日本のお笑い界を変えた男、松本人志が映画を撮るようになって6年が経つ。ダウンタウンとして数々の伝説を打ち立てた松本が映画で表現する笑いとは? という熱い期待を持って迎えられた第一作『大日本人』は、正義のヒーローの悲哀を綴ったセミドキュメンタリー映画として国際的に高い評価を受ける一方、松本の笑いに親しんだ日本のファンからは「これが笑いなのか?」という戸惑いの声も少なからず上がった。賞賛と批判の渦は、続く『しんぼる』『さや侍』でさらに混沌の様相を見せ、「天才松本の才能は枯渇した」と言う口さがない評価も聞かれるようになった。
そんな中、ついに監督4作目となる『R100』が公開される。ボケとツッコミが織りなすお笑いの本質とも言える「SとM」を題材にした本作は、ある平凡な男が秘密クラブに入会したことから始まる不条理を描く。「100歳未満の入場・鑑賞を禁止」を意味する『R100』は、「ムチャクチャやってやろうと思った」という松本の言葉のとおり、ある意味ではこれまででもっとも道理や理屈の通じない作品でもある。だが、その破天荒さによって『R100』は、松本人志がこれまでに一貫して追求してきたテーマを、まさに指し示すものとなっている。笑いとは何か。松本が映画に求めるものとは何か。その一端に触れるインタビューをお届けする。
よく考えてみると、僕は最初からMだったわけではないんですよ。ダウンタウンとして浜田と僕との関係の中で笑いを追求していった結果、僕がMになったほうが笑いを稼ぎやすかったんですよね。
―『R100』を見せていただいて心の底から笑ったのが、映画に登場する子どもの扱われ方の塩梅でした。それこそ、僕らが夢中で観ていた『ダウンタウンのごっつええ感じ』にも通じる、悲しみと狂気と隣り合わせにあるような笑い、というか。試写会場では若干凍りついてる人もいましたけど(笑)。
松本:まあ、そうでしょうねえ(笑)。
―『R100』のテーマは「SM」ということで、女王様だとか、鞭でピシピシしばかれるような、直接的なSM描写も出てきますが、それ以外にも一般的なSMのイメージだけでは括れないシーンがたくさんあります。松本さんは、SとMという関係性をどのように捉えてらっしゃるんでしょうか。
松本:んー……、例えば人間を分類するときに、血液型で分類する場合があるじゃないですか。でもその分類って先天的なもので、変わりようがない。A型の人はずっとA型の人のままでしょう。もちろん、B型の人はずっとB型のままだし、O型の人も当然そう。でも、SとMの関係性って、人と人が対峙することで、かたちがどんどん変わっていく不思議なものだなと思ってて。
―松本さん、よく「ドM」って言われてますよね。
松本:自分でも「Mだな」って思うんですけど、でもよく考えてみると、僕は最初からMだったわけではないんですよ。ダウンタウンとして浜田と僕との関係の中で笑いを追求していった結果、きっと僕がMになったほうが笑いを稼ぎやすかったんですよね。当然、浜田はSであるほうがどんどん笑いを取っていくことができる。だから、本来僕はMではなくて、笑いを生み出すために変化していったんじゃないかな、と。SとMって、職業だったり、相手によって変わっていくものだと思います。
『R100』 ©吉本興業株式会社
―先天的なものではなくて、さまざまな環境によって後天的に変化する。
松本:と、思います。だから、僕が監督という立場で映画に関わっている間はSにならざるをえないんですよ。逆に役者さんはどんどんMになっていく。僕が、かなり激しいSとして役者に「ああしろ、こうしろ」と要求していかないと現場は前に進まない。「あ、ちょっとこんな感じでお願いしても、よろしいでしょうか?」なんて遠慮してもしょうがない(笑)。
―松本さんが『ごっつええ感じ』をやっていた頃は、浜田さんとともに後輩芸人を引っ張っていかなきゃいけないことが多くあったと思うんですが、そのときもS的な感覚はありましたか?
松本:そうですねえ。でも、単純にSだけをやってたわけではないですね。僕はコントや番組の企画もするでしょう。だから最後の罰ゲームをあーだこーだと考えるのも僕なわけで、そのときの自分はある種のSですよね。でもSである自分が考えた罰ゲームを、プレイヤーでもあるMの自分が苦しむっていうシチュエーションも大いにあって、倒錯的なんです。
―(笑)。芸人も映画監督も同じであると。
松本:僕がよく言っているのは、監督は現場ではSなんですけど、撮れたものを持ち帰って編集しているときはMなんですよね。奉仕みたいな部分があって。
―それは誰に対する奉仕?
