究極の日常型音楽集団 ゴッホの休日インタビュー

東急東横線・旧渋谷駅の閉鎖からちょうど半年。あの東横線を舞台にした音楽作品がリリースされる。この『トレイン』というコンセプチュアルな作品を形にしたのは、不定形の音楽集団「ゴッホの休日」。彼らにとってはこれが初めて世に出す作品となる。

『トレイン』は、このチームの「主宰」であり、小さい頃から東横線に親しんできた「けいすけたなか」が、渋谷〜横浜間急行の走る30分間を思い浮かべながら描いたという、とてもパーソナルな作品だ。同時に本作はキャスト(ゴッホの休日ではメンバーをこう呼ぶそうだ)による演奏だけでなく、この東横線というテーマに感化されたパフォーマンスもサウンド化され、音像の一部として反映されているという。……と、なんとも説明しづらい制作アプローチではあるのだが、その仕上がりは確かに昼下がり車内を想起させる穏やかなインストゥルメンタルサウンドになっているのがなんとも面白い。旧東横線に馴染みのある方には、きっと懐かしい記憶を喚起させられる作品になっていると思う。

そこで今回は主宰のたなか、そしてこの作品中の「パフォーマー」を担ったキャストのどいまんをお招きし、このコンセプチュアルな作品の内容に深く迫りつつ、そもそもゴッホの休日とは一体どんなグループなのか、詳しく語っていただくことにした。

東横線が身近にある暮らしにすごく愛着があって、その気持ちを少しでも音楽に残したかったんです。(たなか)

―みなさんについては知らないことばかりなので、今日は基本的なことから訊かせてください。そもそもゴッホの休日とはどういうグループなんですか?

たなか:僕とドラムのいのうえ君が二人で一緒に音楽をやっていたんですけど、作品を通して1つのストーリーみたいなものを作りたくなって。それで呼びかけたのが、今回のメンバーです。

―二人のときは、どんな音楽をやっていたんですか?

たなか:セッションっぽい感じでした。路上でよく歌ってたんですけど、そうやって音を合わせていく中で、なにか作品に残そうという話になって。でも、せっかくなら、二人じゃなくて、みんなで協力して作りたかったんですよね。

―初めにどんな曲を作ったんですか?

たなか:このアルバムに入ってる“なんとなく”という曲。そこからアイデアを広げていったんです。その頃は東急東横線の渋谷駅の閉鎖が発表された時期でもあって、東横線急行の渋谷から横浜までの道のりを体感できるような音楽が作れたら楽しいなと思って。

―たなかさんの東横線に対する特別な思い入れがこの作品に結び付いた、ということでしょうか。

たなか:はい。僕はずっと東横線に乗ってきたので、「今までの東横線がなくなっちゃった」って、切実に悲しい気持ちでした。僕はいわゆる鉄道好きとかではないんですけど、東横線が身近にある暮らしにすごく愛着があって。その気持ちを少しでも音楽に残したかったんです。

―では、なぜそこでこのメンバーを呼ぶことにしたのでしょう?

たなか:東横線に乗っているときのイメージをなるべく正確に表現しようと思ったときに、各々のパートが必要になりました。あと、今回の作品には僕の気持ちを投影した架空の登場人物が出てくるので、みんなにはその役になりきってもらいました。半ば強引に。

たなかけいすけ
たなかけいすけ

―架空の登場人物というと?

たなか:例えば、「単調な日々を送っている24歳のOL」や「胃腸が弱く、日吉駅で降車する32歳の会社員」みたいに、5人の登場人物を明確に設定しています。僕はこの音楽を劇っぽい感じで表現したかったので、メンバーのことも「キャスト」と呼んでいるんです。彼(どいまん)に関しては、彼の存在や人柄を作品に取り入れたかったので、パフォーマーとして参加してもらいました。

―パフォーマー、ですか。それはまたどういう役割なんでしょう?

