディーを持った楽曲を、まるで乗りこなすように歌う。ときに「死」に触れる歌詞の言葉にも、突き抜けた鋭さがある。
その圧倒的なパフォーマンスは、果たしてどんな感性から生み出されているのか。ときおり長い沈黙の中で考えながら、彼女は小さな声で一つ一つの問いにしっかりと答えてくれた。
私がすごくワガママだったんです。練習をすごく嫌がっていて。そしたら、ピアノの先生が「自由に弾きなさい」と言ってくれて。
―おおたえみりさんの音楽を初めて聴いたときに、ゾクゾクした感触があったんです。これまで見たことがないものだし、突き抜けているし、しかもポップな感覚があった。すごく自由だし、しかも音楽と一つになっている感じがあった。すごい! って思ったんですね。
おおた:ありがとうございます。
―なので、おおたえみりさんがどんな風に音楽と触れ合ってきたのかをまず聞こうと思うんですけれども。最初に曲を作ったのは、小学生のころなんですよね。
おおた:そうです。3歳からピアノを習っていて、その中で曲を作ることをやってきました。それじゃなく、今に通じるような歌詞付きの曲を最初に作ったのが14歳くらいです。
―そのときから作っていた曲が、DVDやCDに入っている曲?
おおた:そうですね。今回の第3弾に入っているのが、すごく初期の曲です。
―これまでに発表された中で、一番古い曲は?
おおた:“トマトソング”が一番古いです。その後に、奇をてらうブームがおきて“郵便局員タカギ”を作って。そのあと、調を変わったものにするブームがおきて“きんちゃく”を作って。その後、かなり大きくなって、大人の雰囲気が出てきたなってときに、“シャンデリア”を作りました。
―10代のときに、自分の中でいろんな作曲スタイルのブームがあったんですね。
おおた:今でもあります。
―そういうブームは、どんな風にして生まれたんですか?
おおた:他の人に言われた言葉を受けて、考えて、出てくるものとかですね。“トマトソング”を作って、これはすごく変わってる曲だって褒めてもらって。そこから奇をてらうブームが起きたり。そんな感じです。
―ピアノはほぼ独学ということですけれども、どのくらいから自分の弾き方で演奏するようになったんでしょう?
おおた:私がすごくワガママだったんです。練習をすごく嫌がっていて。そしたら、ピアノの先生が「自由に弾きなさい」と言ってくれて。小学校を卒業するくらいまで先生に教わっていたけれど、好きな風に弾きながら、先生が弾くクラシックの曲を身体で覚えるという練習の仕方をしていて。
―それが今につながっている、と。
おおた:そうです。で、自分の弾き方を考えだすきっかけになったのが、ピアノにコードがあるということを知ったことで。楽譜を買うようになって、ここに書いてある「A」ってなんだろう? と思って。コードって簡単だったんですよね。楽譜は読めなくてもコードはわかる。それから歌詞のある曲を作れるようになりました。コードのおかげです。
おおたえみり
―それが14歳くらいのお話ですね。いつごろにミュージシャンとしてやっていく心づもりが決まりました?
おおた:それはやっぱり、コンテストで「いいね」って言ってもらえたからだと思います。
―『The 1st Music Revolution JAPAN FINAL』でグランプリを受賞したのが、15歳のころですよね。普通の15歳って、将来どうするかとかイメージしてないと思うんですけれども。僕なんか、全然考えてなかった。
おおた:私も考えなかったです(笑)。
―でも、音楽が仕事になればいいという気持ちはあった?
おおた:なれそうだなっていうのはありました。なりたくてなれるものじゃないし、運がありそうだから、このままやってみようかなって。
『セカイの皆さんへ/集合体』のときは、すごく泣いてたんです。ものすごく張り詰めていたし、そういう作品になっていると思います。
すでに150曲を超えるレパートリーを持ち、日々新たな曲も生み出されているという彼女。DVD三部作では、様々な映像でその音楽の魅力が切り取られている。モノクロームの映像でスタジオレコーディングを収録した『セカイの皆さんへ』、着物を着たおおたえみりが和風なセットの中でピアノを弾き語る『セカイの皆さんへ2』、そして総勢22名のオーケストラを迎えコンサートホールでのライブ映像を収録した『セカイの皆さんへ3』。それぞれの作品を彼女はどう捉えているのか。
―まず、最初の『セカイの皆さんへ』は、スタジオでピアノに向き合ったシンプルな映像でしたけれど。
おおた:あのときは、すごく泣いてたんです。ずっと泣いていて……。ものすごく張り詰めていたし、そういう作品になっていると思います。“集合体”のときも、かなり泣いてました。白黒で、撮られ方も痛々しかったし、緊張している作品だと思います。
―あの緊張感は、これから世の中に自分の存在が広まっていくというタイミングとも関係していました?
おおた:関係していました。これでいいのかなあってずっと考えていて。でも、初めてだからわからなくて。そういう状態でした。
―『セカイの皆さんへ2』では、着物での撮影になっていましたけれども。あれはどういうアイデアから?
