TERAKKOたちを突き動かすプロジェクト 小川希インタビュー

若手アーティストによる自主企画の公募展『Ongoing』から発展した、吉祥寺のアートスペース「Art Center Ongoing」(以下、Ongoing)。この場所を主宰する小川希は、東京都及び東京文化発信プロジェクト室と協働して2009年から「TERATOTERA」(テラトテラ)というアートプロジェクトをスタートさせた。高円寺から国分寺まで、中央線沿線の寺と寺をアートで結ぶ試みは、「地域とアート」と聞いて想像されがちなものとは異なった自然発生的な展開を見せ、地元の人たちを中心に多くの反響が寄せられている。今年5年目を迎えた「TERATOTERA」のこれまでの活動を振り返りつつ、10月の『東京クリエイティブ・ウィークス』期間中に開催される『TERATOTERA祭り2013』について小川にたずねた。

僕がやっていることを面白がってくれる人たちには共通点があって、現状に対して「これじゃダメだ」と思っていたり、既存のシステムを疑い始めていたりする人が多いんです。

―TERATOTERA(テラトテラ)が始まった当初、小川さんは「Ongoingでやってきたことを、もう少し広い地域に拡大する」「中央線沿線の街と街をゆるやかにつなげる」という目標を掲げていたそうですが、今のところどの程度まで達成できましたか?

小川:吉祥寺バウスシアターやライブハウスの人たちと街ですれ違うと、「今年は何かやらないの?」「また変なことをやってよ」という話になるんです。なので、TERATOTERAという名前を知ってもらえて、ゆるやかで広いつながりができてきたとは思います。それと、普段から地域や街を意識している人たちや、武蔵野市など行政の方たちの中には「アートで人と人、街と街をつなぐことができる」と考える人がここ数年で増えてきているみたいで。

―吉祥寺くらいメジャーな街だと、特にアートをうたう必要もなく、すでに上手くいっているようにも見えますけど……。

小川:それが、最近の吉祥寺はチェーン店ばかり増えていたり、そういう状況に地元の人たちが凄く危機感を持っているみたいなんです。そこでTERATOTERAの活動に可能性を見出してくれる人が多くて、自治体や民間の商工会から呼ばれて僕が話をすることもよくあるんです。

『TERATOTERA』代表 小川希
『TERATOTERA』代表 小川希

―街の人たちからは「アートを使って何かできないか?」みたいな話が来るわけですか?

小川:まさにそうです。そもそもこの地域は過疎化しているわけではないし、インフラもお店もいくらでも整っている。だからアートで人をいっぱい呼び込むのではなく「アートを使って街の人々を盛り上げる」「今まで気づかなかった地元のいいところを見つけてほしい」「地域の中で人と人のつながりを作りたい」というのが多いですね。

―とはいえ、地元の人だってアートに興味のある人とない人に大きく分かれますよね。

小川:もともとアートに興味がなかった人で、僕がやっていることを面白がってくれる人たちには共通点があって、現状に対して「これじゃダメだ」と思っていたり、既存のシステムを疑い始めていたりする人が多いんですね。「アート」ってそもそも訳のわからないものじゃないですか。「何かを変えたい」「このままではいけない」って、自分が考えていたものが揺らいでしまっている状況だからこそ、訳のわからないものに理解を示してくれるのかなと思います。

Art Center Ongoing店内風景

―いわゆる街おこし的な「◯◯ビエンナーレ」とは違うかたちで、地元の人がアートを求めているわけですね。小川さんはTERATOTERAだけでなく、『小金井アートフル・アクション!』や『六本木アートナイト』などのアートプロジェクトにも関わっていますが、それらとTERATOTERAの違いは何でしょう?

小川:一番の違いは、やっぱりボランティアの方たちとの関係性だと思いますね。TERATOTERAではTERAKKO(テラッコ)というボランティアがたくさん活躍しているんですけど、彼ら同士のネットワークが凄く広がってきているんですよ。また、彼らは事務局から何かの仕事を振られてやるようなボランティアではなく、プロジェクトに対して積極的で自分の考えや思いがあるんです。

ここでは上下関係とか先輩後輩とか変なルールもないし、学生から年配の方までみんなで集まって気を使わず話しています。

―TERAKKOにはどんな人たちが参加しているんですか?