どいまん:いきなり「今日、録るから来て」と声をかけられて、なにをやるかもまったく聞かされないまま呼び出されました。そこですぐにギターを渡されたので、これを弾けばいいのかなと思ってたら、弾かないでいいと言われて。そこから30分間、ひたすらパフォーマンスをしました(笑)。

たなか:アコギを使ったパフォーマンスを、二人で上裸になって30分間無心でやりました。

左から:どいまん、たなかけいすけ
左:どいまん

― (笑)。つまり、そのパフォーマンス中に発生した音を録ったということですよね?

どいまん:はい。パフォーマンスをしている間、東横線の渋谷から横浜に着くまでに聞こえてくる雑音をずっとヘッドフォンで聴きながら、感じたものをなんとか表現していきました。アコギは弾くのではなく、叩いたり噛んだりしてます(笑)。そこで生まれた音がそのままCDに入っているんです。決してパフォーマンスの映像を撮ったわけじゃないんですけどね(笑)。

もとの作品自体は僕のパーソナルな感情でしかなかったので、そこをパフォーマンスで壊してほしかったんです。(たなか)

―なんとなくわかりました(笑)。そういえば、みなさんのホームページを見たんですけど、URLが「floridagekijo.com」となっていますよね。このフロリダ劇場というのは?

たなか:フロリダ劇場は、僕らが大学の頃からやっているウルトラくだらない映像ユニットのことで……(笑)。これも作品ごとに異なるメンバーが集まっていくようなコミュニティーなんですが、そのコンセプトをゴッホの休日では音楽で表現できたらいいなと思ってて。

―このゴッホの休日という名前もまたユニークですよね。

たなか:「ゴッホ」も『ローマの休日』も好きだっていう、それだけなんですけど(笑)。それに、休日こそ自分の私生活の象徴だという気持ちがあるので、休日という言葉は使いたかったんです。でも、ゴッホって寝る間も惜しんで狂ったようにひたすら絵を描き続けていたらしいんですよね。その話を後から知って、「休日」と「ゴッホ」の対照的な感じもいいなと思って。

―では、楽曲制作に関してはどのように行われているんでしょう? たなかさんが用意されているんですか。

たなか:基本的にはそうです。僕がギターで弾いたものを起点として、各パートにこうしてほしいと伝えていって。あと、曲のテーマやキャラクターはみんなであらかじめ共有しています。「この曲は多摩川のこの辺からこの辺までだから」といったことを伝えた上で、あとはわりと自由に演奏してもらう感じですね。曲中の登場人物を架空にしたのも、みんながイメージを浮かべやすいようにしたかったからで。僕は映画のサントラが好きでよく聴くんですけど、そんな感覚で感情の起伏を音にできればいいなと思ってるんです。

どいまん:なるほど〜。

左:どいまん、右手前:たなかけいすけ

―お隣に「なるほど〜」とおっしゃっている方がいますが(笑)。

たなか:(笑)。彼は実はまだ音源を聴いていないんです。彼が唯一わかっているのは自分の担当したパフォーマンス部分だけですね。

―え、まだアルバムを聴いてないんですか!?

どいまん:そうなんです……。だからホントになにもわかっていなくて。

たなか:意図的にそうしました。聴いちゃうとイメージがそこで固まっちゃうなと思って。

どいまん:どうやら彼はすでに作品ができあがりつつある状態で僕にパフォーマンスを頼んできたみたいで。その段階で、なにも作品のことをわかっていない僕が入り込んでいくっていうのは、すごく面白い試みだなと思って。

たなか:本来、彼はすごくしっかりしたギタリストで、一緒にバンドを組んだこともあります。でも、同時にすごくピュアというか、「純度」の高い男でもあるので、今までと同じ方法じゃなくて、彼の内側から出てくるエモーショナルな表現を見たいと思ったんです。だからあえてパフォーマンスに徹してもらったし、音楽も聴かせませんでした。

どいまん:僕からすると、楽器のテクニック云々を取っ払って、プレイヤーとしてやれることがなにもない状態で「なにか見せてくれよ」と言われるわけで。それはけっこうなプレッシャーでしたね。

