強い変身願望を持ち、「魔女になりたい」と本気で思った少女は、いつしかそんな自分を受け入れて、音楽で生きていくことを選んだ。デビュー作『魔女図鑑』を発表し、そのリリースパーティーを終えたばかりの吉澤嘉代子は、いままさに音楽人生の本格的なスタートを切ったところである。前回の取材では、デビューに至るまでのヒストリーを語ってもらったが、今回は『魔女図鑑』の中で2曲のプロデュースを担当し、リリースパーティーでもサポートとしてトレードマークのリッケンバッカーをかき鳴らしていた石崎光を迎え、吉澤の楽曲の魅力について語り合ってもらった。
前回の取材時と同様に、この日の取材でも吉澤は「名曲を書きたい」と語ってくれたが、自分を全面に出すのではなく、スタンダードナンバーを咀嚼し、曲ごとにキャラクターを演じ分けるというスタイルは大衆音楽の基本であると言ってもよく、名曲と成り得る下地はすでに整っているように思う。また、吉澤はこの日の取材中、曲作り、レコーディング、ライブ、それぞれにおいて「とにかく、楽しい」という言葉を繰り返していたが、「楽しんで作る」ということもまた、名曲が生まれる大切な条件だと言えるだろう。ひょっとしたら、すでに名曲の卵は彼女の中で生まれているのかもしれない。
音楽を詳しく知らない人にも、「あ、なんかちょっといい」とか「ダサいけどかっこいい」とか(笑)、そういう匂いみたいなものを感じてもらいたい。(石崎)
―『魔女図鑑』では、石崎さんは“未成年の主張”と“らりるれりん”のプロデュースを担当されていますが、どんなことを話しながら制作を進めて行ったのでしょうか?
石崎:音楽的な細かいディティールよりも、「どういう景色が見えてるか」みたいな話をよくしてました。例えば“未成年の主張”だったら、体育館で歌ってるとか、スポットライトが当たってるとか、そういう細かいことを訊いた上で、僕がイメージした音をつけていくことが多かったですね。
吉澤:ダンスパーティーっぽいとか(笑)。
石崎:そう、それで、ダンスパーティーだったら何の音が合うかって考えて、楽器の演奏がとにかく下手みたいな、そのつたない感じをいかに出すかを考えたり。
―学生がパーティーで演奏してるような雰囲気を出したってことですよね。面白いですね、そうやって場所の設定から考えるって。
石崎:僕はそういう話を聞くのが好きなんです。アレンジって、言ったらどうにでもなるじゃないですか? でも、曲を作った本人がどう思ってるかっていうところを形にするのが僕の役目だと思っていて、くだらないことでもいいから、とにかく思ってることをいっぱいしゃべってもらって、それについて話し合って作るみたいな方法がすごく多くて。
―細かいサウンドのことよりも、曲が持ってる風景や表情のほうがより大事だと。
石崎:そうですね。音楽を知らない人にも楽しめるっていうのを僕は重要視したくて、もちろん、音楽家から見る吉澤嘉代子も評価してもらいたいんだけど、もっと重要なのは一般の人、音楽を詳しく知らない人でも、「あ、なんかちょっといい」とか「ダサいけどかっこいい」とか(笑)、そういう匂いみたいなものを感じてもらいたい。嘉代子ちゃんは特にそういうタイプの作り手だと思うから、そこはなるべく拾いたいと思ってるんです。
吉澤:最初にお会いしたときから、歌詞についてすごく話し合っていて、そういうのが初めてだったから、すごく嬉しかったです。自分で作ってるときは、こうでこうでって設定とか細かく決まってたりするので、それについて話し合えるのがとっても楽しくて。
石崎:ディレクターとかマネージャーも交えて話し合いをするんですけど、まずは歌詞が面白くないと意味がないと思うんですね。もちろん、嘉代子ちゃんが作ってるものなので、それがよければ僕らは何も言わないですけど、「もしここがこうだったら、もっとよくなるんじゃないか」みたいなことは常に話し合ってます。そこがまず第一の客観性で、そこで「これはヤバいね!」ってなったら、外に出してもヤバい作品になると思うんですよね。
短歌みたいに凝縮されて、選び抜かれたきれいな言葉が並んでるのを見ると、字面だけで興奮するというか(笑)。(吉澤)
―前回の取材では音楽的な背景の話はほとんどしていなかったので、改めてお伺いすると、吉澤さんのルーツとしてまず大きいのが、井上陽水さんなんですよね?
