ファンタジーストーリーやゲームに登場する人物のコスプレをして、バレリーナのように踊りながら、ヘビーメタルギタリストのようにバイオリンを早弾きする美女。2010年にアメリカの有名オーディション番組『アメリカズ・ゴット・タレント』へ出演を果たして話題を呼び、2012年にアルバム『Lindsey Stirling』でデビューした、カリフォルニア出身のリンジー・スターリングの名前を、すでにご存知の方も多いだろう。打ち込みサウンドにバイオリンをミックスした、「バイオリン・エレクトロニック・ダブステップ」という独自のスタイルを生み出し、アルバム発表前から30万以上のダウンロードを記録、iTunesのデジタル・エレクトロニック・チャートのトップ10に入るなど、すでに知る人ぞ知る存在となっているからだ。また、リンジー自ら企画し、衣装や映像制作にも携わったミュージックビデオは、彼女のYouTubeページに随時アップされており、動画の総再生回数は3億5千万回以上という驚異的な数字を記録。今もなお更新中である。
そんな彼女が今年の『SUMMER SONIC 2013』と、東京と大阪で行われた『Billboard LIVE』に出演するため来日を果たした。筆者は「Billboard LIVE Tokyo」でおこなわれたライブを観に行ってきたのだが、生ドラムとキーボード奏者を率いて登場した彼女が、YouTube動画さながらに踊り、舞い、バイオリンを奏でる姿は圧巻の一言。小柄な体型からは想像出来ないほどエネルギッシュなパフォーマンスに、観客からは終始熱い歓声が飛び交っていた。そのときの様子はライブレポートに詳しく書くとして、ここではリンジーがどのようにしてそのマルチな才能を育み開花させていったか、ビデオ撮影やアルバム制作のエピソードを交えながら語ってもらった。
クリエイティブな少女時代
歌って踊ってバイオリンも弾けて、おまけに映像まで作ってしまうリンジーは、カリフォルニア出身のアーティスト。近所の子どもたちを集めて演劇の舞台監督のようなことをやったり、刺繍が好きで、ぬいぐるみや人形に洋服を作ってあげたり、幼い頃からとてもクリエイティブな女の子だったという。高校に入る頃には父の指南でビデオ編集のスキルも身に付け、友人とともにミュージックビデオの制作に夢中になった。
リンジー:父は教師で、勤務先の学校にはビデオカメラや編集用のソフトなんかがたくさんあったの。仕事でソフトの基本を覚え、それを私に教えてくれたのね。それまでの動画撮影って、撮りたいタイミングで録画ボタンを押して、要らない部分では停止ボタンを押して、また撮りたくなったら録画ボタンを押して……っていちいちやらなくちゃいけなかったじゃない? でも編集ソフトを使えば、ずっと録画しっぱなしにしておいて、あとでエディット出来る。それがとても楽しくて、どんどんハマっていったの。自分たちで作ったビデオの中で、もっとも印象に残っているのがアヴリル・ラヴィーンの“スケーター・ボーイ”のカバーなんだけど、出演するだけじゃなくて衣装決めとかロケハンとか、企画段階から編集までこだわり抜いたの。だから、こうやってプロのミュージシャンになってからは友達に、「リンジーって凄いわよね、子どもの頃と同じことやりながらプロになっちゃったんだから」ってよく言われる(笑)。
そんな活発で好奇心旺盛な彼女が、初めてクラシックバイオリンを習い始めたのは6歳の頃。当時、一番お気に入りだったのがアレクサンドル・ボロディン(1833〜1887 / ロシアの作曲家)で、中でもオペラ『イーゴリ公』の中の“ポロベツ女達の踊り”が大好きだったという。ニコライ・リムスキー=コルサコフ(1844〜1908 / ロシアの作曲家)の交響組曲『シェエラザード』にも夢中になり、伝説上のイラン王妃であるシェヘラザードの気持ちになりきって聴いたりしていたそうだ。
リンジー:そのうち段々ロックが好きになっていったわ。例えばWeezerとかJimmy Eat Worldとか。もちろん、アヴリル・ラヴィーンもね。彼女は女性ロッカーとして憧れの存在だった。それで、16歳の頃に地元の男の子4人組ロックバンド、Stomp on Melvinに加入した。彼らは全員年上なんだけど、とってもキュートで私は大ファンだったの。ほとんど追っかけといってもいいくらい(笑)。だから、彼らから「一緒にバンドやらない?」って声をかけられたときは天にも昇るような気持ちだったわ。