松本:観てくれる人に対する奉仕。それから、やっぱり役者さんでしょうね。現場で撮影した役者の演技を、より面白くするも面白くしないも編集次第っていうところがあるから、本当に苦しみますね。
『R100』はSM映画だとも思っていないんです。強いて言うなら入門編みたいなもの。僕の考えるSMはもっと複雑で、もっと哲学的なものなんです。
―1990年代後半、松本さんは入場料1万円のライブ『寸止め海峡(仮)』や、料金後払い制ライブ『松風’95』のように、生身で舞台に立つことに力を入れていた時期がありましたよね。でも、その後はビデオパッケージとして『HITOSI MATUMOTO VISUALBUM』シリーズをリリースするなど、一貫して映像でのお笑い表現を続けてきました。それは『R100』で4作続いた映画作品にもつながってくると思うんですが、映像にこだわる理由ってなんなんでしょう。
松本:そこまで映像にこだわってる意識はないんですけど……。うーん、でもまあこだわってるか。こだわってますね(笑)。
―北野武監督の作品を観ていると、『ソナチネ』で激賞された「キタノブルー」のような独特の映像美もある一方で、近年の作品ではわりと素っ気なく撮るようなところがあるじゃないですか。一方、松本さんの作品は、『大日本人』や『しんぼる』がそうであるように、すごく美しい映像空間を作りますよね。
松本:『VISUALBUM』もそんな感じありますね。
―『R100』でも、あえてフィルムの「銀残し」みたいな、コントラストの強い質感の映像にしている。お笑いにとって、生っぽさって1つの武器だったりもするから、松本さんの映像作品に見られる美しさって弱点にもなりうると思うんです。にもかかわらず、一貫して映像美にこだわるのはなぜですか?
松本:僕はお笑いで名を売った人間なので、映画を撮っていても、みんなお笑いを求めるんですよね。でも、僕は1回も自分の映画をコメディーだと言ったことはないし、笑わせますとも言ってない。そういう意味では、『R100』では特に映像から色を抜くことにこだわったんですよ。それにはいくつかの理由があるんですけど、大きな理由の1つとしては「コメディーじゃないよ」って言いたかったから。コントっぽくないもの、生っぽくないものにしたかったんです。
―お笑いから遠ざけたい、ということですか?
松本:遠ざけたいですね。
―お客さんがまったく笑ってくれなくてもいいぐらい?
松本:そこまでは言わないですけど、こっちから笑いを仕掛けにはいかないっていうのは毎回考えていて。特に『R100』は、話がメチャクチャで台本が破綻している分、本当に真面目に画作りをしていこうと。むしろ笑えないようにすることを現場でもかなり気にしていました。編集でも、特に寿司屋のシーンなんかは、思わず笑いのテンポで編集をしてしまいそうになるんですけど、「いやいや、別にここはそういうとこじゃないから」と抑えるようにして。
―寿司屋のシーンは、本当に気まずいですよね。あんな場面に実生活で遭遇したら、誰でも表情が凍りつきますよ(笑)。
松本:主人公の片山が恍惚を覚えるときの表現だって、一歩間違えばお笑いになっちゃうじゃないですか。そうならないように、むしろオカルトっぽくして。
―「仕掛けにいかない」っていうのは、今回の『R100』だけでなく、これまでの松本さんの映画に共通するテーマなのかなとも思いました。ヒーローであるはずの大佐藤が国民から虐げられる『大日本人』しかり、男が密室に監禁されて不条理な目に遭う『しんぼる』しかり。主役の浪人が30日間にわたってヒドい目に遭い続ける『さや侍』でも、観客として描かれる「世間」がSとして存在していて、主人公はひたすらMとして虐げられ続ける。つまり、絶対にM側の人間は、仕掛けにいかず、受け手であり続ける。その徹底した非対称性が、松本さん独自のSM観であるように思います。
松本:芸人仲間で飲んでいても、SとMみたいな話はよくしますからね。一般の人よりも意識はしているんじゃないですか。性癖のことだけではなくて、このメカニズムって意外とまだ解明されてないなって思うんですよね。
―松本さんの中にも、SMに対する未知の部分がまだありますか?