吉澤:そうですね。ニューミュージックというか、そういう音楽がよく家で流れていたので、刷り込まれてるっていうのはありますね。
―石崎さんは『魔女図鑑』に寄せて、「吉澤嘉代子は間違いなくモータウン、ましてやフィル・スペクターを知らない。けれども不思議とどこかしこにオールディーズ感が漂っている」とコメントされていますが、実際に洋楽はそんなに通ってないんですか?
吉澤:大学生になるまでは全然聴いてませんでした。やっぱり歌詞をよく聴いていたので、英語はわからないから全然興味を持てなくて、ほとんど日本語の歌しか聴いたことがなかったんです。
―石崎さんは、吉澤さんのどんな部分にオールディーズ感を感じられたのですか?
石崎:いまの日本のポップスって、コードがすごい多くて、言い方は悪いですけど、コードをこねくり回して作ってるみたいな感じがある。それに対する疑問というか、「みんなもっとシンプルにやればいいのに」という思いがあったところに、突然彼女が現れたんです。歌詞もいまの時代にあんまりないタイプだし、すごく面白いなって。いま海外だと、ちょっとオールディーズっぽいのが流行ってるじゃないですか?
―アメリカのインディーとか、多いですよね。
石崎:そういうのを知らないにも関わらず、時代に乗っかってきた子がようやく現れたなって思ったんです。
吉澤:最初にディレクターと会ったときに「メロディーが大瀧詠一っぽい」と言われた曲があったので、その後に初めて聴いてみたら、「すごい!」と思って。それで、松本隆さんの詞の言葉の美しさにもものすごく衝撃を受けて、自分のやりたいことにピッタリ来た感じでしたね。
―前の取材のときも「特別レトロとかっていうことを意識してるわけじゃない」って話してくれたと思うんですけど、何でそういうちょっと古いものに惹かれるんでしょうね?
吉澤:何でなんですかね……歌詞の言葉数が少ないのにはすごく惹かれます。いっぱい詰め込んだ詞よりも、短歌みたいに凝縮されて、選び抜かれたきれいな言葉が並んでるのを見ると、字面だけで興奮するというか(笑)。
―少ない言葉数でもいろんな意味が読み取れるっていうのは、日本語のよさですもんね。その言葉の響きを生かしつつ、石崎さんの手が入ることで、よりポップスとして完成度の高い楽曲になるわけですね。
石崎:彼女が持ってるものを後押しするというか、わかりやすいところにポンと投げてあげるイメージなんですよね。音楽が手軽に聴ける時代なので、洋服と同じで、周りと同じものを着ててもあんまり目立たないと思うんですね。そこで「すっごいセンスいいんだけど、いま誰も着てない服」みたいのを、ポンと着せてあげるみたいなイメージなんです。
正直、最初はどんなアレンジがついても違和感があったんです。(吉澤)
―吉澤さんにとっては、自分の曲に人のアレンジが加わること自体、最初は新鮮な経験だったと思うんですね。当時はどんなことを思っていましたか?
吉澤:正直、最初はどんなアレンジがついても違和感があったんです。自分はどうしても自分の曲を守ってしまうので、曲は自分の「子ども」じゃなくて、「自分自身」っていうか、「分身」として捉えてしまうことが多かったんです。でも最近は、それが自分の手から離れて行くことがだんだん楽しくなってきて、自由になれるというか、心が解放されて、楽になっていきました。
―じゃあ、いまは以前とはだいぶ変わりました?
吉澤:今回音源を出したことで、曲に対しての感覚がすごく変わってきましたね。いままでは「理解してもらえなくてもいい」っていうか、「ただ自分が好きなものをやりたい」と思ってたんですけど、リリックビデオとかも流れて、「この曲が好き」とか「この歌詞がいい」とか言ってもらえるようになって、やっぱり人に喜んでもらえるものを作るのって、すごく楽しいなって思って。なので、これからは人の手が加わって曲が変わっていくことに対しても、人に喜んでもらうためっていうことを思えば、抵抗が薄れていくんじゃないかと思いますね。
叫んだり語ったり、嘉代子ちゃんのそういう部分はいい意味で大爆笑(笑)。(石崎)
―石崎さんから見て、シンガーとしての吉澤さんの魅力はどんな部分だとお考えですか?