初めて作曲をしたのもその頃。バンドのスタイルに合わせて自分のバイオリンパートを作曲したのがキッカケだった。もともと教会などで、既存曲をバイオリンアレンジにして演奏していたこともあった彼女は、そのうち自分自身のための曲作りも精力的におこなうようになる。ちょうどダンスミュージックにハマっていた時期だったので、ところどころにハウスやヒップホップ、ダブステップなどのテイストも加えていた。バイオリンを演奏しながら、様々な音楽スタイル取り込んでいったリンジー。これまで学んできたクラシックとは全く違う世界へ足を踏み入れることに、不安を感じたことはなかったのだろうか。
リンジー:不安は特になかったわ。逆に、クラシックミュージックのバックグラウンドがあったおかげで、音楽の基本というか、ルーツを知ることが出来たんじゃないかしら。バイオリンのスキルがきちんとあったことも、他のジャンルへと枝葉を伸ばしていくときに役に立ったと思っているし……。それに、高校生に進学した頃にはクラシック音楽にもちょっと飽きてきてしまったの。それでダンスミュージックへと傾倒したんだと思うのだけど、かえってリフレッシュされて再びバイオリンへのモチベーションも上がったわ。
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踊るバイオリニストの誕生
踊るバイオリニストの誕生
踊りながらバイオリンを弾くというアイデアを思いついたのも、ちょうどその頃だった。短大に通う学費のために、いろんなタレント賞に応募し、勝ち取った賞金を学費に充てていたリンジー。しかし、「特技はバイオリン」という応募者は他にもたくさんいたため、他の人たちよりも目立つためにはどうしたらいいか、常日頃から考えていたという。
リンジー:それで、あのスタイルを思いついたの。自分で踊っていても楽しいし、観てくれた人を楽しませることも出来るし「これなら一石二鳥だ!」って。正直、踊りのバックグラウンドはないわ。プロのダンサーに習っていたことも一度もない。ただ、ダンスは観るのも実際に自分で踊るのも大好きだったから、バイオリンとダンスを融合させようって決めてからは、YouTubeなんかで『アメリカン・ダンスアイドル』(アメリカのダンスオーディション番組)とかいろいろ観て研究した。プロになってからも、ほとんど自分で振り付けを考えているしね。でも、このツアーが終わって帰国してからは、オフを利用してプロの先生に踊りを習おうかなって考えているの。今よりもさらに上達したいから。
独学とは思えぬほど、キレ味抜群のダンスを披露するリンジー。実際、身体を動かしながらピッチを安定させつつ演奏するのは至難の業だと思うのだが、習得するまでにどのくらい時間がかかったのだろうか。
リンジー:もう最初はほんっとうに大変だったわ。有り得ないっていうか、「これはムリかも」って自分でも思ったくらい(笑)。最初はとてもシンプルな動きから始めてみたの。すごくゆっくりのビートに、簡単なステップを合わせてみて、それが出来たら次のビートへ……っていう具合に。すごくマヌケに見えたと思うけど(笑)、練習を重ねていけばいくほど、少しずつステップアップしていくのが分かった。今はライブをやりながらトワール(回転)したり、ジャンプしたり、いろいろ出来るようになったわ。自然に身体が動いてくれるようになったと思う。アドリブと振り付けを混ぜて踊っているのだけど、ここまでくるのに3年はかかったかしら。
映像監督との出会い
ミュージックビデオや衣装をはじめとするビジュアルイメージも、リンジー・スターリングの表現方法にとって重要な要素。映像監督を務めているデビン・グラハムとは、2010年夏にリリースした“Spontaneous Me”以来ずっとコラボレーションを続けており、完成した作品は彼女のYouTubeページから随時発信されている。
リンジー:オーディション番組『アメリカズ・ゴット・タレント』に出演したとき、たまたま私の友人がデビンとテレビを観ていたらしいの。それで、「今出てた子、僕の知り合いだよ」って言ったら、ものすごく盛り上がって興味を示してくれたみたい。すぐにデビンが、Facebookを通して私にコンタクトをしてきた。「もしよかったら、あなたのPVをタダで撮らせてくれませんか? それをYouTubeにアップしましょう」って。でも、その頃はYouTubeってよく分からなかったし、それを使ってプロモーション戦略を立てるアーティストがたくさんいることも知らなかったの。でも、タダでPV作ってくれるなんて大歓迎だったから、すぐに「OK!」って返信しちゃった(笑)。