小川:職業も年齢も性別も様々で、横浜や埼玉から来てくれる人もいます。中には広告代理店や新聞記者の偉い人がいたり(笑)。メインで手伝ってくれる人たちは30人くらい。登録しているだけの人も入れると100人以上いますね。

―相当な数ですね(笑)。

小川:5年前に始めた頃に比べると人数がびっくりするくらい増えたので、昨年くらいからは僕が「こういうことをやりましょう」と全部決めるより、彼らの思いや希望、やりたいことを実現してもらう方向に変えていったんです。

―それはなぜですか?

小川:2011年にやった展覧会で、アーティスト1人に対してボランティア数名についてもらって、アーティストの話を直接聞いたり、作業を手伝ってもらったりしたんです。そうしたらみんな凄くモチベーションが高くなって楽しそうだったんですね。自分の仕事を休んで手伝いに来るくらいで(笑)。「だったら、この人たちに主導になってもらった方がいいな」と思ったんです。だから、今はもう自然発生的というか、僕の手からは全然離れている感じがします(笑)。中には自分のアートスペースを立ち上げた人もいるんですよ。

―それは凄い覚悟ですね!

小川:TERAKKOのパワーは本当に凄いですからね。「何がこの人たちをここまでさせるんだ!?」みたいな(笑)。ここでは上下関係とか先輩後輩とか変なルールもないし、学生から年配の方までみんなOngoingに集まって気を使わず話しています。TERATOTERAと関係ないところでも、みんなで飲みに行ったり、キャンプしたりしているみたいですし。なんか、楽しいんでしょうね。

TERAKKOが中心になって発行しているフリーペーパー『テラッコラム』
TERAKKOが中心になって発行しているフリーペーパー『テラッコラム』

もう少し自由でフラットに、「面白い / 面白くない」をはっきり言えるような環境が好きなんです。

―でもまさか、TERATOTERAを始めた当初は、ここまで大きくなるとは思っていなかったわけですよね。

小川:思ってないです(笑)。僕も不思議なんですよ。みんなちゃんと仕事もしているし、お金に困っているわけでもない。旅行に行ったり、美味しいものを食べたり、他にも楽しみが色々あるはずなのに、わざわざ休日の時間を使ってTERATOTERAに参加してくれる。プロジェクトの活動を通して一体感を得たり、自分の思いを昇華したり。そういうことが凄く求められているんだなと感じますね。

―そんなボランティアや地元の人たち、そして作家さんも含めて、TERATOTERAの何がそこまで人を惹きつけたんでしょう?

小川:毎年秋に行なっている『TERATOTERA祭り』では、毎回テーマを立ててやっていて、2013年のテーマは「コミット」なんです。「関わりあいを持つ」「人と人とがつながる」というキーワード。大震災の影響もあると思うんですけど、家族や友人の枠を越えて「もう少し大きな何かに自分をつなげたい」という欲求や思いが強いような気がしていて。

―2012年は「NEO公共」がテーマでした。「アートと社会をつなげる」という小川さんの考えが表れていると思います。

小川:コレクターや評論家といった美術の関係者たちだけが楽しむアートには昔からあまり興味がなくて。もう少し自由でフラットに、「面白い / 面白くない」をはっきり言えるような環境が好きなんですね。TERATOTERAやOngoingには、アートが媒介となって人がつながっていったり、場ができていくことを楽しいと感じられる人が集まっていると思います。

『TERATOTERA』代表 小川希

―プロジェクトの規模が大きくなるとお金のことも心配になりませんか?

小川:でも、そんなTERATOTERAのおかげで、作家やTERAKKOのネットワークも強くて広いものができてきた。だから、たとえお金の部分で難しくなったとしてもTERATOTERAがなくなることは多分ないと思うんです。お金じゃない部分で色々とできることはあると思います。

考え方や作品は凄く面白いのに、「社会とつながる道がどこにもない」みたいな人がいるわけです(笑)。それがもったいないんですよ。

―今後、具体的にTERATOTERAやOngoingでやっていきたいことはありますか?