おおた:あれは映像の監督が考えた物語の設定があって、その上で自分がライブをする、歌うという感じでした。
―『セカイの皆さんへ2』の“パカパカ大学生”から“母のもとへ”の5曲は、パッと見た感じはカラフルだけれど、真に迫ってくるような5曲だと思います。
おおた:第2弾は自分の中では一番先進的な感じなので、そう言ってもらえると嬉しいです。
―先進的というのは?
おおた:あまり痛くなく、ちょうどいい浸透圧というか。染み込みやすい濃度で作れた感じがします。そういう分量が、最近はかなり改善されてきていて。そういう作品が第2弾に詰め込められていると思います。
―黒子の人が曲名をめくったりするような演出も含めて、現実世界からちょっと離れた感じがありますよね。その感じはおおたえみりさんの音楽と合っていると思うんです。異空間というか。
おおた:夢の中って感じですよね。あれは自分でもよかったなって思います。
―『セカイの皆さんへ3』では、オーケストラと一緒に演奏しているわけですけれども。まず、この共演はどういうところから?
おおた:今回、寺嶋民哉さんという方にオーケストラのアレンジと指揮をしていただいたんですけれど、すごく昔に寺嶋さんと一緒にできたらいいねっていう話をしていて。16歳くらいのころ、寺嶋さんに“郵便局員タカギ”という最後の曲のアレンジをしていただいて、すごく感動したんです。長い間その音源が大好きだったから、嬉しかった。
―なるほど。
おおた:自分が大人になっていく中で、初期の曲をやっておきたかった。そういう気持ちもありました。
不協和音を弾くことは良くないと思ってたんです。でも、その後に、それだけじゃ未来がないと思うようになって。
なぜ、彼女の音楽は型破りな個性を持っているのか。ときにキュートな、ときにヒヤリとするほどスリリングな響きを放ちつつ、聴き手の意識を釘付けにする予測不可能な跳躍感を音楽として鳴らしているのはなぜか。その理由に、「次元の違い」というキーワードを彼女は挙げる。
―おおたえみりさんの曲って、既存の枠組みには沿っていないところが魅力だと思うんです。自分の間合いで音楽が進んでいる感じがする。大抵の人は、クラシックとかジャズにしてもポップスやロックにしても、こういうのが正解だってスタイルを学んで、それに合わせていく作り方をすると思うんです。そうじゃなくて、いわば自分が右足を踏み出したら、次に左足をどこを置くか? みたいにして、ピアノや音楽と触れ合ってきてるんじゃないかと思うんですけれども。
おおた:嬉しいです。そうかもしれない。
―なんでこんなに既存のフォーマットから逸脱できるのか、どのようにして、そういう風に進んでこられたのかを聞いてみたいと思ってたんですけれども。
おおた:(長い沈黙)……わからないです。
―おおたえみりさんの音楽って、コードだけじゃないと思うんです。曲を聴くと結構音をぶつけてるというか、不協和音も積極的に使っていますよね。そこもちゃんと独特の響きを持った音楽になっていて。
おおた:15、6歳のときは、不協和音を弾くことは良くないと思ってたんです。音が当たったら、間違えたって思うようにしてたんですね。でも、その後に、それだけじゃ未来がないと思うようになって。当たってる音にすごく心を動かされるかもしれない。普段弾いてるような感覚で弾けば、不協和音もエッセンスになるかもしれないって思うようになって。それで意図して不協和音を使ってるところがあります。そういう不協和音とは別に、たとえばCに対してA♭を使ったり、そういうものにも可能性を感じます。
―そういう音も、曲になったときに違和感は感じないんですよね。それがおおたえみりさんの音楽の面白さになってると思うんです。
おおた:うん。「音楽の面白さ」ですね。
―そういうものを発見できたときには、未来が開けた感覚がある?
おおた:あります。不思議ですよね。
―そう。不思議なんですよ。正直、不思議なのでインタビューしているという(笑)。
おおた:(笑)。でも、不思議とすんなりいくことがあって、それが曲になっているんですね。それが楽しみ。言い表してもらって、すっきりしました。
できるだけ現実的なものを見ず、感じず、一人ぼっちになって、それでライブに臨む。
―普段の生活の中で、ピアノを弾くときや、曲を作るときっていうのは、どういうときなんでしょうか。
おおた:それは、ちょっと次元が変わるとき。
―次元が変わるとき?
おおた:たとえば、お風呂にいたらちょっと異次元な感じがしますよね。日常的な、学校に行って、友達と挨拶してというところから、一歩外れたら異次元を感じるときがあって。そのときが曲を書くのと繋がっています。
―何気ない日常で、ぼんやりしていたら見逃してしまいそうなときも、次元が切り替わるときを感じるという?
おおた:そうです。無意識になるときというか。
―ライブでも、ただ演奏して歌ってる感じじゃないですよね。ステージに現れるときの佇まいとかも含めて、トータルで空気を作っている感じがするんですけれども。ステージに立つときには、どういう心持ちで向かっている感じがありますか。
おおた:次元が違うパワーを曲にしたから、その、次元が違うという心境を再現できるように。できるだけ現実的なものを見ず、感じず、一人ぼっちになって、それでライブに臨むというという感じです。
―具体的に、ライブをする前に決めていることってあります?