石崎:最初の頃話したときに、「演じたいんです」みたいな話をしてて、それがすごく面白いと思ったんですよね。普通だったら、自分っていうフィルターを通して曲を伝えようとすると思うんですけど、彼女の場合は『魔女図鑑』っていうぐらいだし、1曲ごとに人格を変えたいっていう話をしてて、それが魅力的だと思うんです。最近あんまりそういう人っていないですよね?
―たしかに最近は、自分のパーソナルを押し出すアーティストが多いかもしれません。
石崎:だからこそ逆に嘉代子ちゃんは、演じてる部分をもっと誇張していったら、さらに面白くなるのかなって。独自の表現とか、方法論は持ってる子だと思うんですよ。それをもっとわかりやすくみなさんに伝えられれば、さらに魅力が伝わると思うので、シンガーとしてのセールスポイントはそこですね。最近は叫んだり語ったりする人もそんなにいないし、そこは僕からすると嘉代子ちゃんのそういう部分はいい意味で大爆笑っていうか(笑)、「この人、何やってんだ?」っていう、でもそれがクセになるというか、真似したくなるじゃないですか?
―ああ、真似したくなるって大事ですよね。
石崎:そこを今後さらに押していきたいっていうか、どの曲にもそういう部分があって、そこが聴きたいからライブに行くみたいな、そういう感じになればいいなって。
吉澤:台詞みたいな感じとかは、お風呂の中とか、自転車に乗ってるときとかに飛び出してくるんですけど、そういうことをやって怒る人もいると思うんですよね。「そこはちゃんと歌おうよ」みたいな。でも、光さんが「いいじゃん!」って言ってくれて、「あ、これオッケーなんだ」と思えたし、どんどん悪ふざけが増えていって(笑)。
石崎:悪ふざけって(笑)。
吉澤:真剣に悪ふざけしてるっていうか(笑)、どうしたらキャッチーになるか、面白くなるかっていうのを考えるのがすごく楽しいんです。
嘉代子ちゃんは、あざとくないんですよね。だから、ちゃんと作品として聴こえるんだと思いますね。(石崎)
―レコーディングの現場とかも楽しそうですよね。
石崎:そう思ってもらえるのはすごく嬉しくて、いま世に出てるものってちょっと完璧過ぎて、「音が笑ってるな」みたいなのがすごく少なくなってると思うんですよね。コンピューターで直せるから、いくらでもきれいにはできるんだけど、演奏や彼女の持ってる隙みたいなところを随所に残しておきたいというか、間違えてもそれが逆にオッケーみたいな、そういうほうが面白いと思うんですよ。
―たしかに、整ってるものがいっぱいある中で、でもそうじゃないものの中にもいいものは絶対にあって、特に吉澤さんのテーマでもある、ある種の「滑稽さ」を出すには、整ってないもののほうが相性はいいはずですよね。
石崎:うん、そういうほうが合ってると思いますね。彼女はものすごく上手いシンガーというわけではないと思うんですけど、それよりも演じたりとか、キャラクターを伝えることがポイントだと思うので、それを恥ずかしげもなく出していけば、ピッチが外れようが、リズムがぶれてようが、それで十分というか、逆にそこが魅力だと思うんです。
―吉澤さんとしても、その「悪ふざけ」は今後も自分の武器になると考えているわけですよね?
吉澤:台詞っぽくしたりとか、ちょっとふざけたりすることで、チープになってしまう場合もあると思うんですけど、光さんとやっていく中では、ちゃんと作品として完成していて、そこはよかったなと思っていて。
石崎:嘉代子ちゃんは、あざとくないんですよね。「ここでこう思わせてやろう」みたいなことをたぶん一切思ってなくて、それは僕も思ってないんです。だから、ちゃんと作品として聴こえるんだと思いますね。
―歌い方のアイデアって、お風呂や自転車以外ではどんなときに浮かぶことが多いですか?
吉澤:お部屋にいるときは独り言が多くて、そういうときは祭りになってるっていうか……急に喧嘩してみたり(笑)。
石崎:え? 一人で?
吉澤:はい……。
石崎:それDVDで出そうよ(笑)。
―(笑)。歌い方の研究とかもしてるんですか?