左から:どいまん、たなかけいすけ

―しかもその表現も抽象的だから、すごく難しそうですね。

たなか:でも、実際にやってもらったら、まさに東横線の急行そのものでした。スピード感も情緒も相まって、あの時間彼は電車になりきっていました。一応パフォーマンス中に、ちょっとした解説はしていたんです。僕が車掌さんになったつもりで「ここで菊名に着きます」とか言ってみたり(笑)。

どいまん:まあ、僕はやりながらもまったくゴールが見えてなかったんですけどね(笑)。東横線にしても「乗ったことがある」くらいのレベルだったので。僕は地方から出てきた人間だし、菊名と言われても正直あまりピンとこなかった(笑)。

たなか:(笑)。完成しかけた作品をぶっ壊して、また再構築するような作業でしたね。彼の表現はこの作品の根幹になってくれたと思う。

―それは面白いポイントですね。たなかさんは自分のイメージをそのまま具現化しようとは思わなかったんですか? 例えばシンガーソングライターみたいなやり方で東横線に対する個人的な思いを歌にすることだって、できたと思うんですよ。

たなか:もとの作品自体は僕のパーソナルな感情でしかなかったので、そこを壊してほしかったんです。彼のパフォーマンスを入れることに関しては、演奏してくれたみんなからは批判もされました。「え、いらなくない?」って(笑)。せっかく一度は形になった作品を、突然のこのこ来た男に邪魔されたら、それはイヤだって思う人も当然いますよね。でも、僕はそれでもやろうと言いました。実際にやってもらったら、みんな納得してくれました。

みんながモテたくて必死な様子を、どこかで笑っている自分がいて、そこと関係ないところでいつもくだらないことを考えてたんですよね。(たなか)

―そんな過程を経て『トレイン』は完成したんですね。僕が聴いた印象だと、いろいろな音楽からの影響を感じます。例えばきっと、ポストロックやトイポップなんかも好きなんだろうなって。

たなか:音楽自体はいろんなものを聴きます。でも、僕の作るものはどれも超個人的な感情を投影していて、根幹にあるものはそんなに変わらないのかもしれない。それに今回はすべて一発録りでそんなに調整もしていないので、すごく感情的な音楽になっていると思います。

―感情的な音楽に惹かれると。

たなか:路上で歌っていたときと今回の作品に共通して言えるのは、あまり研ぎ澄まされていない音楽だということで。きれいに作り込んだものよりも、感情が思わず表に出てきちゃったような音楽の方がグッとくるんですよね。それこそ高校の頃に銀杏BOYZでめちゃくちゃ盛り上がっていた人間なので(笑)。

―銀杏のどんなところにハマってたんですか?

たなか:やっぱり銀杏を通して「殻にこもる快感」を知ったのが大きいですね。みんながモテたくて必死な様子を、どこかで笑っている自分がいて、そこと関係ないところでいつもくだらないことを考えたんですよね。それに僕、男子校だったんですよ。男子校で銀杏BOYZを聴きまくっていたという(笑)。

―それはタチが悪いですね(笑)。僕も男子校だったのでなんとなくわかります。

たなか:これはフロリダ劇場にも通じる話なんですけど、妄想でちょっとコントっぽい世界を作っては、ひとりでにやにやしている感じが昔からありました。間違いなく僕の人格はあの時期に形成されました。モテにつながらないところで作品が生まれるんだなっていうことを、最近しみじみと思います(笑)。

―でも、その「モテたい」みたいな意識が創作のモチベーションになることもありませんでしたか?

たなか:そうですよね。でも、僕の妄想はもっと殻にこもったものだったんです。路上でやっていたときも、和気あいあいとしたものではなくて、みんなが「あいつヤバイ」みたいな感じで目の前を通りすぎていくのを見て、それを楽しんでいたというか(笑)。ただ、自分のこもった殻に他の人にも入り込んで欲しいという気持ちは確実にあります。この作品でも一番大事にしたことがあって、電車の中って知らない人ばかりじゃないですか? でも、到着する頃になると、なんか「この人たちとここまで一緒にきた」っていう、他人に思えないというか、ちょっと優しい気持ちになるんですよね。そんな空気感が伝わるといいなと思ってます。

ゴッホの休日
ゴッホの休日

―どいまんさんはたなかさんがこれまでに作ってきた音楽のことも知っているんですよね?