おおた:考えつつ、考えてないような心境になること。
―というのは?
おおた:自問自答するというか。責任を感じながら、無責任な自分になるというか。ゼロになるというか。そういう心境です。
―たとえば、「おおたえみりさんです、どうぞ」って司会の人に紹介されて登場するんじゃなくて、最初からずっとピアノの前に座っていたりするライブもあったって聞きましたけれど。
おおた:でも「おおたえみりさんです、どうぞ」って言われて登場するときも、やっぱりあって。そういうときは、とりあえずピアノの前に座って、沈黙する。そうしたら、空間の音がだんだん大きくなって、で、だんだん止まっていくのを感じて、そこから始める。次元を変えるための努力はしています。
―ステージでも鋭敏にアンテナを張り巡らせて、その場の空気を感じて音楽を鳴らしているんですね。
おおた:最近そう思うようになりました。上手く演奏することが無意味だということを思って。たとえ間違いなく弾いても、それがいいと思われるわけじゃない。それが何年かやる中でわかったから、そうするようになりました。
音楽って、無限大に楽しさというものが生まれ得ると思います。
―ちなみに、おおたえみりさんが感じる音楽の楽しさって、どういうときに感じる、どういうところにあるものだと思いますか?
おおた:それも次元の違いの話になるんですけど……普段の生活で楽しく思うっていうことは、勉強の成果として楽しく思うっていう成分が多くて。音楽っていうのは、それとは違う楽しさをくれる感じがします。楽しい曲をやらなくても、楽しくなることがあったりします。無限大に楽しさというものが生まれ得ると思います。
―たとえば“母のもとへ”とか“輪廻”とか“フェードアウト人生”とか、歌詞の内容には、死のことを描いた曲は多いですよね。これも、今まで話していただいた流れを踏まえて考えるならば、おおたえみりさんの中では、生と死というのは最大の「次元の違い」なんじゃないかと。
おおた:そうなんです。
―だからこそ、すごく強い曲になっている。「死」をテーマにするって、暗いとかネガティブとか捉えられがちだけれど、そういうパワーのあるものとしてモチーフにしたんじゃないかと思ったんですが、どうでしょう?
おおた:そう。その通りです。
―こういう曲って、歌ってるときに感情が盛り上がったりします?
おおた:いえ、それはないです。歌ってるときは感情を感じないようにしています。お客さんの顔を見つめながら歌っているようなときのほうが、集中度が高い気がします。
―わかりました。『セカイの皆さんへ』は三部作ということですが、この先は、どういうことをやってみたいと思っています?
おおた:私、しばらくロックの良さがわからなくて、ロックは良くないって言い続けてきたんです。でも、ロックは意外とトリップできる、次元の違う場所に行くために有効な形ではないかと最近思い始めていて。だから、ヘッドバンギングするような音楽をやってみたいなって思ってます。
―なるほど。そういうのも意外とありかもしれない。
おおた:ですね。音の大きさには限度があるけれど。頭を振ったり、身体を動かすのはいいかもしれない。身体的なことを考えていきたいと思ってます。あとは音響的なこともやってみたい。でも、実現はいつになるか(笑)。
―この先、5年や10年のスパンで考えて、どういうミュージシャンになっていたいというイメージがありますか。
おおた:これからも作品を作るように生きていきたいというか、生きるように作品を作っていきたいというか……。人間が作品であるようでいたいと思います。あくまで私である、そう確信できるような人でいたい。それを聴いてもらって、楽しさを生めるような作り手でいたいと思っています。
- リリース情報
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- おおたえみり『セカイの皆さんへ3 / かごめかごめ'12』(DVD+CD)
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2013年1月30日発売
価格:1,890円(税込)
cutting edge / CTBR-92087/B[DVD収録内容]
1. トマトソング
2. 調整中
3. きんちゃく
4. シャンデリア
5. 郵便局員タカギ
[CD収録楽曲]
1. かごめかごめ
2. かごめかごめ(instrumental)
- プロフィール
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- おおたえみり
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幼少の頃からピアノに親しみ、小学4年生の頃から曲作りを始める。2007年、The1st Music Revolution JAPAN FINALにおいて、創作初期の楽曲「情の苗」にてグランプリを受賞。翌年から、地元のライブハウスにて弾語りのマンスリーライブをスタート、その後関西を中心に定期的にライブ活動を行う。併行して、オリジナル楽曲の制作・レコーディングを行い、ライブラリーは150曲を超え、現在も増え続けている。既存の概念や枠に捉われない、全く新しいタイプのアーティスト=音楽芸術家として、2012年8月1日、cutting edgeよりDVD&CD「セカイの皆さんへ/集合体」にてメジャーデビュー。11月21日には2ndDVD&CD「セカイの皆さんへ2/最短ルート」をリリース。2013年、早くも3rdDVD&CD「セカイの皆さんへ3/かごめかごめ'12」が1月30日にリリース決定。
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