まるで1本の映画を観ているような、クオリティーの高い映像には毎回唸らされる。中でも“Moon Trance”は白眉の出来で、彼女自身も「非常に印象深く、大規模な撮影だった」と振り返る。照明もふんだんに使用し、バックダンサーも大勢起用。さらにはバンドメンバーと初めて撮影したという意味でも、リンジーにとっては忘れがたい作品となった。
リンジー:撮影は2日間、徹夜でおこなったんだけど、あまりにも寒かったので、セット替えなどの撮影の合間はキャストみんなで身体をくっつけ合って暖を取ってたの(笑)。そのうちの1人が出番で呼ばれると、ため息つきながら走って行って、終わるとまたこっちに戻ってきて……っていうのを繰り返してたんだけど、思い返してみると笑っちゃうくらい楽しい思い出になったわ。
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コスプレは大好き!
コスプレは大好き!
そんなミュージックビデオでは、『ゼルダの伝説』や『アサシン クリード3』のテーマソングなど、ゲーム音楽も積極的に取り入れ、登場人物のコスプレも披露しているリンジー。ひょっとして、ジャパニーズカルチャーへの関心も深いのだろうか? それに彼女自身はゲームをやるのかどうかも気になるところだ。
リンジー:普段の曲とゲーム音楽では、考え方が大きく違うと思う。そもそもゲーム音楽の場合は、そのゲームが大好きな人たちに向けて作られたものなので、その曲を聴いたときに「ああ、子どもの頃にあのゲームでよく遊んでたなあ」っていうふうに、よい記憶となって残るものじゃない? だから、私もゲーム音楽をカバーするときは、ゲーマーたちが楽しい気分になってくれたらっていうことを心掛けてるつもりよ。コスプレも大好き。今でもコスチュームを自分で作ることもあるし、原案だけ自分で考えるときもある。任せっきりだとヘンな衣装になっちゃうことがあるからね(笑)。ジャパニーズカルチャーに関しては、気付いたら影響されていたという感じかな。ヘアスタイルをしょっちゅう変えたり、いろんな衣装を着たりしているので、「あなたって本当にアニメのキャラクターみたいね!」って友達にも言われる(笑)。残念ながら、今は時間がなくてゲームが出来ないけど、子どもの頃は『スーパーマリオブラザーズ』が大好きだったし、ファミコンもNINTENDO64も持ってたくらいハマってたわ。
ゲームのみならず、『スター・ウォーズ』や、そのルーツといわれる『指輪物語』といったファンタジーも大好きだなのだとか。
リンジー:父はよく私たち姉妹に『指輪物語』を読んでくれていたの。だからファンタジーは大好き。神秘的なストーリーも、登場する妖精たちも、全てが魅力的だわ。もちろん、『スター・ウォーズ』も大好きよ。特にオリジナル3部作、エピソード4〜6は子どもの頃によく観てた。
「元気が出る」が最高の褒め言葉
そして今回、彼女のデビューアルバム『Lindsey Stirling』が日本でもリリースされることになった。これまでは既存の音楽に合わせてバイオリンのフレーズを考えたり、アレンジをほどこしたりしていたのだが、本作では初めて自作曲のみで構成。最近夢中だというエレクトロの要素を入れ、全体的にアップテンポで「聴いた人が元気になるようなアルバム」を目指した。
リンジー:最近ファンの人に、「私の1日は、あなたの曲で始まるの。聴いているとすごく元気が出るから」って言われてとても嬉しかったわ。それって最高の褒め言葉じゃない? YouTubeチャンネルではダブステップやヒップホップ、ロックなど様々なスタイルのサウンドに挑戦しているけど、今回は「エレクトロニカ」にこだわって作ったの。隠し味程度にはいろいろなジャンルを散りばめているけど、全体で聴いたときに統一されたサウンドプロダクションとなるよう心掛けた。それに、ライブのときのダイナミズムをそのまま封じ込めたようなサウンドにもしたいと思ったな。
YouTubeにアップされた曲の中には、彼女のボーカルをフィーチャーしているものもあり、その素朴で美しい歌声に惹かれた人も大勢いるはず。今作ではいわゆる「ボーカル曲」は1曲もなかったのだが、今後レパートリーに組み入れていく可能性はあるのだろうか。