どいまん:そうですね。だから今の話に半分は納得しつつ、半分は意外という感じで。彼はけっこう理性的に作品を作っているような面もあると思うんです。だって、ただ好き勝手にやってたら、こういうコンセプチュアルなアルバムはできなかったと思うので。まだ聴けていませんが。

たなか:確かにそうなのかも。

―今後、この作品をライブなどで再現することは考えているのでしょうか?

たなか:一番の理想は、やっぱりこの作品を聴いて、渋谷から横浜までの体験を味わってもらうことなので、あえてその場を僕らが設ける必要もないんじゃないかと思ってます。

―みなさんはもうすでに次回作の予告をされているんですよね。資料によれば『実録!男女の会話術ハウツー音楽』を構想中とのことですが(笑)。

たなか:ハウツー本ってたくさんあるじゃないですか。ありすぎてやんなっちゃうくらいある(笑)。じゃあ本ではなく音楽でなにか学べたらいいなとぼんやり思って。ただし音楽が根幹なので、それこそハウツー本みたいに「女の子の前ではこう振る舞おう」みたいな指南書じゃなくて、淡々と男女の会話劇とそのときそのときの2人の感情を表す音楽がそこにはあって、聴き終わった後に「よし、恋をしよう」みたいな(笑)。だから、次は今回のようなアルバムという形ではなく、劇になるかもしれない。

―ゴッホの休日は、アウトプットの形が録音物かどうかも特に決めていないんですね。

たなか:はい。音楽を使ったアウトプットであればなんでもいいと思っています。今回は作品を聴いてもらった人に東横線を体感してほしいということが第一にあったけど、『実録!〜』に関してはまだまだわからない。もしかすると本にCDが付くような形態になるかもしれないし。今はその構想を練るのに盛り上がっているところですね。

―音楽性もずいぶん変わりそうですね。

たなか:ゴッホの休日に関しては、作品毎に一貫したストーリーを見せていくことが大前提なんですけど、それさえ共有できていれば、例えば僕が参加していないゴッホの休日があってもいいと思っています。

―たなかさんが参加していることも前提ではないと。

たなか:はい。そういう在り方も面白いんじゃないかなと思って。毎回コンセプトもキャストも変わって、それがいろいろな人の心に響くことができたら、それはすごい現象ですよね。

リリース情報
ゴッホの休日
『トレイン』(CD)

2013年9月15日発売
価格:1,575円(税込)

1. bell
2. escape
3. 知らない
4. sheep
5. limited
6. sugar
7. なんとなく
8. e.p.

プロフィール
ゴッホの休日(ごっほのきゅうじつ)

さまざまな日常を五感で表現しようと頑張るコンセプト型音楽チーム。たなかけいすけを中心に2012年10月に発足。メンバー編成は作品毎に変わる。第一弾として、東急東横線渋谷駅の閉鎖をきっかけに「東横線」をモチーフとしたファースト作品「トレイン」を9月15日にリリース。現在、次回作「実録!男女の会話術ハウツー音楽」を構想中。



記事一覧をみる
フィードバック 0

新たな発見や感動を得ることはできましたか?

  • HOME
  • Music
  • 究極の日常型音楽集団 ゴッホの休日インタビュー

Special Feature

Crossing??

CINRAメディア20周年を節目に考える、カルチャーシーンの「これまで」と「これから」。過去と未来の「交差点」、そしてカルチャーとソーシャルの「交差点」に立ち、これまでの20年を振り返りながら、未来をよりよくしていくために何ができるのか?

詳しくみる

JOB

これからの企業を彩る9つのバッヂ認証システム

グリーンカンパニー

グリーンカンパニーについて
グリーンカンパニーについて