小川:個人的に考えていることなんですが、展覧会以外の場所でも恒常的にアートを社会に提案できる仕組みを作って、アーティストと社会をつなぐことをより現実的にやっていきたいんです。今までのように「作品」というハードを売るやり方ではなく、アーティストの「考え方」をソフト化して、企業研修や学校や病院のレクリエーションのような美術畑とは違うところに売ることに興味があって。

―それはとても新しい試みになりそうですね。

小川:TERATOTERAやOngoingを通して凄く大きなアーティストのネットワークができているんですけど、中にはコマーシャルな場や地方のアートプロジェクトに呼ばれずに「この人、凄く面白いのに今の状況では社会とつながる道がどこにもない」みたいな人がいるわけです。それがもったいないんですよ。だから、そういうものを企業とかに売れるようなプログラムを今作っているんです。

―小川さんはアーティストと社会のハブ役ですよね。アーティストは社会の特異点だと言われますけど、言い方を変えると、社会化できないなら変人ですからね(笑)。

小川:社会に上手く自分を売り込めない不適合者ばかりがここに集まってくるんですよ(笑)。

―アーティストの駆け込み寺みたいですね(笑)。とはいえ、経済的な利益が目的であるわけでもなさそうですが。

小川:僕がやろうとしていることで、その人たちの羽振りが凄く良くなることは絶対にないと思います。けれど、自分のやっていることが社会とつながっている実感があれば、そんなに儲けることができなくても、作品制作をずっと続けていくことができるじゃないですか。社会とつながる何かを1つ作ることで、全体を見れば凄く豊かな状況が生まれると思うんです。

Art Center Ongoing店内風景

―その先に思い描くビジョンは何でしょう?

小川:もちろん作家は作品が一番重要です。アーティストが右手で作品を作って左手で考え方を売る、その両方ができたら一番いいじゃないですか。僕がやろうとしている左手の部分、ワークショップや考え方のレクチャーでアーティストに興味を持ってくれたなら、右手の作品部分にもきっと興味を持ってくれると思うんです。それを長いスパンで考えれば、コレクターだけのアートワールドではなく、一般の人もアート作品の価値を見つけられる状況になると思うんです。

―単純に、作家の話を聞いてから作品を見直すと印象ががらりと変わることはよくあります。

小川:そうですね。Ongoingで作家が普通に飲んでいて、カフェにお客さんが来てくれて、ギャラリーの展示を観終わった後に飲んでいる場に加わって、「どうだった?」「じゃあもう1回見てくる」って会話したり、展示を観に来た人にTERAKKOが「これはこういう思いで作家が作っていて」と説明してくれたりしていて、凄くいい状態だと思うんです。もちろんアートの見方は自由であっていいんですけど、「わかるやつにだけわかればいい」のではなく、思い入れのある媒介者が作家と作品をつないで第三者に提供する。そういう、当たり前だけどなかなかできないことができたらいいなと思いますね。

東京に来たがっているアーティストは世界中にいっぱいいるんですよ。

―今年の4月から、Ongoingとしてアーティストインレジデンスも始められたそうですね。

小川:はい、今はフランス人の作家が来ています。国内外のアーティストをこの地域に滞在させて新しい出会いやネットワークを作ったり、それぞれが地元に戻っても、こことのつながりが続いていったり、TERATOTERAやOngoingはここにあり続けながら、もっと遠い場所とつながっていく。そういうことが面白いと思っていて。

―もうすでに世界の何か所かと交流しているんですか?

小川:レジデンスは一般公募なんですが、びっくりするくらい反響があって。東欧とか20か国くらいから応募が来ていますね。東京に来たがっているアーティストは世界中にいっぱいいるんですよ。

―彼らにとって、東京の何がそんなに魅力的なんでしょうね。

小川:初めにレジデンスに来てくれたのは名古屋と神戸の作家だったんです。そしたら2人とも「面白いアーティストがこれだけ集まっていて、アートを通じたこんな面白い状況が本当にあるんですね!」と喜んでくれたのにはびっくりしました。やっぱり地方で活動している人たちから見ると、東京はレベルも濃さも全然違うみたいです。「こんなに面白い体験は初めて」「またレジデンスにアプライします」「むしろ引っ越してきたい」と言ってくれました。

それを見たことで心に傷を負うくらいの力を持ったものがアートだと思うんです。

―10月の『TERATOTERA祭り2013』は、そんな東京を舞台に様々な芸術文化の催しが集中して行われる『東京クリエイティブ・ウィークス2013』の1つとして行われますね。

小川:今年の『TERATOTERA祭り』は高円寺、阿佐ヶ谷、荻窪、西荻窪、吉祥寺の全部を網羅します。第1弾は10月5日に高円寺で行われる『商店街サミット』。高円寺の北中通り商店街で「素人の乱」を運営している松本哉さん、インディーズの小さなプロレス団体が興行をやっている横浜・白楽の六角橋商店街など、面白いことをやっている色々な地域の商店街の人を集めて、これからの商店街がどう生き残っていくかを話し合うトークイベントです(笑)。

『商店街サミット』チラシ

―なかなか濃いメンバーですね(笑)。他の会場はどうでしょう?