リンジー:うーん、私にとって自分のボーカルは、バイオリンを引き立たせるためのバックラウンドボーカル的なイメージなの。だから、もしかしたら次のアルバムではもう少し声を入れることがあったとしても、あくまでもバイオリンがメイン楽器になることは変わらないと思う。でも「声が美しい」って言ってくれたことは嬉しいわ。ありがとう(笑)。
それにしても多才なリンジー。普通の人であれば、ポピュラーミュージックの世界に進むか、クラシックの道に進むか、あるいはダンサー / パフォーマーの道を極めるか、映像制作に打ち込むか……どれか1つを選ばなければと悩むところを、「それ、全部やっちゃえ!」とばかりに自らの表現スタイルに取り込み、それをプロのレベルにまで上達させているのはすごいことである。並大抵の努力では出来ないはずだし、彼女のようなアーティストは他に思いつかない。
リンジー:そうね、確かにみんなからは「あなた、働き過ぎよ!」って言われる(笑)。ただ、自分が大好きなことをやっているのでちっとも辛くないの。でも、さっきも言ったように自分にとってメインの表現方法はバイオリンであることは変わらないわ。ダンスや歌、映像なんかは昔からやっている趣味みたいなもので、それをバイオリンに付け足しているに過ぎないと思う。自分が今、すごく特別なことをやっているっていう意識はあまりないな。自分が大好きなことが、全部仕事にフィードバックされているのが、ただただ嬉しいだけよ。
今、そのときやりたいことを貪欲に吸収し、常に前へと向かって走り続けるリンジー。今後どのようなアーティストなりたいと思っているか、最後に聞いてみた。
リンジー:やっぱり、印象に残るアーティスト、人にインスピレーションを与えるアーティストになりたい。自分も夢を追いかけ続けて叶えたので、私の音楽を通して他の人たちにも夢を与えることが出来たらいいなって思うわ。
- リリース情報
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- リンジー・スターリング
『Lindsey Stilring』 -
2013年8月7日からiTunes Storeほかで配信リリース
1. Electric Daisy Violin
2. Zi-Zi's Journey
3. Crystallize
4. Song of the Caged Bird
5. Moon Trance
6. Minimal Beat
7. Transcendence
8. Elements
9. Shadows
10. Spontaneous Me
11. Anti Gravity
12. Stars Align
- リンジー・スターリング
- プロフィール
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- Lindsey Stirling(リンジー・スターリング)
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2012年9月にセルフタイトル・アルバム『Lindsey Stirling』でデビューし、”violin-electronic-dubstep(バイオリン・エレクトロニック・ダブステップ)”という独自のスタイルで大成功をおさめる。アルバムをリリースする前にすでに、リンジーは300,000以上のダウンロードを記録しており、デジタル・エレクトロニック・チャートにおいてTop100にはいるなど、世界中でまさに”知る人ぞ知る”アーティストであった。リンジーは楽曲はもちろんのこと映像制作まで自分で行う。彼女が自信のYouTubeページにアップしている動画の視聴者数は2,700,000人を超え、動画の総再生回数は3,750,000,000を超える驚異的な数字を記録。YouTubeチャンネルやFacebookなどをはじめとする各SNSでの驚異的な"口コミ"により、リンジーの名は世界中に響き渡ることになる。わずか5歳のときからヴァイオリニストとしてクラシックの教育を受けはじめ、踊ることが大好きだった少女が今、世界を舞台に駆け巡る。
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