吉澤:一時期ブリルビルディングポップ(1960年代にニューヨークで生まれた、ティーン向けのポップソング)にはまってたことがあって、ヒーカップ唱法(ロカビリーなどで使われる、語尾を上げる唱法)とかは取り入れたいと思って。でも、そのぐらいかな……あとはいつも元気に歌えたらと思ってるんで(笑)。
石崎:子どもじゃん、それ(笑)。
普遍的で、選ばれた言葉が使われてる曲だったら、時代にも、誰かの心にも、ちゃんととどまっていられる可能性があるんじゃないかって。(吉澤)
吉澤:あの、さっき「どうして古い音楽に惹かれるのか?」って訊かれてから、「何でだろう?」ってずっと考えてたんです。私は名曲って言われるものを書きたいと思っていて、やっぱり古い音楽には名曲と呼ばれるものがあるというか、流されて行っちゃうような曲じゃなくて、スタンダードになるような魅力が、古い音楽にはあると思うんです。私にとっては、その魅力はやっぱり歌詞だと思うんですね。普遍的で、選ばれた言葉が使われてる曲だったら、流されてしまうことなく、時代にも、誰かの心にも、ちゃんととどまっていられる可能性があるんじゃないかって。
―「名曲を作りたい」っていう話は前回の取材でもおっしゃってましたが、吉澤さんにとっての「これぞ名曲」っていう曲を挙げてもらうとすれば、パッと何が出てきますか?
吉澤:ちあきなおみさんの“喝采”は、最初に聴いて「なんじゃこりゃ!」と思いました(笑)。すごく少ない言葉の中にドラマがあって、流れもあって、実際に経験したことはないけど、みんなが感じる哀愁みたいなものが漂っていて、「ザ・日本人」っていうか、自分のルーツみたいなものを感じました。
―石崎さんはいかがですか? 「名曲」と言えば?
石崎:やっぱり“上を向いて歩こう”ですかね。最近とある仕事であの曲を録音することがあって、歌詞を改めて読んだんですよ。そうしたら、「一人ぼっち」じゃなくて「一人ぽっち」なんですよ、実は。なんで「ぼっち」じゃなくて「ぽっち」なのかって考えたら、「一人ぽっち」のほうが寂しいっていう結論にたどり着いて、「やっぱりすごいな」って改めて思って。<上を向いて歩こう 涙がこぼれないように>っていう時点で素晴らしいし、構成も完璧過ぎて、そりゃあ世界に通じるわって思いました。
―いずれ“喝采”や“上を向いて歩こう”にも並ぶような名曲が生まれることを期待しています。では、最後に石崎さんから吉澤さんにエールを送っていただいて、それに吉澤さんが答える形で締めていただけますか?
石崎:そうですね……とにかく、売れてくれと(笑)。最近「売れたい」っていう人増えましたよね? 昔はそれを言うのってかっこ悪いことで、「評価されなくてもいい」みたいに言ってたけど、わりと最近はみんな「売れたい」って言ってて、東京カランコロンのいちろーくんとかもすごい「売れたい」って言うし、全然悪いことじゃないと思うんですよね。やってることを評価してもらうことは全然悪いことじゃないっていうか、むしろかっこいいことだと思うし。
吉澤:一人だけでやってるわけじゃなくて、チームで頑張ってることでもあるから、「私は売れるとかいいです」なんて言えない。みんな私の船に乗り込んできてくれているわけだから、ちゃんと舵を取っていかないとって思います。
石崎:いやあ、僕はもうついていくだけですけどね(笑)。
吉澤:じゃあ……ついてこい!(笑)
- イベント情報
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- 吉澤嘉代子 ファーストワンマンショウ
『〜夢で逢えたってしょうがないでSHOW〜』 -
2013年11月23日(土・祝)OPEN 17:30 / START 18:00
会場:東京都 渋谷 duo MUSIC EXCHANGE
料金:前売3,000円(ドリンク別)
- 吉澤嘉代子 ファーストワンマンショウ
- リリース情報
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- 吉澤嘉代子
『魔女図鑑』(CD) -
2013年6月5日発売
価格:1,500円(税込)
YMPCD-61. 未成年の主張
2. 化粧落とし
3. 恥ずかしい
4. らりるれりん
5. 泣き虫ジュゴン
6. ぶらんこ乗り
- 吉澤嘉代子
- プロフィール
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- 吉澤嘉代子 (よしざわ かよこ)
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1990年埼玉県川口市生まれ。鋳物工場街育ち。父の影響で井上陽水を聴いて育ち、16歳から作詞作曲を始める。2010年11月、ヤマハ主催のコンテスト“The 4th Music Revolution”JAPAN FINALに出場し、グランプリとオーディエンス賞をダブル受賞。2013年6月5日、インディーズ 1st mini Album「魔女図鑑」発売。
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