小川:西荻窪では13の店舗を舞台に、街中の美術展をやります。阿佐ヶ谷では中央線から見える屋外プールを会場に、off-Nibrollが一晩限りの無音の演劇パフォーマンスをやったり、荻窪では、LUMINE荻窪店で彫刻家の東方悠平さんの作品を展示します。吉祥寺はコピス吉祥寺の屋上で映像作家の志村信裕君のインスタレーションを展示します。

―盛りだくさんですね。小川さんもお忙しいんじゃないですか?

小川:でも今年は、僕は企画にほとんど関わっていないんですよ(笑)。全部TERAKKOの企画なんです。

―これ、全部そうなんですか!?

小川:もしかしたら僕がいなくてもできるんじゃないかなと思ったんです(笑)。こうやってTERAKKOたちが自主的に活動するようになってくれたり、責任のある意見や行動をとってくれたり、一般の人たちがアートに関わって、生活の豊かさにつなげながらそれぞれが成長していけるということは、凄くいいと思うんです。ただその一方で、アートにはクオリティーが保たれていなければいけない、という思いもあって……。アートプロジェクトを「やれて良かった」ではなく「やる意味がどこにあるのか?」「誰に向けて何を伝えるのか?」という部分に特化した巻き込み方を考えないといけないと思います。

―アートの質を担保するというのは、プロの仕事ですよね。それをボランティアにどこまで求めるのか……難しい部分もあると思いますが。

小川:今、全国でアートプロジェクトが流行っていますけど、「どこに行ってもやっているけど、どこもそんなに面白くない」みたいなことになってしまったら良くないじゃないですか。やっぱり、それを見たことで心に傷を負うくらいの力を持ったものがアートだと思うんです。イベントとして入りやすい部分はありつつも、ちゃんとしたメッセージ性を担保する部分もある。その両方がある上でTERATOTERAのような活動をしていければいいですね。

『東京クリエイティブ・ウィークス(『TCW』)』
都内各地で催される芸術文化が満載の5週間。伝統芸能から現代アートにいたるまで、多彩な文化が一挙に集結。『TERATOTERA祭り』も、『TCW』期間中に開催される。
※『東京クリエイティブ・ウィークス』は、東京都及び東京文化発信プロジェクト室が実施します

Tokyo Creative Weeks 2013

イベント情報
『TERATOTERA祭り2013』

『TERATOTERA MALL SUMMIT 商店街サミット』
2013年10月5日(土)19:00〜21:00(18:30開場)
会場:東京都 高円寺 AMPcafe 2F
出演:
新雅史(社会学者)
松本哉(古物商)
セルフ祭り代表者(大阪)
六角橋商店街代表者(横浜 / 白浜)
定員:35名
料金:無料(要予約)

志村信裕
『映像インスタレーション』

2013年10月11日(金)〜11月4日(月・祝)
会場:東京都 吉祥寺 コピス吉祥寺内 吉祥空間sora A館3F屋上
時間:日没から
料金:無料

東方悠平
『先こぼれ芝天狗 in ルミネ荻窪店』

2013年10月15日(火)〜10月31日(木)11:00〜22:00
会場:東京都 荻窪 ルミネ荻窪店
料金:無料

『TEMPO de ART 2013』
2013年10月20日(日)〜11月17日(日)
会場:西荻窪駅周辺の各店舗
時間:各店舗の営業時間による
料金:無料

off-Nibroll
『街にひそむ』

2013年11月16日(土)17:30〜(開場17:00)
会場:東京都 阿佐ヶ谷 阿佐谷けやき公園プール
料金:無料(予約不要)
※来場者が多数の場合は入場制限あり

プロフィール
小川希(おがわ のぞむ)

1976年東京生まれ。2001年武蔵野美術大学映像学科卒業。2004年東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。2007年東京大学大学院学際情報学府博士課程単位取得退学。2002年から2006年にわたり、東京や横浜の各所を舞台に大規模な公募展覧会『Ongoing』を企画、開催。2008年に既存の価値にとらわれない文化の新しい試みを恒常的に実践し発信する場を目指して、東京・吉祥寺に芸術複合施設『Art Center Ongoing』を設立。現在、同施設代表をつとめる。また、2009年よりJR中央線・高円寺駅〜国分寺駅周辺地域で展開するアートプロジェクト『TERATOTERA』のチーフディレクターや、武蔵小金井のアートプスペース『シャトー2F』のアートディレクターも兼任。



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