松本:すごくありますよ。でも、『R100』はSM映画だとも思っていないんです。強いて言うなら入門編みたいなものですね。僕の考えるSMはもっと複雑で、もっと哲学的なものなんです。
―後半の展開について、ネタバレにも気をつけつつ、あえて聞きますけど(笑)、最初はただのMの変態お父さんだった大森南朋さん演じる主人公が、SでもなければMでもないんだ、っていう展開になっていくわけです。それって、松本さんの人生哲学そのものなんじゃないかって気がしたんです。
松本:ラスト直前のシーンまでのアイデアまでは台本の段階で明確にあったんですよ。でも、ラストシーンは、撮りながら考えていったところもあって。
―あ、そうなんですか。映画のキャッチコピー「父はM。」にも関係する重要なシーンだと思ったんですが。
松本:あれは、サービスカットみたいなもの。当然最初から撮る気はあったんですけど、もしかしたら撮影途中で省く可能性もあるかな、とは思っていました。大森さんも「あのシーン、ほんとにやるんですか……?」って、ずっと気にしてたみたいです(笑)。
誰もやったことのないものをやるのが面白いっていうのは、正直僕にとっては当たり前のことだと思ってるんですけど……。意外とそうでもない人たちが多いんですよね。
―これまでの松本さんの作品を観ていると、「誰も見たことのないもの」「誰も感じたことのないもの」を作りたいという強い意識がある一方で、やはり最終的には人を楽しませるエンターテイメントに帰結したいという願望も感じます。松本さんにとって、映画やエンターテイメントとは、どのように定義づけられているものなんでしょうか。
松本:僕はお笑いを30年以上やってきてるから、映画の中にそれほど笑いを詰め込まなくてもいいなって、最近特に思うんです。例えば、格闘家がKOされて失神してるのに、まだ身体が反応してしまうってことがありますよね。僕もそれに近いものがあって、身体にお笑いが染みついているから、意識しなくても勝手に出てくるものがあると思うんです。映画では、その勝手に出てしまった部分を楽しんでもらう程度でいいんじゃないかなって。
―なるほど。
松本:エンターテイメントとしての笑いに関しては毎日テレビでやっているから、映画ではもうちょっと違うものをやらんとあかんと思う。僕がコメディーや喜劇みたいなものを映画で撮っても、それほど面白くならないと思うんですよ。それだったら、浜田と二人で喋ってる方が笑いの量は多いだろうし。
―映画を撮り始めた頃のインタビューで、「思い浮かんだアイデアが過去の映画や小説とかぶってないか、慎重に確認する」と話されていましたね。
松本:誰もやったことのないものをやるのが面白いっていうのは、正直僕にとっては当たり前のことだと思ってるんですけど……。意外とそうでもない人たちが多いんですよね。
―そうかもしれないですね。
松本:当然失敗する可能性も大きいんですよ。だから、他の作家はなかなかそのリスクを背負うことができないのかな、とも思う。でも、僕の強みは別に失敗してもいいってこと。未知のことをやっているわけだから、そりゃあ失敗することもありますよ。100%成功することがわかっていたら実験じゃないですから。
―例えば『しんぼる』が公開された当時は、非常に実験的な作品だと賛否両論がありました。でも、今あらためて観直してみたら、実は『R100』に近い部分もあったり、たしかに実験的でしたけど、必ずしも失敗はしてないですよね。
松本:それは僕の経験値とずるさがあって、実験とは言っていてもどこかで受け身もとれるようにしてるんです(笑)。『ガキの使いやあらへんで!!』なんかは、年間通じていろんな企画をやっていて、当然失敗もあるけど、そこで鍛えられている。あんなに実験している番組って他にないですもんね。実験は続けていかなあかんと思うし、そこから生まれてくるものが絶対にあるから。
―そういった、松本さんの作品作りにおける実験的な部分が、海外の映画祭などでは「非常に独創的」と高い評価を受けている一方で、いまだ日本の映画界からの評価は定まっていないようにも感じます。そこにジレンマを感じられたりはしませんか?
松本:うーん……。日本で僕の映画を面白いって言ってくれる人は、そもそも僕のことを好きな人だと思うし、面白くないと言う人は、そもそも僕のことが好きじゃない人だと思うんですよね。だから映画に関して、国内の評価はあまり参考にならないかも、と思っているんです。一方で海外の人はダウンタウンの松本人志を知らないから変な先入観がないし、1人の外国人監督の作品として観てくれる。その人たちの素直な評価は、ある程度信じていいのかなって思っています。
―外国人の感性ざっくりしすぎ、とか思ったりしませんか。
松本:むしろ逆じゃないですか?
―細かいニュアンスまでキャッチしてくれますか?
松本:海外の人のほうが映画を観ることに対して真面目だと思う。どっちがいいかっていうことはさておき、そういう感触があります。
―1本の映画作品として観てくれている?
松本:そうですね。日本の人たちに伝えたいのは、もうそろそろ、「松本人志=お笑い」、という先入観を捨てて映画を観てほしい。たくさんの人たちが「いい」と言ったから素晴らしい、周りの人がつまらないと言ったからつまらない、というのは、本当にバカげた話なんですよ。
―そういう意味では『R100』は、相当挑戦的なタイトルですよね。100歳以上でなければこの映画は観てはいけない、理解できない。つまり僕らも松本さん自身も観てはいけないし、理解できない(笑)。
松本:そのとおりですね(笑)。
- 作品情報
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- 『R100』
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2013年10月5日(土)から全国ロードショー
監督・脚本:松本人志
出演:
大森南朋
大地真央
寺島しのぶ
片桐はいり
冨永愛
佐藤江梨子
渡辺直美
前田吟
YOU
西本晴紀
松本人志
松尾スズキ
渡部篤郎
配給:ワーナー・ブラザース映画
- プロフィール
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- 松本人志 (まつもと ひとし)
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1963年、兵庫県尼崎市生まれ。82年、浜田雅功とダウンタウンを結成。89年に『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!』(日本テレビ)が放映開始。91年に始まった『ダウンタウンのごっつええ感じ』(フジテレビ)では、テレビにおけるコント番組のあり方を一変させた。93年のオリジナルビデオ作品『ダウンタウン松本人志の流 頭頭』を皮切りに、映像作品の監督にも着手。『HITOSI MATUMOTO VISUALBUM』シリーズでは、新作コントを次々発表。07年に『大日本人』で映画監督デビュー。以降、『しんぼる』(09年)、『さや侍』(11年)を手がけ、今回の『R100』は第4作目にあたる。
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